「ねえ、ミーちゃん、好きな人いるんじゃない?」 「え、何よ、突然に、ビックリするじゃない」
十二月も半ばを過ぎ、あと数日で冬休みになろうとしている昼休みである。男子生徒の殆どは校庭でサッカーや野球をして遊んでいる。その反面、女子生徒の多くは教室でおしゃべりに花をさかせている。
「だってさ、そんな感じがするんだよね。正直にげろしちゃいなよ」 「だから、何よ突然にも〜」 「なんかさ、最近のミーちゃん、いつも誰かをみているんだもん」 「そんな事は無いよ。いつもと同じだよ」
ストーブを囲んでのお喋りは、男子生徒が殆どいないせいか声も自然と大きくなって行く。そんな声につられてか周りの女子生徒も話の輪に入ってくる。そう言う話には特に敏感なのだろう。
「え〜、ミーちゃん、好きな人がいるんだって、誰なの?」 「そんな人いないわよ」
クラスで仲良し三人組は、同じソフトボール部で汗を流した後いつも一緒に帰る。でも、今日の部活はいつもと違った。ミーちゃんが部活の途中で調子が悪いと言って先に帰ってしまった。 翌日、ミーちゃんは休みだった。先生の話では、昨夜、虫垂炎で緊急入院したとの事であった。 その週末、仲良し三人組はミーちゃんのお見舞いに行った。
「ミーちゃん、元気?」 思いっきりの笑顔で病室に入って行った。 「ハーイ、元気だよ〜」 元気な声がかえってきた。 「あ〜良かった! 本当にビックリしたよ。いきなりだもんね」 「私もビックリしたんだから〜、いきなりお腹が痛くなって気持ち悪くなってさ。病院に行ったら、即、手術だよ。」 「え〜、そうだったんだ。大変だったんだね〜」
この二人はお見舞いに行く前日にこんな話をしていたのだ。 「ねえ、シノちゃん、明日ミーちゃんのお見舞いに行ってさ、本当の事を聞いちゃおうよ」 「本当の事って何?」 「ミーちゃんの好きな人を聞きだしちゃおうと思っているんだ」 「う〜ん、花ちゃんって結構しつこいんだね」
二人は、日曜の午後一時に病院の前で待ち合わせをした。病院は町の中心街にあり交通の便も良い。街中では大きい総合病院である。 仲良し二人がお見舞いに来てくれた事でミーちゃんは嬉しくて仕方が無い。その様子が二人にも良く分かった。手術後、白い壁の病室から窓越しに外を眺めているのが精一杯だったからだ。
「ね〜、ミーちゃん、この前の話しなんだけどさぁ〜」 「どうしたの?花ちゃん。何か話しづらそうだね」 「うん、お見舞いに来てこんな話しもと思ったんだけどね・・・・・やっぱり、やめとくよ」 「どうしたの、花ちゃんらしくないよ」 「う〜ん、じゃ〜お言葉に甘えて話すはね。・・・・実はね、ミーちゃんの好きな人がどうしても気になって仕方がないんだよね。実は私も気になっている人がいるんだ。だからね、ダブっていたらどうしようかと思って・・・・・だから、どうしても聞いておきたいんだ」 「え〜、そうだったんだ、花ちゃんも好きな人がいるんだ〜。二人ともそんな人がいて良いな〜」 今まで黙って二人の話しを聞いていたシノが羨ましそうに話し出した。 「好きな人がいるって、それだけで何だか毎日が楽しいんじゃないかな〜って思うんだよね。だってさ、その人がもし近くにいるんなら、それだけでも幸せな気持ちになれるんじゃないかな〜って思うんだよね」
まだ中学一年生ではあるが、やっぱり女子生徒の方が男子生徒よりもこういう面の成長は早いのである。男子はまだまだ正直、異性には興味はあるもののサッカーや野球をしていた方が楽しいのだ。
「実はね」 ミーちゃんが二人の顔を見ながらゆっくりと話しを始めた。 「背が高くてね、スポーツマンの人なんだ」 「う〜ん、じれったいな〜、名前をきかせてよ〜」 ミーちゃんは、ちょっと照れながら 「実はね〜、田中君なんだ」 花は目を少し丸めて、 「へえ〜、田中君ね〜、確かに背が高くてスポーツマンだよね」 その後、シノがしみじみと言った。 「確かにそうだよね。田中君って色黒でスポーツマンで格好良いよね〜」 ミーちゃんは花の顔を見ながら 「ところで、花ちゃんの好きな人は誰なの? 私が話したんだから、今度は花ちゃんの番だよ」 花は少し笑みを浮かべながら、 「私、実は・・・いないんだよね〜」 「え〜、ずるいよ。私、正直に話したのに〜」 ミーちゃんは少し怒った様子だった。花ちゃんは、そんなミーちゃんの顔をみて、 「ごめんねミーちゃん。私ね、ミーちゃんのキューピットになろうと思っていたんだ。だからね、 こんな嘘を言ったの。本当にごめんなさい。私ね、ミーちゃんの好きな人にその思いを分かってもらいたいと思ったの。片思いも良いかも知れないけど、相手にミーちゃんの気持ちをちゃんと伝えたいと思ったの。余計なお世話かも知れないけど、人を好きになれるって素敵な事だと思うんだよね」 花はしみじみと話しをした。その真剣な目にミーちゃんは驚きを隠しきれなかった。 「ありがとう、花ちゃん。ずるいなんて言って私こそごめんね」 そんな二人の話しを聞いていたシノちゃんも、今までとは違う真剣な花ちゃん言葉に驚いていた。そして、シノちゃんが言った。 「花ちゃんって凄いよね。そんな事考えていたんだね。私なんか、そんな人いないからな〜。ミーちゃんはいいな〜」 ミーちゃんが花ちゃんの方に顔を向けて 「そんな事はないわよ。だって私ね、勝手に思っているだけで田中君がどう思っているか分からないし、たぶんね、私には全然興味が無いんじゃ無いかな〜って思っているんだ」 ミーちゃんは病室の窓に目をやり、田中君の事を考えている様子だった。一瞬、病室が静かになった。次ぎの瞬間、花ちゃんが口を開いた。 「ねえ、ミーちゃん、私にね、良い考えがあるんだけど〜」 窓に目をやっていたミーちゃんは花ちゃんの顔をみた。花ちゃんはミーちゃんの顔を見ながら、 「あのねミーちゃん、交換日記ってどう?」 その言葉を聞いて二人はビックリした顔で花ちゃんの顔を見た。そして、一瞬間をおいてミーちゃんが口を開いた。 「え! 交換日記?」 「そう、交換日記だよ」 全然予想もしていなかった言葉だった。花ちゃんが話しを続けた。 「もし、ミーちゃんさえ良ければ私が田中君にミーちゃんの気持ちを伝えてあげるよ。そして、交換日記をしたい事もね」
ミーちゃんは、クラスの女子生徒の中でも何かと目立つ存在なのである。勉強もスポーツも出来たのだ。ただ、田中君に対しては遠くから見ているだけしか出来なかったのである。そんな思いを花ちゃんは感じ取っていたのだ。
月曜の部活帰りに花ちゃんは、学校の正門の前で田中君を待っていた。田中君はバレー部に入っていた。暫くすると、スポーツバックを肩に下げて正門に向かって歩いて来た。 花ちゃんは田中君に手を振りながら、 「ねえ、田中君。話しがあるんだけど・・・・」 「おう、花じゃん、どうしたんだ」 その爽やかな笑顔に花ちゃんの胸もドキッとした。 「あのね田中君、実はね、ミーちゃんの事なんだけどね」 ミーちゃんの顔は少し赤くなっていたが夕方の暗さで田中君には分からなかった。 「ミーちゃんがどうしたって、今、虫垂炎で入院しているんだよな」 ハスキーな声が妙に落ち着いている。花ちゃんもこうして田中君と二人で話しをする事は初めての事だった。やっぱり田中君って「格好良いな〜」と花ちゃんもつくづく感じた。 「あのね、田中君、実はね、突然でビックリすると思うんだけどね。ミーちゃんが田中君の事を好きなんだよ。本当はね、自分で話せば良いんだろうけど恥ずかしくて話せないみたいなんだ。そこでね、私が間に入ってミーちゃんの思いを伝えようと思ってね。余計なおせっかいなのは分かっているんだけど、ミーちゃんを見ているとどうしても田中君に対する思いを伝えたかったんだ」 その後も花ちゃんはミーちゃんの思いをしみじみと田中君に伝えた。田中君は黙って花ちゃんの目を見て聞いていた。花ちゃんの目は真剣で優しい目をしていた。 「ありがとう花。ミーちゃんの気持ちが良く分かったよ。花さ、もし良かったら俺の気持ちも伝えてくれないか? 俺もミーちゃんが好きなんだとね。だから、交換日記はOkだよ」 実は田中君もミーちゃんの事が気になっており好意を抱いていたのだ。
数日後、ミーちゃんは元気に学校に来た。 「おはよ〜」 元気な声が教室に響いた。先に来ていたクラスの仲間が駆け寄って来た。 「おはよ〜。ミーちゃん元気になって良かったね〜。もう、すっかり良いの?」 皆から同じ言葉が飛んできた。それにミーちゃんは思いっきりの笑顔で答えた。 「うん、ありがとう〜。もう、すっかり元気だよ」 その皆の後ろに田中君の爽やかな笑顔がみえた。 「おはよ〜。ミーちゃん、元気になってよかったね」 そのハスキーで優しい声にミーちゃんは自分の顔が少し赤くなって来ているのが分かった。周りにいたクラスの仲間はその二人の様子にすぐに気付いた。しかし、二人を冷やかす者は誰もいなかった。二人はクラスでも人気者同士である。冷やかすと言うより羨ましがられた。
