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作品名:不妊列島 作者:ツジセイゴウ

第3回   倫理
 午後10時過ぎ、恵子は一人寂しく自宅のマンションに戻った。楽しくなるはずのディナータイムが暗く鬱屈したものとなってしまった。人気のない真っ暗な部屋に一人で入るのがこれほど侘びしく感じたことはなかった。恵子は、一輝との再会をある意味とても楽しみにしていた。あんなに胸が躍ったのは一体何年ぶりのことであろうか。そんな恵子の期待は、いとも簡単に裏切られた。
 恵子は、大きなため息とともにテレビのリモコンスイッチをオンにした。
「とうとう来るところまで来たという感じですね、これは…。」
 画面にはニュースワイドですっかりお馴染みの小池キャスターの顔が現れた。勿論ニュースの話題は例の件であった。
「でも、まだ真面目に子供を作ろうという人はいいですよ。こっちはもっとひどいことが起きています。インターネットを通じた精子売買です。『1CC10万円より』ですか。値段はまだ釣り上がっているようですよ。それも大学教授やお医者さんのものは数倍の値段が付いているとか。もう倫理も何もあったもんじゃないですね。一体政府はどうするつもりなんでしょうか。」
 テレビ画面にはインターネットのホームページの画面がアップで映し出されていた。秘密厳守という大きな赤い文字がことさら強調されて見える。その文字の下には、「不妊でお悩みの方、今すぐご登録を」と、まるでカタログ販売でもするかのような気安さで、購入のための手続きが記されていた。
「先生、これは法律的に見て大丈夫なんですか。」
 小池キャスターはすぐ隣に控えていたゲストの弁護士へと矛先を向けた。見るからに生真面目そうな顔つきの弁護士は襟を正すように座り直すと、一気に自説をまくし立て始めた。
「ひどい話ですなー、これは。私も5年ほど前から、人工受精や代理母といった不妊治療に関係する法律相談を手掛けてきましたが、こんなことは初めてですね。まあ、法律的には、他人の精子を使った人工受精は、本人の同意さえあれば問題ありません。ただ、精子の有償売買となると、これは倫理の観点からかなり問題でしょうな。そもそもこうした問題は顕微受精が普及し始めからずっと議論されてきたことなんです。もっと早くに政府が法整備を進めておくべきだったんですよね。」
 スタジオに居合わせた他のゲストは皆一様に真剣な表情で頷いて見せた。
「精子売買は遺伝子選別の温床にもなりかねません。つまり、優秀な遺伝子だけが選択され、病気や障害を持つ遺伝子は世の中から排除されていく、そういった危険を孕んでいるのです。不妊治療の名の下に遺伝子差別が公然と行われることになるのです。」
 恵子はまた暗い気持ちでテレビに見入ってしまった。自らが手掛けた不妊研究が予想外の形で社会に大きなインパクトを与えるとことになってしまった。パニックは想像を絶する速さと大きさで拡散していた。レポート自体は確かに一民間企業の研究所のものであったが、その後の政府の対応のまずさが国民の不安に拍車を掛けた。と同時に、不妊に悩む人々がいかに大勢いるかという事実が奇しくも明らかになってしまった。
 その時である、臨時ニュースを伝えるチャイムが鳴った。
「ここで只今入ってきたニュースをお伝えします。」
 キャスターの前に脇からレポートが差し入れられるのがチラリと画面の片隅に見えた。
「3日前、さいたま市の産婦人科医院から連れ去れた新生児が先程宇都宮市内で無事保護されました。新生児は怪我もなく元気だということです。宇都宮警察署からの報告では、新生児を連れ去ったのは栃木県に住む30台の夫婦で、以前から不妊治療を受けていたとのことです。繰り返します、3日前から行方不明になっておりましたさいたま市の新生児が先程無事保護されました。このニュースの詳細は、続報が入り次第改めてお伝えします。」
