このところ妙な夢を見る。 こことは違う世界。懐かしさもある神殿で祈りを捧げる少女が、名を呼ぶ。 だが違う。それはきっと、俺の名前じゃない。
「東堂さん、例の案件どう?」 「お陰様で順調ですよ」 騒がしすぎない居酒屋。東堂は、先輩の成瀬と乾杯した。 三十前の東堂は、年齢で言えば成瀬よりも上だが、極めて謙虚と評されることもある東堂本人は、今の関係をまるで気にしていない。成瀬が敬うに値する男だったこともある。 「いやそれは良かった。佐橋のヤツが急に倒れたせいで、東堂さんに関係ない、こっちのことも頼んでたじゃない。負担になってないかって思ってさ」 「出来ると見込んで頼んでもらえたのは有り難い話ですよ」 「言ってくれるじゃないの」 成瀬は笑いながら、受け取ったばかりのシーザーサラダをかき混ぜた。 東堂は口にした揚げ出し豆腐の熱さに、よく冷えた果実酒を流し込んだ。どちらも好きなものだが、少々組み合わせが悪かった。 「でもあんまり無理しないでよ」 顔はにやついたままだが、成瀬の口調が沈んだものになった。 「東堂さんにまで倒れられると、俺のせいだって課長に怒られるだろ。俺気が小さいからさぁ、そうなると仕事にならないのよね」 課内一の無頓着と評判の成瀬が自分で言い、笑い出す。つられて東堂も笑った。
火照った体のまま、東堂は集合住宅の1Kの自室へと辿り着いた。 ネクタイとベルトを緩めるだけすると、万年床へと倒れ込んだ。シャツがしわになるのも今はどうでも良かった。 悪くない。ようやく慣れてきた今の仕事にも不満はないし、日常にも取り立てて問題ごとはない。悪くない生活だった。 少し飲み過ぎたせいか、頭は霞みがかったように冴えないのに、妙に眠りづらい。が、それもしばらくのことで、ようやく体が疲れを思い出したかのように、東堂は眠りに落ちた。
夢の中に神殿が見える。祈るように少女が名を呼ぶ。 違う。それは俺の名前じゃない。なぜそんな名前で俺を呼ぶんだ。 耳を塞いでも、祈りが届く。目を閉じても、脳裏に情景が映る。そこは、東堂が今いる場所とは、違う世界だった。 一条の光が東堂を貫いて、茫洋としていた景色が突然に現実感を持ち出した。東堂は、自分の体が重さを取り戻していく様を感じていた。 東堂は、急速に現実に落ちていった。
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