ミーちゃんは、その日の部活帰りに正門の前で田中君を待っていた。田中君は一人で、いつもの様に肩にスポーツバックを下げて来た。 実は、昼休みにミーちゃんからの手紙を花ちゃんが田中君に渡していたのだ。 ・・・今日の部活帰りに正門の前に待って入るね。でも、恥ずかしいので一人で来てね。交換日記を渡すね・・・・
「お待たせ〜」
部活が終わる時間になると外はすっかり暗くなっている。でも、正門の前には街灯があって誰がいるのかは分かる。片手を上げて爽やかな笑顔の田中君がミーちゃんの目の前に来た。ミーちゃんの胸はドキドキしていた。 「来てくれてありがとう。手紙読んでくれたんだね。すごく嬉しいな」 田中君の顔も少し赤い感じがした。 「うん、昼休みに花から手紙もらってから嬉しくてさ、早く部活が終わらないかと思っていたよ」 少し照れた様子で話す田中君が素敵に感じた。そして、ミーちゃんは右手に持っていた紙袋を田中君に渡した。 「この中に交換日記が入っているわ。最初は私が書いておいたから後で読んでね」 「ありがとう。あのねミーちゃん、交換日記って毎日書くの?」 ちょっと不安そうな顔だった。 「ううん、そんな事はないわよ。田中君が何か書いたら渡してくれたらいいんだよ」 ミーちゃんは照れながら、でも田中君の優しい目を見ながら言った。 「あ〜良かった〜。実はさ、俺、字は下手だし、文章書くの苦手なんだよね」 そう言いながら頭をかく田中君がちょっと格好良いと言うよりかわいいと思った。
その夜、田中君はミーちゃんの日記を読んだ。それは、自分に対する思いがせつせつと書かれていた。文章も上手だった。 田中君はミーちゃんの思いをしっかり受け止め、また、自分の思いも日記に書いた。それは、入学してからずっとミーちゃんが気になっていた事。それが日に日に強くなって行った事。そして、それは恋と言うものなのかと感じる様になっていた事など。
年が明け、田中君は日記にこんな事を書いた。 ・・・・・今度の日曜日に、二人で会わないか?・・・・・ 田中君は、この言葉を書くのにかなりの勇気がいった。学校では普通に話をしているけど、二人きりになったらどうして良いか分からないからだ。 翌日にミーちゃんからの日記には、その返事が書いてあった。 ・・・・・うん、いいよ・・・・・・・ 田中君は、舞い上がってしまった。なぜなら、この言葉しか目に入ってこなかったからだ。
待ち合わせ場所は、学区内の公園の入り口にした。 午後二時、その時が来た。 田中君はバスに乗って近くまで行き、そこから歩いて五分、田中君の胸は張り裂けそうに高まっていた。待ち合わせ場所には次の角を曲がる。そして、次の瞬間ミーちゃんの姿が見えた。
ミーちゃんは、昼食も殆どのどを通らなかった。もう胸の高まりを抑えるだけで精一杯だった。 約束に時間が刻々と迫ってくる。ミーちゃんは、はやる気持ちを抑えきれずに早々に支度をして、待ち合わせ場所には十分前に来ていた。そして、田中君が来るであろう曲がり角をずっと見つめていた。ミーちゃんの胸もドキドキであった。そして、田中君の姿が見えた時は胸が張り裂けそうであった。
田中君は右手を軽く上げて、 「ミーちゃん、早いね。待って居てくれたんだね。ありがとう。遅くなってごめんね。」 ミーちゃんは顔を左右に振って、 「ううん、そんな事は無いよ。私が早く来ていただけだから」 ミーちゃんは、田中君の優しい言葉と嬉しさで言葉が詰まってしまった。 田中君は恥ずかしそうに言った。 「ねえ、ミーちゃん、公園を散歩しようか?」 ミーちゃんは小さくうなずいた。 「うん」
二人は公園の中に入って行った。ミーちゃんは田中君にくっついて歩きたい気持ちと、恥ずかしい気持ちが入り乱れ、微妙な間隔で歩いていた。田中君は何も言わず黙って歩いていた。しばらくして、 「ミーちゃん、寒くないか?」 田中君のハスキーな優しい声だった。 「うん、寒くないよ」
ミーちゃんは、田中君と二人だけで公園を散歩しているだけで身体中が熱くなっていたのだ。 次ぎの瞬間、左手に暖かい手の感触が伝わってきた。私は田中君の顔を見た。そこには、田中君の優しい顔が私を見つめていた。 「ミーちゃんの手、少し冷たいけど柔らかいね。このままつないでいていいかな?」 「うん、いいよ」 ミーちゃんの胸はドキドキしたままであった。学校では普通に話せるのに、二人っきりなると中々話せない自分に少し苛立ちを感じながらも、何とも言えない幸福感を感じていた。
「ねえ、ミーちゃん、あそこのベンチに座ろうか?」 「うん、いいよ」 ベンチの前に来ると田中君はチェックのハンカチを出した。それをミーちゃんが座る位置にそっと敷いた。 「少しベンチが汚れているからね」 田中君の優しさがミーちゃんの胸を打った。 「ありがとう。田中君ってホントに優しいよね」 田中君は微笑んでいた。 「ありがとう」
ミーちゃんは色々と話をしたいけど言葉が詰まって出て来ない。そんなミーちゃんの気持ちを感じ、田中君は勇気を出して話を切り出した。 「ねえ、ミーちゃん、俺ね、今、すっごく嬉しくて、どうして良いか分からないけど、ただ、こうして二人でいる事が夢の様なんだよね」 田中君の落ち着いたハスキーな声が優しかった。 「うん、私もそう思っていたんだ」 「そうなんだ、同じ気持ちで居たんだね。何だかものすごく嬉しいな」 そう言う田中君の顔は少しピンク色に染まっていた。 「そう言えば田中君、この前のバレーの試合、大活躍だったよね。実は私ね、見に行っていたんだ」 ミーちゃんは少し照れながら、ちらっと田中君の顔を見た。 「え〜、本当、今まで何も言わなかったじゃん」 「ごめんね、だってね、一人で見に行っていたから恥ずかしくて言えなかったの」 「そうだったんだ〜。でも、今 言ってくれて嬉しいよ」 田中君の顔は微笑んでいた。 「ミーちゃんもこの前ソフトボールの試合だったね。俺は見に行っていないけど地区大会で準優勝だったじゃん。すごいよな〜。そうそう、ミーちゃんはサードを守っているんだよね。サードってさ難しいよね。実はさ〜俺、ソフトボールは苦手なんだよね」
田中君は小学時代に子供会のソフトボール大会でピッチャーを務めていた。夏の大会に向けて春から練習を重ね、コントロールも良くなり順調に肩の調子も上がってきた。しかし、小学生というまだ身体がしっかり出来ていない時に無理な練習をした為、試合前に肩を痛めてしまったのだ。しかし、田中君は誰にも言わずにそのまま試合に出て大敗してしまったのだ。
そんな話をミーちゃんに話した。 「そうだったんだぁ〜、話してくれてありがとう。でも、田中君はスポーツマンだから今なら何でも出来そうだよね」 ミーちゃんは優しい笑顔で話しかけた。 「そんな事は無いよ。俺はね、スポーツマンじゃなくてスポーツが好きなだけなんだよ。身体を動かす事が好きなだけなんだよね」
二人の話はその後途絶えることなく続き楽しい時間が過ぎて行った。 「ねえ、ミーちゃん、寒くないか? そろそろ帰ろうか?」 「ううん、寒くないよ。私ね、こうして田中君と楽しく話が出来てとても嬉しいの。でも、そうだよね、そろそろ帰ろうかな」
二人はベンチから立ち上がった。ミーちゃんは田中君が敷いてくれたハンカチをポケットにいれて 「田中君、このハンカチありがとう。洗濯して返すね」 田中君は少しビックリした様子で 「え、大丈夫だよ。悪いじゃん」 「そんな事ないよ。私が座ったんだから、お願いだから私に洗濯させて欲しいの」 少し間を置いて 「分かったよ、ありがとう。嬉しいよ、ミーちゃんって本当に優しくて気が利くんだね」 田中君は笑顔だった。
「ねえ、ミーちゃん、家まで送らせてね」 そう言うと田中君の手の温もりを指先に感じた。
桜の花も満開になり新入生が入ってきた。二年生になった二人はクラスが別々になってしまったが、交換日記は続けていた。部活においても三年生は夏前で引退となる為、殆ど二年生が中心となっていく。そんな中で二人も部活に忙しい毎日を送っていた。 そして、毎年行われているスポーツテストの日がやってきた。二人ともスポーツは得意なので楽しみにしていたのだ。 五〇m走、ソフトボール投げ、走り幅跳び、一五〇〇m走などなど、田中君は全てにおいて高得点だった。
・・・・・田中君、スポーツテスト凄かったね。殆どの種目で高得点なんだってね・・・・・ ミーちゃんからの日記には田中君の結果をたたえる言葉が並んでいた。田中君はビックリした。 ・・・・・ねえ、ミーちゃん、何で知ってるの? 俺、何も話してないのに・・・・・