 プチリ。恵子はウンザリという気持ちでテレビを切った。今度は新生児泥棒である。子供が欲しいという親の気持ちは誰も同じである。その衝動を抑え切れず、新生児を盗むという暴挙に出た夫婦を誰が責められようか。今この日本で一体どのくらいの夫婦が同じような悩み、苦しみを抱えているのであろうか。あのニュースはほんの氷山の一角に過ぎないのかもしれない。
 恵子はその日眠れぬ夜を過ごした。あの陰鬱な表情の一輝の顔、そしてテレビから伝えられる驚愕のニュースの数々が、嫌がおうにも恵子の目を冴えさせた。日本人の2人に1人が不妊症になる時代がやってくるかもしれない。もう、倫理だの、法律だのと言っていられなくなる日が目前に迫っているような気がした。これから日本は一体どうなってしまうのだろう、そしてその行き着く先は…。悶々とする中で、恵子の胸のうちには言い知れぬ悪い予感に覆われ始めていた。

 2週間後、武沢薬品浦安研究所。
「おーい、津山君、聞いたか。近く臨時株主総会があるらしい。」
「あっ、チーフ。臨時株主総会?、ですか。」
「ああ、そうだ。」
 チーフは白衣の裾をたなびかせながら恵子に追い着いてきた。2人は研究所の廊下を足早に歩きながら言葉を交わした。チーフの顔にはいつになく陰鬱な表情で覆われ、眼鏡の奥の目は輝きを失っていた。
 あのレポートがリークされて後、恵子のチームの周辺では何かとよからぬ噂が立っていた。別に功を焦ったわけでもない、本当にわが国の将来のことを思うとあれが最善の選択だったかもしれない。しかし、世の中にはそうは見ない人も数多くいる。
「役員人事があるんじゃないかって。岡田常務が退任するっていう専らの噂だ。」
 チーフは声を落として恵子に耳打ちした。
「じょ、常務が。信じられない。だって、常務は今回のプロジェクトの責任者でしょう。それが、こんな大事な時にどうして。」
 恵子は目を丸くした。
「例の記事だよ。週間文秀の。あれ、常務がリークしたんじゃないかって。役員会では極秘裏に扱うということになったらしいんだが、常務は人一倍正義感が強いからな。自らが手掛けた報告が役員会で揉み消しにされそうになったんで、それで、恐らく。」
「そ、それで、私たちはどうなるんでしょうか。」
 恵子は不安を隠し切れないという様子で尋ねた。
「俺にも分からない。恐らく株主総会の後に何らかの発令があるだろう。」
 チーフは一言ボソリと言い残すと、クルリと背を向けてその場から立去った。恵子はその後姿に暗い敗北の陰を見たような気がした。

 三日後、報日新聞本社近くの喫茶店。
 恵子から電話をもらった一輝は、約束の時間の少し前に喫茶店に着いた。この前ベイホテルで食事をした時に、「もう会わない方がいい。」と言ったものの、恵子からどうしても頼みたい事があると言われると放ってもおけなかった。
 オーダーしたコーヒーにミルクを入れゆっくりとかき混ぜた後、タバコに火を点けようとしたその時、喫茶店のドアが開き恵子が入ってきた。一輝はライターを仕舞い込むと、軽く右手を差し上げた。恵子はすぐに気が付いてテーブルに近づいて来た。
「ごめんなさい、待った?」
「いや、俺も今来たところさ。」
 今日の恵子はおよそ製薬会社の研究所員らしからぬ淡いグリーンのスーツに身を固め、一見すると商社か銀行のOLのようであった。長身の恵子はスーツ姿もよく似合う。汗臭いよれよれのスーツを着ていた一輝は、思わずそれを脱ぎ捨てて脇の椅子に引っかけた。
 席に着くやいなや、恵子はすぐに話し始めた。少し前かがみに勢い込んでいる恵子の様子に一輝は只ならぬものを感じた。
「大変なことになったの。今朝、人事異動の通達が出て、例の研究が打ち切りとなったわ。私たちのチームは解散、青山チーフは静岡の工場に転勤、担当の岡田常務も関連の販売子会社に移籍することになったの。」
