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作品名:さらば愛しき世界よ 作者:山吹恭次

第4回   覇王の剣
 レグヴィトール。そこはかつての王国軍拠点の一つ。そして今は魔人が鎮座する魔城の中でも、特別な意味を持つ場所だと、魔人オレゴノフは自負していた。
 魔人の軍勢と、帝国軍の睨み合う最前線であるだけでもそうだが、この拠点には、遠くからも望むことの出来る場所に覇王の剣を飾ってある。救世の英雄と謳われたその者の象徴である剣をただ置くことで、人間どもに希望などないことを知らしめているのであった。
 もっとも、魔人伯爵であるオレゴノフは、侯爵に過ぎなった魔王ルドミロヴなど眼中にないのであるから、それを誅したという人間の英雄にもまるで関心はなかったが、剣は言うなら余興だった。侯爵風情が魔王と名乗る低俗ぶりが笑止の至りなら、そんなものに震え上がっていたという人間も馬鹿馬鹿しいではないか。それに、覇王の剣を使いこなせる人間など、いるはずがない。
 帝国の軍団にしても、オレゴノフに取れば、魔神騎士爵ベリナスの命があり次第、すぐにでも蹴散らせてしまえるものだった。それがないことについて、オレゴノフに疑問はない。ベリナス卿には何かしらの考えがあるのだろう。
 気がかりがあるとすれば、ルドミロヴが所持しているとされる相転輪だ。切なる懇祈を成就させると言う、埒外の道具。覇王の剣は王都の一角で見つかっていたが、相転輪は未だに見つかっていない。ここでは魔神環と呼ばれているらしいが、今どこにあるのか。
 何しろその夜も、いつもと変わらぬ退屈なものだった。
 月の明かりのみの薄暗い部屋。人間の貴族の服を着たオレゴノフが手を振る。放たれたナイフは空中で半回転し、壁に置かれた的の中央に刺さる。オレゴノフは、人の脆弱さには関心を持たないが、人の遊戯には少なからず興味を持っていた。中でも、的当ての類はオレゴノフの趣味に合っている。二本目のナイフも的の中央に刺さり、押しのけられた一本目は床へと落ちた。
 外から少しばかりに耳障りな物音がした。今まで静かにしていただけに、オレゴノフの癇に障った。
「パーベン、静かにさせろ」
 オレゴノフは外に控えている手下に命令した。どうせまた、生け捕りにした人間でよからぬことをしているのだろう。下劣な者どもだ。
「パーベン?」
 外はすぐに静かになった。しかし、返事すらないのは妙だった。
 異常はそれだけで済まず。扉が蹴破られて開いた。オレゴノフの不審な様子にも構わず、闖入客は足音高く、部屋に入った。
「ああ、誰かに用だったか? 俺には誰が誰だか分からんがな」
 人間だった。見慣れない型の軍服の上に、軍用コートを羽織っている。どちらも黒い。黒眼鏡をかけ、口端には吸いかけの煙草。最早何者か見当も付かなかった。
 パーベンが黙って通したのか? それ以前に、人間がどうやって、ここまで入ってこられたのか。そんな疑問もよそに、その人間は元は司令官席だった椅子に勢いよく腰を据え、振り上げた足で机をしたたかに打つと、机から跳ねた酒瓶が、器用に人間の手に収まった。煙草を吹き捨てる。
 足を投げて酒を呷る態度は、傲慢そのものだ。
「君は一体何者だ」
 少し興味の湧いたオレゴノフは、自然にナイフを投げた。同時に放り投げられた酒瓶にナイフが刺さり、ともに落ちる。瓶が割れる音がした。
「おいおい物騒な挨拶だな。貴様らクソしぶとい魔人どもと違って、人間は繊細なんだ。気を遣えよ豚野郎」
「これは失礼した。私は魔人伯爵オレゴノフ、それで君は何者で、どうやってここまで来たのか」
「貴様の名前なんざ聞いてないんだよアホが。ここらに湧いてるウジ虫どもを残らず駆除するついでに寄っただけだ。ウジ虫の名前を覚えてどうする」
 人間が立ち上がる。
「だが、貴様のアホ面に免じて、名前ぐらいは教えてやろう。俺がデュッセン・バルトベルク王国王室勲爵士ヴォルフラム・アーベントロートだ」