日記を読んだミーちゃんは、思い切ってその夜田中君に電話を掛けた。 「もしもし、田中君。こんばんは」 少し緊張している声だった。 「こんばんは、ミーちゃん、ビックリしたよ。でも、嬉しいよ。電話が来るなんて思いもしてなかったからね」 「うん、学校ではクラスも違うし、会えないし、毎日の日記はそれはそれで嬉しいんだけど・・・たまには直接お話もしたくなったの」 「そうだよね、一年の時とは違ってクラスも違うからね。一日中顔を見ている事も出来ないし、話も出来ないからね」 久しぶりに田中君のハスキーな声が優しかった。 「ねえ、田中君。日記にも書いたんだけどスポーツテストは凄かったね」 「ありがとう。でも、情報早いよね〜。誰から聞いたの?」 「うん、クラスの皆が教えてくれるんだよ」 「そうなんだ〜。良いクラスだね」 「だってね、田中君。知ってる? 私達の事、学年中の人が知っているみたいだよ」 「え〜。本当に?」
実は、この二人だけが知らないだけで、噂は先生にまで広がっていたのだ。でも、先生達も何も言わず静かに見守ってくれていたのだ。
久しぶりに話をした二人は気が付くと一時間が経っていた。 「ごめんなさい。田中君。長電話しちゃって」 「そんな事は無いよ。凄く嬉しかったよ。たまには電話も良いね。ねえ、ミーちゃん、今度の連休も部活で忙しいだろうけど、もし、一日休めたら会わないか?」 「うん、嬉しいわ。それじゃあ、部活の予定聞いておくね」
それから連休前日、ようやく部活の予定が分かった。ミーちゃんは、早くその予定を田中君に話したくて、部活帰りに正門の前で田中君の帰りを待っていた。しばらくすると、田中君が来るのが見えた。いつもの様にスポーツバックを肩から下げて大きな身体が近ついて来た。田中君はミーちゃんの姿を見ると優しい顔で右手を上げた。 「ミーちゃん、どうしたの? 待っててくれたの?」 ハスキーな優しい声だった。 「うん。連休の予定が分かったからね、早く田中君に教えようと思って待ってたんだよ」 ミーちゃんの可愛らしい声に田中君は顔を少し赤らめた。 「そうだったんだ。ありがとう。待たせちゃってごめんね」 「そんな事は無いわ。私が勝手に待っていただけだから・・・それでね、部活の休みは連休最後の日なんだけど、田中君はどう?」 ミーちゃんは少し不安げに田中君の顔を見た。 「あ〜良かった。俺もね、その日が休みなんだ。また、ゆっくり会うことが出来るね。嬉しいよ」 田中君は顔を緩めて本当に嬉しそうだった。 「本当? よかった〜。私も嬉しい〜」 ミーちゃんは、顔を少し赤らめて答えた。そして、カバンから日記を出して田中君に渡した。 「ありがとう。ねえ、ミーちゃん、俺の日記はいつも大したこと書いてなくてごめんな。でも、ミーちゃんの日記が楽しみだし嬉しいんだよね」 田中君は、少し照れながらも優しかった。 「ううん、そんなことは無いわよ。私も田中君の日記が楽しみなんだから」 「そう言ってくれると嬉しいよ。ミーちゃんってホントに優しいよな〜」
そんな二人の話をしている所にバレー部の顧問の先生が近ついて来た。 「オイ、そこの二人、仲が良いのは分かったから早く帰らないと駄目だぞ」 先生の優しい言葉だった。先生は二人に声を掛けるとさっさと帰ってしまった。二人は、一瞬ドキッとしたが、顔を見合わせると何だか可笑しくて笑ってしまった。
「じゃあ、遅くなるから帰ろうか。いつもの公園の前に二時でいいかな?」 「うん、いいわよ。楽しみにしているね」 「俺もだよ。じゃあ、気をつけて帰ってね」 「ありがとう。田中君も気をつけてね」 二人は笑顔で手を振りながら家路についた。
初めて二人で会ってから何度も会っては居るものの、いつも会う時は心が躍る様なそんな感覚で楽しみだった。 約束の日はすぐに来た。田中君はいつもの様にバスに乗って行った。バスから降りて公園まで歩いて十五分はかかる。田中君は、歩きながらミーちゃんとの初デートの時を思い浮かべていた。あのドキドキ感は今も変わらない。 公園に行くには、ミーちゃんの家の側を通る。ふっと、ミーちゃんの家の方を見ると、ミーちゃんが家から出てくるのが見えた。田中君はドキッとしたが、すぐに右手を上げていた。 ミーちゃんはすぐに気が付いて、小走りに走ってきた。 「田中く〜ん」 甘くて優しい声に田中君の胸は高鳴った。それをミーちゃんに気付かれない様にこらえた。 「よう、ミーちゃん。ジャストだね」 少し声が振るえているのを自分で感じていた。田中君はいつもそうであった。学校では普通に話せても、いざ二人で話すときはかなり照れてしまうのだ。 「何か嬉しいな〜。少しでも早く田中君に会えて」 そう言うミーちゃんの顔は満面の笑顔だった。 「うん、俺もだよ」 そう言うと、田中君はミーちゃんの手も取り歩き始めた。田中君は照れながらも二人の時は手をつないでいるのが普通になっていた。指先だけだは無く、しっかりとつないでいた。
「ねえ、ミーちゃんの手、冷たいね」 「うん、いつもそうなの」 その言葉が終わらない内に、つないだ手を田中君のジャケットのポケットに入れた。 「こうすれば暖かいよ」 「うん、ありがとう。暖かいね」 「でも、歩きずらいんじゃないの、大丈夫?」 「大丈夫だよ。このままで良いよ」
二人はしっかりと手をつないだまま公園の中に入って行った。公園の中は綺麗な花が咲き、大きな木の枝の隙間からは温かな日差しが差し込んでいた。綺麗に整備されている花壇の側をゆっくりと歩いて行った。 「綺麗な花だね」 田中君がしみじみと言った 「うん、ねえ、この花の名前知ってる?」 「ごめん、俺、花の名前は良く分からないんだよね。でも、綺麗な花っていいよね。見ているだけで気持ち良くなるよね」 話をしながら歩いている時突然ミーちゃんが話を切った。 「ねえ、田中君、あそこのベンチに座らない?」 そこは、二人が初めてこの公園に来た時に座ったベンチだった。ベンチの前には花壇が整備されているものの、ベンチの左右は大きな古木で覆われていた。その高い枝の葉の間から柔らかい日差しが差し込んでいる静かな場所であった。 田中君はベンチの前に来るとハンカチを出そうとした瞬間、ミーちゃんがバックからハンカチを二枚出してベンチに敷いた。 「あ、ミーちゃん。そんな綺麗なハンカチ出したら汚れちゃうよ」 「ううん、いいの。このハンカチはこの為に用意してきたから」 ミーちゃんは、この約束が決まった翌日、あの二人で初めて座ったベンチに座る事を考えてこのハンカチを用意していたのだ。 「何だか悪い様な気がするけど、ミーちゃんのハンカチに座るのも気持ちが伝わって嬉しいよ」 「うん、ありがとう。私も嬉しいわ」 「ねえ、ミーちゃん。このベンチは初めてミーちゃんと座ったベンチだよね」 田中君はミーちゃんの顔を見ながら優しく話しをした。 「うん、そうだよ。実は私ね、理由は分からないんだけど今日はこのベンチに座りたいなあ〜って思っていたの」 少し顔を赤らめてミーちゃんが言った。 「そうなんだ、でも、その気持ちは俺も分かる様な気がするな」 田中君は、優しくミーちゃんの顔を見ながら言った。
少しの間、話が途絶えた。周りには誰もいない静かな空間だった。二人の鼓動が聞こえる様な静けさの中、突然ミーちゃんの肩に温かい感触が伝わってきた。ミーちゃんは、一瞬身体を硬直させたが、それが田中君の手である事が分かった瞬間、何とも言えない幸福感があった。ミーちゃんは 田中君の顔を見ると、田中君もミーちゃんを見ていた。優しくて澄んだ瞳に吸い込まれそうな感覚にミーちゃんは自然に田中君の肩に身を寄せていた。その瞬間、田中君の温かい感触がミーちゃんの唇に伝わってきた。ほんの一瞬であった。 「突然、ごめんね。ミーちゃんを見つめていたらね、その可愛い唇に吸い込まれちゃった」 頭を掻きながら顔を赤らめていたが、その言葉は優しさで溢れていた。 「ビックリしたけど嬉しかったわ」 ミーちゃんは、田中君の顔を見ながら静かに優しく言った。 「ねえ、ミーちゃん、少し歩こうか?」 「うん、いいわよ」 一緒に立ち上がると、田中君は二つハンカチを取り自分のポケットに入れた。 「今度はこのハンカチは俺が洗ってくるから、少し預かるね」 でも、ミーちゃんは優しく断りを入れた。 「田中君の気持ちは凄く嬉しいけど、今日のこのハンカチは私の記念にしておきたいの。汚れてもいないしね。そのまま大切に取って置きたいんだ。ねえ、良いでしょう?」 ミーちゃんの言葉が田中君の心に響いた。 「うん、分かったよ。ミーちゃんって本当に素敵な心を持っているよな〜」 田中君は、ポケットに入れたハンカチをミーちゃんに渡した。 「ありがとう。わがまま言ってごめんね」 「ううん、そんな事ないよ」 田中君はミーちゃんの心の優しさと気持ちの深さに驚いていた。同じ年ではあるものの自分とはかなり考え方が深く大人だな〜って感じたのだ。
