神聖歴200年頃。王国は未曾有の戦乱に巻き込まれていた。しばらく続いていた帝国との小競り合いが本格化し、しかも各地で連敗を喫していた頃。いよいよ王国領内に深く切り込まれようかという最中に、魔物がその勢力を格段なものとしていった。魔王の出現である。 王都、帝都、魔城を頂点とした三つ巴で睨み合うこととなった三大勢力は、魔王の軍勢が残る双方に同時に侵攻してなお余るといった様相だった。たまらず防備に努めようとした王国に、対して帝国は、すみやかに王国を制圧、勢力吸収することで、魔王の軍勢へ立ち向かおうと考えた。結果として、王国は個別であろうと打ち破ることの出来ない勢力を相手取り、極めて不利な二面戦争を強いられることとなる。防戦の常として、戦果の上げられぬまま、王国は国力と士気ばかりを減衰させていった。
そんな中だ。後の世に英雄と語られるヴォルフラムが現れた。 彼の武功は図抜けていた。199年 シャンガーゼン防衛戦、ボーゼ城塞戦、バーゼルドフト野戦、テューリー河口戦、200年 レグヴィトール会戦、フリゲイル追走戦、リヒトハウゼン野戦。 王室がヴォルフラムへ叙勲するために公式に認めただけでも、以上の戦場が挙げられる。非公式に語られるものではさらに多くだ。それら全ての戦場において、ヴォルフラムは単騎で戦い抜いた。妖精の鍛え上げたとも云われる武具を身につけたヴォルフラムは、200年以降の帝国戦では、相手にされることがなくなっていた。常人の域を超えた強さも要因の一つだったが、何より、帝国においても無尽蔵の魔王の軍勢を無視できなくなってきたからだった。帝国領リヒトハウゼンにおける城塞前の野戦による帝国陸軍東部軍壊滅を最後に、帝国から王国への侵攻は沈静化。戦後処理こそ未だないものの、両国間の大戦は事実上終結した。 リヒトハウゼン戦後、ヴォルフラムは北進し、故国へ戻ることなく一路魔城へ。途中何故か合流した帝国陸軍の援護を受け、魔王の軍勢を突破したヴォルフラムは、単身魔城を攻略。魔王を討ち取り、さらに魔王の軍勢の残党を壊乱させた。 一連の武功を認められたヴォルフラムは、王室より直々に鋼鉄十字勲章を授与され、勲功爵の位を与えられることとなった。ヴォルフラム・アーベントロート勳爵士の誕生であった。 その後、ヴォルフラムの名が王国帝国を問わず広く語られる裏で、その足跡は数年に渡って、まるで地上からいなくなったかのように途切れる。
帝国と魔王の軍勢とに睨まれるという、王国史を揺るがす窮境から脱した王国はひとまずの安息を得た。 201年暑期。王女が病床に伏したという布令の前後から、王女クラリッサが公式の場に姿を現さなくなる。戦乱が終結して、溜まっていた心労が溢れたのだろうと、王国民は噂した。王妃を早くに亡くしたというのに、気丈に振る舞っていたのだから仕様がないと。時を同じくして王国と帝国とに停戦協定が暫定的に結ばれた。 201年涼期。王女の快復の報せがないまま、オスヴァルト王もあまり人前に出なくなった。その頃は皆が皆、王国領内の立て直しに忙しく、気に掛ける者はいなかった。 この頃から、ヴォルフラムの装っていたと云われる武具が衆人の目にも触れるようになった。オブイェクト信教会に預けられたそれらの内、無稽の加護は王都中央聖堂に、沙羅赤光の胸当ては南都聖堂に、真武の盾は北都聖堂に、閃銀の籠手は東都聖堂に、須八流六連の具足は西都聖堂に。覇王の剣は王立士官教練所に。魔神環は王城に保管されたという話である。 そして201年寒期。異変が起こった。魔神の出現であった。 魔王の復讐にやってきただの、王が魔神化しただのと噂されているが、確認されていることはそれほど多くない。魔神が王城に鎮座し、魔王に勝とも劣らない強さを持った魔人が王都を中心に暴れ回るようになった。それだけだ。 王国内はたちまちに惨劇を迎えた。そう、惨劇だ。二面戦争下の窮境など、序幕に過ぎなかったのだ。尖兵として現れた四体の強大な魔人によって、王都警護に当たっていた王国近衛軍は壊滅。各拠点から投入された兵力も、近衛の跡を追う形となった。王国軍は軍として機能しなくなった。やがて溢れるように魔人が姿を現し、翌年の寒期には、王国の軍事拠点も奪取される形で、王都圏は出ることも入ることも敵わない生き地獄と化したのだった。ヴォルフラムによって東部軍を壊滅させられていた帝国は、早急な立て直しを迫られ、全てが後手に回った。幾度かレグヴィトールへの攻撃を試みた帝国だったが、その全てが不首尾に終わった。 王都圏より外、戦時下では何ら取り上げられなかった、軍事的意味合いの薄い村落にしても、時折襲撃する魔人を怖れる日々だった。この時ほど、人々が英雄の再来を願ったことはなかった。しかし、魔人の手によってレグヴィトールに掲げられた覇王の剣は、無情な輝きを見せていた。ヴォルフラムの偉業が再び動き始めるには、これからしばらくの時間を要した。
209年涼期。西部レグヴィトール城塞拠点が帝国軍によって制圧されたのを端緒とし、ボーゼ、ドスタルの各拠点が魔人の手から解放された。王都圏を覆っていた障壁に穴が空いた。 この信じがたい快挙は帝国軍のものではなく、ヴァルフラムの武功であると噂された。それを裏付けるように、ヴォルフラムからという書状がオブイェクト信教会へ届いた。王国帝国間の道程の防備を帝国軍が固めている間に、帝国領へ脱出してもらたいというものだった。人々はその提案に矢も盾もたまらず飛びついた。罠ではないかという疑問など出なかった。王国はそれだけ疲弊していたのだ。どこであろうと王都よりはマシだった。 王都脱出に際して、一度魔人の襲撃を受ける難にあったものの、その後は大したこともなく帝国軍の制圧下に辿り着くことが出来た。信教会総括司祭代理との会談で、ヴォルフラムは王都を目指すと言う。王都を巻き込んだ争乱は、終息へと向かっているように見えた。
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