 驚かなかったと言えば、嘘になる。目の前の人間が、既に存在しない国を挙げたこともあるが、何よりその名前が、ラスタ・ロンドの救世の英雄というのだから、良くできた冗談だ。
 しかし、その先が頂けなかった。
 ヴォルフラムを名乗った人間が取り出した長物。くすんだ銅と山吹の合いの色に輝く剣は、覇王の剣だった。
 事此処に至ってようやく扉の外を念入りに眺めたオレゴノフは、そこに倒れる手下らしきものを見つけた。先ほどまでの話に照らし合わせるとすると。
「何故かそれを拾った君が、全て斬り捨ててきた、か」
「外のウジ虫どもよりは察しが良いようだ。だが、俺は頭の良いの悪いので差別はしない。貴様らは全て平等に、価値がない!」
 身構えるオレゴノフが右腕に魔力を込める。しかしそれよりも早く走った覇王の剣がオレゴノフの胴を両断し、その上半身は錐揉みして壁の的に直撃した。壁から剥がれた上半身とナイフが落下音を立て、遅れて下半身が崩れた。
「一人前に雰囲気を出すな、この薄ら間抜けが」
 ヴォルフラムは踵を返した。扉に向かって歩き出したが、二歩進んだところで、異様に気付いて肩越しに振り返った。
 オレゴノフの残骸を包む無数の魔法陣。今し方までオレゴノフだったものが崩れ落ち、新たなオレゴノフが現れた。
「なるほど、今までの話は嘘というわけでは…」
 オレゴノフの発言が終わる前に踏み込んだヴォルフラムが、覇王の剣を振り下ろし、オレゴノフを縦に両断した。さらに輝き始める魔法陣。またしても寸分違わぬオレゴノフが現れた。
「無駄だ。下等魔種と違って、我々魔人の本性はこちらにはない。いくらでも送り込める」
「ハッ、ウジ虫にしては上出来だ! さっさと掛かってこい、泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」
「…いいだろう」
 オレゴノフの背後に巨大な魔法陣が輝く。飛び出したのは巨大で長大な腕だ。石くれで出来た幾つもの腕がヴォルフラムに殺到した。机を易々と打ち砕いた石くれの腕は、人間など、掠めただけで千切れ飛ぶ剛腕だ。ところが必勝を期した石腕は、ことごとくがヴォルフラムの振るう覇王の剣に打ち払われた。
 ヴォルフラムの剣戟はただの人間の域を越えていた。手に取る一刀のみでオレゴノフの石腕を僅かに薙いで凌いでいた。
 石腕が風を切る音。覇王の剣がそれを払う音。部屋には二つの音が響く。革張りの長椅子が吹き飛ばされ、原形も分からぬほど破壊され、既に働くこともなくなった照明器具が、石腕に掠められて弾け飛んだ。その最中にもヴォルフラムの振るう覇王の剣は、石腕を全て受け流していた。
 異音がし、石腕の一つが千切れ飛んだ。その原因がオレゴノフには見えなかった。石腕同士互いに邪魔したのか、単に脆くなっていたのか、それともまさか考えられないが、斬られでもしたのか。
「無駄だと言ったろう。私の力は無尽蔵だ」
 オレゴノフは自らに言い聞かせるように言った。人の身でそう長く持つはずがない。覇王の剣がその本来の力を発揮していたとしても、オレゴノフの優勢に揺らぎはない。駄目押しとばかりに、さらに魔法陣が輝く。現れたのは金属光沢を持つ腕だった。厄介な覇王の剣ごとへし折ってやるつもりだった。
 覇王の剣は本来の名をゼアスハルトと言い、魔人オレゴノフの本性のように異界にあった。その名に災厄や破滅を意味する正真正銘の霊剣だ。しかし今、ヴォルフラムが手にしているものは、人の手によって太陽鋼とクロムレイドの合金から鍛造された覇王の剣の贋作に過ぎない。いくらかでもゼアスハルトの属性を継承することで、人造剣にしては図抜けた強度を誇ってはいるが、それだけだ。ただ強い剣では、魔人の本性に届くことすらない。
 しかし少なくともヴォルフラムの腕前は称賛に値した。何と見上げたことに、覇王の剣から火花を散らしながら、ヴォルフラムはオレゴノフの鋼腕を凌ぎ続けている。そして、なおも剛腕を振るうオレゴノフに、ヴォルフラムは苛立っていた。
