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作品名:魔王たち 作者:たけしげ

第5回   5
 5.
 王女の奇襲作戦は功を奏した。
 ヤーレスの軍はかなりの被害を出し、猪突猛進で王女の首を取るというわけにはいかなくなった。だが、第3・4軍からの援軍で軍事組織としての崩壊は免れ、守りに徹するのなら問題もないところまで回復はしている。しかし、首脳陣、特に総大将のヤーレスが、今回の負け戦で精神的にまいってしまっていた。そのため、ヤーレスを取り巻く各将軍まで弱腰になってしまい、撤退しよう、という意見まで出る始末である。ヤーレス軍は、初戦から敗退の色を濃くしていた。
 メンターはその中にあり、各将軍の士気を鼓舞して歩き回っていたが、いくら有名な[雷]の導師の言葉にも限界があった。
 そうこうするうちに、王女は次々とスパイを送り込み、兵を洗脳し破壊活動を行い混乱させ、ヤーレス軍の士気を低下させて行く。
 このままでは戦わずして、ヤーレス軍は崩壊の憂き目にあうだろう。
 メンターは耳に入る様々な噂を危惧していた。噂が広まり、兵の離反も始まりそうな気配だったからである。
 メンターは決意しなければならなくなっていた。兵士の士気を高めるため、何かしなければならない。彼は思い悩んだ末、この暗雲立ち込めるヤーレス軍から離れる事にした。だが、ただ単に離れるわけではない。彼は、敵の元凶たる王女を暗殺するため、決死隊を募って敵地へ乗り込もうとしているのである。部下を洗脳し使っている王女を倒し、王国軍全体を正気に戻そうとしているのである。
 もっとも効率的で効果的な作戦である。
 この事は、ヤーレスと一部の将軍にのみ話し、納得してもらった上での決断である。しかも、彼が考案し、じっくりと練った作戦である。そんなに無謀な作戦ではないが、やはり傍目から見れば、無謀に映るだろう。しかし、メンターはこの作戦を中止する気はなかった。王女に勝つには、この方法しかないのである。それは、ヤーレス等にもよく分かっていた。だから、彼等は自軍にとっての最大のシンボルが失われるかもしれないのに、作戦実行の許可を与えたのである。
 メンターは名目上、後方で暗躍跋扈するスパイの取り締まりのため、エリオン市へ戻るという事になった。
 ★
「じっちゃん。王女のところへ行くんだってな」
 ファルは、メンターの部屋に入るなり、そう切り出した。
 メンターは、ファルの異様な気迫、特に殺気を含んだ気迫を強く感じられ、眉根を寄せた。こんなに殺気だったファルを見るのは久しぶりである。それ故メンターは、ファルの言動に注意した。ファルの殺気の程を、ファルの心中を探るため。
「そうだ。お前も来てくれるな」
「もちろん。ところで、じっちゃん。俺は[封印]を解くからな」
 ファルは不敵な笑みを浮かべ、言う。ゾっとするような悪魔的な笑いだった。
「そうか………でも、それでも勝てるかどうか分からんぞ」
「分かっている。でも、俺はやるぜ………この国が崩壊するまで[力]を出しきってやる!」
 ファルは拳を握り締め言う。彼はどうしても、マディラの仇がとりたかったのである。対象となる敵は漠然としていて、何をやればいいのか分からぬが、ファルはとにかく眼前に出てきた敵は、すべて殺してやると、かたく心に誓っていた。そうする事で、彼は復讐心を満足させる事が出来ると信じていた。
 メンターはファルの異様な雰囲気に、なぜか心が騒ぐのを抑えられなかった。不安、恐怖、危機感が胸中で踊りまくる。
(何故だ………)
 メンターには、その原因が分からなかった。
 ただ、この感触は、昔味わった事があった。そう、クリエの秘密を[教会]から打ち明けられた時と同じ………。
 ★
 王女暗殺の決死隊は、メンターを筆頭とし、[教会]から派遣されたモゥリィと、メンターの従者としてファル、そして、ヤーレスの部下の二人、更にブラッドという総勢6名で構成された。
 ブラッドはどこで聞いてきたのか、今回の作戦を耳にし、メンターのところへ、是非自分も参加させて欲しいと直談判してきたのである。
