満期釈放日当日までの不当懲罰、並びに、不正処遇に対する、審査の申請。を満期釈放であったので、之の不当性を訴える術を、長崎刑務所のお歴々に尋ねた所、看守曰く、お前はもう出所するので、もう、コノ処遇に関しては、審査の申請、及び、再審査の申請は出来ないので、諦めなさい。出所するからもうよかやっか!とお茶を濁され、正式な手続き方を教えて貰う事ができなかった・・・・冗談じゃない・・・私はコノ満期釈放日、前日まで座禅、懲罰させられ、尚且つクリスマスの12月25日に、謂れのない難癖で、懲罰を不当に誣いられ、同年の誕生日8月28日に取り調べ懲罰の延長からやっと、開放され衛生班工場にて働き後述するが、またもや担当の、僻みで、不正連絡と取調べに伏され、20日間の座禅懲罰が終了し、2008年12月25日に内装工場に配属されたが、その日の夕方に、他工場の詳しくは、10工場の中山次郎という、基、私が2007年に長崎刑務所に来て、始めて配属された洗濯工場に居た人物で、コノ人物に私は、(刑務所の不当な審査会による、不利益、並びに被害の報告)でも説明している、私が長崎刑務所に入所して初めての、取調べ懲罰となった、因循の人物がこの中山である・・・ この人物が部屋の、弱者から、飯を巻上げ、水道をだしっぱなしにして、ヤカンのお茶を冷やしたり、私に対しても、因縁めいた難癖を振り撒くので、私が飯や、水がもつたいないし、食べ物を横取りするのは、いかがなものかと、話した所、彼から部屋から、出て行って貰うなどと、自分の家か何かと勘違いしているのか、しつこく私に絡んで、翌朝、洗濯工場に於いて、作業中に、真後ろの席の彼は、私に罵詈雑言を弄し、周りの者たちに対して、面子を潰され腹が立ち、殴り付けてやろうかと想ったが、仮釈放を貰う目的の為に、身を引くことにして、担当に件の経緯を相談したが、鼻にもかけられず、放置され、無視されたので、私も同様の態度で工場の隅側に行き、ストライキした、すると、お歴々方は、杜撰に事の真相も調べようともせず、私に責任を負わせ、作業拒否などと、仰々しい違反事項とした・・・この顛末が2007年8月初めての刑務所に収監されてからの、不当、不正取調べ、及び懲罰である。 私は2,007年8月28日、34歳の誕生日に、取調べ懲罰に伏され、3度に亘る、違法で不当な、処遇を、已む無く消化し衛生班工場に2007年11月に配属、もどされた・・・私は、2006年9月頃から2007年の8月28日まで、この工場にて義務を果たしていた・・・私の部屋は8人おり、この中に、中国人が2人いた・・・この中の1人は26歳の言葉や意思の疎通が非常に困難で、もう独りの27歳の中国人の翻訳でしか、話が出来ない。日常生活を送る上での、決まり、順番、掃除など、多岐に渡り、言葉と、文化、習慣の違いで、喧嘩が多々あったが、表ざたには、ならなかったし、成らない様、私はカバーしていた・・・この中国青年は、我儘で、意思の疎通が出来ない為、孤独に居り、文化の違いもあり、日本人の中から、横着だ!日本のしきたりを叩き込む必要があると、幾度も諍いを触発しそうな場面が多々あった・・・ もう独りの中国青年は曰く付きで、日本の習慣の不良がよく行なう態度で、亀田(ボクシング)が顔を睨み付け、あ〜こら、とバッシングされ、工藤檜のヤクザを名乗る男を、殴りまわし、普通の工場に出せなくて私と同じ衛生班工場の、同じ部屋に来た。日本語は流暢で、其の経緯を、尋ねると、彼は中国で立身出世しようと高校を卒業し、家族を護るために、日本企業の工場技術を学ぶ為、日本を訪れたようだ。 しかし日本企業は、中国に工場を建設して、中国で働いて貰う為に、日本に彼を招いたらしい・・・彼は30(他にも沢山いるらしい)人単位で、本国から呼び寄せられ、中国に建設する工場の運営の技術を学ぶ、名目で、いわば、騙され、日本企業に、外国人労働者として、低賃金で、搾取されていたのだ。