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作品名:銀狼 作者:たけしげ

第5回   5
 5.
 朝が来た。
 テスは寝台の上で何度も寝返りをうつ。
 Pi.Pi.Pi.Pi.Pi…
 目覚まし時計の音が、脳髄に響く。
 一旦上体を起こすが、虚脱感が全身を縛り、また眠りへと誘う。
 また、寝台へ倒れ込んだ。
 まどろみの暖かさ、気持ち良さが身体をリラックスさせる。
 しかしテスの心の中で、彼を起こすものが騒ぎ始めた。
 思考がざわめく。
 寝ているわけにはいかない………やるべき事があった。
 無理やりもう一度状態を起こし、ベッドに腰掛ける。
 頭がクラッと揺らめき、吐き気に襲われる。
 顔をしかめ、それに耐える。
 ゆっくりと不快感は去って行く。
 ゆっくりと。
 彼を悩ませるかの如く、ゆっくりと。
 Pi.Pi.Pi………
 目覚し時計が、まだ鳴っていた。
 テスは重い頭を巡らし、テーブルの上のコンソールボードのボタンを押す。
 Pi………
 最後の一鳴きを残し、虚空の彼方へ音は去っていった。
 室内の照度を下げる。
 目が痛む。
 少し上げすぎたようだ………照度を下げる。
 テスは身体が徐々に目覚めるのを感じ、少しづつ頭の中で考え事を始める。
 コンソールボードを操作する。
「おはようございます、テスさん」
 ボードから声がする。
 船の機械頭脳ロイの声だ。
 音量が高く、寝起きのテスにはちょっと耳が痛かった。
 回線を切ろうか………と思うが、自分が何をしようとしていたのかを思い出し、思い止まる。
「ロイ、ロボットにコーヒーを運ばせろ。それと、王国の今朝の新聞をすべて見せてくれ」
 テスはガラガラ声で言う。
 喉が痛く、苦しさを感じる。
 声を出すのが、とても辛かった。
「分かりました。すぐに届けさせます。ところで、朝刊はどれから読みます?」
 テスの前に四角いスクリーンが現れて、王国で発行されている新聞名が列挙される。
「一番上のからだ」
「分かりました。デベス日報からですね。では、どうぞ」
 スクリーンに活字が並ぶ。
 テスはそれをサッと読み、頁を繰る。
 次々と読み続ける。
 そのうち、ロボットがコーヒーを持って現れるが、テスはコップを取る一瞬だけ目を離しただけで、スクリーンを食い入るように見続けた。
 すべての新聞を読み終わるのに、さして時間はかからなかった。
 彼は読み終えると、カップの中のコーヒーをグイッと飲み干し、立ち上がった。
 その顔には、笑みが湛えられている。
 何か満足したような表情だった。
 先までの不快感なぞ、どこぞへ消え去っている。
 目覚めの苦痛を強いてまで新聞を読み漁るのは、ある記事を探していたからである。
 テスが新聞に見付けたかった記事とは、昨夜の彼の襲撃によるクリツア公殺害の記事であった。
 だが、どこにもないのである。
 どの新聞にもそれはない。
 あるのはホテル火災の記事だけで、そこには誰も死んでいないと記してあった。
 だが、クリツア公は確かに、彼の手で殺害された。
 どう云う事なのだろうか?
 テスには、すぐにその察しがついた。
 王国の今の不安定な状況の中で、その柱であったクリツア公が殺されたとあっては、民衆の中に恐慌を招きかねない事態となってしまう。しかも、あのホテルには他に有力な貴族もいただろうから、王国は柱だけではなく、土台も失ったに等しい。
 革命軍が王国を脅かしている今、その事を民衆に発表するのは自分の首を締めるようなものである。この時期に、民衆に不安を与えるような情報をばら撒くことはできない。
 故に、政府はクリツア公暗殺の事実を隠すのである。
 これは、テスにとって都合が良かった。
 大事な作戦を控えている今、この船が目立つのは良策ではない。
 しかし、テスはクリツア公暗殺を、あえてこの時期に行ったのである。
 船が注目され、作戦がご破算になるかもしれぬのに………。
 テスはこうなる事を考え、行動したのであろうか?