 ブラッドは、この作戦で自分の騎士としての名声を高めようとしていた。彼は先の初陣で活躍はしたのだが、自分の乗っていた艦は沈められ、その上敵の[雷撃]で気絶させられ、あまつさえ[マヌス]の下級戦士たるファルに命を救われたとあっては、彼の誇りが許さなかった。どうしても、後味の良い活躍をしたいのである。誰もが認め、誰にも文句の言われない活躍を今すぐしたいのだ。
 彼は短絡的すぎた。今すぐメンターと同じ名声を勝ち得たいのである。過去に苦労、苦悩してきたからこそ、現在のメンターがあるのであって、一夜にしてそれは成さぬ事を、彼は気付いていなかった。
 メンターはそんな彼の心中を察して、自分の苦労話で諦めさせようと思ったが、ブラッドがそんな話しを聞き、納得する輩ではないと知っていたので、単刀直入に彼が今回の作戦に参加するのは無理であると悟らせるため、経験が足りぬとだけ言った。だが、それがいけなかった。ブラッドは、モゥリィも経験がないと言い、更に経験は積み重ねるもので、そのきっかけが欲しく、今回の作戦は最適だ、と言い、メンターを言い包めにかかってきたのだ。それに加え、自分はこの作戦を知ってしまい、黙っていられない、と脅迫までしてきたのである。
 メンターはやむなく、ブラッドをメンバーに加えた。
 一応、死ぬかもしれぬと釘を刺しておくが、ブラッドはそんな事は初めから考えていた、という口調で、自分は覚悟していると言い切る。だが、メンターから見れば、まったく覚悟していないに等しかった。
 そのブラッドは今、モゥリィと二人並んで湖岸沿いの道を歩んでいた。彼等の後には、ヤーレスの部下二人、そして前には、メンターとファルである。なんとなくブラッドは自分が、お荷物扱いされていることを悟っていた。だが、彼はそれを皆に迷惑をかけているとは思わず、怒っている始末である。しかし、怒りは長く続かなかった。別の問題が噴き出してきたからである。それは、モゥリィの事だった。
 彼はモゥリィと話しているうちに、この地区の[聖騎士]の中でモゥリィが、最も腕の立つ騎士である事を知ったからである。
 自分が一番強いと信じて疑わぬブラッドにとって、恋人であるモゥリィが、あの有名な[聖騎士団]でもトップクラスと聞いて、許せぬ思いだったのである。
「なんで、お前が[教会]の代表なんだよ?」
 不貞腐れた言い方で、ブラッドはモゥリィに突っ掛かった。
「さぁ?きっと女の子だから、敵さんは見逃してくれると思ったんじゃない?そういうのって、今回みたいな隠密行動には必要なことでしょう」
 子供の頃からブラッドと付き合っているモゥリィにとって、彼の癇癪をかわすのはわけのない事である。それよりも、彼女はファルを心配していた。彼はマディラが死んでいらい、まるで人が変わったかのように、黙り込んでしまったからだ。あれほど陽気だったファルが………今も彼女の前を黙々と歩いている。
「モゥリィ!」
 ブラッドが、モゥリィに無視されていることを知り、怒鳴る。彼は無視されるのが、一番嫌いだった。
「はい、はい………」
 モゥリィはまるで子供をあやすように、ニッコリと笑い、ブラッドの相手をするためファルから目を離した。
 二人の前を歩くファルは、マディラの復讐をすることだけを考え、黙々と歩み続ける。今の彼の心中には、復讐の二文字しかなかった。そうすることでしか、マディラを失った悲しみを忘れられないのである。
 メンターは時折、そんなファルの様子を盗み見ながら、はじめてファルと逢った時の事を思い出していた。
(確かあの時も、こんな様子だった………)
 メンターは、独りで山野を歩き、生活の糧として次々と人殺しを続けていた頃のファルの様子が、今の彼と合致する事に気付いていた。どうしてファルがあのような生活をしていたのかは分からぬが、メンターはその頃のファルに襲われ、そして弟子にしたのである。
(あの頃のファルに戻ったか………)
 メンターは、今のファルに危険な雰囲気を感じていた。
 一行は、それぞれの思惑を抱いて、歩みを進める。
 目指すは、エンドリア湖の南岸にある、マトラクシェ城。
 そこに彼等の標的、クリエ王女がいるという情報が[教会]から入ってきたのである。
 ヤーレス討伐のため、王女自らが出張ってきたようだ。
 デマか真か…その真相は分からぬが、罠である可能性も捨てきれぬところはあるが、メンター等一向にはこの情報しかないのである。
 行くしかなかった。
 ★
