20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:月で叫ぶ伯楽 作者:シュレッテンガーの猫

第9回   凍てついた青春2
そしてこの会社でのハイライト、大事件が起きた、例の飲み屋のつけ、である、初めの頃こそ羽振りよく金をばら撒いていた、リーダーであったが、実は彼は計算づくで、つけを貯めこんでいたのだ、訳は後述する、つけは500万近く貯まっていた、僕は責任者イコール、リーダーが不文律で、知らない間に、精算しているものと思っていたが、催促状が郵送されてきた、チーム内では不文律で安心していたけれど、店側からは、僕達5人の共同債務である、いったいリーダーは月々に貰う300万からの給料をどこへ使っているのか?彼への不信感が高まった、すると彼は何と、同じチームに18歳の気の弱い男がいて、履歴書上は僕と、同級生だ、その18歳の赤沢を利用する策謀を、僕に持ちかけた、だが赤沢は、その戦略に、怯え首を縦にふらない、そこで僕が赤沢の、代替の生贄になった、内幕は、ライバルチームの高島と言う、28歳の男性がいて、会社から履歴書を拝借して、高島の、年齢、生年月日、住所を、僕が覚え、高島の印鑑を購入し市役所で住民票を入手し、消費者金融から、金を借りるという、怖ろしい権謀術を、僕は、営業者の中で、2時間も、リーダーから、講義をレクチャーされた、已む無く16歳の僕は、リーダーである彼に、逆らえずその怖ろしい任務を遂行した、市役所の住民票は、難なく、あっさりと手に入った、問題は金融である、僕は、心臓の動機が加速して、自分が何を行なっているのか、判らなくなり、リーダーの指示どうり、サラ金の窓口で、覚え叩き込んだ必要事項を、専用の約款契約事項に、震える手で、記載していった、記入は成功し、審査するので暫く、お待ち下さいと窓口の女性に促された、僕は内心、心臓は飛び出しそうで、バレタラ逮捕されるんじゃないかと、懸念しつつ審査を待った、すると横に監視役で付いてきたリーダーは席を離れ、僕を取り残して、オープンザドアーで自動ドアを出て行った、僕は何事かと辺りを見渡して見ると、窓口の女性が待合室に待機している人物に、声を掛けていた、高島さんと・・・僕は松本なので、頭はパニックって、何度も、高島さん窓口まで起し下さいと呼ぶ、声に気が付かなかったのだ・・・僕は事態を送れば瀬ながら、呑み込み、窓口に走り折衝し、ちょっと考え事をしていたので、呼びかけに気付かなかったと、苦しい言い訳を余儀なくされた、窓口の女性はそうですか、と言い煥発いれずに今回の御融資は見送らせて頂きます、と、述べた、僕はこの時その言葉に救われたような気がした、僕はまだドキドキしながら、店に背を向け、背後を怯えながら、出た。
 店を出て、リーダーと示し合わせていた合流場所に無事、帰還すると雷が落雷した、お前アホちゃうか!あない何回も、名前呼ばれて、ぼさっ〜としとったら怪しまれるがな!と怒号した、僕もムカッとして応酬した、それやったらリーダー自分だけ、そくささ逃げて僕だけ取り残してずるかばい、と詰め寄った、するとリーダーは、まっほなしゃぁない最後の手段や!とまたもや策略を滔々と語りだした、例の気弱な、僕と履歴書上、同級生の18歳、赤沢を出汁に利用するらしい、その計画とは、飲み屋のつけ500万を盆暗の赤沢に背負い込んませるらしい、僕はリーダーから500万の入ったショルダー鞄を預かり、赤沢と2人で飲み屋に支払いに行く、赤沢に鞄を持たせ、途中で僕が腹が痛くなりリーダーと打ち合わせて於いたトイレで、僕達2人はトイレに入り、僕が腹が痛くて赤沢をトイレに呼び込み、鞄を手洗い場に置かして、僕の介抱をしている隙に、その乱に便乗して扮装したリーダーが、からの鞄を持ち去る、そして責任を赤沢がとり、僕達2人でその脚で、飲み屋のママの所へ謝りに行く、すいませんママ、今日現金で500万払うつもりでリーダーから頼まれて来たのですが、公衆トイレで現金の入った鞄を、この赤沢が気を抜いて、盗まれてしまって・・・許して下さい、この件がリーダーにバレタら、殺されてしまいます、だから受け取った事にして下さい、責任はこの赤沢が取り毎月の給料から、支払いますので、と誓約書を、赤沢が書いて捺印した。