しばらく、二人は公園を歩いた。しっかりと手を繋ぎ田中君はミーちゃんの歩幅に合わせている。 ミーちゃんは、ぴったりと田中君に寄り添っていた。ミーちゃんの温もりが心地良かった。 「そう言えば、田中君、クラブは軽音楽だったよね」 「うん、そうだよ。部活とは違うし、先生も部活とは違うものを選択するようにって事だったからね」 「なんで軽音楽なの?」 「前から音楽は好きだったしね。それに、今年赴任してきた音楽の先生が優しくて丁寧に教えてくれるからね。思わず選択しちゃったんだ」 「そうだったんだ」 「確か、ミーちゃんは合唱クラブだったよね」 「うん、私も音楽は好きなんだけど、楽器は出来ないから歌うほうなら何とかなるかな〜って思ったの」 二人とも音楽は好きであったが田中君は興味があるものには飛び込んで行く性格である。また、ミーちゃんは安全な方を選択する性格である。 「夏にある文化祭には何か演奏するの?」 ミーちゃんは、田中君の顔を覗き込むように訊ねた。 「うん、実はね。クラブの仲間でバンドを結成することになったんだ。それでね、フォークロック調の曲をやろうって事になってね、次のクラブの時間から練習することにしたんだよ。ミーちゃんのクラブではどうなの?」 「うん、合唱クラブも全員で歌うことにしたわよ。ねえ、それで田中君はバンドで何の楽器なの?」 ミーちゃんは、興味深々で聞いてきた。 「実はね、驚かないでね。ドラムをやる事にしたんだよ」 ミーちゃんは、ビックリした。 「本当に?田中君、ドラムはたたけたの?」 「ううん、実はこの前のクラブの時間に初めてたたいたんだよ。でもね、楽しかったよ。先生が丁寧に教えてくれたおかげで、一時間でエイトビートを覚えたんだ」 「それって凄いよね。一時間で覚えるなんて普通じゃ考えられないと思うわ」 「ありがとう。でもね、先生のおかげだよ。教え方が上手いからだよ」 「確かに、あの先生は教え方が上手いわよね。でも、田中君は器用なんじゃないかな〜っておもうわ」 「ミーちゃんにそう言ってもらうと嬉しいよ」 会話を楽しんでいる内に時間はアット言う間に過ぎて行った。いつの間にか二人の影が長く伸びる様になっていた。 「そろそろ帰ろうか?」 まだまだ一緒に話をしていたいし、一緒にいたい気持ちはあるものの優しくミーちゃんを促した。 「う〜ん、そうだよね」
田中君はミーちゃんの手をとり歩き始めた。帰り道に於いてもお互いにクラブの話をした。二人の話は耐えることなくアット言う間にミーちゃんの家の近くに来ていた。 「ミーちゃん、今日は楽しかったね。ありがとう」 「私も楽しかったわ。本当はもっと話して居たいんだけどね」 ミーちゃんの顔は少し寂しい感じだった。 「ありがとう。その気持ちだけでも嬉しいよ。じゃあ、また明日、日記は明日の帰りまで待ってね」 「うん。楽しみにしてるわね」
田中君は、繋いでいた手をなごり惜しい感じで離しながら、その手を上げて優しい顔を残しながらバス停に向かった。
クラブの時間になった。文化祭も近つき練習にも力が入ってきた。エレキギター、キーボード、ベースギター、ドラム、そして歌が入る。自然と音も大きくなる。そうなると、他のクラブから苦情が出るようになってしまった。しかし、担当の先生は、 「まあ、少しも音を控えめにな」 なかなか話の解る先生だと皆が思った。この先生は本当に音楽が好きで、しかも生徒に対してもかなり自由にさせてくれていた。そのおかげでクラブの皆はのびのびと練習が出来た。
ミーちゃんのクラブは、田中君のクラブの教室からは建物が隣であったが、同じ二階で窓越しの教室であった。その為に、田中君達の演奏が良く聞こえていた。また、ミーちゃん達が歌う歌も田中君の教室にも聞こえていた。
「ねえ、田中君、今日のクラブの演奏は素敵だったわよ」 「うわ〜、ビックリだよ」 ミーちゃんは日記を渡す為に田中君の帰りを正門の前で待っていた。でも田中君をビックリさせようと木の陰に隠れていた。田中君が近くに来てから顔を出していきなりの言葉だった。 「いきなりでごめんなさ〜い。ホントにビックリさせちゃったわね」 「うん、びっくりしたよ。でも嬉しいよ。だって、ミーちゃんだったからね」 「そう云ってくれると嬉しいわ」 「そうそう、何で、俺達の演奏どこで聞いていたの?」 「だって、私達のクラブの教室は窓越しだから良く聞こえるのよ」 「あ、そうだったね。ごめんね。うるさくてミーちゃん達の練習を邪魔しちゃったね」 田中君の優しい気持ちが顔に表れていた。でも、そう言いながらもミーちゃんが自分の演奏を聞いていてくれた事に嬉しい気持ちだった。 「ううん、そんな事は無いわよ。だってね、私達のクラブの人はね、皆して田中君達が演奏している曲を聴いていたのよ。私達のクラブの先生も感心して聞いていたわよ。ここまで本格的にバンドで演奏するのは初めてだって言っていたわよ」 「え〜、そうなんだ〜。それって凄い事になっているのかも知れないね」 「うん、たぶん凄い事なんじゃないかな〜。私も良く知らないけど、文化祭に本格的にバンド演奏するのは初めてらしいわよ」 確かに文化祭の本番に、しかも体育館での演奏は初めての事であった。担当の先生が他の先生や校長先生に頭をさげてかなりの協力を求めた事を知ったのは卒業してからの事であった。
また、この時期は部活動においても大きな試合が迫っていた。三年生にとっては最後の試合になる為、自然と練習にも力が入ってくる。田中君が入っているバレー部は伝統があり毎年この時期は県大会で優秀な成績を収めていた。また、ミーちゃんが入っているソフトボール部も同じく県大会の常連校として名を連ねていた。
・・・・・・ねえ、田中君、もうすぐ試合だね。お互い三年生を気持ち良く卒業させる様に頑張ろうね・・・・・・ ・・・・・・そうだね、お互いに力の限りだね。でも怪我だけはしない様に注意しようね・・・・
そんな日記を交換している内に地区大会が始まった。最初は田中君のバレー部だった。順調に勝ち進み決勝戦の会場はいつも練習している自分達の体育館であった。試合は土曜の午後であった為、多くの生徒が応援に来た。勿論、ミーちゃんは部活のメンバーと一緒に応援に来ていた。
「ガンバレー、ガンバレー、我が一中〜。ガンバレー、ガンバレー田中〜」 そんな応援がクラスの仲間から飛んでいた。ミーちゃんも心の中で叫んでいた。 「ガンバレー、ガンバレー田中〜。ガンバレー、ガンバレー田中〜」
白熱した決勝戦となった。ラリーが続き一点入れると相手もまた一点を入れる。そんな試合であった。セットポイント一対一となった。体育館全体が一中コールで響く中、三セットめが始まった。 選手達の汗が応援席まで飛んで来くる。そんな勢いであった。そして、一中がマッチポイントを迎えた。しかし、一点差である。そのサーブは田中君であった。応援者全員がサーブに声を揃えた。 「ソーレ」 田中君の得意なジャンピングサーブだった。ボールはネットギリギリに相手コートに突き刺さった。 「ピー」 主審の笛が体育館に響いた。 「やったー、やったー」 体育館全体が喜びの声で渦巻いた。
・・・・・・田中君、凄く素敵だったわよ。私ね、感動して涙が出て来ちゃったわ。・・・・・・・ ・・・・・・ありがとう。優勝出来たのも、俺が頑張れたのもミーちゃんの応援のおかげだよ。今度はソフトボール部の試合だね。今度の日曜日だよね。俺、絶対応援に行くからね・・・・・・・ ・・・・・・ありがとう。私も、田中君に負けないように頑張るね・・・・・・・・・・・・・・
ソフトボールの試合会場は二中のグランドだった。田中君は、自転車で応援に行った。自転車を校舎の隅に置きグランドに行った。会場は二中生でいっぱいだったが、一中側のベンチ裏には数十人の一中生が応援に駆けつけていた。その中には花ちゃんとシノちゃんの姿もあった。こうして、一年の時のクラスメートが顔を揃えるのも懐かしい気がした。 「お〜い、花ちゃん、シノちゃん、やっぱり来ていたんだね」 田中君の声に二人は振り返った。 「田中君、やっぱり来ると思ったわよ」 花ちゃんの元気な声が帰ってきた。シノちゃんは笑顔でこっちを向いていた。 「それはね、そうだよ。だって、そうなんだからさ」 何だか良く分からない言葉に、花ちゃんとシノちゃんは笑ってしまった。 「そんなに笑うなよ。照れるじゃん」 「相変わらず田中君は清々しいね」 花ちゃんが言った。 「何、それ。俺、ほめられてるのかな〜」 「うん、そうだよ。ミーちゃんが好きになるのが良く分かるわよ」 「おいおい、それよりもうすぐ試合始まるよ。ちゃんと応援しようぜ」 田中君は、話をそらした。花ちゃんはそれ以上話を続けるのは止めて応援をすることにした。 「プレイボール」 主審の手が上がった。一中は後攻であった。ミーちゃんはサードを守っている。田中君は、ミーちゃんの真剣な顔に圧倒された。ピッチャーが第一球を投げた。 