「まっ、まさか。あんな大事なプロジェクトがどうして。」
 一輝は目を丸くして尋ねた。
「恐らく厚生労働省ね。あの記事がリークされたことでかなり厳しい指導があったようなの。それで岡田常務が詰め腹を切らされるハメに。それに認可申請していた不妊治療薬の方も却下されるし、ホントもう散々だわ。」
 恵子はプーッと頬を膨らませて見せた。武沢社長の判断は正しかった。製薬会社の運命など薬事行政の匙加減でどうにでもなる。これだけ世間を騒がせたとなると、たとえそれが事実の報告であろうと許されるものではない。ものには手順というものがある。手順を踏まなかったことで会社は国から手痛いしっぺ返しを受けた。
「そうか、大変だったな。それで恵ちゃんの方は大丈夫なのか。」
 一輝は恵子の進退を思いやった。恵子は少し俯き加減になって答える。
「係替えにはなったけど、とりあえず担当者だったので、何とか。」
「そうか。」
 一輝は一言だけボソリとつぶやいた。恵子は少しがっかりした。昔のように優しい慰めの言葉が返ってくることを期待していたが、結局その言葉はなかった。一瞬重苦しい空気が漂ったが、恵子は気を取り直して用件を切り出した。
「実は、先輩に頼みたいことがあったの。問題の環境ホルモンを特定するにはもっとたくさんのサンプルが必要なの。私たちの研究はわずか5百人程のサンプルで調査したもの、しかもこれらのサンプルは首都圏の病院や診療所の協力を得て集めたものだから、かなり偏りがあると思うの。不妊の実態を本当にきちんと調べようと思ったら、サンプル数は最低でも5千は欲しいわ。それも日本全国から隈なく無作為に抽出したものでなくてはならない。」
 5千人のサンプルと聞いて一輝は驚いた。ちょっと聞いただけでは5千という数字の見当もつかない。ただ、研究のために精液を提供してくれる人となると並大抵のことではないだろうなということだけは漠然と理解できた。
「そんなにか。でも数を多くしても結果は大体同じようなものなんだろう。もう不妊の実態は火を見るより明らかだし。」
 一輝は、恵子がサンプル数を増やして調査をやり直そうとしている意図を測りかねていた。
しかし、恵子も負けてはいない。
「そうかもしれない。でもサンプル数を多くすることで何か違った新しい事実が分かる場合もあるかもしれないの。例えば、ある特定の地域の人だけ、あるいはある特定の年齢の人だけ平均から大きく違った結果が出ることもありうるわ。その人達に共通なものは何かを調べれば原因が特定出来るかも知れない。」
「そうか分かった。それで、そのサンプルを集めるのに新聞の力を借りようというわけか。よーし、そっちは任せてくれ。編集長に掛け合ってみる。」
 先程まで青白かった一輝の顔にようやく微かな朱がさしたように見えた。恵子は、久しぶりに聞く一輝の力強い声に笑顔を浮かべた。

 一週間後、東都大学薬学部臨床科学研究所、所長室。
「そうか、ついに決心してくれたか。」
 篠原教授は、嬉しそうに微笑んだ。
「も、申し訳ありません。一年前、勝手なことを申し上げておきながら。」
 恵子は、深々と頭を下げた。クビにはならなかったとはいえ、例のプロジェクトチームが解散した後、恵子は営業企画部に転勤を命ぜられた。恵子にとって、もはや武沢薬品に留まる理由はなかった。
「いや、君が気にすることじゃない。前にも言っただろう。うちはいつでも大歓迎だ。あんな大切な研究を闇から闇に葬り去ろうなんて、考える方が馬鹿げている。所詮、民間は民間だな。人の命より利益の方が優先するんだろう。」
「それで、早速なんですが、お願いがあるんです。」
 恵子は、早々に身を前に乗り出すと、先日一輝に話した精液のサンプル調査の計画について詳しく説明した。