 昨夜の襲撃を見る限り、そうとしか思えない大胆な行動である。
 事実テスは、こうなる事を見込んで行動したのである。
 今、この不安定な時こそ、暗殺に最適な時期はない。
 とテスは確信し、行動したのである。
 それは見事に的中した。
 テスは背伸びをし、またニヤリと笑う。
 気分が良かった。
 先の目覚めの不快感など、どこへ行ってしまったものかと思えるほどの爽快感であった。
 自分の策がこうもうまく行くとは………彼は有頂天だった。
「テスさん。船長が、話しがあるので船長室に来るよう言っています」
 ロイの一言は、テスを有頂天から引き摺り下ろすには、最良の言葉であった。
 テスは気分が落ち込んで行くのが、はっきりと分かった。
 船長が何用で彼を呼び寄せるのか、だいたい察しがついた。
 気を落ち着け、冷静に思考する。
「分かった。すぐ行くと、伝えてくれ」
 とテスは言い、ボードのスイッチを切った。
 なんとかなるさ………という気分だった。
 何もこれが始めての事ではない。船長の小言は、慣れ過ぎるくらいに慣れている。
 気分を変えるため、シャワー室へ向かう。
 今のところは、自分の策が成功したんだから………という正当性を心に定着させるために。
 ★
 船長室は広かった。
 テス等乗組員と同じフロアにあるため、心の準備をする余裕もなく、ここに飛び込んだも同然であった。
 シャワー室で心の準備をすればよかったのだが、ついシャワーの心地よさに酔いしれて、そんな事を考えるのを忘れてしまったのである。
 本人は気付いていないかもしれないが、クリツア公暗殺の成功はかなり彼を有頂天にさせていた。
 テスらしくない。
 だが船長は、彼の心配していたような事は話題にしなかった。
「テス。作戦実行日が明日の午前4時半と決まった」
 広い室内にデンと置かれているデスクの向こうから、船長は言う。
 その顔は卓上のモニターを見ているので、よく分からなかった。
 怒っているのか、喜んでいるのか………。
 ただ、船長は昨夜のテスの行動をよく知っているはずであるから、喜んでいるとは考えられない。
 今クリツア公を殺しても、何の得にもならないからだ。
「早いですね」
 とテスが感想を言う。
 昨夜のことなど、まったく知らぬ存ぜぬという顔をして。
「早い方がいいらしい。革命軍がそう言っていたよ………テス、それでだ、明日のために人形兵器の整備と、パイロットのミーティングをやってくれないか?」
 依然としてモニターを見ながら言う。
 何をしているのか………テスは気になった。
「分かりました」
 と答え、船長の方を覗き見る。だが、モニター画面は見えなかった。
「それと、パイロットに休養を充分にとらせておいてくれ。行って良し」
 テスは踵を返して出て行く。
「テス」
 と扉の前まで差し掛かって、呼び止められた。
「何でしょう?」
 テスは首だけ動かし、肩越しに船長の方を見やる。
 何を言われるのか、分かっていた。
「あまり騒ぎを起こさないように」
 釘をさす。
 テスの待っていた言葉は、彼の期待に反しあまりにも優しく言われてしまい、逆に心に残る一言となってしまった。
「分かりました。今後注意します」
 と反省の言葉を吐き、テスは外へ出る。
 彼は船長の見ていたモニター画面が何であったのか、なんとなく分かった。
 あれは彼が昨夜殺した人名リストなのだろう。
 船長らしい。
 きっと、テスが殺した人名リストを使って、革命軍へ暗殺の請求をしに行くのだろう。なんせ、革命軍の仇敵といわれる程の人物がウヨウヨあのホテルにはいたのだから………。
 テスは心の底から笑いたくなってきた。
 ★
 人形兵器の整備が終りかけている。
