20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:さらば愛しき世界よ 作者:山吹恭次

第8回   亡国の騎士走る
 ドスタル拠点陥落後。
 王国、帝国を繋ぐ一直線上にある、レグヴィトール、ボーゼ、ドスタル周辺の防備を、帝国陸軍東部軍が固めていた。レグヴィトール制圧から数えて僅か二週間後のことだ。
 互いに連絡を取り合うことなく、前もって取り決めておいた予定に従って、クリストフは進軍した。目に見えた成果があったため、軍監部はその強行軍を追認した。
 最も王都に近い戦線は集成第二師団が務めている。師団長はクリストフ・バウマイスター准将。年齢を考えれば有り得ない階級だ。特進と言えば聞こえは良いが、最前線を押し付けるための言い訳のようなものだった。クリストフの命は、すり潰されるまで利用されるのだ。



 ドスタル平原に建ち並ぶ、いくつもの天幕。帝国までの道程の間何カ所かに、帝国陸軍が設営した避難所兼休憩所の一群だった。
 それらの一つ、王国軍の記章を身につけた護衛が立つ天幕に、純白の法衣を纏った者が入ってきた。中にいたヴォルフラムが立ち上がり、目元に指先を当てた掌を見せる王国式の挙手の敬礼を行った。覇王の剣は背にある。相手は右手を胸に当て答礼した。軍人ではなかった。
 法衣のかぶりものを脱ぐと、肩までの栗毛が現れた。女性は生来の温厚さからか、敬礼を済ませてからも一度会釈し、席に着いた。
「初めまして、になりますね。エルゼ・ブラウムです。オブイェクト信教会統括司祭代理として参りました」
「ヴォルフラム・アーベントロートです。呼びかけに応じて頂けたことに感謝します」
「いえ、貴方がいなければ、私も、他の人々も生きてここにはいられませんでしたわ」
 オスヴァルト王が魔神化し、王国に魔人が跋扈する最中、国民のよすがの一つとなったのが国教であるオブイェクト信教だった。ヴォルフラムが送った早馬の便りを受けて、王都圏脱出を企てるも、途中魔人に襲われた人々の中に、統括司祭その人の姿もあった。
「国民及び、信徒の代表としてお礼申し上げます」
「あなた方の尽力がなければ実現していませんでした。私の力は誰も彼も救える便利なものではありませんので。それに、私もその国民の一人なのですよ」
 ああ、そうでしたね、とエルゼが困ったように微苦笑した。ヴォルフラムのような者を神格視してしまうことを、信教者の悪い癖だと自覚している笑い方だった。ヴォルフラムには酷く魅力的に見えた。こういう場でなければ口説いていたかも知れない。
「如何致しましょう」
「以前お伝えしたとおり、帝国へ。道中に魔人が出ることはないはずです。魔物程度なら帝国軍が対処しているはず」
「私が、個人的に貴方に出来ることはありませんか」
「嬉しい話ですが、残念ながら」
「…そうですか」
 エルゼが心底から残念がるように目を伏せた。ヴォルフラムは脳裏に浮かんだ妄想を掻き消した。簡素な布地の上からでも分かるエルゼの肉体の曲線を見れば、大抵の男が抱きがちな妄想は、自嘲気味な苦笑の下に隠された。上手く表情を操れていれば、エルゼの落胆を心苦しく受け止めたように見えたはずだ。
 実際、エルゼはその顔を見るや口を尖らせる真似をして、慌てて顔を振って、少し真剣な表情を作り上げた。恐らく、本来は人を纏めるような立場にはない人間なのだろう。それと同時に、皆から頼られる雰囲気を持ち合わせていることも見受けられた。
「私は王都を目指します。恐らく今回の元凶は…」
「…王城の保管とされる、魔神環」
 ヴォルフラムの言葉を受けて、エルゼが言う。
「あらゆる願いを叶えると言われる魔神環を手に入れたオスヴァルト王が、恐らくは戦力として魔人らを呼び出したか、全く偶然の暴走か。しかし何らかの原因でその体を奪われ魔神となった」
「もしくは本人が望むべくして魔神となったか」
「それは…」
 エルゼが言葉に詰まる。
 王国の繁栄に広く寄与し、賢王と名高いオスヴァルトが自ら魔神となったという解釈。それは、彼の全てが欺瞞であったと糾弾しているのと同義であり、王国民が気安く口に出来るものではなかった。
「詳細は不明ですが、その経緯も、赴けば自ずと明らかになることでしょう。重要なことは過去の真実よりも、人々の明日にあります」
 ヴォルフラムは話はここまでだとばかりに結論づけた。エルゼが毅然とした表情の裏に悲愴を隠したまま、頷いた。
「長らく預かっていたこれを、お返し致しますわ」
 エルゼは法衣の内側、首にかけられた鎖を引き上げた。胸元から現れたのは、妖精の羽根を象った星照銀の装飾品、無稽の加護。かつての英雄ヴォルフラムが身につけていた伝説の装具の一つだった。王都の聖堂で保管されたいたものを総括司祭が持ち出し、引き継いだエルゼが文字通り肌身離さず身に着けていたのだ。ヴォルフラムは受け取り、襟元に差した。
「他の装具は、王都環状都市の各聖堂に納められています。いくつかの場所は襲撃を受けたという話もありますが、恐らく遺失はしていないでしょう。まずはそれらを手に入れてから…」
 ヴォルフラムが首を横に振り、否定した。
「急ぎ王都を目指します。これが戻っただけでも良しとしましょう」
「貴方はどこまで…」
 エルゼはその先の言葉を呑み込んだ。ヴォルフラムがその手の賞賛を喜ばないことを察したからだった。
 エルゼの目には、ヴォルフラムはまさしく救世の英雄として映っていた。だが事実は違う。堪えられなかったのだ。環状都市を巡ることに。そこはきっと、いずれも荒廃しているだろう。ヴォルフラムの故郷のように。それを目にすればまた余計なこと思い出す。そんな状況に堪えられるほど、ヴォルフラムは強くなかった。
 祈るように手を組み、感涙するエルゼを前にして、ヴォルフラムは何も言えなかった。談話を終えたヴォルフラムは馬を駆り、王都を目指した。急ぐ必要があった。