「新聞広告の方は、もう報日新聞の方にお願いしてあります。後は、サンプル調査のための精液採取キットと、送られてくる精液の検査の方です。」
「それは、うちに任せてくれ。キットの方は山のようにある。何しろこのところの不妊騒ぎだ。大学病院の方で大量発注済だ。それと精液検査の方も、必要ならうちのスタッフを使ってくれ。検査室長にも私から説明しておこう。」
 篠原教授は快く恵子の計画へのサポートを約束してくれた。恵子は、心の中で手を合わせた。本当のところは、武沢薬品での研究が頓挫し、途方に暮れていたところであったのだ。
「何から何まで済みません。有り難うございます。」
「なーに、遠慮することはないさ。君の母校だろう。教え子が困っている時はいつでも助け舟を出すのが道理というものだ。但し、もう武沢の方に戻るというのは、なしだ。明日からは、一歩もこの研究所から外には出さんぞ。寝袋持参だ。それでいいかな。」
「ええ勿論。私もそのつもりです。」
 所長室に、篠原教授の高らかな笑い声が響いた。
 三日後、報日新聞全国版の朝刊に「男性不妊研究への協力者の募集について」と題する広告が掲載された。広告には募集の趣旨とボランティアがなすべき手続きが簡記されていた。

 一ヶ月後、報日新聞社会部。
「山本君、山本君はいるか。」
 編集長の甲高い声がオフィスの中に響いた。週間文秀に例の記事が発表されて後、一輝の所属していた社会部は毎日が戦場であった。引っ切りなしに鳴る電話、刻々と入る情報の数々、それらを瞬時に判別して、取材と記事原稿の執筆をこなしていかなければならない。一輝は自らの沈鬱な気分を紛らわすかのようにその忙しさの中に敢えて身を投じていた。
「はい、編集長。」
「霞ヶ関記者クラブからだ。午後3時厚生労働省の緊急記者会見だ。何か重大発表があるらしい。君、行けるか。」
「ええ、何とかやりくりします。」
 緊急記者会見と聞いて一輝の目が輝いた。そろそろ政府が何らかの対策を講じてくるのではと思っていた矢先であった。それにしても「重大発表」とは何であろう。一輝の胸は、期待と不安で高鳴った。
 午後3時、霞ヶ関記者クラブ。
 2ヶ月ほど前、首相が緊急記者会見で失態を演じたのがつい昨日のことのように思える。それほど毎日が慌ただしく過ぎていた。今日もこの前と同じように多くの記者団が詰め掛け、厚生労働大臣の到着を今か今かと待ち構えていた。あれから2ヶ月、政府はどのような秘策を用意したのであろうか。
 3時を少し過ぎた頃会見場のドアが開き、厚生労働大臣が入ってきた。いつもテレビで見慣れている顔に比べると少しやつれた感じであった。腫れぼったい瞼が、徹夜で会見準備をしていたことを想起させた。フラッシュの嵐が収まるのを待つこともなく、大臣は会見原稿を開いた。
「えー、先日来全国で騒ぎとなっております日本人男性の不妊の問題に対処するため、政府は本日の閣議で政府として正式に『精子バンク』を設立することを決定いたしました。全国のボランティアの方にドナーとなって頂き、ご提供頂いた精子を国が指定する病院で凍結保存し、希望される方に無償で提供するという内容でございます。併せて、不妊治療に一定の範囲で国民健康保険を適用していくことも検討して参ります。政府としましては、今回の一連の措置によりわが国の不妊問題、ひいては人口問題が恒久的に解決されることを期待しております。今後関連法案の整備を進め、遅くとも来春までには精子バンクの設立に漕ぎ着けたいと考えております。」
 大臣の発表が終わるのを待つ間もなく、記者席にはざわざわと声が立ち始めた。記者たちは皆一様に今回の政府の決定の意味とそれが国民生活にもたらす影響を推し量っていた。
「質問、質問。」
 やがて記者席からいつものように怒声が飛ぶ。トップを切ったのは、この前と同じ女性記者であった。
「ドナーにはどういう人が選ばれるのですか。」