 あと、たったひとつの部位をチェックすれば終りである。
 ラフィス、クフィを交えたミーティングは先に終わらせてしまっているから、これが終ればベッドへ直行できるはずであった。
 外はもう夜である。
 今更いざこざは起こらないような気がした。
 テスにとって、久々にのんびり出来る一夜になるだろう。
 何もなければ………。
「テスさん………」
 人形兵器の胸部を占めているコクピットで、整備ロボットの報告を待っていたテスのもとへ、誰かが下から呼びかけているのが聞えた。
 テスは身を乗り出し、下を見る。
 大きく外へ開いた胸部装甲の隙間から、ベルがテスの乗る人形兵器ソルの足元に立って、彼の名を呼んでいる姿が見えた。
 何だ………テスは訝しがったが、とりあえず下へ降りてみる事にした。
 彼の座ったシートが、反重力プレートの力で胸部から飛び出し、ゆっくりと降下する。そして、床から数センチ浮いた状態で止まる。
 テスは座ったまま、ベルの方を向いた。
 ベルは右手に何やら、折り畳んだ紙を持っていた。
 テスにはそれが、不吉の前兆のように思えた。
 やけに胸騒ぎがする。
 だが、至極平静な顔をし、心の動揺を微塵も見せない。
「何だい?ベル」
「空港職員の方から、この手紙をテスさんへ渡して欲しいと頼まれまして………」
 とベルは言い、右手に持った紙をテスに渡す。
 テスはそれを怪訝そうな顔付きで受け取る。受け取りたくはなかったが………。
「ごくろうさん」
 と礼を言い、咳込むように椅子を再び上昇させ、コクピットへ戻った。
 残されたベルは、テスの慌て様に少し疑問を感じたが、すぐに気を取り直し仕事に戻った。彼にとっては、テスの秘密を探るよりも、人形兵器の整備をしている方が楽しいし、興味をそそられる。
 故にベルは、すぐにこの事を忘れてしまった。
 一方狭いコクピットにこもって手紙を読むテスは、込み上げてくる疑惑を必死に理論的に整理し、筋の通った考えにしようと全力を尽くしていた。
 ベルが持ってきてくれた手紙は、ジェプトからの手紙だった。
 内容は単純である。
 また会いたいという旨と、その会合場所が書かれているだけである。
 会合場所は、酒場だった。
 だが、そこに迎えが来るとは書いていない。
 ただ単に書き忘れただけなのか、それとも、ジェプトがそこに来るのか………。
 警察が騒がしくジェプト等の組織を捜査しているであろう時期に、ジェプト本人が得体の知れぬ怪しげな船員と会う、という危険をおかすであろうか………。
 疑問はそれだけではない。
 何故この時期に、また会わねばならぬのか理解できなかった。
 明日の早朝、テスが出撃する事は、組織のボスたるジェプトが知らぬ訳がない。それにジェプトはトラン公の手下なのだ。革命の操り師たる公の配下なら、明日の作戦の事を聞かされているはずであり、その作戦が重要なものである事も、分かりきっているはずである。
 それなのに、テスに会いたいと言っているのだ。
 テスは最初これを読んだとき、クリツア公の組織の生き残りが、彼に復讐するために罠を仕掛けてきたのかと思った。
 だが、手紙の最後に記されたマークは、彼がジェプトのみに与え、教えたマークである。
 これを知る者はジェプト一人である。
 ジェプト本人が教えぬ限り、他人には知る術もないはずである。
 このマークは[狼の牙]独自のものであるし、メンバーの持つ黄金の牙のペンダントが、この[マーク]は本人が書いたものだと教えていた。もし他人が書いたものであれば、この超小型高性能機械頭脳であるペンダントが一目で見破ってしまう。
 故に他人が書いたものではない事だけは確かだった。
 疑う余地もない。
 では、ジェプトは何のために会いたいのだ?
