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作品名:さらば愛しき世界よ 作者:山吹恭次

第13回   願い叶えられたり
 巨大な城門と扉をいくつかくぐり抜けた王城、謁見の間における大広間。細工の吊られた天井までは高く、豪奢な窓の並ぶ壁までも遠い。
 深々と静まりかえる広間を、ヴォルフラムはおぼつかない足取りで、埃の積もった織物を踏み鳴らして進んだ。息は荒く、歩調は安定しない。半ばまで死にかけているヴォルフラムの腕の中には、既に冷めたレウラが抱えられていた。その胸元で、鈍色の鉱石が自ずから光を放っている。
 魔除けのようなものだった。魔人の肉体から取り上げた鉱石が発するある種の波長は、魔種にとって好ましくないようだ。人間が、腐臭に近付きたがらないのと似たような事情だろう。
 月明かりのみの薄暗い中、足下も見えず、足取りも確かでないヴォルフラムは何度もつんのめる。ヴォルフラムがこの大広間を通るのは、二度目だった。
 一度目は、叙勲式の際。絢爛豪華な催しに華やぐ広間を、華美に過ぎる武具を構える鎧姿の列に挟まれ、勇者を称える楽団の奏でに揉まれ、進んだ。周囲から口々に漏れる感嘆は、救国の英雄に対するものだった。思い出すだけでも、暗い感情が吹き荒ぶ。
 何が誉れ高き英雄だ。夜も満足に眠れない臆病者に、よくもそんな事が言えたものだ。人類が魔王に敵わないと悟るや否や、善後策を講ずることさえせず、帝国からも敗走し続けた戯けども。己の救い方すら知らない盆暗よりも、さらに劣る教条主義のブタどもだ。
 その時から、ヴォルフラムこそが、最も愛国心に欠ける臣民と成り果てていた。ヴォルフラムにしか救えない国。ヴォルフラムにしか救えない世界。そんな程度のものならば、いっそ滅んでしまえばいいと思ったこともあった。
 気に食わなかった。どこまでも成り行き任せに愚行を重ねる王国が。わざわざ人間同士で仲違いする帝国が。そして言うに及ばず、腐れ下種の魔人どもが。何もかも、何もかも気に食わない。そしてさらに、そんな場所へ舞い戻る原因となった、オスヴァルト王が。
 玉座に近付いて、今ははっきりと見えていた。玉座の後方、立てば天井に届くのではないかという巨人の姿が、段に鎮座していた。ベリナスか、オスヴァルトか、どうだっていい。ヴォルフラムは、献花台に置かれている大振りな花瓶を蹴り割ってからレウラを横たえると、背の二刀に手を掛けた。それを巨人がかざした手で止めた。争いごとに興味はないとでも言いたげだった。言っておくことがあるのだろう。
 手を引いて皮鞘を外したヴォルフラムは玉座を蹴りつけて半回転させ、荒々しく、なるたけ不遜に映るように座った。
「聞かせて貰おうか。事の顛末を」
 白凰石のように仄白い肌の巨人が逡巡して微動するだけで、空気が押し動かされた。ようやくのことで口を開く。
「いいだろう。暫くぶりに昔話をするとしよう。どこからか、そう、私が目覚める少し前の話だ…。
 あれは、魔王ルドミロヴの討伐によって王国が色めき立っていた頃。英雄ヴォルフラムの旅立ちの直後のことだ。王女が体調を崩し、やがて病床に伏した。王は大層案じ患った。王妃のただ一人の忘れ形見ともなれば、当然と言えるだろう。王は王女の公務を解き、休ませた。しかし、月の満ち欠けが一度巡り、二度巡っても一向に快復しない様子を、気に病んだ。そうして事情を聞くことにした。聞いた王は愕然とした。王女は重い病だった。それも、医師には治しようがないものだ。王女は心の病だった。
 分かるか。恋慕の情だ」
 ヴォルフラムは鼻で笑った。惚れた腫れたで死ぬヤツがあるものか。
「相手は誰あろう、今を時めくその名も貴き英雄殿だ。何処の馬の骨とも知れぬ者に娘を狙われぬようにと追い払ったその者が、正に思いを寄せる相手だというではないか。王は直ちにその男を呼び戻す手段を調べさせた。だが、ついには見つけられなかった。無常に時は過ぎ、王は思い悩んだ。そしてある時ふと頭をよぎったことがあった。王国に危機が訪れれば、彼は再び現れるのではないか、と」
 ヴォルフラムが、肘掛けを殴る音が響く。
「…それで、それだけの理由で、これだけの事をしでかしてくれたのか!?」
「近からずとも遠からずだ。王の微かな願いを聞き受けたのは、お前達が、そう、魔神環と呼ぶ物の化身だ。魔神環は異界と現界を繋ぎ、四体の使徒を呼んだ。ファステン、ブライデン、エイレン、バッデン…。 彼らは王の兵を薙ぎ払った。しかし、英雄は現れない。彼らはさらに戦火を広げるべく飛び立ち、そして彼らの肉体は霊素に焼かれて、死んだ。超越者たる彼らであっても蘇るためには幾年月を要するだろう。私は使命を果たすべくその時を待ち続けている。この地上に戦乱を広げ、英雄の再来を待つために」
