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作品名:続・不可思議情報の私的考察 作者:ツジセイゴウ

第28回   iPS
京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞された。本当にうれしいニュースである。まずは、拍手、拍手。
それで、このお話は、別にiPS細胞の作り方を解説しようというものではない。そういう話は、テレビや新聞に任せておくとして、ではなぜヒトの細胞が初期化できるようになっているのか、一旦分化してしまった細胞を元に戻すということにどのような生物学的意味があるのかを考えてみたい。
もともとヒトの細胞は、受精卵から様々な組織に分化する過程で、心臓、神経、皮膚というようにそれぞれの役割に特化した細胞になってしまい、万能性を失ってしまうようにできている。だからこそ、複雑な構造をもった人体ができるのであって、もし万能性を有したまま細胞が分裂を続けたらただの肉の塊にしかならない。
山中教授の研究は、この万能性を失った細胞にある種の遺伝子を組み込むと万能性を取り戻すということを発見した。これを「初期化」するという。具体的には、皮膚細胞の中では皮膚遺伝子だけが働いていて、その他の遺伝子は休眠状態になっている。だから皮膚が間違って心臓になったりすることはない。iPS細胞とは、この眠っている他の遺伝子を人工的に起こしてやる技術なのである。
でも、ここで一つ大きな疑問が生じる。なぜ一旦皮膚になってしまった細胞の中で、他の遺伝子が休眠状態になっているのかということである。皮膚になった細胞は永久に皮膚でいいのではないか、皮膚遺伝子以外の遺伝子はもう要らないのではないかという疑問である。でも、現実には、神はいったん役割を失った遺伝子も消去することはせず、そっと眠らせておくという摂理を選んだ。それには当然理由があるはずである。
その大きなヒントが下等生物の中にある。プラナリアというヒルに似た生物は、体のどの部分を切っても残った部分から体全体が再生する。極端な話、尻尾だけからでも頭まで再生してしまう。iPS細胞なんてややこしい細胞を使わずとも、簡単に体を再生してしまうのである。
プラナリアの体のあちらこちらには「幹細胞」という天然の万能細胞が分布していて、体のどこかの部分が損傷するとその幹細胞が働き出して再生するようにできている。ヒトで言えば、例えば片足を事故で失くしても、すぐにニューっと新しい足が生えてくるというようなものである。これは、かなり気持ち悪い。
では、プラナリアにはなぜこうしたスゴイ技術が備わっているのであろうか。研究者によると、それは単性生殖だからという。通常、ほとんどの生き物にはオスとメスがあり、それらが交わることで子供が生まれる。これを有性生殖という。これに対し、単性生殖は雌雄同体であり、性行為をしなくても分裂によって増えることができる。つまり天然のクローン技術である。プラナリアはクローンによって増殖しているのである。
ヒトの体細胞が初期化できるのは、超・超大昔にヒトがまだ単性生物だったころの名残ではないかと考えられる。ヒトの進化の過程は胎児の成長過程を見ればよくわかるという。受精卵は最初のうちは細胞の万能性を残したまま分裂してゆくが(これを「胚性幹細胞」という)、組織への分化が始まると万能性をなくして必要でない遺伝子のスイッチをオフにしてしまう。これは、ヒトが高等生物に進化してゆく過程で細胞の万能性を喪失したことの証拠となる。
でも、神はなぜ眠った遺伝子のスイッチを再びオンにする、つまり「初期化」できる可能性をわざわざ残されたのであろうか。それは恐らく遠い、遠い未来においてヒトが生殖能力を失うような事態になった時に備えて、細胞1個だけでも子孫を残せるよう、万能という「仕組み」だけは密かに残したということなのかもしれない。生命は本当に神秘的である。


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