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作品名:sola 作者:ともみつ

第2回   2
「私このまま整備格納庫に行くから」
「了解」
 俺は事務所へ、悠は格納庫へ。それぞれの仕事場へとそこで別れる。二時間も遅れれば、彼女にとっては少々取り戻さなければならないのだろう。俺と別れると小走りに格納庫へと向かっていっていた。
「早く治さないと、悠に迷惑かけっぱなしには出来ねぇか」
 俺は悠を見送ると、事務所の裏口へと仕事へ向かった。
「おはようございます」
 事務所へ行くと、待機のパイロット以外はほとんどが出払っていた。元々パイロットは飛行機、ヘリを含めて二十人もいないため、数人残っていることは、それだけ仕事が入っていないということの表れでもあった。
「健介、遅かったな」
 予め伝えていた時間を越えていたが、治療が長引いたとしか、同僚たちは思っていないようで、軽く挨拶を済ませると、それぞれの仕事へ取り掛かっていた。
「おはようございます、奥田さん」
 受付の美友紀が手が空いたようで戻ってきていた。
「美友紀ちゃん、おはよう」
 美友紀は健介の腕に目を向ける。
「まだ二日目だからね。すぐには良くならないよ」
 その視線に気がついたのか、健介が苦笑する。
「そうですよね。でも無理はしないで下さいね」
 言いたいことを先に言われたように、美由紀が照れ笑いを浮かべながら、健介に一枚の紙を手渡す。
「藤沢さんが、奥田さんが来たら渡すようにと」
 受け取って目を向けると、そこには俺のスケジュールが組まれていた。
「マジで雑用係だな、これ」
 そこには所内の清掃から、運搬用の荷物整理、受付助手等などここへ入社したての頃のような雑用が、終業時間までみっちり組まれていた。
「ほんと人使い荒いな・・・・・・」
 まだ入社して十年も経っていないからということなのか、日頃から健介は飛ばない日は新人並みにこき使われることが多かった。パイロットとして運行業務に組み込まれるようになってからは、比較的楽になったが、外された今は、もはや新人扱いに戻されていた。
「何でしたらお手伝いしますから、遠慮なく言って下さいね」
 美友紀の言葉が健介には、光りを纏った女神にも感じられた。
昨日同様に、事務所で待機している先輩たちにからかわれながらも、書類整理から次の運行予定の打ち合わせの手続きを済ませていると、遅刻してきたこともあり、昼休憩となり、健介は一人管制塔の屋上へと足を運んでいた。飛行場内では一番高い場所のため、見晴らしがよく春風が心地良く吹き抜けていた。煙草に火をつけ、大きく吸い込み吐き出すと、空へと煙が消えていく。
「良いなぁ」
 眼下では整備中の航空機が数機、日の光を浴びていた。午後発便が出発前に最終チェックを受けているようで、整備班の姿が忙しく動き回っていた。
「あいつも良く働くよな」
 健介の視線の先には、副チーフとしてテキパキと指示を飛ばし、自分も率先して作業にかかっている悠がいた。
メリハリが利く悠は、仕事とプライベートを完全に切り離しているため、別人のようだった。そんな悠を眺めていると、自分が雑務に追われ根を上げていることが、小さく感じてしまう。怪我をしたのも、自分の単なる不注意。それに悠を巻き込むように世話になり、遅刻までさせてしまっているのに、彼女は忙しそうにしながらも、楽しそうに仕事をしている。それに比べると、愚痴をこぼしながら自分の怪我に甘え、今こうして空を飛べない代わりに、少しでも空に近いところで風を浴びている。
「まだまだ甘ちゃんだな、俺」
 まだ半分も吸っていない煙草を携帯灰皿に押し込み、滑走路に向かって深く深呼吸をすると、背を向けた。
「健介、昼飯まだだろ? 食いに行こうぜ」
 智史は午前の飛行がなかったため、整備班と共にドッグにいたようで、作業着姿だった。
「お前、何してたんだ?」
 午後からの飛行が入っているはずだから、飛行経路の確認と天候チェック等としなければならないことがあったはずだ。
「何って、お前の機体の確認してたんだよ」
