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作品名:さらば愛しき世界よ 作者:山吹恭次

第11回   11
 幅二十間はあろうかという王都西方通り。
 祭りがなくとも人々がひしめいていた大通りに、今は魔人が溢れていた。通りからも溢れたものは、建ち並ぶ建物を乗り越えるようにしている。
 牙を剥きつつ高度を上げる月に照らし出される中でも、幻想的な雰囲気など欠片も見られない暗色の影が、ひたひたと一点を目指し進んでいく。まるで打ち寄せる波だった。足下の同類など気にも掛けずに踏み付けて進み、その上、さらに上にと乗り上げていく。人の作る隊列では断じて有り得ることのない、立体的な行進だった。
 同類を気に掛けないのは前を進む者だけではない。後方からは鉄塊やら鱗状の硬質な何かやら、熱線やらが雨霰と振りまかれた。誰を狙っているかも分からないそれを可能とするのも、魔人どもの馬鹿げた耐久力だ。魔人にとって鉄の雨は、人間にとっての水滴の雨と同じだった。まれに痛みを感じることがあっても、命に関わるものではない。直立する蜥蜴や牛頭の魔人、巨大な蛇のような、あるいは腐乱死体のような魔人。そして最早何物かも分からぬ肉塊もが蠢く。知性など感じようもない、魔人の崩落だ。
 迎え撃つような閃光と炸裂音。そして続く震動。ゼアスハルトが咆吼するのと同時に、土煙を纏った瓦礫と魔人とが空中に放り上げられた。
 さらに魔力を含んで毒々しく漂う障気を存分に取り込んだゼアスハルトは、望まれるままにそれを吐き出した。ただし充分以上に圧せられたそれは瞬く間に拡散する。正に爆裂の様相だ。ヴォルフラムとゼアスハルトの両者の呼吸に合わせるように極めて気安く、魔人どもの死が大量生産されていった。異界から影を送り込むことでかりそめの不死を誇る魔人だろうと、本性が現界にあるのならゼアスハルトの敵ではない。ゼアスハルトの呼気によって爆ぜるか、あるいは刀身の熱量に焦がされ、近寄る魔人の悉くがすみやかに物言わぬ物体へと解体された。
 古の呪い師は、火の元素に浄化の属性を見出したという。毒を殺し、魔物を打ち払う清浄な力だ。天空に煌々と輝く太陽などは、象徴としても実際としても特に強い意味を持っていた。何度でも蘇る光明は人々に永遠を感じさせ、同じ属性を与えられた太陽鋼は神聖な金属とされた。その太陽鋼を用いて霊剣を象った覇王の剣こそは、人類の至宝とでも言うべき一振りだったのだ。
 それが今はどうだ。人造の覇王の剣を依り代にしたゼアスハルトはその熱量で誰彼構わず焼き焦がし、風に乗る魔力を貪り喰らっていた。ゼアスハルトこそは破滅と災厄を振り撒く魔剣だ。魔人という毒を喰らい尽くす、疑いようもない猛毒だった。
 ゼアスハルトが振るわれるたびに、赤黒いものを散蒔きながら魔人の段列が崩れていく。肉片が散乱し、死臭が撒き散らされる。そんな中からも進み出る魔人どもの健気さを見れば、かつてのヴォルフラムなら、さすがは魔なる者よと吐き捨てるように称えたかも知れない。しかし、ゼアスハルトに痛められているのは何も魔人だけではなかった。
 振り抜くごとに爆発的に振動するゼアスハルトを抑え込むように振るい続けるヴォルフラムの肉体には、今この瞬間にも熱傷と裂傷が刻まれていく。そしてそれらの傷のどれもが、魔人の猛攻によるものではなかった。
 せめて閃銀の籠手があれば、腕の激痛を遥かに軽く出来ただろう。真武の盾があれば、飛来する凶器を打ち落とすためだけにゼアスハルトを振るう必要もなかっただろう。須八流六連の具足があれば。沙羅赤光の胸当てがあれば。畜生め。何もかも無い物ねだりだ。
