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作品名:魔王たち 作者:たけしげ

第4回   4
 4.
 ファルの活躍によって、イルファス将軍を捕らえたヤーレスはさっそく将軍の洗脳を解き、第3軍を味方につけた。そして、ヤーレスは味方にした二人、イルファス将軍とイスファー将軍をそれぞれの任地に返し、その州の王女派を制圧させることにした。
 さっそく両者は自分の州に帰って行く。それと共に、エリオン州にまた平和な時が訪れた。しかし、ヤーレスは一休みせず、さっそく自軍を南進させ、いつでも王女と決戦を挑める形にしたのである。これは、東と西からの攻撃を憂う必要がなくなったためであった。余裕が出来たのである。だが、予断は許せない。戦力的にはまだ、王女軍の方が上である。それに、まだ王女の動きがよく掴めていなかった。王女の動きは、捕らえた二人からの情報しかないのだ。
 ヤーレスは第5軍を率いて、大陸中心部の大湖、エンドリア湖の北岸にある、バッファ城に入った。
 エリオン州と王都のあるランド州は州境が接しているが、そこには巨大な山脈、ラルリ山脈が横たわり、そこに王都防衛のための巨大な要塞があるため、容易には侵攻できない。故に、山脈を迂回して王都へ向かわねばならぬのだが、そのコース上に、この大湖エンドリア湖が横たわっているのである。
 ヤーレスはその湖岸にある、バッファ城で王女の動向を覗う事にした。今すぐ行動しないのは、イスファー将軍の第4軍とイルファス将軍の第3軍の増援を待っているのである。それと、軍を初めて指揮する彼の慎重さのあらわれと、情報量の少なさからくる不安からでもある。
 ファルも第5軍と共に、バッファ城に来ていた。ブラッドの従者として。彼にとって従者として働く事は、あまり気分のいいものではないのだが、モゥリィのもとで働くマディラが共に来ていて、毎日会えるので、我慢して働いていた。だが、彼の忍耐を試すかのごとく、ブラッドはファルをこき使った。マディラがいなければ、ファルは一日たりとてもたなかっただろう。それほど、ブラッドはファルを酷使した。
 ブラッドにしてみれば、はじめての奴隷という事で、使い方が分からなかったのかもしれない。それとも、イルファス将軍を倒したファルへの嫉妬がそうさせるのか………。その点は、ブラッド本人もよく分かっていなかった。ただ、彼が奴隷を甘やかすべきではない、という信念を持っている事だけは確かである。
 そうこう毎日を飴と鞭がごちゃ混ぜになった城の中で働いていたある日、ファルはメンターに呼び出された。
 ファルは、不承不承のブラッドから許可を貰い、メンターの部屋に行く。ようやく口うるさいブラッドから解放された喜びと、メンターがいったい何用で彼を呼び出したのか、不安と期待を織り交ぜて、石造りの廊下を進む。
 メンターは室内で、巨大な剣を持って、彼を待っていた。
 ファルはその剣を見るのは初めてであった。
 異様な輝き、根元から刃の中程まで覆う[発念体]の多さ………ファルの目を引き付けて離さぬ、その剣の正体は、いったい何であろうか。
 ファルの心中に、この剣への興味が噴き出し、心を捉えて離さなかった。彼は戸口で佇み、惚けたようにその剣を見続ける。まるで魂を獲られたかのようだった。
「ファルか………」
 メンターはその剣を膝に置き、身振りでファルを中へ招き入れる。
 ファルはゆっくりと室内に入るが、視線は釘付けになっていた。
「ファルよ、お前に来てもらったのは、この剣を見せようと思ってな………」
 と言い、メンターは剣を指差す。