 クリツア公暗殺成功の祝いなら、昨夜嫌というほどやった………テスには思いつく当てがなかった。
 PiPi………
 最後の整備報告が来た。
 テスの前に四角い面が浮かび、整備ロボットからの報告が並べられる。
 ソルの身体には、どこにも異常がなかった。
 これで明日に備えての準備は完了した。
 後は………。
 テスはシートを外に出し、下へ降りる。
 悩んでいてもしかたあるまい………と決断を下し、テスはとりあえず行動してみる事にした。
 行動すれば、すべてがうまく行く………という爽快感にも似た、麻薬じみた近視眼的な行動がテスは好きだった。これが今まで彼を裏切った事がないほど、この方法で決断を下すとすべてうまくいった。
 故に彼は、またこの方法にすがったのである。
 危険であると知りつつも、逆にそれを楽しみながら。
 ゆっくりと降下するシートの中で、テスはジェプトからの手紙を握り潰し、不敵な笑みを漏らしていた。
 満足感と共に………。
 ★
 外は暗闇だったが、それは星空と地上の灯りがなければの話しである。
 空港ターミナルでいつもの武装をし、テスは勇んで無人タクシーに乗る。
 未知の敵に立ち向かう気分で、テスは出てきたのだが、それが以外と彼に勇気を与えていた。
 昔から彼は、何かに立ち向かうのが好きだった。
 そうすることで自分を鼓舞し、自分を大きくさせようとしてきたのである。大きくなり、誰にも文句を言われない、カリスマ的な人間になろうとしてきたのだ。
 だが、彼は気付いていない。そうする事は自分の弱さの裏返しでしかないということを。
 他人を省みず、人の弱さを知ろうともせず、それ故自らの弱さを見て見ぬ振りをする愚かな行為でしかなかった。
 車が街と空港を隔てているボス河に架かる橋を通過する。
 とたん、周囲から電灯の灯りが差し込んできた。
 テスは窓越しに、街を行き交う人々を見ていた。
 この街は昼間の猛暑を避けるため、夜間に営みを移している。
 人が多い。
 昼よりも、日が落ちてからの方が、人通りは多かった。
 テスはそんな人々を見て、なんとなく寂しい気分に襲われた。
 何故だろう………自問しても答えは返ってこない。
 何かを彼は欲していた。
 それが心を寂しくさせるのだ。
 それだけは、分かった。
 じゃあ、何を欲しているというんだ………。
 それが分からなかった。
 そうこうするうちに、車が目的地に着いた。
 テスは降りる。
 その瞬間、彼の心の中を占有していた寂しさなぞ忘れてしまった。
 彼は[狼の牙]の一員になりきっている。
 その義務感や誇りが彼の心を引き締め、心の弱さを消し去った。
 消し去ったが、完全というわけではない。
 いつでも、それはそこにいる。
 だが、テスはそれに気付かなかった。
 それが、彼の弱さであることを。
 自分でそれを見ようともしないが故に、それが何であるかますます分からなくなるのだ。
 だから心が寂しくなり、不安になるのである。
 寂しさ、悲しさ、もどかしさ………すべての心の不安定さからくる、困惑と不安が危機感を密かに理性に訴えているのだ。
 だが、彼は今の自分に酔いしれ、それに気付かない。
 破滅が身近に迫っているのに。
 テスは人ごみを掻き分けて、スタスタと煌びやかなネオン看板が出ているビルへ入って行く。
 居酒屋、バー、スナック………様々な飲屋が雑居するビルだった。
 彼は地下へ潜る。
 静かな、落ち着いた雰囲気が、そこにはあった。
 通路に人がいなかった。
 地上の人公害は、ここまで侵入してこないようだ。
 それが、ここの雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
 しかも、通路にはどことなく暗さがあり、一般の人を寄せ付けぬ魔力があった。
 そのせいで、人がいないのかもしれない。
 だが、テスは逆に、その魔力に引き付けられるのを感じていた。
 彼の住む世界だった。
 テスが自分の世界に閉じ篭れるところであった。
 ここは。
