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作品名:不可思議情報の私的考察 作者:ツジセイゴウ

第39回   透明人間はできるか
透明人間の原理には、2種類ある。実際には透明になっていないが人の目の錯覚を利用した目くらましの方法と、本当に人間を透明にしてしまう方法である。前者は、既に実用化されているものもあるが、後者は相当に難しいSFの世界の話になる。
では、簡単な方から始めよう。人にモノが見えるのは、物体に光が当たって乱反射され、その一部が目の奥にある網膜に当たって感知されることによる。例えば、真っ黒な壁の前に全身黒ずくめの服を着て立ってみる。当たり前のことだが当然その人は見えなくなる。黒色はすべての光を吸収してしまうため黒く見えるのである。これが人の目に光が届かないようにする最も簡単な方法である。それじゃ本当の透明人間ではなく、単なるごまかしではないかと言われそうなので、次はもう少し手の込んだ方法を考えてみよう。
実際、主に軍事利用の目的で光学迷彩という方法が開発されている。一言で言うと、全身鏡張り人間である。光が目に届くのは、対象物に当たった光が乱反射されるせいなので、当たった光をそのまま飛んできた方向に真っすぐ戻るように仕向けてやると、見る人の目には届かなくなる。しかし、この場合対象物はやはり黒く見えて、周囲の景色から浮かび上がってしまうため実際には透明にはならない。透明に見せるためには、何らかの方法により周囲の景色を対象物の上に投影する必要がある。
さらにもう少し高度な方法としては、カメレオンに代表される変色動物のやり方がある。変色動物の皮膚には特殊な色素細胞が多く分布しており、周囲の景色の色に合わせて色素細胞を収縮拡大させて、自らの体を周囲の色に合わせることができる。可能かどうかは分からないが、この色素細胞の遺伝子を人の遺伝子に組み込めば、カメレオンのように皮膚の色が変わる人間ができるかもしれない。これはかなり気持ち悪い。
ただ、これらいずれの方法も実際に対象となる人間が透明化したわけではなく、周囲の景色に溶け込んだだけのことである。「透明」ではなく「迷彩」である。本当に透明になるためには、さらに高度な技術が必要となる。
真っ暗な洞窟の中に棲む動物の中には、色素が完全に抜けてほぼ透明なものがいる。極端なものでは、目が退化してなくなってしまった動物もいる。そもそも洞窟の中には光がないので、色素も目も不要と言えば不要である。透明な洞窟生物の色素遺伝子を人間に組み込めば、色素のない透明な人間が生まれるかもしれない。ただ、この場合でも筋肉組織は透明化しても骨格までは透明にはならない。骨だけ丸見えの魚のような奇妙な人間が出来上がることになる。そして、何よりこの方法の大きな問題点は、遺伝子自体を変えてしまうので、この方法で透明になった人間は生まれつき透明であり、一生透明のままで生きてゆかなければならない。これでは不便極まりない。
では、究極の、本当の意味での透明人間を作るにはどうすればよいか。原理的には、光の透過率を100%にすればよい。人体、いや人体だけではなくおよそ実体のある物質のすべては、見た目はぎっちり隙間なく詰まっているように見えるが、実際にはスカスカの状態なのである。だから、ニュートリノという極々微細な粒子は、いまこの瞬間にも無数にわれわれの体を音もなく通り抜けている。
人の体は、実際は何億兆個という無数の原子で出来ている。この原子は、すべて原子核の周りをいくつかの電子が回るという構造になっている。原子核はとても小さく、例えば原子を野球場の大きさに例えると、原子核はマウンドの上に置かれた野球ボールほどの大きさになってしまう。その周囲をさらに小さいビー玉くらいの電子が飛び交っているという超スカスカの状態なのである。では、なぜ人の目にはぎっちりモノが詰まっているように見えるかというと、この電子がじっとしていないで絶えず物凄いスピードで原子核の周りを回っているためである。だから実際に原子を見ると、原子核は見えず、ボンヤリとした雲の中に隠れているように見える。
この雲に光が当たって反射されるため、光は人体を透過せず人の目に映るのである。よって、この電子の動きを完全に止めてしまえば、人の体はスカスカの状態のまま静止し、光の透過率はほぼ100%となる。ほぼと書いたのは、ごくまれに原子核に衝突する光子があるためである。それでも、人の目には何も見えないか、あるいは見えたとしても幽霊のように微かで透き通ったように見える可能性が高い。
但し、この方法は全く非現実的である。仮に原子の中の電子の動きを止めてしまったら、原子そのものがバラバラになって、人の体自体が雲散霧消して消えてしまうと考えられるからである。透明になるどころか、その存在自体が消えてしまうのである。やはり透明人間はSFの世界だけの話である。


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