一旦中国から、出て来た、彼は、家族に旅費や生活費を出して貰ったらしく、金額も日本の貨幣と中国の貨幣は100円が10円にまで価値が下がり、詰まり彼は家族に大きなお金を出して貰い、期待されて、送り出されたので、いくら日本企業の騙しに合ったからと言って、そうですかと、帰国するのは家族を失望させるし、今更、帰国しても現中国では、負け犬と呼ばれるらしく、まともな仕事にありつけない、らしい・・・それに彼には夢があるらしい・・・だから夢が叶うまで、家族の所には帰る事は、恥だから帰れないと、滔々と説明していた・・・ 日本企業の狡猾な搾取の被害を受けた、彼は、日本の救済を受ける術も、又制度もなく、已む無く、他の中国人窃盗団の売買仲介役をして、逮捕された・・・その彼は今も猶、日本企業の騙しで被害を受け、更に異国の地で刑務所と呼ばれる所で、2重の被害を、被っている、(被害者)なのである・・・私はこの中国人青年に、日本人として偉そうな態度は憚られ、 日本人が、外国人を低賃金で搾取し狡い事を、彼に施し、彼の夢や、家族の期待を奪い、彼を窮地に追い込み、犯罪者と化させた、私と同じ日本人に憤りを感じ、せめて日本人は皆、利己的な、拝金主義でないことを、日本人が誰も彼も汚い性質でない事を解って貰おうと、私は同室に住む2人の中国人青年に、文化の違いを押し付けようとする、他の日本人同房者らを、私が媒介し牽制していた・・・そんなある日、私は朝、食事中、大便催し、部屋の皆に頭を下げ、悪いと言って、トイレに走った所、言葉の通じない中国人青年が、立腹し、食事の皿を引っ繰り返し、片言の日本語で、なんでー日本人は、ご飯、時、トイレ行く?松本、何考えてる!と怒鳴った・・・日本人には、我慢出来ない、旨のニュアンスは伝わるが中国人には伝わらなかったらしい・・・ この態度に腹を立てた私と仲の良い日本人は、私が攻撃されている姿を、忍びなく想ったようで、私の為に、Hは中国人青年に、日本に来たら、日本人の空気があるんじゃ〜外国人はおとなしくせんかこら〜と怒り、決まりごとを、伝えようと試みたが、伝わりそうにもなく、朝一番から、私のトイレのせいで、私を助ける為Hは、嫌われ約を買って出た・・・それ以上事が、進展しないように、収拾する為、私は中国人青年の前に正座して頭を下げ、謝り、一旦は落ち着いたものの、以後、中国人青年と、Hの軋轢が生じ、事あるごとに、互いに、罵り合ってしかも、方や中国語、方や日本語で応酬し合い、私はもう一人の日本企業に、騙された中国人青年に翻訳を依頼し、事細かに、風習の違いだから、腹が立つことも我慢してくれと、頭を下げて説明していると、今度はHからは松ちゃん、が何時も、中国人に甘いから彼らが付け上がるとばい、そがん頭ばっかい、さげんちゃよか、なさけなか・・・おいが、日本の刑務所のルールば教えてやる、日本ばナメとるもん、日本に来てまで悪か事ばしてから、・・・と怒り漏らしていたが、私は、Hちゃんの気持ちはありがたいし、腹も立つやろうけど、この人たちは、言葉もよう 判らっさんし、外国人やし許してやってくれんか、おいの顔ば立ててくれろ!と牽制続けた・・・こんな日々の日常の最中に、私は、手紙の保留を出汁にされ、違法で不当な謂れのない懲罰を2007年8月28日の誕生日に受け、私は雑居部屋から、取調べの独房に監禁された・・・案の定、同年11月に懲罰を終えて、同工場に戻って見ると、Hと中国人青年は、居らず、喧嘩をして取調べ懲罰と、なったらしい・・・ 衛生班工場と言うところは、特殊な工場で、本当の馬鹿か、若しくは危険な人物で、喧嘩ぱやいか?よその工場では組関連の派閥関係で、生りを潜めている人物か?の何れかで、よほどの事が、ないと配属されない、特殊工場である・・・行き場のない馬鹿か?