 僕の任務は、リーダーに教え込まれた演技だけで、からの500万なぞは入っていない鞄を、赤沢に紛失させ、その後、上述したような、情けを乞い、時間を稼いで暫時待ってもらい、リーダーが金策を練るという計画であったが、何も知らない赤沢は蒼白し、沈面しうなだれていた・・・こういう計画で、後からリーダーが、責任を取るという形で、あったので、赤沢には、悪いが、已む無く策を行使しただけであるが、
数週間でリーダーは、会社に前借と称して、200万借りて、韜晦し行方不明になり、僕と赤沢に、債務が降り掛かってきたが、運良く、僕は誓約書にはサインしていなかったので、強気に催促を跳ねつけ、赤沢に談判してくれ、誓約書に捺印したのは赤沢だから、僕は赤沢に頼まれ同行したにすぎないと、事なきを得て、僕は会社が嫌になり、辞職して専制体制の母親の実家に戻った、2〜3日経つと、鬼瓦統括が訪ってきて、僕の辞職を認めない云々と、押し掛けてきてたが、僕はもう甚だプライベートでも、社会にも、会社にも、うんざりしていて、統括の口説き、脅しに、徹底抗戦していたら、僕の母が、踊り出てきて、統括の指なし攻撃に晒されたが、母は怯むことなく、息子が嫌て言いよるとにどげんせろてね、ひっちゃぐらしか、帰らんば警察ば呼ぶばい!と大声で叫び、
3千万の契約を軽くこなす、鬼統括も、僕の母の前では、ます術もないまま、僕を連れ戻そうと息巻いていた統括と、会社の社員5名は、諦めて退散していった・・・流石、ビッグバンマスターの僕の、母である、でも嫌いだ!
 (1989)年、僕はあいかわらず、チェリーボーイの17歳、毎日、朝から晩まで、寝ても醒めても、ファミコン三昧、包茎は治ったけれど、三段腹で、小人輩、精神が錯乱し、フラストレーションのはけ口に食べ物を、食べ続け過食症になり、腹一杯食べては、トイレで口の中に指を、差込、食物をもどし、また料理して、たらふく食べてトイレで流しての繰り返し、半年、経った頃には、痩せこけ、三段腹も克己した。
 僕はこのままではいけないと、将来に不安を覚え、今度は痩せこけた醜い裸体を改善須らく、腹筋、腕立て、鉄アレー、スクワット、バーベル、背筋、走りこみ、等を気が向いた時にトレーニングしていた、中学卒業まで、運動なんて試したこともなかったので、どれだけの回数をこなせばよいものか、皆目つかず、小人輩の僕はすぐに、息切れをしすぐに、自分のキツイという精神に負け、トレーニングを途中で投げ出した。パチンコ屋にも毎日通った、前の仕事の僅かな、資金を、軍資金にして、5万負け、3万負け、4万負け、時には10万勝ち、コンビニで大量のケーキ屋、お菓子、ジュースを買い、タクシーで凱旋した、でもこんな事は16回位、4ヶ月通って、ほぼ毎日行ったので、120回だ!120回中10〜16回勝っただけ、殆ど毎日負けて、財布はカラッポになり、頭に来て、銀行まで行って、預金を数万、降ろし、また再チャレンジし、その金もなくなり、2キロ以上もある家まで、俯いて、沈んだまま、徒歩で帰る日々が殆どであった、或る時は、負け続け、銀行の僅かな貯蓄もパチンコ屋に寄付してしまって底を尽き、腕時計を、近くにある質屋に1万5千円くらいで預け、借り、その金も、注ぎ込み、徒歩で家路を、暗闇の中、独り寂しく辿り、翌日リベンジに意気込み、CDラジカセを担ぎ、質屋に預け、借り、また負けて、歩きで帰り、そうやって、次々と家にある、電化製品を、質入し金を借り、その金は全部、パチンコ屋に吸取られて行った、もう僕の部屋は、何もない空っぽのベッドがあるだけになった、そして最後は、前の会社で年齢を誤魔化して、入社したので、その会社の保険証を、使って、消費者金融から、限度額、10万円を、借り1月ほど、この資金で、パチンコ屋に往き久々に10何万勝ちその日は鹵獲品を携え、タクシーで凱旋するが、翌日からはまたアンラッキーが確変し、負け金融から、金を引き出し負け、諦めて帰り、更に次の日、金融で引き出しと繰り返し、消費者金融の限度額もオケラになり、債務の借金だけが残り、辛うじて、TVとファミコンだけが残った・・・そして僕はまた、過食症となり、三段腹に戻り、肥り、ファミコンに蕩尽する日々を重ねた・・・身体を鍛えるのも止め惰性で流されるがままに生きた。