 指示された店へ入る。
 狭い店内だった。
 そして、暗い。
 客は意外と入っているのだが、人気が感じられなかった。
 独特の雰囲気がここにはある。
 客はグループになって話し合っているが、旨い具合に音楽が鳴り、声を消している。だが、流れる音楽はうるさくなく、静かだった。
 バーテンがゆっくりとテスに近付く。
 テスに警戒心を抱かせぬ、鮮やかな身のこなしであった。
 テスはプロの匂いを嗅ぎ取る。
 ここは、どうやらただの酒場ではないようだ。
「ジェプト様が、お待ちです」
 バーテンは、そう耳打ちをし、テスを案内する。
 テスはゆっくりと、それに従い歩いた。
 たえず手の中の超小型レイガンの感触を確認しつつ。
 ジェプトは一番奥まった、周囲とは隔離されたところにいた。
 飾り板が張り巡らされ、個室のようになっている。
 テスは掌の中のレイガンの感触を確かめ、中へ入る。
 ジェプトは一人でいた。
 テーブルの奥で、酒をチビリチビリと飲んでいる。
 傍らに蒸留酒のボトルが一本、空になって置いてあった。
 ジェプトは何かを恐れ、躊躇うような目付きでテスを見る。
 目が血走っていた。
 飲み過ぎか、それとも………。
「座ってくれ………」
 弱々しい声で言う。
 そして、グラスに残った酒を一気に飲み干した。
 テスは、彼用にしつらえてある席に座る。
 バーテンは新たなボトルを置いて、立ち去った。
 テスはジェプトが何も言わぬので、ボトルの栓を開け、グラスに琥珀色をした液体を注いだ。
 一口飲む。
 感覚すべてを刺激する味だった。
「で、話しってなんだい?」
 テスはジェプトが伏し目がちに、ジッとこちらを見ているのに耐えられなくなり、口火を切った。
 ジェプトは躊躇うかのように目を反らし、自分のグラスに酒を注ぐ。
 一口飲む。
 グラスを下に置いた時、彼は決意を固めたかのように、鋭い視線をテスへ向けた。
「実は、謝らなければならぬ事がある………」
 ジェプトが細く、今にも消え入りそうな声で話し始めた。
 何かを恐れ、躊躇うような口調である。
 テスは何が始まるのか、興味の眼差しで彼を見た。
 何を言いたいのか分からぬが、ここは黙って聞くしかないと判断し、彼が話し終えるまで一言も口を利かぬ事にした。だが、彼の様子を見る限り、それは決してテスにとって良い事ではないように思える。
 テスは何が起きてもいいように、心の準備をしておく。
 ジェプトは口調と同じ様子で、じっと両手で包んだグラスを見詰めている。琥珀色の液体に、自分の心を映し、心の整理をしているのであろうか。
 こころなしか、彼が小さく見えた。
 テスにはジェプトが、何か重大事を喋り出しそうな気配がしてきた。
 ジェプトは話しを続ける。
「君が2日前に襲われた事件は………実はトラン公に命じられ、俺が仕組んだんだ………」
 テスの茶色い眉が、ピクリと動く。
「クリツア公配下のボスの一人をたぶらかし、君に襲撃させるよう仕向けたのさ………いや、そのボスはクリツア公を見限って、こちらに味方したといった方がいいな………そのボスは味方を騙し、手下を使って君を襲撃させ、その襲撃に対する復讐を[狼の牙]にやらせてクリツア公を殺させ、それを手土産にこちらへ寝返ろうとしたんだからね………だが、そのボスはまさかこんなに早く[狼の牙]が襲ってくるとは思ってもみなかったらしく、昨夜あのホテルで死体になっちまいやがった………」
 苦々しくそう言い放つと、また一口飲む。
 酒の力を借りる魂胆らしい。
 ジェプトはもう一口飲む。
 ようやく勇気がわいてきたのか、今まで恐ろしくて見れなかったテスの顔を、チラリと覗く事ができた。
 テスの顔には表情がなかった。
 仮面のような無表情で、ジッと彼を見ている。
 ジェプトは戦慄が走るのを感じ、それを忘れるため、また酒を飲んだ。
 いくら飲んでも、酔いがまわらなかった。
 恐怖が神経をしゃっきりとさせている。
 飲めば飲むほど、神経が昂ぶってくるようだ。
 テスの無表情の顔が脳裏を走り、クリツア公の無残な生首が、眼前いっぱいに広がる。
