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作品名:優しい気持ち 作者:たそがれルーキー

第6回   最終章 人の優しさに触れた時
それ以来、私は男というものを信じなくなった。

引き裂かれた制服を見て、親が問い詰める。

≪何をされたのか、誰がやったのか。≫

そんなこと言いたいわけがない。思い出したいわけがない。それなのに、ものすごい口調で問い詰められた。

≪警察沙汰だ!学校は何をしているんだ!≫

そんな父の声が向こうの部屋から聞こえる。母と姉は私を包み込むように抱いてくれた。

≪大丈夫だからね、友子。≫

何度も何度もそう言って、慰めてくれた。

私はその事件から数週間学校を休み、病院で精神治療を受けた。学校側と両親のやり取りがどうなっているのかは、知らない。

ただ、大丈夫だから、心配しなくていいから、それだけ何度も繰り返し言われた。

だが、ある日をきっかけにそれは変わった。
それは私が事件以降、初めて登校した日のことだった。

久しぶりに来た学校。いつものように上靴に履き替え、教室へ向かう。新しい年度に変わり、三年生になっていた私。初めて会う担任、知らないクラスメイトも何人かいる。

私は何事も無かったかのように、席に着いた。周囲の反応は様々だった。全く気にしてない人、以前のように優しく接してくれる友人たち、遠くから私を見ている集団。

「何で休んでたの?」

色んな人から聞かれるこの質問。

「ちょっと体調が悪くて。」

そう言って、何とか気丈に振る舞った。

≪別に私は何も悪いことなんかしていない。≫

その気持ちだけしっかり持っていた。

当たり前のようにホームルームが始まり、当たり前のように授業が行われる。そして当たり前のように下校のチャイムが鳴る。

何も変わっていない、いつものリズム。

私は、新しいクラスで馴染んでいけば大丈夫だ、そう考えていた。そして靴を履き替え、家に帰ろうとしていると、担任の先生が私を呼び止めた。

言われるがままに職員室へ連れて行かれる。

ドアを開けると、そこには普段の職員室の雰囲気とは別の、異常に緊迫したものだった。

「君が、井上友子さん・・・。」

うつむいたまま首を縦に振った。
私は入口付近に硬直したまま、じっと立っていた。

何となくわかった・・・。

先生たちの議論は例の事件について。

《どうして私の前で・・・。》
《思い出したくない・・・。》

私はじっと泣くのを我慢していた。
うつむいたまま、顔を強張らせて。

ずっと、ずっと。

スキャンダルになる前に、モミ消す方向にまとまりつつあったその議論。時折、私に非情な質問をしてくる。

「証拠はあるのかね?」

「彼がそういうことするわけがない。」

「君にも問題があったんじゃないのか?」

「いつまでも被害者でいられたらこっちが困るんだよ。」

「君も忘れた方がいい。」

そんな大人たちの心なき声。

私は何も言うことができず、ただうつむいて、泣くのを精一杯我慢して、立っていた。

聞きたくなかった。
そんな大人たちの心の声なんか。

見たくなかった。
誰一人として学校経営を優先しているとしか思えない態度を。

怖かった。
人を信じることが。

そんな思いを隠しながら、ずっと生きてきた。

この仕事を始めたきっかけも、気持の抜けた女を抱いてお金を落としていく馬鹿な男を見て、冷笑するため。男不信を貫く私の意志でもあった。割り切れば何も怖くない。
所詮、男は裸の女が横に寝ていれば満足する生き物。