 実家に居ると四六時中、母親の小言が僕の部屋の隣の、母の部屋からファミコンに夢中になっている、僕の部屋に、響いてくる、ノイズ、苛々していた毎日、(1989年)17歳、半ば、僕は気が狂いそうで、家を出ようと求人雑誌で住み込みが出来る職場を探し、名古屋にある工場で働こうと、また家を飛び出し、電話を掛けて面接をし、岐阜県の白鳥という田舎にある、エアコンの電気モーターを製作する工場で働きだした、長崎の実家も田舎だが、ここは凄い、名古屋駅から車で時速60キロで走っても4時間もかかる、山奥の山中だ、僕が赴任したのは、秋もたけなわの頃、朝の8:00から就業し、残業して夕方の7:00まで延々と、機会を操作する、僕が此れまでやってきた、職種とは大きく異なり、心の中で、こんなみみっちい仕事、詰まり、退屈で、時間に拘束され、何と陰鬱な地味なしごとだろうか、と・・・給与は20万程度であった、僕は給料の使い道が、何もなく、ただただひたすら、ファミコンやゲームのカセットを買い漁り、ブランドの財布や、プラチナの指輪、ブレスレット、小物を買い集め、虚しく過ごした、そして気に入った50万の腕時計を購入しようと、残業を増やし、朝8:00から、夜10:00まで、2ヶ月働いた、工場の仲間からは、一番の稼ぎ頭と、渾名され、それでも月に、30万であった、・・・前の営業の時は、固定給18万プラス歩合があったので、其処では並べて平均すれば、月々30万以上あった、時間にも拘束されず、自由裁量で仕事のペースをマイペースで遂行できたし、契約が受注できれば、その月はあと、パチンコ屋や、喫茶店、買い物、と自分の好きな事をして、給料が貰えた、がしかし此処では、1時間単位で拘束され、休憩も規則で朝中休み5分、昼30分、昼中休み、5分、夜中休み10分と、時間の奴隷だ、と心の中で、今までの職種とのメリットと、デメリットを、自然と、比べ不満を蓄積させて行った・・・而して、毎日の単調な仕事に加え、私生活の彼女一人つくれない小人、短小、三段腹、の惰弱で、ひ弱で、卑屈な僕は、朝から夜の10:00迄、仕事して、寮に帰り、ファミコンして、休みの日も、ファミコンしか僕には、することがなく、その虚しさに、己の哀れさに、嘆息し未来に希望もなく僅か、2ヶ月で、ドロップアウトして、長崎に撤退し、また実家で、母親の、イラック、耳障りなノイズに気がふれそうな渦中、何もやる気がなく、辛く、苦しく、惰性のままファミコンをして閉じこもり過ごした。
 (1990)年、僕は18歳になったばかりの頃、2年前16歳の頃、一緒にDISUCOに通った、同級生の石崎から音信が、あった、電話で話した所、彼曰く、自動車の免許を習得し、車も購入した、車種は86トレノスポーツカーらしい、僕は前述したように、原付免許で痛い目に合い、この時期も何も、免許はなかったし、金もなかった、車のことなぞ意味が解らない、彼は取り合えず、自分の車を僕に見せたいらしく、僕は呼び出しに、快諾した、彼は僕の家の近くまで迎えに来ると言ったので、約束の場所に行ってみると、成る程、白く輝く車体に、一本だけ黒のラインが走っている、ライトは収納タイプで、如何にも、走り屋の車だった、彼は誇らしげに、車の説明をはじめ、僕は羨ましくて、嫉妬しているのに、そんな僕の意も解せず、彼は、腕前を披露するので、付いて来いと、僕を、助手席にのせ、けたたましい、轟音を響かせながら、風を斬る様に、街の道を、猛スピードで駆けぬけ、僕は、内心あまりものアクセル全快のスピードに震えつつ、彼の目的地、稲佐山、通称、走り屋の訓練場に、招致された、そこで彼は、始めるぞ!と呟くが早いか、イキナリ曲がりくねった、いくつもの右カーブや、左カーブをエンジン音を轟かせ、ジェットコースターの如く、車体を滑らせながら、頂上めがけて、走り抜けた、そして頂上で、4回転スピンを体験させられた、確かに腕前は、自慢するだけのことはある、宛ら西洋映画の、一場面の趣向であった・・・・。
 当時のDISCOメンバーの一人の西山は、自衛隊員になり、僕達とは、住む世界が違うのか?連絡すら全くない、もう一人の安永は、女の所に転がり込んで、紐になっていた、こいつからも、久々に連絡が入り、今から、遊びにコイと言う、所定のアパートに往ってみて、話をすると、女はソープで働いており、不在で、安永は、僕に出前を注文してくれた、彼曰く、女がクラウンに乗っているらしく、運転させてもらえるし、ソープで仕事してるので、金回りもよい、お小遣いも1日、1万円貰っているとのこと、・・・・はぁ〜僕はもう、溜息ばかりしかでない、どいつも、こいつも、自慢ばかり、皆それぞれの人生を、謳歌し満喫し楽しんでいるのにと、僕は嫉妬し、羨望した。
(1990)年、僕は18歳相変わらず、独り、孤独に、虚しく、ファミコンと仲良くしていた、ファミコンが僕の恋人さぁ!