「オスヴァルト・ラム・メナリス! 貴様、凡俗な情にほだされる王などあってはならない! 貴様は王の器では無かった!!」
「王は死んだ」
「貴様だろうが、貴様が魔神に転生したオスヴァルトなのだろうが!」
「王は、気が狂って死んだ。王国の崩壊を目の当たりにし、精神が崩れ落ちたした。私はただ彼の願いを遂行しているだけに過ぎない」
 ヴォルフラムは耳を疑った。この巨人はオスヴァルトではない。
「ならば貴様が、愚図どもの元締めのベリナスというわけか」
「違う。だがその名は聞いたことがある。確か、以前私に楯突いた者の名だ。私の敵ではなかったが」
 まるで事情が理解できないヴォルフラムに、今度は巨人が問うてきた。
「名を聞こうか」
「…ヴォルフラム。 それ以上が必要か? デュッセン・バルトベルク王国に君臨する栄誉あるメナリス王家直系君主の名を冠する王室が唯一人認めた勲功爵。ヴォルフラム・アーベントロートだ」
 口調は暗い。名誉ばかりで領土すらない爵位。既に没落した家のものを与えられたアーベントロートの名。どこまでも意味のないものがヴォルフラムの名を飾り立てていた。
 その様子には頓着せずに巨人は言い放った。
「願い、叶えられたり」
 巨体が光の粒子へと分解され、散った。身構えるヴォルフラムの前で、光の粒子は呆気なく消え失せ、その後に人影が残った。白凰石のように濁った白髪の、女だった。白のドレスコートを一度翻し、女は微笑んだ。
「な…ッ!?」
「長い旅路をお疲れ様。そして、来てくれてありがとう。今回の私の使命は、これでお終い」
 白髪の女が静かに微笑んで、そう言った。
「私はディ・アムステラ。相転輪アムステラ。指輪の精霊と言った方が通りは良いかしらん?」
「何だ、貴様は。一体何者だ」
「言ったとおり。相転の輪というものです。願い事を叶えることが趣味で…ねぇ、これって魔剣使いの君が聞くことかしら?」
 巨人が座していた段に座り、立てた片膝に手を組んで顎を乗せた。
「今回は流石に骨が折れたのよ。私に出来ることと言えば、境界同士を重ね合わせる程度なのに、いつの間にか何でも願いを叶えられる万能の道具みたいに口伝されていたものですから…」
 一仕事終えた気楽さで、アムステラはまくし立てた。
「おかげで随分と回りくどい手練手管ばかり使う羽目になって……何?」
「貴様の事情はどうだっていい。兎も角、貴様を叩き割れば、この馬鹿げた騒ぎの火元を断てるのだろう。それだけで充分だ」
「御免なさい、何を言っているのか分からないわ。私が何の火元ですって?」
 ヴォルフラムは、アムステラの語りに圧倒的な齟齬を感じていた。話の流れに不審な点はない。だが、一点だけ、まるで始めから存在しないかのように避けられている話があった。
「そこかしこにはびこる魔人どもは貴様の仕業なのかと聞いている」
 視線を泳がせてしばらく考え込んで、それからアムステラは朗らかに答えた。
「違います」
「違う、だと」
 ヴォルフラムに憤怒の相が刻まれる。端から構わず斬り捨てる心積もりだったが、この期に及んでしらばくれるつもりならばと、その心中はますます黒く吹き荒れる。
「下種どもを喚び出した貴様が黒幕なのだろう!? 貴様を斬り捨てて、この下らん芝居は幕引きとなる。誰もが期待した大団円だ!!」
「黒幕か、いい響きねぇ。でも現実に、そこまで分かり易い黒幕なんていませんよ。幻想譚やお伽噺じゃあないんですから。君の言わんとしていることも分かります。でも考えてもみて。私と連中の順序を」
 考えるまでもない。アムステラの言うことがある程度正しいのなら、オスヴァルトの願いを叶えんとしたアムステラによって、王都が壊滅させられ、惨事が始まった。その後、魔人が跋扈した事実と照らし合わせれば、アムステラは一部で嘘をついていると考えるのが妥当である。
 ヴォルフラムが睨め付けるのも気に掛けず、アムステラは左手の小指にかけた指輪を、指先で叩いた。
 鈍い白色の指輪。かつては願いを叶える万能の道具、魔神環と呼ばれていた、アムステラの言葉を借りれば本来の名は相転輪アムステラだ。全ては、それから始まった。
 いや、違う。 ようやく気付いたヴォルフラムは、息を呑んだ。
「そう。問題は、私がいつからこの王国にいたか。答えは簡単。魔王ルドミロヴ討伐に際して君が私を奪取してから。そしてその前後、私は眠っていて何が出来る状態でもなかった。それは君の目ならば見えていたでしょう?」
 ルドミロヴ現出のそれ以前に、相転輪に関する文献はない。つまり相転輪は、このラスタ・ロンドに持ち込んだルドミロヴが持て余していた可能性が高い。だとすれば、考えられることがある。
「理解してもらえたかしら? 連中は私が喚び出までもなく、別の何かしらでここに現れた…」