そのはずだった。

「・・・。」

「どしたん?固くなっとるで。」

「・・・。」

どう接していいのかわからなかった。

「ん?」

「・・・。」

その時私はどんな表情をしていたのだろう。その人の瞳にはどんな風に映っていたのだろう。

涙が出た。

「嫌やったら、嫌って言うていいんよ。」

「・・・。」

「さっきまでいい顔しとったのに・・・。どしたん?」

「・・・。」

「俺、好きやったで。あの刻の顔。」

その人は私の頭を優しく撫で、会話が楽しかったあの刻と変わらない優しい瞳をしていた。

「・・・。」

「何か悲しいこと思い出したん?」

「・・・。」

「生きとったらいろいろあるわな。」

「・・・。」

全てを見透かしているような口調だった。

初めて会ったその人がくれた、その言葉。
あの日の私を、あの時の私をそっと理解してくれたような言葉。

私は溢れてくる涙を抑えきれず、手で顔を隠してしまった。

「そっか。」

「・・・。」

言葉にできなかった。声にならなかった。どうしていいかわからなかった。

するとその人は私の体を起こし、肩から毛布を掛けてくれた。二度頭をポンポンと優しく撫で、ベッドを離れる。

「・・・。」

私は顔を押えて泣いている。

「ほれ。」

「・・・。」

その人は私の下着と服を差し出した。

「風邪ひくで。」

二度頭を縦に振った。

声にならない言葉を発した。何て言ったのかわかったのだろうか。

「いいよ。」

「・・・だっ・・・て。」

「だってほら。十分前のお知らせクンがうるさいやん。それに、俺結構人のことわかるけんさ。」

「・・・。」

私は差し出された下着と服を着た後、何度も謝った。するとその人はこう言った。

「ごめんじゃなくてありがとう、だな。」

「・・・。」

また涙が出た。二度大きく頭を縦に振った。

その人は浴衣を羽織り、部屋を出、エレベーターの前まで私を送ってくれた。

「・・・。」 

「・・・。」

沈黙の中、エレベーターが二階、三階と上がってくる。そして四階で扉を開けた。

「気ぃつけて帰りよ。」

「うん。」

エレベーターの箱の中に立っている私に、その人は半身乗り出して私の髪をくしゃくしゃっとする。

「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

「うん・・・。」

何か言ったわけでもないが、その人の瞳が何か私に語りかけてきたので返事をした。
その人は安心したように口をにこっとし、乗り出していた身を引いた。

私は初めて客に手を振ってバイバイをした。しかも笑顔で。その人もそれに応えてくれた。エレベーターのドアがその人の像を徐々に削っていく。

「じゃあね。」

まだ手を振り続けた。

「・・・。」

そして完全に視界からその人が消え、私を地上へ運んでいく。

「・・・。」

エレベーターが開き、フロントをカツカツと抜け、店の車に向かう。アシの男が私の顔を見、忘れ物がないか尋ねてきた。

「・・・。」

ケータイ、財布、店の備品・・・。ちゃんとある。

「・・・あっ!!」

忘れていた。私は車を飛び出しあの部屋に向かった。

「407号室・・・。」

≪ドンドンドン!!≫

「開けて!ねぇっ・・・開けて!」

フロア中に聞こえるほどの声だったと思う。

≪ガチャっ・・・。≫

「お?どしたん?」

「ハァハァ・・・。」

「何かわす・・・!」

私はその人に抱きつき、胸のあたりに顔をうずめる。

鼓動が聴こえる。

一回・・・
二回・・・
三回・・・

そしてあと少しの距離を埋めるため、背伸びをする。

もう少し・・・。
もう少し・・・。

届いた。唇のところまで。

一秒・・・
二秒・・・

それぐらいだったと思う。
そしてゆっくり顔を引き、瞳のきれいなその人にありがとうと言った。びっくりするかと思ったが、これまで通りの顔をしていた。

「・・・。」

「ありがとう。」

「・・・。」

「・・・。」

「今度呼んだら二倍サービス頼むわ!」

冗談混じりのその人の言葉に私はこう言った。

「今度は違う形で会いたいです。」

私の返事にその人はにっこりほほ笑んだ。

名前も知らないその人とはもう会うことはないだろう。私はその後すぐに店に足を運び、この仕事を辞めることを店長に告げた。

でも、もし会えるのなら、本当に会いたい。


それから三年後‐
私は一つの曲を作った。

『優しい気持ち』という曲名で。


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