「このド低脳がッ、貴様もルドミロヴと同じ間抜けを繰り返すだけの出来損ないのクソ野郎だ! それで殺せるか! 気合いを入れろ!」
 ヴォルフラムが構えた剣を無造作に横薙ぎに振るった。覇王の剣が、刀身の色そのままの輝きを放ち、衝撃のみで鋼腕を残らず打ち砕き、余波が床から壁から天井へと一文字を刻んだ。
 オレゴノフは驚愕した。断じて有り得ないことだった。ヴォルフラムの持つ覇王の剣は、ゼアスハルトの力を解放していた。全く信じられないことだったが、オレゴノフにはまだ余裕があった。今の攻撃も、オレゴノフの本性には届いていない。いかに霊剣ゼアスハルトと言っても、現界と異界の界面を突破する力はないようだ。ここはひとまず現界の肉体を捨てて、終いにするところだった。
 そこで、覇王の剣がオレゴノフを串刺しにした。ヴォルフラムが投げたのだ。オレゴノフは壁に磔になった。覇王の剣に宿る破滅の属性が、オレゴノフの創り出す魔法陣を片端から無効化していった。一度剣を抜かなければ、魔法陣を創ることさえ出来ない。オレゴノフが引き抜こうとする覇王の剣の柄を、ヴォルフラムが殴りつけて押し込んだ。
 そう言えば先ほど、この人間は何と言っていた? ルドミロヴと同じ? 今の今までルドミロヴは、大挙する術士の前に敗れたのだとばかり思っていたが、それが英雄譚に謳われる通り、ヴォルフラム一人で成されたのだとしたら、それを成したのが目の前の人間だとしたら?
 オレゴノフは、それを可能とする技を一つだけ知っていた。人間どもに朝堂仙界と呼ばれる場所に伝わる、人外の仙術だ。万物の本質界を知覚し、現界にありながら本質に触れるという、その名も『境界連結』は習得した人間など耳にしたこともない秘術だった。それならば、ゼアスハルトの力を喚び出した覇王の剣のことも説明がつく。そしてそれは魔人にとって恐るべき事実だった。
 魔人が現界に本性を出さないのには、何も保身のためだけではない理由があった。ラスタ・ロンドに分布する霊素は魔人にとって猛毒なのだ。階級が高ければそれだけ影響を受ける。そのせいで、現界に出る姿にはかなり制限がかかっていた。その本性が境界連結によって引きずり出されればどうなるか、言うまでもない。
 どれだけ斬られ、貫かれようと、現界にない魔人には痛くも痒くもない。だが、あの手にだけは触れてはならない。オレゴノフは生涯感じたことのない恐怖と焦燥の中にあった。
「アホ相手に一つ質問だ。ヴィントを攻めたのは貴様か?」
「何のことだ…?」
「質問するのは俺の役だ。分からんなら口からクソたれる前に黙って死ね」
「待て、待て待て待て! 話がある!」
 オレゴノフはヴォルフラムが聞く耳を持っているかに構わず捲し立てた。
「人間どもを殺したのは済まなかった。私は人間の生き死にになど興味はないが、こちらも一枚岩ではない、仕方がなかったのだ。これからはお前達に協力しよう。どうだ。他の魔人どもも私が戦ってやる。お前達は安全だろう? どうだ?」
 オレゴノフは問いかけて待った。永劫に近い一呼吸を待ち続けた。
 ヴォルフラムの表情は揺らぎもしなかった。
「良く聞けクソ野郎。豚にも劣る貴様らはこのラスタ・ロンドで最下等の生き物だ。貴様らには生きる価値がない。貴様ら害獣以下のウジ虫どもも、その同類も残らず切り刻んで焼き払うのが俺の仕事だ。交渉はしない。以上だ」
 ヴォルフラムの手がオレゴノフの顔を覆った。現界と異界の境界を越え、オレゴノフの本性が喚び起こされた。オレゴノフの形がより禍々しく変貌すると同時に、全身あらゆる感覚経路を霊素に焼かれる。与えたことはあっても味わったことのない激痛に、オレゴノフは絶叫したが、声を上げるべき器官は既に失われていた。そうして、ムスペルヘイムの灼熱にも耐える魔人の肉体が崩れ落ちていった。
 後に積もった灰の中から、鈍色の鉱石を取り上げると、今度こそヴォルフラムは踵を返し、部屋を出た。


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