「この剣は、[プレ・サディアン・スウォード]といってな、[雷剣]のなかで、もっとも破壊力があり、もっとも古い剣なのだよ。創られて一千年は経っているだろう………。そして、この剣は五百年前に、この大陸を席巻していた魔王を封じ込めた、聖剣の中の一本なのだ。魔王の事は知っているな?」
「だいたいはね………」
「そうか………魔王はこの大陸を[力]で支配していたのだが、それに反旗を翻した八人の聖人が、各々の[具象力]を最大限に引き出すために創ったのが、この剣なのだよ。そして、[雷]の聖人はこの剣を持って、他の聖人と共に魔王を封じ込めた………。それから五百年が経ち、歴代の[雷]の導師の手を次々に経て、私の手元にこの剣は辿り着いた………。そして、いま、この剣を使わねばならぬ時が来たのだ………」
 と言い、メンターは剣を室内灯に翳した。
 ギラリ、と刃が光る。
 ファルは思わず息を呑んだ。
「この剣を使わなくたって、王女に勝てるんじゃないかい?」
 ファルは剣から目を離さずに言う。
「いや、王女には、我々が束になっても勝てないだろう………王女は魔王なのだからな…」
「えっ?どういう事だい?」
 ファルは剣から目を離し、メンターの顔をまじまじと見る。彼の言った事が、よく理解できなかったからだ。
「王女は魔王………いや、魔王の一部なのだよ。よく聞け、ファル。五百年前魔王そのものを封じる事は出来なかったのだ。奴はすべての[力]を使えたため、聖人の[力]でもどうしようもなかったのだよ。だが、[教会]はその魔王の[力]を各属性に分ける事で、魔王本体の[力]を弱める事に成功し、奴を封じ込める事ができたのだ。そして、各属性に分けた[力]を、[教会]は五百年かけて八人の赤子に移植する事に成功したのだ。なぜ、[力]を赤子に移さねばならなかったのかは、わしには分からん。ただ、わしは魔王の[雷]の[力]を持った赤子の一人、クリエを預けられ、その子の秘密を打ち明けられただけなのだからな………。わしはその子を連れてここに戻り、子供のいなかった先王夫妻に預けた。赤子は[雷]の[力]は持っているが、その[力]は封印され、[風]の[力]しか使えんから、普通の子として生活できるとわしはその時思っていた。そして、気楽に二人に預けてしまったのだ………。だが、それは迂闊だった………」
 メンターは重苦しい表情で言う。
「クリエ王女の封印が解けたのか?」
「ああ、そうだろう………。それを誰かが解いて、彼女を裏から操っている………」
「誰かが操っている?」
「そうとしか考えられん。クリエは[闇]の[力]の使い方はしらんからな………。もし、ただ単に封印が解けただけなら、彼女は[雷]の[力]でこの世を力ずくで治めようとするだろうからな………。だが、そんな報告は聞いていない………。だから、誰かが操っているのだろう………」
「何のために?」
「さぁ………」
「あんたは、何で狙われるんだい?」
「この剣を持っているせいと、もう一度王女に封印をかけられるからだよ。私は、その方法を、クリエを預かった時に教わっているからな………」
 メンターは、剣を握る手に力を込めた。
「他に何か隠しているだろう?」
 ファルは、まだメンターが何か喋り切っていないと察していた。
「それは………お前にも言えん事だ」
 きっぱりと言われ、ファルは返す言葉がなかった。
 ファルはメンターの表情を、じっと探った。
 ★
「どうしたの?ファル」
 マディラは、ファルが黙り込んでいるので、心配になり声をかけた。
「何でもないよ………」
 ファルはか細い声で答える。
 夜空の下で、二人は会っていた。ここは、城のとある一角である。二人は時間の許す限り、この場で毎日会っていた。
 マディラはいつも、ファルのために厨房からちょろまかしてきた、食物を持ってきてくれた。今も、例外に漏れず二人の前には、わずかながらの果物が置いてある。しかし、いつものファルなら真っ先に食ってしまうのに、今日はなぜか手を付けず、黙って星空を眺めるばかりであった。