「ストライ〜ク」 主審の右手が上がった。バッターは初級を見逃しバットを振らなかった。そして第二球目、サインを交換し腕が回った。 「カキーン」 ボールはバックネットに勢い良くぶつかった。ツーストライクになった。そして第三球目、バッターは思いっきりバットを振った。バットは空を切った。 「やったー」 田中君は自然に声を上げていた。傍に居た花ちゃんは田中君の顔を見て微笑んでいた。 「ねえ、田中君、まだワンナウトだよ。今からそんなにテンション高くて大丈夫?」 「全然、大丈夫だよ。花ちゃんもシノちゃんもさ、もっと声出して応援しようぜ」 「私は恥ずかしくてそんな大きな声出せないわ」 シノちゃんが静かな声で言った。 「そうだよ。田中君みたいに大きな声は出せないわよ。でもね、私達だってしっかり応援しているよ」 花ちゃんが言った。 「そうだね、皆でしっかり応援していれば、絶対勝つよね」 そう言う田中君はミーちゃんの事しか見ていない様な感じだった。それは、花ちゃんもシノちゃんも分かっていた。 試合はお互いに点が入らないまま五回の裏になった。一中の攻撃が始まり、いきなり先頭バッターがセンター前ヒットで塁に出た。ベンチも応援している皆も盛り上がった。そして、第二打者もファーストの頭上を越えるヒットで一、三塁になった。いよいよミーちゃんの打席になった瞬間、 田中君は息を呑み急に静かになった。 「ねえ、田中君、ミーちゃんだよ」 花ちゃんの声に反応を示さなかった。田中君は真剣にミーちゃんを見ていた。心の中で静かに、そして大きな声で応援していたのだ。 「ミーちゃん、良〜く球を見て引きつけて打つんだよ」 第一球は外角低めのボールだった。ミーちゃんは落ち着いているようだ。第二球目は内角高めに入って来た。思わずミーちゃんはバットを振ってしまった。バットは空を切った。その瞬間、ミーちゃんは、田中君の方を見て微笑んだ。田中君もそれに答えて右手を上げて答えた。第三球目は真ん中に入って来た。 「カーン」 バットの芯に当たったボールはセンターの頭上を越えた。センターはボールを見ながらバックしたが、ボールはその先に落ちて転がって行った。 二人がホームベースを踏み、ミーちゃんは三塁に居た。最高の三塁打にベンチも応援者も湧きあがった。しかし、その後は凡退に終わり、ミーちゃんは残塁に終わってしまった。次ぎの回には同点にされてしまいついに最終回を迎えてしまった。最終回の表は何とか点数をやらずに終え裏の攻撃を迎えた。この回で決めなければ延長戦になってしまう為、何が何でも決めようと円陣を組んで気合を入れた。 先頭バッターはショートゴロでワンナウト、二番手は何とかレフトに転がし塁に出た。三番手もショートの頭上を越えて、一、二塁になった。四番手は三振に倒れてしまった。これで、ツーアウト、一、二塁。五番手は三年生のキャプテンであった。ピッチャーはおもいっきりの力を込めて投げて来た。しかし、力み過ぎたのかノースリーのカウントになった。そして、次の球が甘く真ん中に入って来た。キャプテンは、この球を待ってましたとばかりに振り抜いた。球はレフトの頭上を越えて転がって行った。 その瞬間、ベンチにいた部員全員が歓声を上げて飛び出してきた。田中君も、花ちゃんも、シノちゃんも、一中の応援者全員が歓声を上げて喜んだ。
・・・・・・ミーちゃん、おめでとう。凄い試合だったよね。感動しちゃったよ。・・・・・・・ ・・・・・・ありがとう。田中君が応援に来てくれたおかげだよ。だから、私も頑張れたんだよ・
ソフトボール部もバレー部も、その後順調に勝ち上がり地区大会を優勝し、中央ブロック大会に進出した。そこでも優勝し、お互いが県大会に出場を決めた。バレー部の県大会前日、練習を終えたミーちゃんは校門の横で田中君を待っていた。
「ミーちゃん、待っててくれたの?」 「うん」 「ありがとう。嬉しいよ」 「ねえ、田中君。やっぱり田中君って格好良いんだね」 少し甘えた感じの声だった。 「え〜、いきなりビックリするな〜。どうしたのさ」 「だって、本当に格好良いんだもん」 「そんなことは無いよ〜。顔はひょっとこだし、足は短いしさ〜」 その言葉に、ミーちゃんは笑ってしまった。 「俺は・・・こんな事言うの恥ずかしいけど・・・ミーちゃんは可愛いし、スポーツ万能だし、素敵な女性だと思っているよ」 田中君はかなり照れながら話をした。 「ありがとう。田中君にそう言われると凄くうれしいわ」 ミーちゃんは田中君の顔を見ながら満面の笑顔だった。 「俺達、明日から県大会じゃん。その前日にこうしてミーちゃんの笑顔を見られて最高の試合が出来そうだよ。ありがとう。俺、頑張るからね」 「うん、頑張ってね。今日はね。それが言いたくて待っていたんだ」 「そうだったんだ。ありがとう。嬉しいよ」 田中君も満面の笑顔だった。 「ミーちゃん達も来週から県大会だよね。俺もね、心から応援するからね」 「うん、ありがとう。嬉しいわ」
県大会初日は昨年関東大会に出場した強豪だった。でも田中君達は負ける気がしなかった。それはチーム全体の波が良かったからだ。 「ピー」 主審の笛が鳴った。最初のサーブは一中だった。ラリーが続いた。相手は強豪、こちらは勝ちの波。意地のぶつかり合いの試合だった。しかし、だんだん強豪の底力が点数に現われて来た。じわじわと点数がひらいて行った。終わってみるとワンセットも取れずに試合が終了してしまった。 チームの皆は泣いていた。しかし、田中君は泣いていない。逆に清々しい、そんな気さえも感じた。競った試合では無く、力の差が大き過ぎたのだ。田中君は楽しい時と良い経験をしたと、そう思った。
・・・・・・田中君、試合負けてしまったネ。でも、田中君の顔はとても素敵だったわよ・・・・ ・・・・・・ありがとう。そう言ってくれるだけでも嬉しいよ。でも、俺の顔はおかめだよ・・・
翌週には、ソフトボールの県大会が始まった。ソフトボール部は県大会も順調に勝ち上がって行った。その勢いは凄まじく、アット言う間に準決勝を迎えた。 「プレイボール」 試合が始まった。しかし、0対0のまま試合は硬直していた。一中は先攻だった。 ミーちゃんがバッターボックスに立った。一球目、ストレートの真ん中を見逃した。二球目、カーブでボールだった。三球目は外角高めのボールをファースト側ベンチにファール。四球目は引っ張りすぎてサード側ベンチのファール。その時応援席から声が掛かった。 「ミーちゃん。いつもの調子で良いからね」 それは、花ちゃんとシノちゃん、そして、田中君の声がはっきりミーちゃんの耳には聞こえた。 ピッチャーは五球目をストレートで攻めてきた。ミーちゃんは待ってましたと云うばかりに、ボールをバットに乗せるとそのまま振りきった。ボールはセンターの頭上を越えて行った。ホームランだった。この一打が試合を決めた。
・・・・・・ありがとう、田中君の応援のおかげで勝つ事が出来たわ・・・・・・・・ ・・・・・・うん、そう言ってくれると嬉しいよ。でもね、ミーちゃんの集中力には頭が下がる想いだよ・・・・・・
そして、決勝戦の日が来た。日曜日とあって沢山の人が応援に来ていた。会場は市民球場とあってか親達も沢山応援に来ていた。田中君は一中のベンチ側の客席一番前に座っていた。隣りには花ちゃんとシノちゃんも居た。ベンチ側スタンドは応援者で満席状態だった。その中、試合が始まった。 一中は後攻めだった。相手は初の決勝戦進出を決めたチームであったが、大きな選手を揃えて威圧感があった。何故か分からないが余裕さえ感じる、そんな雰囲気を持ったチームに見えた。 その感は当たってしまった。相手はコツコツと毎回一点を取って来た。一中は0のまま後半戦に入ってしまった。六対0、もう後が無い。一中の応援は一段と声が大きくなっていた。チームは円陣を組み気合を入れた。その後、皆で上を見て青空を見上げた。気持ちの良い青空を見る事によって気持ちを落ち着かせた。 「みんな〜、落ち着いて行こうね。自分達の試合を楽しもうよ」 キャプテンが皆に声を掛けた。その掛け声がチームに息を吹き込んだ。今までの力みが消えて行った。 「さあ、これからだよ」 誰とも言わず、そんな言葉がチームに飛んでいた。 その後は相手に点を与えず、一中は点を重ねて行った。最終回、ついに同点に追いついた。その後、延長戦に入った。 顧問の先生が声を掛けた。 「良いか、ここからが勝負だ。でも、先生は、ここで皆にお礼を言いたい。みんなの顔が綺麗だぞ 先生は、今凄く幸せに思っている。この回で終わりにしよう。精一杯の一中魂を見せてやれ。 それは、相手でも無く、応援に来ている親でも無い。自分にだ。さあ、思いっきり行って来い」 その想いはチームに大きな力となって爆発した。センター前ヒットで塁に出ると、次ぎはファースト強襲のヒット。そして三番手はライト前ヒットで満塁になった。応援の声が一段と大きくなった。そして、ミーちゃんが打席に立った。田中君は周りの大きな声援の中、一人、ミーちゃんを見つめていた。次ぎの瞬間、バットが空を切った。 「落ち着けミーちゃん」 田中君はいつの間にか大きな声を上げていた。その声に、ミーちゃんは、こっちを向き笑顔を見せた。その余裕に、田中君は思った。次ぎは必ず打つ。 ピッチャーはキャッチャーのサインにうなずいた。大きく腕を回した右手から早い球がキャッチャーミット目掛けて投げられた。ミーちゃんは、球筋を目で追い、それに合わせてバットを出した。 三塁線に転がるセーフティーバントであった。三塁にいたのはキャプテンだった。キャプテンは全速力でホームベースに向かいヘッドスライディングで右手をベースに伸ばした。その瞬間サードからの返球された球がキャッチャーミットに入り、キャプテンの肩に触れた。 主審は、一瞬迷った様子だったが、両手を広げた。何度も繰り返し広げた。 ベンチも、応援席も歓声に湧いた。