手の付けられない危険な、問題児が集まる、工場である・・・また、Hも、中国人青年、何れも、よその工場で揉めて、めぐり巡って、辿り着いた所なのだ・・・私は、非常にHとは仲が良く、彼の安否を心配しておって、寝る場所も隣で、6ヶ月暮らした仲である・・・中国人2人とも、4ヶ月寝起きを共にしており、日本企業に欺かれ、犯罪者と成った、中国人青年とも、仲良くなり、懐柔して、Hと言葉の通じない、中国人青年Rと仲良くする方法はないものか?と私は、尋ねた・・・すると彼は、どうしようもないね!松本悪くないよ!問題はHと、Rの問題ね!・・・R日本語解らないネ!めんどくさよ!なんでもいい!懲罰O,Kネ!何も恐くない!・・・R中国人まじめする、目的あるネ!日本刑務所、何回も懲罰する、俺何も悪くない、でも2回懲罰おかしいヨ!仮釈なくなる、中国のファミリ―お金ない困る・・・満期なるHのせい・・・俺、日本人と違うね!命かけてるヨ!と言ってたらしい・・・ 日本企業に騙された、中国青年、曰く、R娑婆で恐い人、づっと日本人の、悪いの言葉、分からず、我慢していた・・・でも、分からないけど、顔、見れば、いいの事話してるか? 悪いの事話してるか?解るね!こら!ばか!くそ!、なんしよっとや!あっこら!とかとか・・・これ我慢した・・・普通ね言葉、解らない外国人に向かって悪いの言葉連発するの、おかしいよ、松本、何でも、よか!よか!ほって置くこれO,kね!でも、今回Rに、懲罰ある、俺この工場上がるヨ!同じ中国人、仮釈なくなるはらたつね!だから俺も懲罰行くね!・・・Rの相手娑婆なら、もう生きていないよ・・・ 私はこの話の中から、窺えるのは、刑務所サイドは未来の、彼らの怨恨、禍根を芽生えさせて、彼らが社会に、復帰した後に、殺しあう可能性の、切っ掛けを、むざむざ提供しているみたいである・・・・日本人の短所ばかり知っている彼らに、せめて日本人の長所を教えてあげたい、と私は骨を折ったが、国家の方が自らの、汚辱を、外国人に振り撒いて、日本の恥を、国家が、露呈している・・・・あぁぁ〜何と嘆かわしい事か・・・是では、日本と、中国の関係進展は、良好にはなれないであろう・・・良策は、彼らの誤解を、処遇にて解いてやり、工場へもどすべきであるのに、担当はこのままでは、喧嘩になると言い、引き離し、それぞれ、懲罰を打ち、却って、Hと、R2人の軋轢の溝を深く煽り、修復困難にまでして、しかも、刑務所の、お歴々は計算できないのか?そのバチバチの2人を、また同じ工場で一緒にした、そして2回目の、諍いが起こった・・・私は、彼ら2人に争ってほしくない、2人とも同じ、人間として接し、侵食を供に暮した仲である、いざこざは、何度もあったが、それは皆で、乗り越えて来たのにである!・・・そもそも、私を詰まらぬ事で、違法で不当な懲罰に伏さなければ、Hとは仲が良かったので、Rを牽制できてたのに・・・ 私は残っている言葉の通じる中国人青年に、君は、僕の事をどう想っているか?包み隠さず教えてくれ、と頼み、同時に、僕は、君の事が、外国人として観ていないし、日本も、中国も関係ない、独りの人間として、見ているし、そういう態度で僕は、君たちに、接して来た・・・ここだけの話、 誰にも言ったらだめばい!絶対にと、彼の言質を取った・・・彼は、僕が教えた、よか!よか!大丈夫と言って、判りましたと言ったので、私は、彼に告げた・・・す・き!と・・・ この冗談が、彼に通じたらしく、エ〜松本、恐いね!(笑) で?君は?僕のこと好きか?と更に、訪ねた・・・う〜ん、好き、好き、と半ば冗談で、強引に言わせた・・・じゃあ、松本、Rすきね!Hもすきね!・・・だから松本、好きの友達、Hのした事、好きのRに謝りたい・・・でもRここに、居ない、だから松本、好きの君、変わりに、アヤマルネ! 中国人青年は、わかった!わかった!よか!よか!と頷
|
|