 普段なら勝手に人の相棒を弄るな、などと言うのだが、今回に限っては何も言えなかった。しばらくはバードフライとしての活動にも携われないのだから、智史が俺の代役でバードフライに入るのだから、俺の相棒もしばらくはこいつと飛ぶことになる。
 俺がいない間に倉庫入りをするよりは、ライバルとは言えど空を飛んでいるほうが、フルートにも良いだろう。ここは大人しく引き下がるのが、相棒を思ってこそだ。
「んじゃ、飯いくか」
 二人して食堂へと行くと、午前の飛行から戻ってきたパイロットや、整備士で賑わっていたが、中には地域住民の姿もあった。うちの飛行場は見学は自由で、観光や地域住民ために食堂も開放していて、昔はいまいちだったらしいが、最近はメニューのバリエーションも増え、味質も向上しているとなかなかの評判だった。
「健介、席取っといてくれ。俺が買ってきてやる。いつものか?」
「了解。それと箸が使えないんだ。パスタ系で頼む」
 利き腕が不自由なのは、色々と慣れないうちは不便だし、周囲に気を使わせてしまう。居心地の悪さを感じるのは否めなかった。
「健介、お前のその腕、全治いくつ?」
 A定食をがっつきながら、開いている片手で気象図の確認をしながら、俺の怪我を聞いてくる。どれか一つに絞れよと言いたいが、時間が押していることもあるのだろう。
「全治二ヶ月ってとこだ。航空祭には無理だな」
 自分のせいとはいえ、言ってて悲しくなる。
「じゃ、八月くらいまでは飛べねぇな」
「分かってるさ」
 夏の空は好きだっただけに、飛べないのはいたい。
「無理して長引かせるなよ。フルートも俺よりもお前を待ってるぞ、きっと」
 こいつは俺が飛べないから自分が飛べるというのに、それほど嬉しそうに見えないのは気のせいか。それとも俺を気遣っているのかよく分からないが、その言葉だけは受け取っておいた。
「じゃ、俺は支度あるから先行くわ」
 俺がまだ半分ほどしか食い終わっていないのに智史は既に食べ終わり、食堂を後にした。普段なら俺もそれほど時間を取らないが、慣れない右腕だけではどうしても時間が掛かってしまう。
「奥田さん、隣良いですか?」
 カルボナーラと奮闘していると、美友紀ちゃんが持参してきたのだろうか、可愛らしい巾着とケーキセットを手にしていた。
「いいよ」
 昼時は混雑するため、なかなか席がない。一人で奮闘するのも虚しいから先ほどまで智史のいた隣を譲った。
「奥田さん左利きだったんですよね」
 慣れない手つきでフォークを操る俺を見て、大変そうですねと声をかけてくれる。からかっていないのが良く分かるから、その気使いは素直に嬉しい。
「美友紀ちゃん、弁当は自分で作るの?」
 俺なんかは食堂に頼りきりだが、女子社員の中には節約やダイエットなのだろうか、自分で作ってくる子が多い。朝も早いのに良くやるなぁなどと感心してしまう。
「妹が学生だから、ついでに用意してもらってるんです」
 照れたような笑みで、弁当を突く姿は愛らしかった。
「実家暮らしだったんだ?」
 妹さんが学生なら、母親がついでだからと用意してくれているのか。安上がりだと考える俺は野暮なのだろうかと、自嘲してしまった。
「はい、一人暮らしでも良かったんですけど、まだ社会人としての自覚が足りないみたいで・・・・・・」
 最期まで言わずに照れてしまっていた。その様子から何となくその自覚とやらが何なのか予想できてた。俺も入社当時はよく似たようなことがあったからな。
 そのまま午後も雑用があるが、比較的暇な俺は、食べ終わっても美友紀ちゃんが食べ終わるのを待っていた。
「美友紀ちゃんってケーキ好きなんだ?」
 食後に俺はコーヒーを買って、美友紀ちゃんはケーキセットを食べていた。
「甘い物は比較的なんでも好きなんですけど、一番はケーキですね」
 あんまり食べると太っちゃうから、週に一、二度なんですけどねと、笑いながら付け加えた。
「美味しい?」
 何となく言葉が漏れた。幸せそうに食べている姿を見ると、味は問題ないのだとは思う。
「凄くって感じじゃないですけど、美味しいですよ。一口どうですか?」
 レストランも兼ねるようになってから、質が向上し味も良くなったのだろう。普段ケーキは食べないからあまり良く分からないが。
「いや、俺は良いよ。ケーキ類は苦手なんだ」