 そしてそれらの有無に関係なく、魔人どもの末路は全く同じだった。
 際限なく振り撒かれる破壊と死によって、魔人の山脈は塵芥へと砕かれていく。それでも魔人の進行が止まなかったのは、勇気でも意地でもなく、無智故だ。灯りに虫がたかるように、ゼアスハルトの輝きに魅せられ誘動されていた。最早どちらが捕食者であるかなどは言うまでもないことだった。
 通りの木造建築に火の手が上がり、独特の爆ぜる音がそこかしこから聞こえる。ようやく轟音が止む頃には、周囲に立つ魔人は見られなくなった。
 ヴォルフラムは、己の身長の数倍に及ぶ巨大な獅子のような魔人へと覇王の剣を振り下ろしていた。幾度も剣を叩き付けるたびに墨色の鱗が砕け散り、魔人の六足が攣ったように震えたが、それは未だ生きていることを示す反応ではなかった。そんなことにもまるで気付かず、ヴォルフラムは熱にあてられたように獣じみた唸りを上げながら返す返す打ち付けた。突然に腕に抵抗を覚え、屍肉に食い込んだ覇王の剣を引き抜こうと情けない呻きが漏れる。彼は自分が何をしているかも理解していなかった。
 屍山血河の中にあってさえ、太陽鋼の輝きはいささかも減じていない。必定、誘き寄せられる魔人というのも未だあった。
 ボロ布や藻屑、さらには海棲生物のような魔人が風に乗り、上空を旋回する。やがて渦を巻く風が魔力を孕み、ヴォルフラムは視界の暗転と同時に怖気を感じてようやく正気に戻った。
 ゼアスハルトを呼び出して魔力風を払ってみれば、魔人どもは蜘蛛の子を散らすように飛び退いた。地上のものに比べれば、群集していないだけ被害は少ない。流石にいつまでも上にいられては埒が明かない。ヴォルフラムは魔人の死骸に覇王の剣を突き刺し、血が沸かないことで刀身が冷めていることを確かめると、剣先を翻して肩に乗せた。
「降りてこい。今殺す」
 その言葉に誘われたわけではないだろうが、様子見をするように漂っていた上空の魔人も次々と地表へと降ってくる。そして相変わらず取り囲むようにして漂っていた。
 金属をこすり合わせたような不快な音が漏れる。嘲笑らしいもの貼り付けて眼前を過ぎようとしたウツボのような魔人を、ヴォルフラムは斬って捨てた。覇王の剣を再び肩に乗せる。具合が悪かったために肩を上げて位置を確かめた。
 けたけたと不快な音はさらに連なる。間違いない。魔人どもは笑っていた。押し黙るヴォルフラムに、嗤笑が降り注いだ。
「運命…「血肉持つあらゆるの「定めのままうたた死へ擦り寄る」」「臍砕け熱き血潮さめる我らが尋常「人の身の 運命 運命 運命」」」
「定め、運命、宿命……やかましいってんだ!!」
 ゼアスハルトが我が意を得たりとばかりに吼える。刀身の延長、斬撃の軌跡を閃光が走り、巻き込まれた魔人がたわいなく切り刻まれた。
「何奴も此奴も似たり寄ったりのにやけ面並べやがって反吐が出る。何が定めだ!何が運命だ! こんなもんはなぁ、一緒なんだよ! ああ、十年前と何も変わりやがらねえ。いいか、俺は貴様らに一切差別しない。貴様ら啼き喚くことしか能がないゴミ芥にも劣る腐れ下種どもも! 後ろに居残ってやがる生白い能面野郎も! 片っ端から引き擦り出して気色悪い笑みが消えるまで膾に叩いて最後の一匹まで残らずブチ殺してやる!! 分かったかこの愚図どもがアァ!!」
 一人の男の叫びを、渦巻く無数の魔人の騒音が塗り潰していった。


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