・・・・・・ミーちゃん、最高の試合だったね。試合中のミーちゃんに真の心を見せてもらった様な感じで感動したよ・・・・・・ ・・・・・・ありがとう。実はね、あの時、田中君の声で自分を取り戻せたのよ。それまでは、かなりドキドキだったんだ・・・・・
県大会も終了し、いよいよ文化祭の準備が忙しくなってきた。練習も最終段階に入って来た。 また、田中君達のバンドは、初めての事なのでミキサーや大型スピーカーを借りるのに奔走しなければならなかった。バンド構成は、ドラム、エレキベース、エレキギター、キーボードである。 機材は本番前日にようやく、近くの楽器店から借りられることになり体育館に運びこんだ。
そして文化祭当日が来た。体育館での催しは前半は演劇や合唱であった。客もそこそこ入っていた。中庭ではPTAのお母さん達がカレーやうどんを作って、美味しそうな匂いが漂っていた。
田中君は、ミーちゃんの合唱は聞こうと思い、体育館の隅に座っていた。 舞台の右側から合唱チームが入って来た。勿論、ミーちゃんの姿もある。指揮は三年生だった。 指揮に合わせて、綺麗なピアノの旋律が流れ、その後に優しい声が重なって行った。アルト、メゾ、ソプラノの声が綺麗に重なり美しいハーモニーを奏でた。田中君は、人の声の美しさに感動を覚えていた。
いよいよ、自分達の番が来た。舞台の幕が下ろされ準備が始まった。大型スピーカは既に舞台の両サイドに置かれており、ミキサーも客席の中央前列にセットされていた。舞台では、ドラム、キーボードのセッティング、そして、キーボード、エレキベース、エレキギターにコードがつながれた。ドラムにはマイクがセットされた。 そして演奏が始まった。それは、予想もしない時計の音から始まった。 「ピッ、ピッ、ピッ、ポーン」 次ぎの瞬間、体育館の硝子が振動を始めた。ベースの音がお腹に響く、軽快なリズムが身体を動かす。曲は、メドレーで次々に続いて行った。童謡からロックまで色々な曲を次々につなげて行った。 客席からは、その都度、歓声と笑いとが交互に湧きあがっていた。ロックが始まると、自然と誰かが立ち上がり頭の上で手を叩いた。それにつられて次々に皆も立ち上がって行った。客席と演奏者が一体となって行く、そんな感覚がした。 ミーちゃんは、合唱チームの皆と客席にいた。ミーちゃんは感動していた。凄いと思った。ドラムを叩いたことも無い田中君が、今は皆の前で堂々と演奏している。そう思っただけで、何だか涙が出てきた。
最後は、静かな曲で締めくくった。田中君達は演奏が終わると、舞台に並び大きく手を上げて御礼をした。観客席からは、大きな歓声が上がりアンコールの声が上がった。田中君達はその声を後に舞台袖に歩いて行った。 そこには、クラブの先生が笑顔で迎えてくれた。 「最高の出来立ったよ。皆の声に応える為にも、もう一曲演奏したらどうかな?実行員には先生から話をしておくからね」 先生の優しさが嬉しかった。 「よし、もう一曲演奏しようぜ」 皆の気持ちは同じだった。 「うん、やろう。やろう」
一度下がった幕が再び上がりそこには楽器をもったメンバーがいた。客席の歓声が再び大きくなった。何も打ち合わせはしていなかったが、突然、ギターが弾き始めた。曲はディープパープルのスモーク・オン・ザ・ウォーターだった。ベースが音を重ねて行った。そして、ドラムの田中君がリズムを重ねて行った。 再び、体育館の硝子が振動し、歓声と手拍子が曲と一体となった。皆の心が一つになった。そんな感覚の中、エンディングを迎えた。幕は静かに下ろされて行った。歓声はしばらくの間、続いていた。 文化祭は、大いに盛り上がり大成功だった。 田中君は、帰ろうと校門を出た所でミーちゃんが待っていた。 「あれ、ミーちゃん。どうしたの。先に帰ったかと思ったよ」 「うん、でも、田中君と話がしたくて待っていたの」 「そうなんだ。嬉しいよ」 田中君の優しい顔がそこにあった。 「ねえ、田中君。今日の演奏、ものすごく格好良かったわよ。私ね、ものすごく感動して、身体が震えちゃったわ」 「そう言ってくれると嬉しいよ。でもさ、結構、間違えて叩いていたんだよね」 田中君は、頭を掻きながら照れていた。 「全然、そんな事分からなかったわ。それより、あのメドレーは楽しかったし凄く良かったわよ」 「ありがとう。ミーちゃんにそう言ってもらえると、何だか凄く嬉しいよ。実はね、俺もさ、ミーちゃんの合唱には凄く感動したんだよ。聞いていたらね、自然と涙が出て来ちゃたんだよ」 「そうだったの? そんな風に感じてくれたなんて嬉しいわ」 「うん、あのね、フォークやロックはそれはそれで凄くいいんだけど、あんな風に、しんみりと人の声の美しさが身体に浸み込んでくるとね、ものすごく感動しちゃうよね」 田中君は、ミーちゃんの目を見ながらしみじみと話をした。 「ありがとう。凄く嬉しいわ。何だか、田中君の別な面が見れた感じで、私ね、今、感動しちゃったわ」 二人の会話はいつまでも続いていた。気が付くと、いつの間にか辺りは暗くなっていた。 「ねえ、ミーちゃん。もう、暗くなって来たから帰ろうか? 明日は休みだし、家まで送るよ」 「ありがとう。でも、帰りが遅くなっちゃうわよ」 「大丈夫だよ」 辺りは暗い、田中君はミーちゃんの手を握り歩き始めた。田中君の手の温かさがミーちゃんの手に伝わって来た。 「田中君の手は、いつも温かいんだね」 「そんな事は無いんだけどね。今日は、特別だよ。凄く嬉しいから、興奮しているんだよ。きっとね」 田中君は、ミーちゃんの顔を覗きこんだ。ミーちゃんは、ちょっと、恥ずかしそうな顔だった。 二人で手を繋いで歩くのは久しぶりだったので楽しかった。アット言う間に家の近くに来ていた。 「田中君、わざわざ送ってくれてありがとう。凄く嬉しかったわ」 「うん、こちらこそ、送らせてくれてありがとう。ねえ、ミーちゃん、ちょっと目を閉じてくれるか?」 「どうしたの?」 「いいから、目を閉じてね」 ミーちゃんは、そっと目を閉じた。その瞬間、唇に温かい感触が伝わって来た。
文化祭も終わり、部活に於いても三年生は引退し高校受験に向けて走り始めた。 部活は一、二年生で新たな出発を始めた。そんな中、田中君達はバンド活動を広めて行った。クラブ活動の他にバンド仲間で練習を始める事になった。しかし、田中君だけはドラムを持っていなかった。バチだけを買って本を重ねて叩いて練習していた。唯一、クラブ活動の時だけドラムを叩けた。
ミーちゃんは生徒会の書記を務めていた。田中君は、体育委員の副委員長だった。 そんなある日、体育の先生が田中君に声を掛けた。 「なあ、田中。お前さ、体育の先生に成って学校に戻って来いよ」 その言葉が田中君の心に日を付けた。それまでは、自分の将来なんて考えても見なかったからだ。 田中君は、はっきり言って学力は中の下だった。しかし、スポーツに関しては学校内ではトップクラスに居た。健康優良児の最終審査まで残ったり、スポーツテストでも優秀な成績を残していた。 それまで、勉強も殆どしていなかった。これでは駄目だと思った。でも、音楽もスポーツもしたかった。今まで夜早く寝ていたのを少しだけ勉強に充てて行った。
田中君は、おこずかいを貯めて、ついに中古のドラムを手に入れた。しかし、練習に持ち運ぶのは大変だった為、休日の練習はもっぱら田中君の家だった。防音設備も無い普通の家だった為、近所の家からは良く苦情を言われた。その時は音を少しだけ小さくした。
・・・・・田中君、ドラムセットを買ったんだって?凄いね。これから沢山練習できるね・・・・ ・・・・・うん、ありがとう。でもね、家での練習だから、大きな音は出せないんだよ・・・・・
田中君達は色んな曲をコピーした。ディープパープル、ビートルズ、レッドツェッペリンなどなど。