 彼の未来を暗示するかの如く。
 だが、もうどうにもなるまい………ジェプトは諦め、話しを続けた。
「実行犯は確かにくたばっちまったボスだが、俺の方がその野郎よりも、もっと悪い………そいつを唆し、あんたを殺そうとしたんだからな………いくらトラン公に命じられたとはいえ、自分の利益のためだけにあんたを殺そうとした俺は、殺されたクリツア公よりも、惨い殺され方をされなければなるまい………あんたにな………だが、あんたを殺す事で[狼の牙]にクリツア公を殺させ、その組織を潰す計画を立てたのは、トラン公だ。頼む俺を殺すなら、公も殺してくれ。俺一人が死ぬのは嫌だ!」
 ジェプトは心の中をすべて吐き出し、気持ちが落ち着いてきた。
 喋るだけ喋って、心のかせが取れたようだ。
 もう殺されてもいいような気分だった。
「何故、俺にこの話しをした」
 テスが静かな声で訊く。
 相変わらず無表情のままだった。声にも感情がない。何を考え、感じているのか、まったく分からなかった。
「あんたが気に入ったから………それと、昨夜の殺戮を見て、俺の良心が………咎めるのさ………お前も同罪だって………」
 キッとテスの顔を見て言う。
 確固たる意志が、その青い目に輝いていた。
 彼の最後の賭けだった。
 テスの良心に、彼はすべてを賭けた。後はどうなるか………。
 だが、テスは何の反応も示さなかった。
 スッと音もなく、立ち上がる。
「こんな事を喋っちまった以上、俺の命も長くないな………」
 ジェプトは話し終えて気が軽くなったのか、皮肉の笑みを浮かべるほどの余裕が出ていた。それとも、賭けに勝ったと確信したのか………。
「さぁな………」
 と言い残し、テスは出て行く。
 一人残されたジェプトは、低い笑い声を漏らし続けた。
 いつまでも、いつまでも。
 低く響く笑いが続いた。
 ★
 空港の離着陸床をテスは歩いていた。
 数隻の小型宙船が、停泊している。
 テスは空港ターミナルの乏しい光の下、その間を縫うように自船へと向かう。
 小型宙船の外装が、乏しい光りを反射し、小さな輝きを発していた。
 その向こうにラクシャーサは小山のように、黒々と闇に負けぬ黒さで横たわっていた。
 テスはつと立ち止まる。
 目だけ、後ろへ動かす。
 何かが後ろから、つけていた。
 何だ………テスは感覚を研ぎ澄まし、その方へ集中する。
 何かが近寄ってくる音がした。
 軽い音だ。
 テスが立ち止まったのに気付いたのか、音は小型宙船の陰へ隠れるように動いた。
 尾行に慣れていないな………テスはニヤリと笑う。
「誰だい?」
 テスは顔を動かさずに、大胆不敵にも後ろの追跡者に向かって訊く。
 追跡者は一瞬、ギョッとなったようだ。
 足音が乱れる。
 自分の尾行を気付かれていない、という自信があったようだ。
 チッ、と舌打ちする音がする。
 テスは顔を向けずに、追跡者に嘲笑を送る。
 追跡者は意を決したのか、物陰から出てきた。
 テスは背に冷たく、刺々しい視線が刺さるのを感じた。
「動くんじゃないよ。銃口はあんたの心臓に、ピタリと狙いをつけてあるんだからね」
 どことなく可愛げな女の声が、居丈高に言う。
 声と喋り方がマッチしていない違和感があった。
 この手の話し方に慣れていないようである。
 だが、テスはそんな事よりも、この声に惑わされていた。
 この声に聞き覚えがあるのである。
 テスは記憶をまさぐった。
 つい最近、聞いた声のような気がする。
 閃くものがあった。
「これは、これは、近衛兵団のヤクシャ様。今日は何用で?」
 皮肉を込めて言う。
 また後方で舌打ちする声が聞えた。
 見事テスの推理は当たったようだ。
「良く分かったね………声だけで」
 ゆっくりと近付きつつ言う。
 彼女は、かなり用心して近付いている。
「で、私に何用で?」
 チラッと後ろを見る。だが、視界にはまだ入っていない。
 テスは右掌の、超小型レイガンの感触を確かめる。