 夜闇の中を[航空船]が、彼等の頭上を飛び交っていた。戦闘艦が多い。
 だが、彼等が気付かれた様子はなかった。
 ここは、マトラクシェ城の西にある、[教会]の小さな城の前に、鬱蒼と茂る藪の中である。
 メンター等はそこに隠れていた。
 目の前の[教会]と連絡をとらねばならぬのだが、王女に味方しない[教会]は軍に包囲され、猫の子一匹入る隙がなかった。
「大丈夫かな………」
 ピシャリと閉ざされた門扉を見ながら、ブラッドが心配そうに呟く。
 軍隊がびっしりといる以外に、[教会]の方も城門をぴたりと閉め、とてもじゃないが連絡する術がない。このような状態の中、モゥリィは中の連中とつなぎをつけるため、単身敵陣へ忍び込んでいったのである。
「大丈夫よ。[教会]というところは、抜け道が多くてね」
 と皆が心配するなかを、余裕があるかのように笑顔をみせて、モゥリィは闇夜に消えて行った。
 それから、約一時間はたっている。
 ブラッドが一番、モゥリィの安否を心配していた。
 メンターはじっと、城壁を見ていた。
 彼の心中を占めるのは、モゥリィへの心配事ではない。彼は王女が[教会]に刃を向けた事を気にしていた。
(全世界的規模の[教会]を敵にまわすとは………)
 メンターの心配事は、この一点にあった。世界的広がりをもち、各国の政治、経済に影響を与える[教会]は、いわば影の支配者というべき存在である。その[教会]に盾突いたとなれば、世界中の[教会]組織は黙っていないだろう。各国を動かし、経済・軍事の両面において、エルロリア王国を攻めるに違いなかった。過去に、[教会]に反抗し、潰された国々の前例を見れば明らかである。そして、没落した国の末路を、メンターはよく知っていた。このままでは、王女を倒してヤーレスが国王になっても、対外政策において、取り返しのつかぬ問題を抱え込んでしまう事になる。
(早くクリエをなんとかしなければ………)
 メンターの心は焦る。
 そんな彼の視界に闇を伝って動くものがあった。それは、城を包囲する軍隊を避けるように動き、彼等の方に徐々に近付いてくる。異常なほど、周囲に気を配って動いていた。もっと近付く。その正体が分かるぐらいに。
 モゥリィだった。城内と連絡がついたらしい。
 彼等のもとに戻ってくるなり、メンターに報告をはじめる。
「ここの[教会]と連絡がつきました。あともう少しで、城内から打って出て騒乱を引き起こし、マトラクシェ城の注意をこちらに引き付けるそうです。我々は、その隙にマトラクシェ城に潜入するようにと………それから、南門からなら入りやすいと、教えてくれました」
 モゥリィの報告に、メンターは満足げに頷く。
「よし、南門へ行く」
 と短い命令を発し、移動をはじめる。
 ブラッドはモゥリィの傍らに寄り、ホッと胸をなでおろしていた。だが、この喜びを長く抱いてはいられない。二人は、互いの心を確認するように見詰め合い、メンターと共に移動する。
 一行は、マトラクシェ城目指して進んだ。
 それぞれ、緊張した面持ちで。
 ★
 夜空に二つの月が輝いている。ひとつは青い月、もう一つは赤い月だ。二つの月とも満月で、煌煌と大地を照らしている。だが、小一時間もすれば、青い月は地平線に没してしまうだろう。今は、赤い月が天下をとったかのように、沖天で輝いている。
 その二色の淡い光の中を、メンター等は忍び足で先を急ぐ。
 目標は、眼前に黒々とそびえ建っているマトラクシェ城南門。
 もう既に[教会]の反乱は始まり、彼等の背後では爆発音、そして人々の叫び声が遠くに聞える。
 メンター等は急がねばならなかった。つい先ほど、彼等の前を城からの援軍が走り去ったばかりである。[教会]がせっかく注意を引き付けてくれているのに、鎮圧されてしまっては元も子もない。城内に軍隊が少ないうちに、入らねばならぬのだ。そして、[教会]を救うため、早く軍隊を正気に戻さねばならなかった。
「止まれ」
 先頭を走っていたメンターが、小声で制止する。そして、皆を藪の中へ導く。
 南門は、目と鼻の先だった。
 だが、
「見張りが二人いる。モゥリィ、ファル、二人でやれ」
 メンターは門前でうろちょろしている門番を指差し、二人に命じる。
 前もって作戦を練ってあったので、二人の行動は素早い。
