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作品名:月で叫ぶ伯楽 作者:シュレッテンガーの猫

第16回   犯罪者への扉へ
僕は、4年に亘り僕の全てを与えた彼女を失った・・・アパートは引き払い、専制体制の、実家に戻り、プー太郎になった、自棄になり自殺を近くのやまで謀ったが死にきれず、毎日、世捨て人の様に、ボーット過ごした、家に閉じ篭り、寝転がり、天上ばかり見ていた、彼女、あずみを、愛してるのに、どうしようもない(1996)年24歳・・・・そんな或る日、久しぶりに、石崎から音信があり、焼肉をしないか?と誘われた、僕は金がない旨を伝えたら、大丈夫だからこい!と言われ、歓待されるものと、思い、石崎の招聘に、快諾した。
 彼は僕を家の近くまで、例の車で迎えに来て、車は郊外の、場末の某スーパーに到着した、そこで僕は焼肉用の買い物をするものと着いて行った、石崎は、精肉コーナーから肉の束を数個、鷲摑みにすると、着用していた、ジャンバーの中に隠し入れた、僕は唖然とし、なんしよっとや!やめろ!と彼に盗みをやめるよう説得を試みたところ、彼から、そいじゃ焼肉せんとな!そいじゃな!と言われ、僕は閉口し、困惑した、僕は免許もなく、彼の車で来ている、こんな郊外山中の某スーパーに置いてけぼりにされたら、帰るにも、交通費もないし、帰るにも帰れない、僕は素早く現状を計算した、解決策は、石崎と同じ事をすれば、置き去りにされず、収拾出来ると・・・考え、模倣した。
中学生、以来の盗みである、僕は中学卒業後、泥棒なんか、情けない、恥かしい行為であるとして、蔑んでいたし、中学の頃に、強制されて万引きをさせられた、忌わしい行為であるし、人の、心に悖る行いと自負して、モットーにも、矜持にも瑕疵を入れるものとして、是までは、行なっていなかった、が、この頃の僕は、人生で最も愛した女を、失い、昔の20歳になってあずみに、出逢う前の、状況に舞い戻り、未来の展望もなく、金もなく、頭も悪く、何もかもどうでも良く、狂い、荒廃、茫漠し自棄になっており、之に郊外の場末某スーパーに置き去りにされると言う、環境が重なり僕をこの中学以来の万引きに駆り立てた。・・・・この日を境に、僕は、充たされた鬱屈のダムが堰をきり崩壊し、窃盗で、盗みをする事で、フラストレーションを癒し、繰り返すようになった。
 金なし、仕事なし、女なし、低脳、短小、包茎、三段腹の僕には、絶望しかなかった・・・・死をもとめた、いいかげん、子供の頃から、の僕に対する、仕打ち、せっかく掴んだ幸福の4年も、彼女の親達に、破壊された、僕はこの道に、辿り着くように、エントリーされていたんだ、環境に、・・・
でも負けないように24年間、ふんばってきた、犯罪者にならない様に・・・・でも彼女を、失くした僕は、もう既に時遅しだった、連日、今までの蓄積された、過去の憤懣と、絶望を埋めるように、万引きを繰り返し、この間約4ヶ月、心を癒そうとした、が埋まらない・・・・虚しい、呵責に苛まされる、ここは餓鬼どうか?・・・・そうして逮捕、僕は捕まり拘置所で3ヶ月拘留され、懲役1年6ヶ月執行猶年言い渡され釈放された、僕は、このままではいけないと、強く思い釈放後、すぐに就職探しを見つけ、働きだした、1996年24歳、ホテルセンチュリオンで、宴会やレセプション、歓送迎会、冠婚葬祭の配膳、設営係である、働き始めて1か月経つか経たないかの内に彼女、あずみから電話があった、今天理市で修行をしてるとの事、逢いたい着てくれと頼まれた、僕は、再び彼女に逢えるよろこびから、休暇をもらい、即効で翌日のJRチケットを予約し単身京都きんぺんのん天理市に向かった、大阪、京都電車で走る車窓からは、西本願寺が見えていた、あぁこれが織田信長が滅ぼした本願寺かと感慨に耽った、ぼくは迷子になりつつ、天理教総本山を目指した、辿り着くと、広大な敷地に瀟洒な聖堂が巨大に聳えたちあっとうされた、ぼくは、あずみと打ち合わせの場所で、ランデブーして、敷地内に入り、彼女が寝泊りする、寮?に招待された、寮に入るや否や、僕達は、熱いキッスをかわし、布団に潜り込み、いまから抱き合おうとしていたら、あずみに、動向して来ていた、70半ばのおばぁちゃんが、登場し、僕達2人はばつがわるそうに顔を赤らめ、苦しいいいのがれをし、居住まいを正した、このおばぁちゃんは、6ヶ月まえに、彼女のじっかに、プロポーズをしにお伺いした折、彼女の母親からあしらわれた僕を、哀れに思って、諭してくれた、物分りの良い人物である、・・・結局、何事もなく、あずみと、彼女のおばぁちゃんと、世間話をして、またもや、僕は、京都くんだりから撤退した・・・・