「二人の警官殺しの容疑、ならびに麻薬密輸の容疑で逮捕する。あなたが運び屋だったとはね………」
 緊張した声で言う。
 彼女は止まったようだ。
 テスからかなり離れている。
 この距離ではテスには対抗する術がなかった。
 今度はテスが、内心で舌打ちする番だった。
「どうして分かった?」
 テスは素直に罪状を認め、逆に訊く。
 彼女の気を紛らわせ、好機をつくる作戦を行おうとしていた。そのためには、彼女の意識を会話の方へ向けなければならない。
 故にテスは、素直に罪状を認めたのである。
「私達、近衛兵団は時々秘密警察の手伝いもするのよ。貴方が警官を殺した時、彼等の端末をモニターしていたのは私だった………」
 もう後は聞かなくても、テスには分かった。
 だが、もっと話しを続けなければ………。
「それじゃあ、俺の事は警察に知られているのかい?」
「いいえ、貴方の情報はすぐに、何者かの手によって消されてしまったわ。警察の[記憶池]には、何も残っていない」
「だが、あんたが知っている。俺が殺した事を………」
「貴方の口から、殺人の自供をしてもらえるとは、思ってもみなかったわ。テスさん」
 嘲笑をこめて言う。
 彼女は完全にテスを制圧したと思い、気が緩みかけていた。
 落ち着いて考えてみれば、テスほどの人物が自分の不利になるような事を口にするわけがないのである。
 しかし、彼女はテスを捕らえて、有頂天になっていた。
 そんな事に気付くほどの余裕がなかった。
「あんたは他の仲間にも話したんだろう………俺の事を」
「いいえ。誰にも話していないわ」
 テスは彼女が何を企んでいるのか分からぬが、彼女が[食えない女]だ、という事は判断できた。彼を脅し、何かを企んでいる………。
「何故?」
「あなた、どうやら大物の運び屋のようね………」
 返す言葉もなかった。だがこれで、彼女の企みが分かった。
「俺と手を組みたい………いや、俺と君は対等の立場ではないな………あんたがボスで、俺は子分かい?」
「そういう事」
「俺はあんたに搾取されるわけだ。俺が、銀河のあちこちで汗水流して働いた金を、あんたが奪い取っちまう訳だ………」
 テスはうんざりだ、といいたげに愚痴る。
「それが嫌なら、この場で死んでもらうわ」
 情容赦のない返答だった。
「可愛い顔して、今から金の亡者かい?」
 テスが皮肉る。
 だが、彼女は動じない。
「さぁ、返事はどちらかしら?」
 ヤクシャは、銃をグイッと構える。隙をなくし、いつでも発砲できるようにする。
 相手は、警官それも秘密警察の警察を二人も殺した男である。この一瞬で何が起きるか分からなかった。
 唾をゴクリと呑み込み、気を引き締める。
 すべてが、次の一言にかかっている。
「さぁ、どうするの?」
 と言った彼女の背に、突然堅い物が押し付けられた。
「動くなよ」
 男の低いだみ声が、すぐ後ろから聞える。
 凄まじい戦慄が、背骨を走った。
 彼女はショックで、危うく発砲しそうになった。
 体毛がすべて逆立っている。
 何が起きたのか分からなかった。
 放心状態のまま、好奇心にかられ後ろを見ようとする。
 と、
「動かないで!」
 彼女の前、テスの背中越しに、一人の女が見えた。
 くすんだ金髪をショートカットにし、鋭い目付きでこちらにライフル銃を向けながら近寄ってくる。
 ヤクシャはすべてを理解し、自分の敗北を悟った。
 両手をうえに上げる。
 口惜しかったが、命にはかえられない………彼女は唇をグッと固く結び、おとなしく降伏した。
 テスがクルッとヤクシャの方を振り向く。
 ショートカットの女が、彼の傍らに寄った。
「遅いぞ、二人とも。ポジションにつくのに2分もかかっている………」
 とテスが、助けに来てくれた二人に向け怒る。
 だが、顔は朗らかだった。
 苦虫を噛み潰したような表情をしているヤクシャと、対照的だ。
「ベティ。銃を取り上げて」
 とテスが、傍らの女に命令する。
 女は用心深く近付き、素早い動作でヤクシャの銃を取り上げ、またテスの傍らへ戻った。