過食症も健在で、20歳になり彼女が出来るまで、口に指を突っ込み、吐き出しては、食べた、寝て、起きて、食べて、
吐いて、ゲームして、食べて、吐き、ゲームして眠る、いいかげん疲れ果て、孤独で、生きる気力も失せていた、死んでしまいたい、が勇気がない、臆病者だから・・・小人だから・・・そんな筆舌に尽くし難い、日々の毎日の渦中、走り屋の、石崎からナンパに行こうと、誘われ、僕は暇であったので、承服した、彼は整備工場で働き、やたらと車に関する、情報や、専門用語に、精通しており、自分の車の改造をも、自らの手で行い、夜間に、自社の工場の鍵を開け、僕を誘い、車を持ち上げる、大型ジャッキでや、工具を駆使して、トレノの改造に勤しんでいた、彼の容貌は、西洋風の顔付きで、トキオの山口を、もう少し、スマートにして、顔付きも山口を、少し外人ぽくした、美形の男だ、身長も178cmあり、僕から取りあげた、ウエスタンブーツを、履けば、僕の身長182pとあまり、変わらない、おまけに、仕事、金、免許、カッコいい車まで、保有している、その彼、石崎と、この1990年から、1992年20歳になるまでの約、3年間、毎晩、朝まで、ナンパ、ナンパのオンパレード!長崎の繁華街から、場末の田舎まで、走り駆け回り、この3年間で、300組の、女性2人組を、ゲットし乗せ、ドライブをした、石崎曰く、俺は運転に集中しないといけないから、声かけ約は僕にしろ!と命令してきた、何で?大変な約を演じなければいけないのか?交代で、声かけ約をしようョ!と折衷安をだしたが、彼は、車、ガソリン代、運転、を君が代わりにやってくれるのか?と僕の不利な点を列挙して、要は車の運転に託けて、岩崎の、不得意分野の、会話を僕に担わせたいのである、而して、この役割分担が、この瞬間から、不文律となった。
それから僕は、毎日彼が走らせる86トレノの横にセットされ、彼の運転しながら車窓から、彼の瞳に、映った2人組み女性をロックオンしたものを、僕が車を降りて、走りより、今日は星も煌く爽やかな美しい日だけど、この星空に鏤めた輝く奇麗な星も、月も、君たちの前では、色褪せてみえるばい!いまさぁ〜男2人で寂しくドライブしよったとけど、君達ば、見てからどうして、こんなに可愛いうらわかき娘2人を、世の中の男たちは、ほっぱらかしにしとるとかな?天罰のあるばい!やっけんが天罰のふりかからんごと、君たちにこうやって声ばかけた!長崎の面白い場所に、招待するけんが、一緒にドライブに、付き合わん?云々と、僕は、必死に、1日平均、100人の女性2人組みに、朝まで声をかけ廻り、約3年で、300組の女性を車に乗せゲットしてドライブたが、
その全部が、石崎を気に入り、バックミラーに映る、熱い視線は、女の子の目付きまで変わり、石崎を争って、仲良くしようと、鏡越しに石崎ばかり、見て、僕は、ただの盛り上げ役の道化師、ピエロだ!このうち、200数名が、彼、石崎とホテルの中に、僕をホテルの入り口で、放り出して、2人消えて行った、僕はこの3年間、何時もこのパターンで、ホテル付近で捨てられ、独り寂しく、1キロある家までの闇夜を虚しく辿った、誰もどの女も、石崎とばかり、彼を射止めようとバックミラーの鏡の中の彼女達の熱い視線は、怖ろしい程に鋭く光っていた、その光景は僕の心に色褪せることなくインプットされた、そして眠り、食べ吐き、ファミコンして、
ナンパして、ホテルの前で、置き去りにされ、る空虚な日々を送った。この間、疎らであるが、転々と、1ヶ月や、2ヶ月、と4〜5件の職を流転した、前述の僕には何も起こらない、詳しくは、彼女達の瞳には、僕は映らない、ナンパに嫌気が差し、家を飛び出して、警備会社の道路整備や、半導体製造作業、明治乳業の下請けで、商品の搬出物の準備をする作業、チョコレート製造工場、ウィンドウズ95の液晶パネルのフリッカー度検査、等々、いずれも、1〜2ヶ月で辞めた、・・・・そして無意味な、ナンパに、1992年の二十歳になるまで、僕の時間は、消費され、その利益は、石崎の為に費やされたと言っても過言でない。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 946