 マディラでなくとも、ファルに何かあった、と思わせる態度である。
 ファルはそんな自分を反省し、ニッコリと笑うが、先程メンターから聞いた話しが、どうしても忘れられなかった。そうこうするうちに、また沈思したまま星空を眺めてしまう。
 マディラは、ファルのいつもと違う態度に、ますます不安を抱く。だが、ファルにもたまにはこういう雰囲気があってもいいな、とも思う。彼女はファルの横顔をじっと見詰めながら、そんな事を考え、一人幸福感を味わっていた。彼女は、ファルといられるだけで、幸せなのである。
「ねぇ、ファル………」
「なんだい?」
「これ、モゥリィさんから貰ったものだけれども………」
 と言い、マディラは懐から小さなお守りを出し、ファルに渡す。
「ありがとう………」
 ファルは受け取りながら、心の底からマディラに感謝の言葉を伝えようとするが、言葉が続かなかった。だが、彼にとって、これほど嬉しい事はなかった。
「きっと、生きて帰ってきてね………」
 城内の様子から、マディラは戦が近い事を勘ぐったのだろう。目に、うっすらと涙が浮いていた。
 ファルはそれを見て余計嬉しくなり、つられて泣き出しそうになった。しかし、メンターの言葉が不図頭を過ぎると、嬉しさは消えてしまう。
(ここから逃げようか………)
 と、さえ思ってしまう。
 ファルはマディラを連れ、王国から逃げ出してしまいたくなった。
 だが、メンターの事を考えると、そういうわけにもいかない。彼には、言葉に言い表せないほど世話になっている。
(ここで逃げるわけにはいかないな………)
 ファルは諦めていた。だが、マディラといつまでも共にいたかった。しかし、今回の戦でメンターとともに、クリエと直接対峙したなら、彼も無事ではすまされないだろう。魔王の恐怖の伝説は、彼もよく知っている。
 ファルは背筋が寒くなった。
 マディラの笑顔が見える。
 それでも、心は晴れなかった。
 ★
 濃霧の朝がやってきた。
 それと共に城内は騒がしくなる。偵察に出ていた[航空船]より、敵艦隊来襲の報が届いたからである。
 敵は、湖の上空を真っ直ぐこちらへ向かってきた。
 その艦隊は、王都を守るランド州の第1軍である。王国最強の軍団であり、それを率いているのはメンターの弟子で、王国随一の[雷]の騎士、ヤッパ・ファーレス将軍であった。
 迎撃に出る第5軍の兵士の心境は、不安と恐怖が入り混じり、それがために混乱に拍車をかけ、敵をかなり近くまで寄せてしまった。
 そのせいで、予備軍であったブラッド等も出撃しなければならなくなったのである。
 ファル等の乗る、[航空戦艦]は砲弾の飛び交う前線へ。
 轟音、濃霧、火花………恐怖を誘う材料が、敵艦に接舷するまで暇な、ブラッド等騎士の心を揺さぶる。彼等は、上甲板の下の吹き抜けになっている下層で、じっと耐えていた。出番はまだまだである。突入すべき敵艦の姿さえ、まだ見えていない。
「いいか、ファル。俺から離れるんじゃないぞ………」
 とブラッドは、十数度目かの忠告を与える。
「はい」
 とファルは素直に答えながら、ブラッドを嘲笑していた。
 ブラッドは強がってはいるが、どう見ても初陣に震える若造にしか見えなかった。手は震え、顔面蒼白、喋る声も震え、同じ事を何度も繰り返す。緊張、不安、恐怖が入り混じっているからこそ出来る芸当だった。
 それに対し、ファルは呑気なものだった。あたりをキョロキョロと見回し、ブラッドと同じく、恐怖におののいている騎士を見つけ、一人喜んでいた。いつも、威張ってばかりいる[エヌス]のこういう姿を見るのは、彼の心を実に楽しませてくれる。だが、その楽しみも長続きはしなかった。