 僕は仕事に戻った、1ヶ月もすると社内辞令がきて、営業企画部に栄転はいぞくされ、毎日修学旅行の宿泊プランや、ちょつとした、パーテーィ送迎会等の案内、募集の為、外回りをしたり、イベント、催し物の、草稿を提案したりした。
 時は盛夏の8月を向かえ今度は、ビアホールの店長として辞令がおりた、8月から10月までの3ヶ月、大学生の求人募集をかけ、10数名が揃って、僕は、彼らの勤務体系ローテンションの管理と、精算レジの毎日の売り上げ及び、累計、毎月の売り掛け、山積累計の帳簿付けを担当した、10月も終わり、僕は今度は、何と、島原にあるアジサイホテルと言う支店に、密偵として送られた、そこの従業員は、とても朗らかで、良い人々であった、其処で、1ヶ月の研修という名目でフロントについて、チェツクイン、チェツクアウト、予約受付、清算、コンシェルジュを学びながら、この支店の、会計不正を、暴く密偵を本部長に依頼された・・・が僕は、報告書には、あしざまな事は報告していなかったが、目付け役で、僕に付いて来た44歳のマネージャーが、情報をリーク操作し、支店を、訝しがっている、エグゼクティブの好感を得ようと、偽善の情報を流して、支店の、温和な従業員、5人は解雇され、僕は、心がいたたまれなくなり、落ち込んだ。
 而して僕は、また11月には、営業企画部に、復帰した、が此処でも、もた問題が浮上した、この企業のオーナーは、親族関連で、運営され、外部の改革案を、受け付けない、保守派だ、そこで、社長の下の、専務が策謀を練り、社長を籠絡して、自社株を、40%と習得しようと、あの手この手で、株主総会を開き、買収して、社長を罷免し、本人は会長に就任し、改革を推し進め、僕が、配膳係であった頃に、世話になつた、パートのおばちゃん、おじちゃん達は、人員削減の名目で、解雇されて行き、営業企画部では、世話になった、部長や、係長、が左遷され、自主退職に追い込まれ、後釜には、会社を乗っ取った、会長の息のかかった、親族を雇用した。
 僕はこんな骨肉の争いに利用されほとほと嫌気がさしていた・・・・そんな時期、半年振りに彼女、あずみから、今、福岡で美容師の訓練をして、一人暮らしを、しているので、遊びに来ないか、と電話があった、僕は嬉しさのあまり、
荷物をまとめて、彼女の東区名島にあるアパートに転がり込んだ、が僕の私的な、過去と、精神破綻、現状と、前科者という、感情が、彼女に、辛く当たってしまい。すぐに僕は、長崎にもどり、ホテルの仕事を続けていた、程なくあずみから、電話連絡が入り、彼女の話を訊くと、今、長崎に遊びに来て、お酒を飲んでいる、迎えに来てくれなければ、どうなるか解らん、と泥酔したロレツの回らない口調で、訴えてきたので、僕は心配になり、今直ぐにタクシーを捕まえ、何処そこの、所定の位置を伝え、其処に来る様に促した、現場で待つこと20分、彼女は、よいどれて、しかたなく、僕の実家の部屋に泊めることにした、暫くすると彼女は、僕の唇に絡んできて、襖を隔てた隣では母親が、いるので変な事は出来ない、
しかし彼女は、自ら服を、一枚一枚、剥ぎ取り、僕を挑発してきた、僕は、約1年ぶりなので、負けてしまい抱いた。
 彼女はアクメの時に或る癖をする、そして彼女は、昇天した。
あくる朝、僕は、会社に休暇をとり、彼女を福岡に送り帰す為、長崎駅へ送った、この時、僕は深く呻吟していた、心の中でこのまま、実らない、親に反対された恋路をと・・・
それに彼女は僕が、犯罪者となり堕ちて逮捕されたことを知らない、・・・知らなくていいのだ、こんなフラフラとしている男に、加え犯罪者と化した、僕と一緒にいてもろくなことがない、僕は、もう二度と逢いにくるな、と一言伝えた、大好きだったのに、愛していたのに、・・・・あずみは、恨めしそうに、僕を睨んで、駅のホームに消えていった・・・・・
 僕はそのままの足で、実家に戻り、溜め込んでいた、睡眠薬400錠をのんで、自殺を敢行して、10日間眠り続け、仕事も辞めた・・・
 ここから窃盗で、憂さ晴らしも兼ね、刑務所人生の幕開けとなった。


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