 ファルが神業ともいえる曲芸で、城の周りにたちこめる木伝いに門番のところまで行き、目にも止まらぬ早業で二人の前に立ち、拳で気絶させる。
 門番は唸り声ひとつ上げずに倒れた。きっと何が起きたのか分からないだろう。
 さらに、この二人にモゥリィが仕上げとして、擬似記憶を植え付ける。[光]の[具象力][夢見]である。
「これで、この二人は気絶した事を忘れ、今も門番に立っていると信じ込んでいるわ。夢の中でね」
 クスッと笑いながら、モゥリィはファルに説明する。
 だが、ファルはモゥリィの説明を無視し、巨大な扉を一人で開けていた。
 モゥリィは溜息をひとつつき、後方の藪の中へ合図を送る。一行が出てきたのを確認し、わずかに隙間を開け、中を覗っているファルの方を向く。
「どう?」
「誰もいない………すべて出払っているようだ」
 とファルは言い、必要なだけ扉を開け中へ入って行く。モゥリィも続く。そして、あとから来た一行も。
「扉を閉めろ」
 メンターは最後に入ってきたブラッドに命じ、閉めさせる。
「なんか、不気味だね………」
 扉を閉め終わったブラッドが、がらんとして静かな城内を見て呟く。
 奥に城本体があるが、ここにはわずかな照明しかなく、奥は暗闇で、そこに敵が待ち伏せているかのような錯覚に陥る。
「急ぐぞ………」
 メンターは各人の注意を促し、歩みを進める。だが、
「危ない!じっちゃん!」
 ファルの叫びと共に、何かがメンターの前に突き刺さる。そして、目も眩む光りが彼を襲った。
 とっさに[障壁]をはる。だが、それは必要なかった。
 彼の眼前に刺さった[プレ・サディアン・スウォード]が、彼を守っていた。それは、ファルが投げたのだ。ファルはメンターを襲う[雷撃]をいち早く感知し、背負っていた[プレ・サディアン・スウォード]を盾としてメンターの前に投げたのであった。それでも、間一髪であった。ファルの咄嗟の機転がなければ、今頃メンターは黒焦げであっただろう。
「ほう。さすがは、ファル」
 何処かから声がする。
 ファルはこの声に聞き覚えがあった。
「どこにいやがる!ヤッパ将軍!」
 光りにやられた目をしょぼつかせながら、ファルはヤッパの姿を探した。
「上よ………」
 いち早く回復したモゥリィが、見つける。
 ファルはそれを聞くや否や、[浮遊]でヤッパ将軍のところまで突進する。
 だが、将軍は[雷撃]を連発し、ファルを近付けさせない。
 容易に近付けぬと悟ったファルは、雷光に包まれながらも、メンターの傍らへ降りてくる。
「じっちゃん、俺が奴の注意を引き付けておく。じっちゃん等は先に行っててくれ」
「分かった。だが、気を付けるんだぞ。奴はワシの弟子の中でも、一番腕の立つ騎士だ。[力]はワシを遥かに超えている」
 メンターは地面に突き刺さった[プレ・サディアン・スウォード]を引き抜きながら、忠告する。
「分かっているって」
 とファルは言い、ヤッパ将軍目掛け、またもや突撃を開始する。
「頼んだぞ!」
 メンターは急いで行動に移った。他の者もそれに続く。
 一行は王女のもとへ、暗い城内へと、消えて行った。
 ★
 ファルはそれを視野の片隅に捉えつつ、ヤッパ将軍の注意を引き付けるべく、果敢に攻撃を続ける。だが、あまり効果はないようだ。一応まくらまし程度にはなっているが……。
「そんなものか、ファル。お前の[力]は!」
 ヤッパ将軍が、ファルの渾身の[力]をこめた[雷撃]を、剣で弾き飛ばしつつ言う。期待外れだった、と言わんばかりの口調である。
「へっ、俺の[力]はこんなものじゃねぇやい。貴様はマディラを殺した張本人だからな、念入れて殺してやる!」
 ファルは全身から怒気を噴き出し、叫ぶ。そして、腰の[マヌ・サディアン・スウォード]を抜いた。
「何を言っているのかよく分からんが、本気を出すのか………そうか」
 ヤッパはニヤリとファルに笑いかけ、[エヌ・サディアン・スウォード]を抜く。刃にまで埋め込まれている[発念対]が、明るく輝いた。この[雷剣]は、ファルの持つ[マヌ・サディアン・スウォード]よりも、一ランク上の破壊力をもつ。
 だが、ファルはそんな事を、気にもかけていなかった。
 胸中で醸成してきた、マディラの復讐を果たす事のみに心を捕らわれ、理性が入る隙間もなかった。がむしゃらに突進する事しか、頭の中にはない。
「死ねっ!」