「敵艦発見!接舷する。突撃隊用意!」
 伝声管が、いきなりがなりたてる。
 ブラッドがその声に飛び上がったほどだ。
 それを見たファルは息を殺して笑った。
 ガシャーンと金属がぶつかる音がしたかと思うと、舷側のこちら側に乗り込んでくる敵兵の姿が見えた。
「突撃!」
 どちらの指揮官が発したのか分からぬが、皆がむしゃらに剣を振り上げ突進する。
 [具象力]のブツかり合いになった。
 [風]や[雷]が唸り、消える。目も開けていられぬほどだ。
 ファルはブラッドについて、適当に敵をあしらいながら進む。彼は真面目に戦う気などなかった。メンターに頼まれたとおり、ブラッドの命さえ守ればいいのである。気楽にやっていた。
 だが、前を行くブラッドは狂ったように雄叫びを上げながら突進し、やがて二人は舷側を越え、敵艦に移っていた。
(へぇ、やるもんだ………)
 ファルはブラッドの力量を見直していた。彼が思っていたよりも、ブラッドはなかなか立派な働きをしているのである。
 味方はいつの間にか、ブラッドが中心になって敵内を暴れ回っていた。
 そうこうするうちに、ブラッドも戦いに慣れたのか、余裕をもって敵艦内へどんどん進んで行く。
 [航空戦艦]というものは、よっぽど重要なフロア以外は吹き抜けになっているため、閉じ込められるという心配はないが、どんどん敵を駆逐し良い気分になって奥へ進んで行くブラッドの様子を見ながら、ファルは不安になってきていた。あまりにも事がうまく運び、逆に心配になる、というやつである。いつか大きな反撃を受けるんじゃないかと、ファルは心配しているのだ。
 当たって欲しくない予感であったが、こういうのに限ってよく当たるもので、彼等は巨大な敵と直面するはめになる。
 バシッと前方で光るものがあった。
 二人は反射的にその方を見る。彼等の足元にドサリと、黒焦げの死体が転がった。それは味方の騎士だった。微かに残った右肩の赤いマークが、二人に注意を促している。
 二人は同時に身構え、死体が転がってきた方を見る。そこには扉を開け放った、暗い戸口があった。奥はどこかの重要なブロックに通じているようだ。その証拠に、そこは吹き抜けになっていない。
「ん!?………」
 ファルは暗闇に一閃するものを見た。
(何だ?………)
 ファルは身構える。心中に不安を告げるベルが、けたたましく鳴っているのを感じていた。
(逃げた方がいいかもしれない………)
 ファルの経験がそう告げる。だが、目の前のブラッドがそれに従ってくれそうにもないのは、明白だ。彼はブラッドの判断にすべてを賭けた。
 もう一回煌く。
「危ない!」
 ファルは咄嗟にブラッドを庇っていた。
 その瞬間、二人の身体を凄まじい雷光が包む。二人を気絶させるには充分すぎる[力]だった。
 ブラッドとファルは気絶したまま、側舷から転げ落ちてしまう。
 二人は真ッ逆さまに落ちて行く。真下は湖水だ。落ちても助かる可能性はあるが、そのまま気絶していれば溺死である。
 運の良い事に、ファルが目を覚ました。
 咄嗟に彼は状況判断し、[浮遊]を使いブラッドを抱いたまま湖岸の方へ向かう。
 戻らない方が、安全に思えたからである。実際、上空は霧が濃く、しかも砲弾が飛び交って危険極まりなかった。ファルの判断は他においても正しかった。
 湖面ぎりぎりを飛ぶファルの背に、くぐもった爆発音が聞える。首を回してその方を見ると、1隻の[航空戦艦]がばらばらと崩壊しながら、炎と煙を吹き上げ落下してゆく。そして、湖面に激突し、粉々に砕け散ってしまった。パラパラと、ファルのところにも破片が飛んでくる。そのひとつを見てファルは驚いた。大破した船は、彼等が乗ってきた第5軍の船だったからだ。