・・・・・ねえ、田中君。もう時期、二者会談だね。進学先もそろそろ聞かれるんじゃないかな〜って思ってるんだ・・・・ ・・・・・そうだね。もう、そんな時期なんだね。でも、ミーちゃんは勉強も出来るから心配はないよ・・・・
田中君は、心の中に思っていた。必ず体育の先生に成りたいと。しかし、今の成績では進学高校には行けない事も良く知っていた。そんな中での二者会談だった。
「なあ、田中、お前はどこの高校に行きたいんだ」 「M高校です」 「M高校か。でも、今の成績では無理だよな。かなり頑張らないとな」 「はい。分かっています。でも、行きたいんです。体育の先生になりたいんです」 田中君の真剣な言葉に先生は 「そうか。田中はスポーツが得意だから良いかも知れないな。あとは、しっかり勉強することだよ。実はな、前に受け持った生徒にもお前の様な奴が居たんだよ。そいつは凄く努力して、五教科の合計で約百点伸ばしたんだ。そしてM高に入った。今からでも全然遅くは無いから、一年生の勉強からコツコツと何度も繰り返す事だ。でもな、好きなスポーツも音楽もやりながらでも出来ると思うぞ。先生は応援してるからな。いいな、頑張れよ」 先生の熱い言葉に田中君は 「ハイ、ありがとうございます。頑張ります」
その日の帰り、正門の前でミーちゃんが待っていた。 「ミーちゃん、待って居てくれたの?」 「うん。たまには田中君の顔を良く見たいな〜って思ったの」 「嬉しいじゃん。でも何か言いたいのか、聞きたいのか・・・・だよね」 田中君は、ミーちゃんの顔を覗き込むように言った。 「うん、やっぱり分かる?」 「よ〜く分かるよ。だって、ほら、顔に書いてあるよ」 「そんなに見つめられると恥ずかしいわ。うん。実はね、私の二者会談は明日なの。だから二者会談どうだったかな〜って思ったの。何を聞かれたのかな〜ってね。たぶん、進学の事だとは思うんだけど・・・」 ミーちゃんは、確かに田中君の二者会談の話も聞いて見たい事もあったが、それを理由に田中君に会いたかったのだ。 「うん、やっぱり進学先の話だったよ。でもさ、俺、先生から良い話を聞いたんだよ」 そう言うと、先生から聞いた話を細かく話をして行った。そして自分の思いもミーちゃんには全て話をした。 ミーちゃんは黙って頷きながら、そして時に目を円めながら聞いていた。 「ありがとう。田中君の思いも良く分かったし、先生の言葉も凄く素敵だったし、何だか私、感動しちゃったわ・・・」 「そう言ってくれると嬉しいよ。ところで、ミーちゃんは、やっぱりN高を考えているんだろう?」 「う〜ん。実はそうなんだけど・・・もう少し頑張らないと安心できないんだ」 「ミーちゃんなら大丈夫だよ。俺が言うのも変だけどさ、俺とは違って基礎がしっかり出来ているから後は応用力を付けるだけだし、先生が言った様に何度も繰り返す事なんだろうなって思うよ」 「うん。ありがとう。私も頑張るから、田中君も頑張ってね」 「そうだね。二人で合格出来る様にしようね。遅くなっちゃうからそろそろ帰ろうか?」 辺りは街灯が点き始めていた。田中君は、そっとミーちゃんの手を取って歩き始めた。ミーちゃんの手は冷たかったが温かい気持ちが伝わって来た。
・・・・・・ねえ、田中君、今日のお話し本当に感動しちゃったわ。私なんか将来何も考えていないけど、田中君の今の想いは大切にして是非実現して行って欲しいな・・・・私も応援しちゃうわ・・・
翌日はミーちゃんの二者会談が行われた。やっぱり、進学の話だった。ミーちゃんが話していたように、N高に安心して合格するには後二十点は必要だと言うことだった。しかし、ミーちゃんには問題ない点数であった。
・・・・・・ミーちゃん、今度の日曜日、久々に会わないか?・・・・ ・・・・・・いいわよ。私も会いたかったの・・・・・・・・・・・・
遠くから田中君が手を振っていた。いつもの公園の入り口にミーちゃんは先に来て待っていた。 「ミーちゃん、早かったね。まだ、約束の時間には早すぎるよね」 「そう言う田中君も早いわよ」 「まあね、だってさ、少しでも早くミーちゃんに会えたら良いな〜って・・・」 「嬉しいわ。実は私もそう思って早く来ちゃったんだ」 田中君は、そっとミーちゃんの手を取って歩き出した。 「ねえ、ミーちゃん。こうして二人で公園歩くのは久しぶりだよね」 「うん、そうだよね」 公園はすっかり秋の様子をしていた。大きな銀杏の木は葉を黄色に染め、もみじの葉は赤く染まっていた。自然の色が二人を静かに囲んでいた。
「ねえ、田中君。私ね。ここのところずっと考えていたんだけど、田中君の夢って言うか、将来、体育の先生になりたいって言ってた事を凄く応援したくて、私に何か出来る事無いかなって・・・」 「ありがとう。そんな事を考えてくれていたんだね。なんてミーちゃんは優しいんだろう。凄く嬉しいよ。俺はね、ミーちゃんのその気持ちだけで十分だよ。その気持ちが分かっただけで、俺は頑張れるよ。今はね、部活も音楽もやりたいんだ。今しか出来ない事をやってみたいんだ。当全勉強はしているよ。でも、今を楽しみたいとも思っているんだ。そして、見ていて欲しいんだ。必ずM高に合格してみせるよ」 「分かったわ。田中君の気持ちが聞けて嬉しいわ。私も部活と勉強頑張るね」 「でもね、ミーちゃんとはず〜っと付き合って行きたいんだ。いいだろう?」 「うん、とっても嬉しいわ」 田中君は、ミーちゃんの手をぐっと少しだけ力を入れて握った。ミーちゃんもそれに応えて少しだけ力を入れた。爽やかな秋の風が二人を包んでいた。もう何度もこの公園には来ていたが、まだ行った事も無い所があった。 「ねえ、ミーちゃん。この道行ってみないか?」 そこは、竹林の入り口になっていた。 「うん、いいわよ。この先は竹林になっているみたいだわ。何だか素敵かも?」
二人は手をつないだまま竹林の道を歩いて行った。竹の葉が風に揺れて、その音が何とも素敵だった。葉の隙間からは陽射しが所々差し込んで絵に書いたような光景が浮かんでいた。自然が作り出す美しさに二人は足を止めた。 「きれいだよね〜」 「うん、素敵だわ〜」 田中君は、繋いでいた手を離してミーちゃんの肩にそっと手を掛けた。 田中君は、毎日、部活から帰ると人眠りする事にし、その後、毎日十二時まで勉強をした。 日曜日はバンドの仲間と練習をした。でも、ミーちゃんと会う時は練習を無しにしていた。
そんなある日、近くの市民会館でチャリティコンサートが開催される事になり、田中君達はバンド仲間と見に行った。大人達のバンドの他に地元の高校生のバンドも沢山参加していた。 初めて聞くバンドの生演奏だった。その迫力には圧倒された。自分達の演奏とは比較にならないテクニックと音だった。そして、また、音楽の素晴らしさを思いっきり感じる事が出来た。 曲は、ディープパープル、ビートルズ、レッドツェッペリン、イーグルス、サンタナ、ピンクフオイドなどなどをコピーしていた。会場を出てきた後も頭も中で音が鳴り響いていた。
・・・・・・ミーちゃん、今日ね、市民会館でチャリティーコンサートを聞いてきたんだ。凄い迫力とテクニックに圧倒されちゃったよ・・・・・ ・・・・・・そうだったんだ。私も聞きたかったわ・・・・・今度は私も誘ってね・・・・・・・
秋の実力テストが来週に迫ってきた。部活動は休みとなった。田中君は、ちょっとばかり今度のテストには自身があった。他の人とは比べようとは思わない。まだ、そんなレベルには無い事を田中君自身は知っていた。今まで出来なかった問題が少しは解けるようになってきたからだ。コツコツと基礎から始めた勉強が少し実を付けて来た様な、そんな感触を受けていたのだ。 ・・・・・・ミーちゃん、来週は実力テストだね。お互い頑張ろうね・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・うん、頑張ろうね。何だか、最近の田中君を見ているとね、テストを楽しんでいるような気がするんだけどな〜・・・・・・・・ ・・・・・・そんな事は無いよ。でも、少しだけ点数は伸びているのは事実だよ・・・・・・・・
テスト当日が来た。 「ハイ、始め〜」 田中君は、出来る問題を先にやっつけて行った。田中君は理数系はまあまあだが、その他はだるまさんの様だった。それを今回は、だるまさんに短くても手足を付けたかったし、付けられるような感触だった。
テストが終わると早々部活が始まった。皆、テストが終わってすっきりしていたが、中にはショックを受けている人達もいた。田中君は思いっきり汗を流した。やっぱりスポーツは良いなと思った。身体は疲れたが気持ちは爽快だった。