 洋菓子系はそれほど得意じゃない。あっさりしたものなら良いが、味がしつこいものが多くてあまり好きじゃない。
「そうだったんですか。ちょっと意外でした」
「そう?」
「奥田さんってあまりお酒飲まないですよね? だから甘いのはお好きなのかと思ってました」
 確かに酒はあまり飲めないが、だからと言って甘いものもそれほど好きって訳じゃなかった。
「あっさりしてるのは良いんだけど、しつこいのとかはちょっとね」
「そうですか・・・・・・」
 甘い物の好みを言っただけなのに、美友紀ちゃんが残念そうに見えたのは気のせいか。一緒に食べてあげたほうが良かったか。
「奥田さん、午後からも頑張って下さい」
 昼食を終え、仕事のある美友紀ちゃんと別れる。俺も一応仕事だが、それほど時間のかかるものじゃない。書類の整理なら、何とか時間内には終わるだろう。
「ちょっと一服していくか」
 すぐに動くと腹痛がする。それに煙草が吸いたかった。
「健介?」
 食堂を後にして、近くのベンチで一服しているとやっと昼食なのだろうか、悠がいた。
「今、昼か?」
「あんまり時間無いからパンだけど」
 やはり朝が遅くなったせいで、仕事が押しているようだった。
 隣に腰を下ろし、パンを食べ始めた悠に煙草の煙が行かないように、風下に立つ。
「お前、これから朝は、俺のこと気にしないで良いぞ」
 ろくに昼も休めない状態なのに、俺の負担を抱えさせてばかりでは、やはり立場がないのもあるが、性格上俺がそれを許せない。
「何よ、急に?」
 やはり悠なのだと思ってしまう。全く気にも留めていないようだし、忙しいだけで、疲れを感じさせないように振舞ってくる。浅い付き合いというわけじゃない。もう十年近く知り合った仲だ。こいつがどんな性格で、どんな人間かなんて八割は分かっているつもりだ。
「無理してるだろ? 俺相手にバレてないとでも思ったか?」
 正直言うと、さっきまで分からなかった。普段仕事中は決して素性を見せない奴だから、周囲も気づいてないか、気にするに値するほどではなかったのだろう。
「何のこと?」
 惚けて見せる悠。こいつの悪い癖だ。人の心配はするくせに、他人に自分のことは心配させまいとする頑固な悪い癖。この飛行場に、こいつの癖を知っているのは、俺や藤沢上官くらいだろう。
「良くは見てなかったが、テールローターの調節でも指示してた時、他の連中がドッグに入って行った後、疲れたみたいにちょっとふらついてただろ?」
テールローターとは、ヘリコプターの主要心臓部の一つで、ブレードと呼ばれる天頂部のメーンローターが回転することで、その反作用によって胴体がローターの回転とは逆に回されるため、それを防ぐ役割をする機体後方部に取り付けられている小さなブレードのことだ。
ヘリコプターの整備中の様子を昼飯前に見ていた時、誰も見ていないから油断でもしたのだろう。俺はその様子を見逃さなかった。
「あんたまたサボってたわけ?」
 疑惑の視線を向けてくるが、今の俺には通用しない。
「仕事が片付いて、一服入れてた時に見えたんだ」
 実際はまだ片付いてないが、本音を言えば悠に呆れられる。
「別にふらついたわけじゃないわ」
 悠はそう言うが、それ以上弁明をするでもないので、健介は自分の言っていることが間違いだとは思わなかった。下手に言い訳をしない潔さが、下手に嘘のつけない何よりの証だった。
「お前、最近忙しいくせに、自分から仕事入れてるだろ?」
 あくまで推測だが、悠は俺が思っている以上に疲労を抱えていて、その上で俺の面倒まで見て、仕事場でも自宅でも思うように休むことが出来ず、妙な緊張状態に常に身を置いているため、その緊張が解けた時に一気に負担が襲ってきているはずだ。化粧の下の目の下に隈が出来始めている。
「心配するほどじゃないから」
 反論する様子はない。図星だと思うことにした。
「お前が自分で仕事を入れて多忙にするのは別に関係ないが、その上俺のせいでってのは、俺が嫌なんだ」
「私は気にしてないって言ってる」
「俺が嫌だと言ってる。もう少し、他人よりも自分を労われ」
 お互い一歩も引こうとしない。二人の悪いところがぶつかり合い、大したことじゃないのに、終わりが来ない。
