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作品名:優しい気持ち 作者:たそがれルーキー

第4回   第三章 ベッドの上
部屋の照明は消え、卓上のランプとテレビだけが明かりをくれる。

その人はベッドの上にあおむけに横になっている。私も自然にその場所に歩み寄り、横になる。そしてちらっとケータイを確認する。

「・・・。」

私はそろそろプレイを始めないと、時間がないと思い、ゆっくり呼吸をしているその人に話しかけた。

「残り時間があと二十分ぐらい。十分前になったらケータイがなるから。」

「・・・。」

しばらく待ったが、何の反応も返ってこない。
どうしたんだろう、と思い覗き込むと、大きくゆっくりと呼吸をしている。目も閉じたままの状態だ。

寝てる・・・?

もう少し体を近づけて確認する。

「・・・。」

一定のリズムで打つ呼吸。開きそうもない瞼。やっぱり寝ている様子だった。

「・・・。」

こういう場合ってどうすればいいんだろう。
性欲を満足させないといけないし、そうなるとやっぱり起こさないといけなくて。でも、その人の眠りを見ていたい気もするし、個人的にはいい印象のままその人と別れたい、そんな気持ちだった。

「二十分かぁ。」

突然、口を開いた。
私は慌ててもとの位置に身を戻す。

「寝てた?」

「んー・・・。眠たくて。」

「あと、二十分だよ。」

「うん、分かってる。」

「・・・。」

「もっとこっちおいでよ。」

普通の客なら残り二十分と聞けば、すぐにでも事にかかる。でも、その人は全く慌てる様子もなく、私の体を抱きよせ、ベッドの中央に置き、頭を抱えて枕の上に置いてくれた。そしてその人もまた同じ枕の上に頭を置き、横になった。

私の左肩とその人の右肩が触れている。
少し照れを感じた。

これまで仕事の上での接触だと割り切っていたのだが、その時は心がリラックスしていたせいか敏感に感じた。

「テレビ消してもいい?」

「うん。」

オレンジ色のぼんやりとした明かりだけの部屋。その空間には私と今日初めて会った男の人。私は左側に顔を向け、その人の顔を見つめた。いつもなら自分からそんな行動には出ない。

ただ、この時だけは自然とそうなった。

「ねぇ、瞳大きいよね。」

「あー、よく言われる。けど、そんなに大きいか?」

「うん。部屋のドアが開いた時から思ってた。瞳が大きいなぁって。」

「そっか。」

「パッチリしてる。」

「女の子だってすごい瞳大きい人たくさんおるやん。」

「でもそれは化粧でしょ。」

「ん・・・。」

「化粧するとわからないからなぁ。私でも女の人って化粧すると顔かわるなぁ、って思うもん。」

「そうなんや。でも君も瞳大きいで。かわいい瞳しとるよ。」

「・・・。そう?」

私はいつも鏡を見ているから自分の瞳の大きさはわかってたけど、お世辞でもその人に言われたことがこそばゆかった。

すぐ隣にいるその人の方に今度は体ごと向けた。するとその人も体を横にし、私の右瞳の少し下を指でなぞるようにしてにっこりほほ笑んだ。

「うん、かわいい瞳やね。」

「へへっ、ありがとう。」

素で笑っていた。いつぶりだろうか。
この仕事を始めてからというもの、どんどん男性に対する不信は募るばかり。最初はどんなに優しい顔をしていても、結局はいつもの性欲だけを求める顔になる。