 ファルは[雷王斬]を放つ。轟音と閃光が走る。
 だが、ヤッパはそれを軽く払いのけ、逆に[雷王斬]を放ってきた。
 ファルは逃げる間もなく、それに呑まれる。
 雷光に包まれたファルが地に落ちた。だが、まだ生きている。ヨロヨロと立ち上がり、キッと空を見上げる。
 その瞬間、またもや彼は[雷王斬]を食らう。
 凄まじい雷光、スパーク、何かが焼け焦げる匂い………ファルの命はまず無いように思われたが、以外にも全身から湯気を噴き出しながら、その場に立っていた。たいしたダメージを受けたようには見えない。
 仁王立ちになり、空に浮いているヤッパの方を睨む。
「残念だな将軍!このぐらいじゃ、俺は死なないぜ!」
 と言い、ファルは高らかに笑う。そして、
「今から、俺の真の[力]を見せてやる」
 と言うなり、目を瞑る。
 ファルの身体が光り始めた。そして、彼の額のところに、光る玉が一つ現れ、消える。それと共に、ファルの全身から出ていた光も消えてしまった。
「ほぉう。[封印]されていたのか。どれ、[具象力値]は………一万二千ちょいか………」
 ヤッパはいつの間にか手にした[具象力値]測定器で、ファルを見ていた。
「わたしも、修行中、メンター老に[封印]をかけられ、苦労したよ………」
 懐かしげに言う。
 ファルはヤッパの話しを無視していた。
(どうせ、俺をおちょくり、怒らせるのが目的だろう………)
 と、思っていたからだ。
 ファルは剣を構え、ヤッパにまた[雷王斬]を放った。
 今度の[雷王斬]は先までのとは、桁違いの[力]がある。[封印]が解け、[エヌス]の騎士並の破壊力である。しかし、
「甘い………」
 ヤッパはそう呟くと、剣でそれを払った。
 [雷王斬]が逸れ、城壁にブチ当たる。
 城壁が粉々に崩れる。
 城内が、それにつれ騒がしくなる。
「甘い、甘い。そんな程度じゃ、勝てないぞ!」
 ヤッパはそう言い、自分も[雷王斬]を放つ。
「チッ!」
 とファルは舌打ちし、上空へ逃れた。今やファルの[具象力値]は、一万二千を超えている。[浮遊]のスピードも、それなりにアップしていた。
 だが、
 ゴウン、という轟音が轟いたかと思うと、直径2mほどの[雷球]が次々と彼を襲う。
 いくらファルが機敏な動きをしても、直径2mの[雷球]が高速で数十個襲ってきたら、かわせるものではない。
 グッ、と彼が呻き声を上げる。一個掠った。
「えい!しゃらくさい!」
 ファルは[雷球]の多さに苛立ち、一気にこれを消すため[雷爆]を放った。イルファス将軍の[水球]から脱出したときに使った技である。自分を中心に[雷]の爆発を起こすのだ。
 爆発の余波が起き、城内の建物は次々に倒壊してゆく。南門などは、跡形もなく消えていた。
「ふぅ………」
 爆発がおさまり、黒焦げの大地に立ち、ファルは一息つく。
「気を抜くな!」
 上空から声がする。ファルは反射的にその方を向き、そこにあるものを見て驚きに顔が強張った。
 慌てて剣を盾にし身を守るが、上空から斬りかかってきたヤッパの速度にはかなわない。左肩がスパッと斬られる。鎧がなければ、左肩から切断されていただろう。
 ファルは呻きながら後ずさる。血が肩から噴き出した。赤い滴がポタポタと、ファルの黒い鎧を染める。
 ヤッパはそこを見逃さず、つかさず鋭い突きを繰り出す。
 だが、ファルは右腕一本で突きをかわし、更に飛び退いた。
「おや?」
 ヤッパは飛び退いたファルが、左腕の傷口から血を噴き出していないのに気付いていた。しかも着地した後、まるで傷など負わなかったかのごとく、左腕で剣を持つ。鎧も直っていた。彼がつけたはずの傷口なぞ、っどこにも見出せなかった。だが、黒い鎧に残る赤いしみが、確かに彼がファルに傷を負わせたことを証明している。
(どうしてだ?………)
 悩むヤッパの目に、ファルが上半身だけ着けている、黒い鎧についている[発念体]が入った。彼の脳裏を、とある記憶が駆けぬける。
「[シェヴィアン・メイル]だったのか!」
 ヤッパは、ファルの傷がどうして治ったのか分かった。
 ファルは[闇]の鎧、[シェヴィアン・メイル]を着けていたのである。この鎧は、すべての[具象力]による攻撃を受け付けず、着ている者の傷まで治す防具である。一見、安物に見えるが、とてつもない能力を秘めた鎧なのである。しかも、その存在はあまり知られていなく、滅多に手に入るものではないのだ。希少価値というやつである。