「午後便の出発アシストがあるから、私行くわ」
 逃げるように悠が腰を上げると、俺の前から静かに歩いていった。
「やれやれ。素直じゃないのはどっちだよ・・・・・・」
 俺はその背を見送ることしかしなかった。下手に言っても拗れるだけだ。それは嫌というほど自覚している。
「俺も戻るか」
 遠くから聞き慣れたエンジン音がいくつか混じって聞こえていた。そろそろ午後便が出発を開始するのだろう。その音に背を向けると、俺は事務所へと戻った。午後の仕事も手続きの書類の整理や、荷物の仕分けの伝票精算、帰社するパイロットのためにデスクの掃除等など雑務ばかり。入社当時となんら変わりない仕事が、これからも続くのかと思うとやる気も失せてくる。
「奥田さん、大丈夫ですか。お手伝いすることがあれば遠慮なく言って下さいね」
 そんな中でもめげずにこなせるのは、受付の仕事で手が開いた時に俺を気遣いに戻ってきてくれる美友紀ちゃんの心遣いだ。その真っ直ぐな気持ちは本当に嬉しいが、あまり手が抜けなくなってしまうのまた、俺が順調に仕事をこなせる理由だろう。
「ありがとう。でも大丈夫だからその気持ちだけ受け取っとくよ」
 強がってしまうのは、男の性だろうか。素直に甘えれば仕事はもっと速く片付くだろうが、周囲の同僚たちの目が針から刃物へ変わっていくのも確かだ。
「そうですか。でも遠慮しないで下さいね」
 そういって再び仕事へと戻っていく美由紀ちゃんの背中を笑顔で見送り、心で惜涙した。
「それじゃ、お疲れ様でした」
 パイロットの時はフライトスケジュールの調整等で、時間通りに終わることは少なかったが、今は俺が定時に終わっても誰も咎めることはなかった。裏口から出ると、まだ夜間飛行組みの仕事が活発に行われていた。
「健介」
 外は既に夕闇の中に埋もれているが、寒さはそれほどではないため一息つくには心地良い夜だ。
「もうお前も終わりか?」
 悠はまだ作業着だ。これから着替えにでも戻るのだろうか。
「そうじゃないの。もう少し時間掛かりそうだから、食堂で夕食摂ってもらえない?」
 どうやらまだまだ仕事の途中のようで、やはり俺のせいだろう。腰に装着している無線機から悠を呼ぶ声が聞こえた。
「分かった。それよりも早く戻れよ、呼ばれてるぞ」
「終わったら私も行くからそれまで時間潰してて」
 悠は言い残すと再び来た道を戻っていった。今の悠には、昼のわだかまりは感じられなかった。それだけ仕事が忙しいのか、性格からなのかは判断が難しいが、とりあえず悠とまた冷たい言い合いをすることが回避されただけでも儲けものだな。
「しばらくは食堂で時間を潰すか」
 悠が来るまでどれほどの時間が掛かるかはわからないが、食堂なら二十三時まで営業しているから問題ないだろう。腹も減ったことだ、悠には申し訳ないが先に夕飯にすることにした。食堂は夜間組のパイロットや整備士たちばかりだが、その中で一人俺は慣れない右腕でオムライスと奮闘を続けていた。
「健介、まだ食べてたの?」
 食堂のメニューは夜間に限り昼間に比べてボリュームがアップしていて、なかなか食べるのに苦労を強いられた。
「終わったのか?」
「うん。ここ良いでしょ?」
 悠も仕事を追え、定食を手に俺の正面に腰を下ろした。
「はい、これ」
 そう言って悠が自分のお盆から蓬団子を俺の前に置いた。
「おっ、くれるのか?」
 俺の顔を見て少々可笑しそうに笑いながらも頷いた。これは願ってもないものだ。和菓子は好きだ。特に団子系はいくらでも食えるかもしれない。しつこくなく、あっさりとしていて腹に溜まる。これほど良い菓子はないだろう。昔の人はよくこんな美味なるものを生み出したものだと、感謝の極みを感じないこともない。
「相変わらず団子が好きなのね」
「当然」
 目の前に団子を出されてから、水を得た魚のようにオムライスを食す俺の右腕はその動きを機敏にした。そんな俺を、子供を見る母のような目で悠は軽く笑いながらも、俺に合わせるように夕飯を食べていた。些細なことでも、気晴らしにはなっているようで、仕事の話をすることなく、俺たちは帰路に就いた。


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