帰ろうと正門に向かうと、ミーちゃんが待っていた。 「あれ、ミーちゃん。待っていてくれたの?」 「うん、テストも終わったし、少しお話したいな〜ってね」 「嬉しいな〜。でも何か変だよ。顔色悪いんじゃないか?」 「実はね、今度のテスト、あまり良く出来なかったんだ」 「どうしたの? ミーちゃんらしくないぜ」 「私ね。田中君と逆で理数系が弱いのよ。だからね、特に今回は勉強したんだけどね、どうしても覚えきれない所が出たのよ。だから、ショックなんだ〜」 「そうだったんだ。でもさ、受験までに出来る様になればって考えれば良い事だよ。俺はね、そう思う事にしたんだ。だから、逆に今回のテストは、自分の弱点が見つかって良かったと思えばいいんだよ」 「田中君って凄いな〜。そんな風に考えてるなんて・・・確かにそうだよね。テストって自分の弱点を見つける物だと思えば良いんだよね。ありがとう。何だか、元気になってきたわ。」 「そう思ってくれると俺も嬉しいよ。やっぱり、ミーちゃんは元気が一番だよ」 「やっぱり、今日、田中君を待っていて良かったわ」 「ミーちゃんも、久しぶりの部活で疲れたんじゃないか? 大丈夫?」 「うん、大丈夫よ。田中君の顔を見て元気になっちゃたわ」 「だから、言ってるだろう。俺の顔はおかめだって」 その言葉に、ミーちゃんは笑ってしまった。田中君も一緒になって笑った。
・・・・・・田中君、ありがとう。田中君の言葉に元気をもらったし、私も考え方を変える事にしたわ。テストは自分の弱点を見付ける手段なんだね。その手段を有効に使って一つ一つ克服していけばいいんだよね・・・・・
・・・・・・そうだよ。そう思えば、勉強の方法も変わって来るんじゃないかな〜ってね。俺なんか弱点ばっかりだから大変だけど、それでもその弱点を何度も何度も繰り返して、次のテストでそれが出来たときには嬉しいと思うしね。その繰り返しじゃないかな〜・・・・
しばらくして、前回のテストの結果が出た。田中君は満足の行く点数では無いものの、それでも、前回のテストに比べたら総合点で二十点アップさせた。ミーちゃんは、十点のアップだった。
・・・・・・田中君、テストの結果が出たけどどうだった? 私は、少しだけ上がったわ・・・・ ・・・・・・うん。俺もね。思ったほどではないけど、これからだと思っているからね。焦らず自分のペースでコツコツだよ・・・・・・
秋のスポーツ大会が始まった。三年生が引退しての始めての試合だった。どこの学校も同じ条件だ。一、二年生だけの新人の力が初めて試させられる。田中君もミーちゃんも張り切っていた。田中君はキャプテンに抜擢され、ミーちゃんは副キャプテンとして部員の先頭に立っていた。
前回の結果で、バレー部もソフトボール部も地区大会ではシードで始まった。 「プレイボール」 ソフトボールの試合が始まった。初戦は土曜の午後、一中のグランドだった為、皆で応援をする事になった。バレー部も練習を止めて応援することにした。本当は試合が近いので練習をするところだが、キャプテンの一言で応援をすることにした。 一中は先攻だった。最初は、緊張もあったのか元気が無いような感じだった。一回が終わって、円陣の中から、ミーちゃんの元気な声が聞こえてきた。 「みんな、リラックスだよ。ここで大きく深呼吸をしようよ。肩の力を抜いて、練習だと思ってさ 楽にやろうよ」 キャプテンが、その後に次いで 「そうだよ。普通通りで行こう。声を出してね。いつもの調子だよ」 その二人の言葉に、部員の緊張も解けて行った。そして二回表、四番キャプテンからの打順だった。キャプテンは、次の打者に繋げようと心に誓い落ち着いて打席に入った。大きく深呼吸をするとゆっくりとバットを構えた。 サインの交換が終わるとピッチャーは大きく腕を回し、ボールはその手の先からミット目掛けて 走ってきた。 「ストライーク」 審判の大きな声が聞こえた。しかし、キャプテンは慌てる事はなかった。球が良く見えていたのだ。一度大きくバットを振って、またゆっくりと構えた。 周りでは大きな声援が飛んでいた。田中君も花ちゃんもシノちゃんも大きな声を出していた。 ピッチャーは第二球を投げた。少し外角高めの球だった。キャプテンは球を引きつけておいてバットの芯に乗せ振りぬいた。球は、センターの頭上を越えて飛んで行った。キャプテンは、思いっきり走った。サードベースが目の前に来た。センターからの返球が中継を通してサードに飛んできた。声援が大きくなった。キャプテンは思いっきり滑り込んだ。砂埃が舞い、返球をキャッチしたサードのグラブが滑り込んだ足にタッチした。しかし、その瞬間グラブから球がこぼれた。 「セーフ」 審判の手が横に広がった。声援はさらに大きくなった。キャプテンは、ガッツポーズでチームの皆に笑顔を見せた。その笑顔に、二番手、三番手の打者もさらに落ち着く事が出来た。その落ち着きが結果に表れた。打線が繋がりこの回は二点を先取する事が出来た。 その後も、一中の攻撃は止まらず、五回コールドで試合は終了した。
・・・・・今日の試合は楽勝だったんじゃないの・・・・・ ・・・・・ううん、結果だけ見るとそうかも知れないけど、気持ち的には厳しいものがあったわ。私達のチームになって始めての試合だったでしょう。だから、かなりの緊張だったのよ。周りの声援は殆ど聞こえなかったわよ・・・・ ・・・・・そうだったんだあ〜。外から見ていたら、かなり落ち着いて居た様に見えたけどな〜。 でも、そうなのかも知れないね。俺達も、余程落ち着いて行かないとな。ありがとう。・・・・・
翌日はバレー部の試合だった。会場は三中の体育館だった。試合は午後一時からだったが、朝の九時に一中体育館に集合し軽い練習をした。その後、移動しながら軽めの食事を取って会場入りした。対戦相手は、この会場の三中だった為、応援ギャラリーは三中生だけの様に思われた。そんな中、体育館の出入り口付近にミーちゃんの姿が見えた。田中君の心は一気に元気になって行った。
「よし、皆。今日の試合は特に落ち着いて行こうぜ。初戦だし、相手は自分のコートだから、かなりリラックスしていると思う。逆にそこを逆手に取って先制攻撃をしよう。今までの練習を思い出してその通りに試合をすれば必ず勝てるよ」 田中君は、皆を集めて静かに、そして力強く話をした。
「ピー」 主審の笛が鳴った。一中はサーブから始まった。 そのサーブは、無回転のままネットを越えてフラフラとコートに落ちた。何とも奇妙なサーブだが、このサーブを得意とするのは小学生からバレーを習っていた中川君だった。ギャラリーは溜息と声援が入り混じっていた。 その後もポイントを重ねて一ゲーム目を先制した。三中は、かなり悔しそうだった。監督の厳しい声が一中ベンチまで聞こえて来た。田中君達も円陣を組んで気合を入れた。 「よし、この調子で落ち着いて行こうぜ。相手は焦っているから、自分達の試合をして行けば必ず勝てるよ。でも、勝ちを急いでは行けないぜ。あくまでも自分達の試合をして行こう」 二ゲーム目が始まった。田中君の鋭いスパイクが相手コートに突き刺さった。その後も得点を重ねて行き全員バレーで一中が勝利を収めた。 試合が終わると、ミーちゃんの笑顔が田中君を包んでいた。 「田中君、素敵だったわ」 「ありがとう。でも、俺は、素敵でも何でも無いよ。皆が頑張った結果だよ」 「うん、そうだね。皆が頑張ったからだよね。皆の力で勝ち取った結果だね。私は田中君のそう思うその気持ちがとっても素敵だと思うんだ」 「ありがとう。ミーちゃんのその気持ちを大切にするよ」
ソフトボール部もバレー部もその後も順調に勝ち進み地区大会で優勝をした。その後も中央ブロック大会では何とか準優勝をする事が出来た。その結果、県大会に出場が決まった。
・・・・・ミーちゃん、順調だけど身体は大丈夫か? 遅くまで勉強して寝不足になっていないか心配だよ。勉強も大切だけど、今は怪我をしないように注意しないとね・・・・・ ・・・・・ありがとう。大丈夫だよ。田中君も注意してね。私も心配だわ・・・・
県大会では、ソフトボール部はベスト・エイトでバレー部は三回戦で破れてしまった。
・・・・・ミーちゃん、やっぱりソフトボール部は強いね。ミーちゃんがキャプテンと共にしっかりチームを引っ張ってるのが良く分った大会だったよ・・・・・・・ ・・・・・ありがとう。田中君にそう言ってもらうと嬉しいわ。バレー部はもっと凄いと思ったわよ。だから、三回戦で負けたのは、どうしても納得行かないのよね〜・・・・・ ・・・・・そう言ってくれると嬉しいよ。でも、今のバレー部はそれが実力なんだと思って、また次ぎに向かって頑張る事にしたんだ・・・・やっぱり、俺達が引退するまでは・・・いや、俺達が卒業してからも、このバレー部は試合に勝つばかりでは無く、前に向かう人間としての強い心を育てて行きたいと思っているんだ・・・・・・
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