「おい、その鎧をどこで手に入れた?」
 ヤッパは攻める手を休め、訊く。
「知らねえよ。産まれた時から持っていたからな」
 ファルは怪訝そうに答える。彼も不思議なこの鎧については、気になっていた。だが、今はそんな事を考えている暇はない。
 それは、ヤッパとて同じである。
 だが、
([シェヴィアン・メイル]とは厄介な………)
 ヤッパの心はその点が引っ掛かっていた。あの鎧を着けられているのなら、生半可な攻撃では倒せない。しかも、ファルの[力]は彼と同じくらいである。今のところ優勢なのは、彼の方が技の使い方に長けているからだけなのである。長期戦になれば、体力的に優れているファルの方が有利になる。しかも、傷を治し、防御力に優れている[シェヴィアン・メイル]が、ファルの手にあるのだ。不利さは目に見えていた。
「いくぜ!」
 ファルの叫びが彼を現実に戻す。
 [雷球]がヤッパを襲う。
「なに!」
 彼は[雷球]の大きさに目を見張った。
 なんと、ファルの[雷球]は直径10mもあったのである。
 ヤッパは上空に逃げるが、同等の速度で追いかけてくる。
「くそっ!」
 ヤッパは咄嗟に[雷王斬]を放ち、[雷球]を砕いた。
 バチッという音と共に、10mの[雷球]が消える。
 しかし、ヤッパの心は晴れなかった。直径10mの[雷球]となれば、[具象力値]は4〜5万なければならない。
(だが、ファルは………)
(1万2千程度だったはずなのに………)
 ヤッパは、またファルが[封印]を解こうとしているのに気付いた。どうやらファルには、何重にも[封印]をかけてあったようだ。
「8万か………」
 ヤッパはファルの値を計り呟く。その顔には、恐怖、驚き、そして喜びがあった。彼もファルと同じように、自分よりも強い者と戦う楽しみを求めている男だった。
(それでは、こちらも本気でやるか………)
 ヤッパは楽しくてしかたない、という顔をしながら、想念を高めてゆく。彼もファルと同じく[力]を増大させていた。だが、彼の[力]は、ファルほど無い。今ある[力]が彼のすべてである。しかし、彼は更に[力]をアップさせる方法を知っていた。そこが、ファルとの大きな違いでもあり、彼の自信の源泉でもある。
「おい、ファル。この[具象力値]測定器で、俺を見てみな!」
 ヤッパはそう言い、手に持った[具象力値]測定器をファルに投げる。
 ファルは不思議がりながらも、それを手に取った。
(何を考えているのだ?………)
 それを覗きながら、ファルは訝しがる。ヤッパの[力]は、2万ちょいで変わりはしない。だが、ヤッパは上空でジッと目を瞑り、想念を高めている。
「どういう気だ?」
 ファルは不気味になり、訊く。
「[力]をアップさせるのさ!」
 ヤッパは目を瞑りながら答える。楽しそうに。そして、自信ありげに。
「値は変わっていないぜ」
 ファルは馬鹿にしたように言う。
「お前は、メンター老から、[雷神]の話しは聞かなかったのか?」
「[雷神]?」
 ファルは問い返しながら、記憶を掘り返す。
(しまった!………)
 ファルは心の中で叫び、さっさと攻撃して、ヤッパを殺しておけばよかったと悔やんだ。彼はメンター老の話してくれた、[雷神]の話しを思い出したのである。そして、その技の強大さも。
 バッと飛び上がり、渾身の[力]を込めて[雷王斬]を放つ。
 まるで、昼になったかの如く、光りに覆われる。その光りがスパークを発しながら、ヤッパを包む。
「やったか!」
 ファルは一瞬、やったと思ったが、彼の攻撃が遅かった事を悟った。
 ファルの顔色が変わる。
 あれほど凄まじかった雷光が、一瞬にして消えてしまう。
 あたりが静寂に包まれた。
 月明かり以外の光りが消えていた。いや、一箇所だけ光り輝いている場所があった。
 ヤッパ将軍が立っていたところである。
「遅かったな、ファル」
 ファルはその声を聞くや否や、戦慄が走るのを感じていた。だが、それと共に、心の奥底から、戦闘意欲が湧いてくる。強い者への憧れ。そして、それを倒し自らの[力]を誇ころうとする自尊心の渇望が、彼の心を勇気づけた。
 いつの間にかファルの戦慄は、武者震いになっていた。
「40万かい」