私はあの時に受けた性的暴行以来、男性不信に陥っていた。   

男と言う生き物は結局はそういうもの。

そう決めつけて今まで生きてきた。

この仕事を始めたきっかけは、生活するための資金稼ぎと、気のない女を抱いてお金を落としていく馬鹿な男を冷笑するため。

そして男不信を貫くための意思の表れでもある。もともと男性不信だったため愛撫されても陰部が濡れることはなく、マグロのように寝ているだけの仕事だ。私にとっては。

ただ時間が過ぎるまでいつもどおり我慢するだけ。

「私ね、昨日辛いことがあって泣いたの。瞳が腫れてるでしょ?」

「ん?」

その人は少し体を起こし、覗き込むようにして私を見た。
じーっと見つめ合う。

「・・・わかる?」

「んー・・・。わからん。普通の瞳に見えるけど。」

「おかしいなぁ。」

「そんなこと言われても・・・。初めて会ったんやで俺ら。」

確かにそうだ。
そんな同意を求められてもその人からしたらどうでもいいことだ。

「プライベートで何かあったの?」

「・・・。ちょっとね。」

「そっか・・・。」

「・・・。」

「・・・ん?どしたん?」

「ううん、何でもない。」

何故だろう。また見つめ合っていた。
不思議な感覚。

その瞳を見つめていると、今日の客の顔だけでなく、過去の記憶さえも忘れていきそうだった。

あの、忌々しい記憶さえも・・・。
 
「ん?」

「なんかムリしてない?」

「・・・。どうして?」

「瞳が悲しそうやん。」

「そうかな・・・。」

時々、ものすごくキョリが近くに感じる。
心のキョリが。

今日会ったばかりの人に、こんなにも安心感を持っている自分。一緒に過ごす時間が長くなればなる程、仕事とそうでない部分の境界線があやふやになっていく。

そんな自分と今まで貫いてきた自分とが頭の中で葛藤していた。

《所詮、男はそういう生き物》

《こんな仕事はほんとはやりたくない》

《あの日に受けた性的暴行》

《消し去りたい過去の日》

《男は信じれない》

《怖い、男の本性が》

色んな心の叫びが頭の中に出てくる。優しくされるとその言葉たちが駆け巡る。

仮にそれを信用できたとしても怖かった・・・。
また男の本性を見てしまうのが・・・。

私はとっさに話題を変えた。

「あっ、わかった!」

「ん?何が?」

「今、彼女いる?」

「おらんで。今は。俺そんなモテんしな。


「えっ?そう?そんな風には見えないけどなぁ。」

自分の過去を詮索されるような話題ではなく、その人の話題に変えた。

《私の心にはこれ以上近づかないで》

そう祈りながら、出会って間もない頃のように、精一杯気丈に振る舞った。

「ほんとにいないの?」

「まぁ、人は見かけによらん、って言うし。」

「あ、結構あれでしょう?彼女の化粧とか変わったの、気付かないタイプでしょう?」

「うるせー・・・。」

「やっぱり!」

「あー、俺結構、女のこと気付かんからね・・・。」

「じゃあ、女の子が気があってもわからないんだ?」

「む・・・。」

「じゃあ、後から『なんで気付いてくれないの!』って言われちゃうタイプだね!」

「バレタかーっ!!」

「そっかそっか。へへっ、当たりだ!」

「俺はね、一つのことに集中してる時はそれに集中してたいタイプなの!」

「何それ?」

「だから、仕事中は仕事に没頭していたいし、バスケやってる時はプレイに集中したいんだ。」

「好きな人は?」

「そりゃ、好きな人と一緒にいる時は、その時間を大切にするで。」

「・・・。そうなんだ。」

「やけん、付き合いだしても、『なんで見てくれないの?』って言われることがよくあるんよね。」

「そっか。じゃあ、今までどんな人と付き合ってきたの?」

恋愛話なんていつ以来だろう。

キョリをとるために転換した話題でさえ、純粋に楽しかった。私自身が遠い記憶をたどってその頃よく感じたことを話したのも、初めてのことだった。

私の上で馬乗りになるその人を見つめて、どれくらいだろう、五秒ぐらい見つ合った。

「りょうちゃんに似てる。」

「ん?」

「やっぱり似てる。」

「誰、りょうちゃんって?あ、友達!?」

「違うよ。」

「りょうちゃんって言われても誰かわからん。」

「スラムダンクのりょうちゃんだよ。」

「スラムダンクの・・・?あっ、宮城か。」

私はずっと気になっていたことを伝えた。ほんとにスラムダンクの宮城リョータにそっくり。私の好きなキャラクターの。

これまでの私なら馬乗りになられたら防御態勢に入ってしまっていたのだが、この時はくすくすと笑っていた。

私もその人も裸なのに、男と女なのに、そういう目的で私を呼んでるんだし何が起こっても不思議じゃないのに。

でもその時はそれが普通だった。

「小さい唇。」

右の人差し指で私のそれに触れる。
私はその小さい唇を精一杯広げて微笑んで見せた。

すると突然、その人は私に覆いかぶさってきた。

鼓動が高鳴る。

「キス・・・してもいい?」

「・・・。」

終にこの瞬間がおとずれた。
そういう行為をするのが仕事ではあるが、もう少し会話をしていたかった。

「嫌か?」

大きな瞳がランプの明かりで青く見える。

「・・・。」

「・・・。」

しばらくその瞳の奥を見つめる。

「タバコ・・・吸う?」

「いいや。」

「お酒は飲む?」

「んー、たまに飲むかな。」

「今日は?」

「飲んどらんよ。」

「・・・。そうだね。臭いしないもん。」

「キス・・・してもいいか?」

「うん、・・・いいよ。」

私はキスというものを知らない。したくもない。あの日のことがあってから。

これまでも客に迫られることは何度もあった。でもそれはキスと言うよりは、全く別の行為。色々なプレイを強要される中で一番受け入れ難い行為だった。

「あの、・・・。」

「ん?」

一瞬顔を横に背ける。

「ううん・・・何でもない。」

「優しくして」、そう言おうとしたが、止めた。私は風俗嬢だ。客の好きなようにやらせてあげればいいのだ。客が満足して、お金を払ってくれればそれでいいのだ。そう言い聞かせた。

それまでの楽しかった会話など頭の中から消え去っており、瞳を閉じて過去のトラウマから体を硬直させる。

≪すぐ終わる・・・。ちょっと我慢すればすぐ終わる。≫

瞳をめいっぱい閉じ、そう言い聞かせた。何度も、何度も。呪文のように。

その人の体がすぐ近くにあるのがわかる。ゆっくりゆっくりその瞬間がおとずれようとしている。

≪きっと大丈夫・・・。いつもどおりのことだ・・・。≫

じっと、ただじっとしていた。
その直後、卓上ランプの光が遮られるのを瞼の上から感じた。

≪くる・・・。≫

一層ほほの筋肉に力を入れ、口を結んだ。

≪一瞬だ、ほんの一瞬だから・・・。≫

何度も言い聞かせる。

≪すぐ終わる・・・。きっとすぐ終わる・・・。≫

緊張した時間が続く。

≪まだだろうか・・・。≫

閉じた瞳を開けようかどうか迷った。
が、開けなかった。それにしても長い。

≪どうしたんだろう・・・?≫

そう思っていると、唇ではない別の部位に感触があった。

「えっ・・・?」

意外なところに触れられたため、びっくりして瞳を開けた。

「・・・。」

「どしたん?固くなって。」

「・・・。」

どう接していいのかわからなかった。

「ん?」

「・・・。」

その時私はどんな表情をしていたのだろう。
その人の瞳にはどんな風に映っていたのだろう。

涙が出た。


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