(戻らなくて良かった………)
 と安堵しつつ、ファルは自分を気絶させた奴が、この船を撃沈させたであろうと確信していた。あの奴が現れるまで、彼等は優勢だったのである。しかも、その味方がこんなに急激に船を破壊されるまで追い込まれた、となると奴以外の要因は考えられなかった。
 ファルは何故か心弾む自分を感じていた。強敵と出会えて嬉しいのである。
(いっちょうやるか………)
 急いでファルはブラッドを湖畔に寝かせ、再度敵艦へ向かう。
(どこだ?………)
 濃霧がまだ晴れず、敵の位置が分からない。予想されるコースを飛ぶ。
(いた!………)
 ファルは偶然にも、正面に濃霧に包まれるように浮いている、あの敵艦の姿を見出していた。
 周囲を飛び交っているであろう、砲弾など気にせず突進する。
(あいつだ!………)
 ファルは敵艦の上空へ上がり、甲板上で命令を出している、奴を見つけた。全身を鎧に包み、顔など分からぬが、ファルにははっきりとそれが先程の奴だと分かった。彼の全身から出てくる波動が、ファルに教えるのである。奴だと。
 ファルは一気に降下しながら、[雷撃]を繰り出す。
 バシッ、バシッ、バシッ、と奴の周囲が雷光に包まれ、姿が見えなくなった。
 ファルは甲板に降り、剣を構える。このぐらいで、奴がまいならないのは分かっていた。
「貴様、この私をヤッパ将軍と知っての狼藉か………」
 雷光の中から、まったく傷を負っていない鎧の男が出てくる。
「なんだ………[マヌス]の餓鬼か………」
 しかし、ファルの姿を見て、戦意を喪失したようだ。
「私は[マヌス]は相手にせん………命は助けてやる、さっさと消えるがよい」
 と言い、集まってきた部下を手で制し、相手にするなと合図し、ファルに背を向け歩み去ろうとする。
 別にファルはその言葉でプライドを傷つけられたわけではないが、サッと剣を振りかぶると[雷王斬]を放った。
 ヤッパ将軍はすぐそれを察し、振り向いたと同時に[雷撃]でファルの[雷王斬]を吹き飛ばす。
 光りと光り、電気と電気のぶつかり合いが、激しい旋風を巻き起こし、さらにすべての者の視力を奪った。
 ヤッパ将軍ですら、あまりの閃光に目が眩み、左手で視界を遮る。
 その時、
 ズシーンと頭部に震動があり、危うく彼は気絶してしまうところであった。グラッ、と視界が揺れる。光りのせいではなく、震動のせいで。彼は片膝をついて、バランスを保った。
 カラン、と傍らに落ちるものがある。真っ二つに割れた彼の兜の片一方であった。その切断面は、見事な斬り口である。もう一方も、遅れて落ちた。
 ツツ−、と彼の額を何かが伝う。指で触ってみる。
(なんだ?………)
 指を前に持ってきて、彼は驚いた。指についていたのは、血であった。もっとよく調べてみると、それは彼が流した血であった。頭部に傷がある。そこから流れているのだ。
「どうだい。単なる[マヌス]の餓鬼じゃないだろう?」
 不敵な笑みを浮かべながら、先程の少年が彼の前に立っていた。
 ヤッパ将軍は、自分の負傷の理由が分かった。ちょっと、信じられぬ事ではあるが、彼は[マヌス]の少年にやられたのである。
「おのれ………貴様………!?」
 ヤッパは怒りの表情でファルを見ていたが、急にファルの顔を見て表情が変わった。驚きの表情になったのだ。
(?………)
 ファルは、ヤッパの様子が変わり、戸惑っていた。なぜ、ファルの顔を見て表情を変えたのか………まるで、ファルの顔を知っていたかのような驚きようである。だが、ファルはヤッパ将軍の名は聞いたことはあるが、初対面であった。
 ザッ、という音と共に、ファルはまわりを囲まれてしまった。心の中で舌打ちをする。迂闊だった。敵中で考え事に耽るとは。だが………。
「手は出すな」