 王都デュッセンを目前にして、異様な軍勢があった。
 胸には王国軍の記章。壊乱した後は各地に潜伏していた、王国軍の生き残りとでも言うべき者達だった。中には、軍人ではなかった者も含まれている。ヴォルフラムの便りによって立ち上がったのは、オブイェクト信教の者達だけではなかった。
 手に手に剣や槍を持った兵士達。その異様は一目で分かる。部隊行動に必要な、輜重兵も、衛生兵もいない。歩兵と騎兵しかいないのだ。
 部隊編成の常識をまるで無視した彼らの買って出た役割は明快だった。西方からの突破によって、城下までの道程に穴を空け、英雄の露払いを務めようというのだ。実に騎兵的な考えだった。
 騎乗した総指揮官が、小高く丘のようになった場所に上がり、居並ぶ兵らを見渡した。直刀を抜き、総員抜剣を命じる。各大隊長が復唱し、続いて中隊長、小隊長と連なっていく。各々武器を構える音が津波のように響いた。
 やがて静まりかえり、興奮した騎馬の嘶き以外には聞こえなくなった。
 総指揮官が直刀を掲げ、声を張り上げた。
「反攻の日である! 悔恨を胸に雌伏の時を過ごした我らは、今こそ王都奪還を目指す! 総員突撃にぃぃぃ移れぇぇぇぃ!!」
 手綱を引き絞ると、騎馬は前足を上げて嘶き、振り返って王都を向いた。引き続く大音声。王国の命運を賭けた大反攻が始まった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 111