「健康な成人男性であればどなたでもドナーになれます。もちろんドナーの方のお名前は一切公表されません。またあくまでボランティアが原則ですので、精子をご提供頂いた方にも一切対価が支払われるといったことはございません。一言で申し上げれば、献血と同じような取扱いになるとお考え頂ければと思います。」
 「献血と同じ」という答弁に一瞬場が静まり返った。精子は人の命そのものである。人体の一部である血液を提供するのとは訳が違う。もちろん献血も人の命を救うための大切な営みである。しかし、命を丸々一個差出す精子提供と同列に論じられたことで、記者団は大臣の見識を疑った。
「倫理の面で問題はないのですか。例えば遺伝的に問題のある精子はバンクに登録できないとか。」
 鋭い質問だと一輝は思った。自分が不妊治療を受けていた時も何度がAID(ドナーの精子による人工受精)を奨められたことがあった。しかし、提供される精子の中味に不安がありついに決断できなかった。一体どんな人が提供者で、どんな顔をした子供が生まれてくるのか、そして何よりも遺伝病の心配はないのか等々、考えれば切りがなかった。
「その点につきましては、バンク内に倫理委員会を設立して、遺伝子差別に結びつくような精子の選別は排除するように努めます。ただ、国民が安心して精子バンクを利用できるよう、最低限深刻な遺伝性の病気に対するスクリーニングは実施させて頂く予定にしております。」
 大臣は非常に微妙な言い回しで答弁した。「スクリーニング」とはどういう意味合いを持っているのか。精査して問題があれば取り除くということではないのか。
「質問、質問。」
 大臣の答弁を咀嚼する間もなく、どんどん新たな質問が飛び出す。
「大臣、精子バンクに十分な数のドナーが集まると思われますか。医学的に見れば、自分の子供以外に自分と同じ遺伝子を持つ人間がこの世のどこかに大勢いるという状況がうまれる訳です。そんなことを望む人がいるのでしょうか。」
 またも難解な質問である。恐らくドナーとなった人は、街を歩いていて自分とよく似た人とすれ違う度に、ひょっとしてという思いに駆られるようになるのかもしれない。全く赤の他人と思っても、自分と同じ遺伝子の持ち主がうじゃうじゃといるということに果たして耐えられるのであろうか。一輝のそんな思いを裏切るかのように、大臣の口から驚愕の言葉が飛び出した。
「確かに精子不足という問題は想定しておく必要があるかもしれません。提供された精子は大変貴重なものですから、出来る限り多くの患者に平等に使われるようにしたいと考えております。理論的には一個の卵子に一個の精子があればいいわけですから、最も効率的な方法は顕微鏡による人工受精ということになりましょうか。ドナーの集まり具合にもよりますが、政府としましては顕微受精も想定して準備を進めてまいるつもり…。」
 『顕微受精』という言葉を聞いた瞬間、一輝の頭の中に衝撃が走った。額から頭頂に向けてクワッーと駆け上るようなショックが波状的に襲ってきた。頭痛などではなかった。何故か目の前がグルグル回り、胸が締め付けられるような苦しさを覚えた。何とかコントロールしようと試みるが一向に収まる気配はない。
その瞬間、一輝の脳裏には、今眼前に見えている光景とは別のある光景が繰り返し浮び上がっていた。決して忘れることの出来ない恐ろしい光景。一輝は、怒涛のごとく打ち寄せる動悸とめまいのせいで、記者席の片隅にうずくまった。
 しかし、大臣の言葉で騒然となった記者会見場の中にあっては、誰一人として一輝の異変に気付く者はなかった。飛び交う怒声とまばゆいフラッシュの光が点滅する中、一輝は次第に意識が薄らいでいくのを感じた。そして、一輝がようやく我に返った時、広い記者会見場の中にポツリと1人残された自分を発見した。


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