 ヤッパ将軍は額を押さえ、立ち上がりながら、部下を制する。
(どうやら、相手をしてくれるようだ………)
 ファルは察し、グッと剣を握る力を込める。先ほどの疑問は心の隅に押しやり、戦いに集中した。
 だが、
「将軍!第3、第4軍が来ます!」
 遠くから告げる者があった。
「そうか………」
 ヤッパは残念という顔をする。
「今回は君の相手は出来なかった………また、会おう、ファルくん」
 ファルは何か言い返そうと、口を開いた。だが、ボッという爆発音と共に雷光に包まれる。それと共に、正面からとてつもない圧力を感じ、気付いた時には船外に放り出されていた。周囲を切れ切れの白い霧が上へ流れる。
「チッ………」
 ファルは舌打ちし、剣を鞘に戻し、[浮遊]で空に制止する。
 霧は晴れて、周囲を見渡せる事ができた。ヤッパの艦隊は、どんどん遠ざかっている。どうやら、退却しているようだ。
 ファルは将軍を倒すチャンスを失って、口惜しそうな顔をしていた。だが、急に表情が変わる。
 ふと、最後に自分の名前を呼ばれた事を、思い出したからだ。
(なぜ、俺の名前を知っていたんだ?………)
 初対面のヤッパ将軍が、ファルの名を知っていたとは思えなかった。ファルはそんなに有名人ではない。それに、名乗りを上げたわけでもない。
(では、いったい、どうして?………)
 分からなかった。
 ファルはブラッドのところに戻りながら、考え続けた。
 ふと、霧が晴れた湖岸が見渡せられる。
「あっ!」
 ファルはその場に止まった。
 彼の目に、一箇所だけ煙に包まれているところが見えたからだ。ようく見る。なんと、黒煙を吐いて炎上しているのは、バッファ城であった。
(まさか、マディラが!………)
 ファルは急に込み上げてくる不安に突き動かされ、ブラッドを放って、まっしぐらに城へ向かう。
(マディラ、無事でいてくれ!………)
 ファルの心中は、マディラの事でいっぱいだった。
 ★
 城は凄惨きわまる情景だった。
 あらゆるところから火を上げ、城壁はボロボロに崩れ、壁に大穴が開いていた。どうやら、奇襲を食らったようだ。
 ファルは、振りかかる火の粉も何のそので、城内に降り、まっしぐらにマディラがいるであろう場所へ駆けて行く。だが、城内は混乱しているうえ、煙は充満し、負傷者はうめき、瓦礫の山が立ち塞がり、一歩進むのもままならなかった。
 それでも、ファルは進み、マディラ達のいる部屋の扉の前まで、なんとか辿り着いた。
 扉を見る限り、そこは無事であったようだ。
 ファルは少し安堵し、扉を開ける。
 唖然となった。
 ファルは暫く呆然と扉の向こうを眺めていた。
 何も言葉が出ない。
 室内は天井が突き抜け、黒煙で覆われる空まで見えていた。そして、下には瓦礫に潰された死体が、僅かながら覗えることができるだけである。
 瓦礫からチラリと見える手足が、そこに死体がある事を教えていた。
 ファルは正気に戻り、一途の期待を込めて下を見回す。
(マディラがいなければいいが………)
 と。だが、それは虫が良すぎる期待だった。戦闘が始まると、[マヌス]の女達は邪魔にならぬように、一箇所に閉じ込められてしまう。外に出る事は、まず許されぬ行為なのだ。それに、下にある死体が奥に多い事が、この部屋の者が誰一人脱出していない証拠であった。
 ファルは死体を踏まぬよう[浮遊]を使い、奥へ進む。
 ハッ、となった。
 一本の白い腕が、瓦礫の下から出ていた。細い女の腕で血の気がない。造りものの腕のように生気がなかった。
 それよりもファルの目を引き付けたのは、その腕に木彫りのブレスレットがはめられていることだった。
 見覚えがあった。
 それはファルが、マディラにプレゼントしたものである。
「マ、マディラ!」
