(1996)年、僕は24歳、犯罪者への始まりで述べたように、初恋の始めて、心をこめて大切に愛した女を、失い、仕事も失い、希望も失くし、生きる気力も喪失して、頭も低脳、短小、包茎、金なしの、不細工な僕は、もうどうにでもなれと、毎日の生活で、食事をする為に、ただただ死にたいけれど、死ねなくて、しかたなく生きるのみに、食べる為に、万引きを繰り返し、前回の逮捕後、6ヶ月後に再逮捕され、執行猶予の分の弁当、1年6ヶ月、と今回の逮捕の分1年6ヶ月、併せて1998年から、2001年までの26歳〜28歳の3年間の実刑判決を受け、佐賀少年刑務所に収監された。 そしてこの恨みは増幅され3年の受刑を怨念で消化し、社会へのリベンジも兼ねて、出所後その日から、窃盗を重ね、精神病院で、大量の睡眠薬や、精神安定剤、を大量服用し何度か自殺も敢行したが、半年後にまた、逮捕され、2001年の5月から2003年の2月までの29歳〜30歳の1年8ヶ月、北九州医療刑務所に収監され、満期釈放された、でまた僕の心は病んでいて、初恋の女、あずみが忘れられず、自殺と、窃盗を重ね、また2004年8月に逮捕され、睡眠薬で記憶がないのに2008年の2月まで、31歳〜35歳まで長崎刑務所で、非人道的扱いと、不当を3年4ヶ月に亘り、人非人の如く扱われ、2008年の2月に満期釈放をされたばかりだ。 1996年の24歳から逮捕され、今回2008年の2月35歳までに、わたり、刑務所生活累計、9年だ。 ただの自殺願望者の万引きを。 しかも今刑2004年の万引きは、睡眠薬と、精神安定剤を、多量に摂取し、記憶がなく、冤罪を拘置所で闘い、資金も、援助者も、手紙も無く、一日3食の、微量の食事と、水のみで争ったが、司法のお歴々は、強権力を濫用し、僕を、有罪にした、僕が、ライブドアーほりえの様に、お金があれば、拘置所内でも、好きなだけ、パンやお菓子類、ジュース類を買え、不住しないが、卑賤民弱者の、僕は、件の様に1日微量の3食と、水だけで、食傷となり、何年も戦わねばならないし、保釈で出て、安穏と、酒、女、タバコ、贅沢な食事、で遊びながら、控訴できる事は、貧乏人の僕には、出来ないし、相談する家族も、友達も、誰もおらず、孤独に、ひとりぼっちで、無力に歯向かうだけであった。 今、現在2008年に長崎刑務所を、満期釈放され、この事件犯を、再審請求で、裁判の、やりなおしを求めて、ひとり孤独に、闘っている。 以後、その内幕の裁判所に提出した資料を、馴致、アップする予定だ、後、刑務所内の理不尽な不当、不正を暴露した、第1回、福岡刑務所分類センター辺、佐賀少年刑務所の3年体験、第2回北九州医療刑務所1年8ヶ月体験、第3回長崎刑務所よもやま&杜撰、形骸、凄絶記録の4本を。
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