2060年5月 「ここで、虐殺されたお年寄りの数は20万人に上ると言われています。」 引率の先生の案内に従い、子供たちはゾロゾロと博物館の中を見学して回った。その広大な館内はざっと見て回るだけでも最低2時間はかかった。実際の施設はさらにその数倍の規模があったと言われている。 「でも、どうしてそんなひどいことをしたのかな。」 「そうよね、うちのおばあちゃんなんか、いつもお小遣いくれるのに・・」 30年前に実際にこの場所で起きた痛ましい事実も、今の子供たちにとっては単なる歴史の1ページに過ぎない。いや、むしろ想像しろという方が無理なのかもしれない。 やがて、見学者の一団は、「旅立ちの部屋」と書かれた展示室に入る。壁一面に美しい花の絵が描かれたその部屋は、そこで行われた恐ろしい儀式とは対照的に艶やかな色に包まれていた。部屋の中央のベッドには、一体の老人姿の人形が横たえられ、そのやせ衰えた左腕には点滴の管がつながれている。 「あの、点滴の液が全部落ちると、寝ている人は眠ったまま天国に逝くのです。」 先生の説明が続く。 「眠ったままあの世にいけるんだったら、最高じゃん。」 「こらっ、仁君。ダメ、そんなひどいことを言っちゃ。」 「でも、うちの父さん、いつも言ってるよ。あれは間違いじゃなかった、あれがあったから今の俺たちがあるんだって。」 「それは、間違いよ。たとえどんな理由があるにしても、人が人の命を奪う。それって絶対あってはならないことなの。」 先生は怖い顔で仁をにらみつけた。 「そうかなあ。」 仁は、少し不満げな表情で、ふてくされてみせた。その間にも、他の子供たちは「出口」と表示された扉の外へと、笑顔を浮かべながらゾロゾロと繰り出して行った。
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