 ファルは先ほど貰った[具象力値]測定器で、ヤッパの値を測る。そして、口許に笑みを浮かべた。
 光りに包まれるヤッパは、異形の者と化していた。
 赤黒い肌、横に伸びる黒い2本の角、そして顔付きはまさしく鬼である。体格も筋骨隆々となり、迫力が増していた。この姿に恐怖を抱かぬ者はおるまい。これが[雷]の[具象力]最高の技、[雷神]である。
 [雷神]はこのように、化物に変身する技だが、ただ単に姿が変わったわけではない。全身を[発念体]と化しているのである。[発念体]はある技の想念が記憶され、使う人の[具象力]を増加させる道具だが、その原理を自らの体内に移植したのが[雷神]である。ゆえに、ヤッパの[力]は40万にまでアップしたのだ。
「ファルよ。メンターに、この技は教えてもらっていないだろう?」
 ヤッパは先ほどとは打って変わって、低くて轟くような声で言う。[雷神]になって、声まで変わってしまったようだ。
 ファルは作戦を練りながら、頷く。
「メンター老には、この技は使えなかった………」
「だから、自分は師を超えたとでもいうのか?」
 ファルは嘲る。
「そうとも。だが、もう一人、師を超えたお前がいる………」
 呟く様に言う。
 ファルには不気味な言い方に聞えた。その言葉に含まれる意味が、そう感じられるのだ。ファルは感じたまま、ヤッパの話しに隠された言葉を吐く。
「だから、俺を殺すと………」
「そうだ………」
 ヤッパはそう言うや否や、攻撃を再開する。
 凄まじい閃光と轟音がファルを襲う。だが、ファルとて何も準備していなかったわけではない。
 彼目掛けて放たれた[雷撃]をかわし、上空に逃れていた。そこから、彼は[雷王斬]を放とうとする。だが、ハッと気付いた時には、ヤッパの[雷神]姿が目の前にあった。
 ガツン、という衝撃が胸のところに起きる。鎧が大きく切り裂かれていた。とっさに身をかわしていなければ、死んでいただろう。ファルは痛みを堪え、退く。それを追って[雷撃]が幾多も彼を襲う。いくらファルとて、[具象力値]40万の[雷撃]はかわしきれない。もろに食らい、何度も気絶しかける。
 ファルは全身を焼け焦がしていたが、それでも空に浮いていた。不屈の闘志と、ファルの常人を超えた体力の賜物だった。
「ファル、観念しろ。逃げても無駄だぞ!」
 勝ち誇って、ヤッパが言う。
 だが、ファルは不適な笑みを見せる。
「そうかな………今夜は月が綺麗だ………」
「月?」
 ヤッパは、その言葉に何かを思い出しかけた。しかし、思い浮かばない。
「そうだよ。月だよ。月が綺麗なのさ………俺の心を迷わす月よ!われの姿を真のものとしたまえ。汚れ多きこの大地にこの姿を晒す事を許し給え!」
 ファルはいきなり地平線に向かって下降し続けている青い月に向かって、呪文のようなものを叫ぶ。それと共に、ファルの身体が変化し始めた。全身から毛を噴き出し、口吻が尖がってくる。それが、ドンドン進む。
「獣人!」
 ヤッパは記憶の底から引っ張り出した言葉を吐き、グッと息を呑んだ。この世で[獣人]の話しはよく聞くが、見た事はなかった。獣の姿をした人、としか彼は知らない。だが、今、彼の眼前に[獣人]が現れたのである。
 彼は、もうひとつの[獣人]にまつわる噂話を思い出した。
(すべてを破壊し、災いをもたらす………)
 それ故、[獣人]は人から嫌われていた。
「どうだい?ヤッパ将軍」
 すっかり変身し終えたファルが、自慢げに言う。
(あれは虎?………)
 ヤッパは、ファルの[獣化]した顔が、かつてこの世に生存していた肉食獣に似ている事に気付いた。全身黄色の獣毛に覆われ、黒い縞がある。だが、首から前は白い毛に覆われているようだ。白い毛が、鎧の首のところにチョロッと見える。
「どうだい、将軍?驚いたかい?」
 ファルはヤッパが黙っているので、もう一度聞く。
 彼は出来る事なら[獣化]したくなかった。この世で、彼はどの社会からも爪弾きにされてきたのだ。[獣人]と分かるや否や………。[獣化]には辛酸な思い出しかない。だが、今回は幸運な事に変身するのに必要な青い月、元に戻るのに必要な赤い月の二つとも出ており、すぐに元に戻る事ができる。しかも、まわりには人が少なかった。ヤッパを殺し、すぐに元に戻れば、何の問題も無い。ファルはそう目論んで、変身したのである。