 一度目は魔王ルドミロヴの出現。二度目は魔神ベリナスと多数の魔人の出現。そうすると、二度続いたものに、三度目以降がないなどという保証は全くなかった。
 そして、それが何に起因したものかは全く分からない。
「まぁ、連中にも分かっているかどうかも怪しいものだけど」
「ベリナスはどうした。奴等の頭目は」
「始末しておきました。これには感謝してもらいたいものね。おかげで、連中の速やかな侵略が控えめになっているのですから」
 結局のところ、魔人が何故現れるのかが分からない。
 そんな馬鹿な話があるか。
 連中を滅ぼすことが出来るものが、相も変わらずヴォルフラムの繰る魔剣のみだとすれば、ヴォルフラムは未来永劫、英雄の名から逃れられないことになる。だが、これからどれだけ現れるかも分からない魔人を前にして、ヴォルフラムが擦り切れる時がそう遠くないことだけは確実だった。
 ヴォルフラムは視界が歪むのを感じた。途方もない徒労感が全身を押し潰そうとした。
「暗愚な王、一人のせいでこうも容易く世界が滅ぶものか」
「偶然の一致です。私の役目と連中の出現とに相関はありません」
 それに、と続けるアムステラに、ヴォルフラムが億劫な目を向けた。
「一人ではありません」
「…何がだ」
「私は連中と関係がないと言いました。でも、多少の手心を加えることはしています。例えば、この周辺だけはある程度霊素が薄れるように、障気を撒いたことだとか。でなければ連中がここまで我が物顔を見せられることもありませんでした。そしてそうしたのは何故か。願った者がいるからです。王よりも先に。王よりも強く。この国の崩壊を。分かるでしょう?」
 アムステラが微笑んだ。それは有能な従者が主人の言い付けの前にそれをやり遂げた際の、誇らしげな笑顔だった。
 ヴォルフラムは、自らの心の内を見透かされた気がした。だが、それを認める訳にはいかなかった。
「俺か? 俺が悪いのか!? 死に損ないの屑どもが溢れてやがるのも、俺がこうして這いずり回って血反吐を吐き散らしているのも俺のせいだと! 俺が手前ぇの首を絞めて転げ回るクソマヌケだと、そう言いたいのか!? それなら何故、関わりのない人間までもが巻き込まれている? 何故この女は死んだ!? 何故だ! 何の意味があるッ!?」
 アムステラは横目でレウラを眺めた。
「意味。…意味ですって? 君はまさか、生き死にのそれ自体に意味があるなんて、本気で考えているわけじゃあ、ないでしょうね」
 アムステラは首を振りながら嘆息したが、すぐに気を取り直して言った。
「それに、手段や過程はともかく、それが私の聞いた君の願いのはず」
「ふざけるのもいい加減にしろ。願ったことも、実行しようとしたことすらない。そんなものが叶うわけがないだろうが!」
「願いは叶います」
「馬鹿な、それこそ幻想だ」
「叶いますとも。私が叶えて見せます。心の奥底に秘められる一点の曇りすらない純然たる願いを。流れ星のように瞬いて煌めきを見せる願いを。あらゆる叶わざる願いを、叶えることこそが私の、本懐なのですから」
 大げさな手振りを交えて歌うように言う。左手小指にはめられた白色の指輪を外しながら、さらに続けた。
「君がここまで辿り着けたことは諸手をあげて褒めてあげたい。それが私の今回の使命だったんですもの。…でも、残念なことに、ここは君の終着点ではないのでしょう。だとすれば君の求めるものは何? 君の願いは何? 私はそれを聞きたい。君の願うところを叶えたい。 だから…」
「待て! 待てぇ!」
 切り上げようとするアムステラの様子に、ヴォルフラムは玉座から滑り落ちるように腰を上げた。
「話は終わっていない! 俺と戦え! 俺がお前を倒すんだ! 俺は知っている、それで何もかも終わる、何もかも、何もかもケリがつくんだ! まだ終わってないぃ! 待てぇ! 待ってくれぇぇ!」
 覇王の剣を支えに、血の泡を吹きながらヴォルフラムが詰め寄らんとした。勁敵を求めて駆けずり回った男は、今に至ってもそれ以外の手段を持たなかった。
「さあ受け取って、そして…」
 指輪を外した女の身体から、光の粒子が零れた。放られた相転輪アムステラが反射的に受け止めたヴォルフラムの手に収まるとの同時に、女の身体は光を放って爆砕し、荘厳な玉座の間の壁面を破壊した。
 後に残された男が一人、壁であった一点を呆けたように見つめていた。ヴォルフラムがどれだけの力を持っていようと、この国は救えない。だが、ヴォルフラムはかつての自分と同じような弱者を見捨てられない。その脆弱な魂は、英雄であることから逃れられないでいた。結局の所、ヴォルフラムは、自ら未来を選ぶ強さすら持ち合わせていないのだ。
 壁面が瓦礫となって崩れ落ちるその音は、まるで彼の心の瓦解する音だった。


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