 ファルは半狂乱になりながら、瓦礫の山を掘った。爪が剥がれるが、気にせず掘り続ける。
 マディラの上半身が見えた。顔も見える。
 別段傷を負っていなかった。ただ、埃や塵をかぶり、生気がないだけだ。閉じた目蓋には、苦痛に歪んだ形跡も無く、表情は穏やかで、綺麗なものである。まるで、寝ているかのようだ。
 ファルはこれならモゥリィに治してもらえるかもしれぬと思い、下半身を掘り出しにかかる。
 だが、その下半身は、どこにも見当たらなかった。
 彼女は腹部で断ち切られていたのだ。
 ファルは手に、マディラの血がしみ込んだ黒い砂がまとわりつく。そして、彼の手は、飛び出した内蔵を掴んでいた。
「そんな、馬鹿な………」
 ファルは信じられなかった。
(上半身はこんなに綺麗に、表情なんて眠り込んでいるとしか思えないぐらいの状態のなのに………)
 ファルは[浮遊]する[力]を失い、その場にへたり込む。すべての気力が抜けてしまったかのようだ。
 だが、彼の心中には、とてつもない感情の湧水が噴き出しはじめていた。最初チョロチョロと………。そして、今はドバーッと、彼の心を満たしている。
 彼は号泣した。
「ファル………」
 戸口のところに一人の女性が駆けつけてきた。モゥリィである。彼女もマディラの事が心配になり来たのであるが、ファルの様子を見て、すべてを察した。
 ファルの傍らへ寄る。
 モゥリィもマディラの死体を見た。彼女も暫し泣く。だが、ファルほどではない。ファルほどマディラと深い付き合いをしていたわけではないから………。
 モゥリィはそれより、ファルの事が気になった。
「突然、王女の軍がラリル山脈から現れて、城を襲い………艦隊を全面に出していた城は不意打ちを食らってしまい、守る術もなく………」
 モゥリィはファルをどう慰めようかと考えあぐね、とりあえず状況説明を行った。
 だが、ファルは大声で泣き、とうてい聞ける状態ではない。
 モゥリィは説明をやめ、ファルの横に跪いて[教会]の経をあげた。マディラとファルに対して出来る、彼女の最大の行為だった。
「な………なんで、マディラをここに連れて来たんだよ………」
 しゃくりあげながら、ファルが言う。問いはモゥリィになされていた。
 だが、彼女は答えにつまった。どう答えていいものか分からない。
「ここに連れて来られなきゃ………死ななくても良かったのに………」
 モゥリィは答えられなかった。彼女はマディラをここに連れてくることが、マディラのためにもなるし、正しい事だと思っていたのだ。だが、実際は………。彼女は自分の浅はかさを呪った。
「ごめんなさい………」
 モゥリィには、謝る事しかできなかった。
「ちくしょう………どうして………どうして………」
 ファルも自分の愚かさを呪った。侍女は危険だと、どうして気付かなかったのか、と。
 それと共に、彼女をこうした者への憎しみ、呪いが心中に蔓延する。彼は、すべてを憎みたくなっていた。自分も含め、この世すべてを憎しみ、呪う。憎しみは彼に力を与えていた。己をも破壊するかもしれぬ力を。だが、ファルはそれに気付きながら、その力に身を委ねていた。
「ちくしょう………みんな、殺してやる!」
 ファルは唸るように言う。
 モゥリィはそんなファルに、危険を感じていた。
(まさか、自分も死ぬ気では………)
 と思えるのだ。
 ファルならやりかねなかった。
 モゥリィとしては、ファルまで殺すわけにはいかなかった。聖なる[教会]の一員として、彼女は人の命を守らなければならない。だが、どうやってファルを宥めるかが、難問であった。
 ファルの号泣は続く。
 すべてを憎しみながら。


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