「お前、[獣人]だったのか………どうりで、強いはずだ………」
 ヤッパは納得しつつ、また喜びに打ち震える自分の心を感じていた。
 そして、ヤッパは、ファルにニヤリと笑いかける。
 彼は嬉しくて嬉しくてしかたなかった。とてつもなく強い相手と闘えて。
「ファル!いくぞ!」
 ヤッパは、グッと[エヌ・サディアン・スウォード]を握る。
「すまないが、一気にかたをつけさせてもらう。この姿を、他人に見られたくないんでな………」
 ファルは呟く様に言い、[マヌ・サディアン・スウォード]を振りかぶった。
 ヤッパも同じく振りかぶる。
 二人とも、[雷王斬]を放つようだ。
 両者の剣に、[雷]がまとわりつく。
 ★
 凄まじい雷光が去り、また静けさが辺りを包む。
 城は本丸を残して、南側は跡形もなく消え去っていた。
 大地は[雷]の[力]で真っ黒に焦げ、湯気を立ち昇らせている。
 そこに黒焦げになった一人の男が、横たわっていた。
 傍らに、折れた剣が転がっている。
 [発念体]がたくさんついた剣だ。その剣が、刃の中程からポッキリと折られていた。
 上空から青い光りに包まれた、ファルが降りてくる。もう、元の姿に戻っていた。
 黒焦げになったヤッパに近付く。彼も元の姿に戻っていた。
「ファルよ………」
 ファルはビクッと足を止める。ヤッパはもう死んでいると思っていたからだ。
 ヤッパは首だけを回し、ファルの方を見る。黒焦げの顔は左目だけ開け、喋るたびに見せる口腔の赤さが目立った。
「ファルよ………[雷神]の技は憶えたな………」
「え?」
 ファルはヤッパの意を汲み取れなく、疑念に顔をしかめる。
「[雷神]の技は………[雷]のすべての技を想念し………あの姿を思い浮かべるのだ…」
「どうして?」
 そんな事を言う、とファル。
「俺は………弟子をもった事が無いから………せめて、死ぬ前に………誰かに[雷神]を教えたかった………[雷]最高のあの技を………」
 苦しそうに喋る。余命いくばくもないようだ。
「ところで、[獣人]のことを………メンター老は知っているのか?」
「いいや………」
「そうか………俺は幸運だったんだな………」
 黒焦げの顔を、嬉しそうに歪める。
「将軍………あんたは、王女に洗脳されていないのか?」
「そうさ………あんな、ちんけな技にかかるかよ………俺がな………」
 苦しそうにしながらも、ニッと笑う。
「じゃあ、何故、メンターに歯向かったんだ?」
「俺は………師を超えたかっただけさ………そのためには、本気で師と闘わねばならない………だが………奴が………お前の事を教えてくれて………俺は………お前と………闘いたくなった」
「奴って、誰だ?」
「奴は………奴だ。そうだ………メンター師匠に謝っておいてくれ………私は師を超えられませんでした………と………ファル………素晴らしいものを………見せて………くれて………ありがとう………」
 ヤッパはそう言い、絶命してしまった。
 ファルには、ヤッパが最後に満足して死んでいったように思えた。彼に[奴]という謎を残して………。
 ファルは、マディラの復讐をしようとしていた憎しみの心が、いつの間にか消えている事に気付いていた。ヤッパは、マディラの真の仇ではないにせよ、一応仇の一部である。だが、ヤッパへの憎しみは消えていた。それと共に、すべての憎しみも消えていた。
 ファルは憎しみが消えた心で、ヤッパの事を考えていた。だが、彼にはヤッパの考えていた事が分かったような、分からなかったような気分だった。
 ただ、分かっているのは、ヤッパが満足して死んでいったという事だけである。
 ★
 バシュ、と音がする。城の本丸からだ。
 ファルはその方を見上げる。
 本丸の最上階で、[雷][火][光]の光りが混じりあって見える。
 ファルは、自分がまだやらねばならぬ事があるのを思い出した。
(行かなければ………)
 最上階の光りが、彼を誘う。
 そこへ向かう前に、もう一度だけ黒焦げの将軍の死体を見る。
 表情は分からないが、ファルには笑っているように見えた。満足げに。
 ファルは飛ぶ。
 彼の心の中には、虚しさしか残らなかった。
 青い月が沈んだ。


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