 テスはベティから、ヤクシャの銃を受け取り、手の中で弄んだかと思うと、いきなりヤクシャの方へ銃を向けた。
 ヤクシャはピクッと身を震わせ、目を見開く。
 まさかここで自分を殺しはしないと分かっていても、相手が相手だけに油断は出来ない。
 テスは二人の警官を殺すほどの男なのだから………。
「テス。この仕事はクスリ10個分の仕事だな」
 とヤクシャの背後で、銃を突き付けている男が言う。
 また、ヤクシャはビクッと身を震わせる。
 背後から声がするのは、聞いていて気分のいいものではない。
 しかも、声の主は彼女の生命を握っているのだ………死神の声のように聞える。
「そうかな?」
 とテスが意味深長な言い方をし、銃を下の降ろし、ベティの方を向いた。
 ヤクシャはこの時、チャンスが訪れた事を悟った。後は………。
 ヤクシャの後ろの男も、気を許したのか銃口を離し、テスの方を見る。
 隙が出来ていた。
 今だ………ヤクシャは好機を逃すまいと、敏速果断に行動に移る。
 身を沈めつつ、左足を軸にし、後ろの男へ回し蹴りを食らわす。
 重い感触が、右足の付け根に感じられた。
 当たったのだ。
 後ろの男は肩口を蹴られ、右へ倒れる。
 それを見取ったヤクシャは、回し蹴りの反動を利して、右の物陰へ飛ぶ。
 成功だ………と彼女は確信した。後は一目散に走って逃げ、ターミナルの警備員に知らせればいいのである。
 小躍りしたい気分だったが、早くここから逃げ出したい焦燥感で、余裕が生まれなかった。
 彼女は必死の形相で宙を飛ぶ。
 物陰へは、あと少しだ。
 あと少しで、銃弾から逃れられるのである。
 運は彼女に味方した。
 物陰へ、宇宙船の頑丈な装甲板の後ろへ、彼女は無事着地した。
 もうテス等は、撃ってこられぬはずである。
 撃っても当たりっこない。
 彼女の身体は完全に、装甲板の陰になっているのだから。
 ヤクシャは着地し、その反動を利して駆け出そうとする。
 ターミナルに着くまでは安心できない………気を引き締め全力で駆け出す。
 と、
 彼女の鳩尾に、重い衝撃を感じた。
 痛さなんて、感じる間もない。
 ただ、重さだけを感じただけである。
 重さと共に、全身の力も萎えてゆく。
 彼女は薄れてゆく意識の中で、茶色い髪の毛が視界一杯に広がるのを見た。
 それが何であるか考える力は、彼女にはなかった。
 静かに崩折れてゆく。
 誰かが、彼女を受け止めた。
 それは茶色い髪を持つ者………テスだった。
 彼はラフィスが隙を見せれば、必ずヤクシャは先のように逃げると察しをつけ、彼女が回し蹴りをした瞬間、この物陰へ走っていたのである。
 彼の意図どおり、彼女は彼の懐へ飛び込んできてくれたのである。
 テスは上機嫌だった。
 気絶したヤクシャを肩に担ぎ、見事に蹴り倒されたラフィスのところへ行く。
 ベティが肩を貸し、ラフィスを助け起こした。
「甘く見てしまったよ」
 呑気な口調で言う。だが、表面の穏やかさとは裏腹に、内面は怒り狂っているに違いなかった。
 負けず嫌いな彼である、育ちの良さで、必死に内面をカバーしている。
 ラフィスを良く知るテスは、それを見ながら内心で思いっきり嘲笑っていた。
「残念だったな、ラフィス。10個が3個に減ってしまったよ」
 テスは得意顔で、ニヤリと笑いかける。
 ラフィスはそれに答えなかった。
 テスは思いっ切り嘲笑ってやりたかったが、今後のため止めておく事にした。
 ラフィスと喧嘩するには、日が悪かった。
 明日は、何といっても、大事な日なのだから。
 ★
 ヤクシャは痛みと共に目を覚ました。
 四肢が、引っ張られるように痛む。
 皮が引き裂かれ、骨が身体から外されるかのようだ。
 理由はすぐに分かった。
 彼女はベッドの上に大の字に寝かされ、両手両足が目一杯に開かれているのだ。
 ロープで縛られているため、ロープが手首足首に食い込み、キリキリと痛む。
 関節が悲鳴を上げている。
 しかし、どうしようもなかった。足掻いてみても、この縛からは抜けられない。
 そうこう足掻いているうちに、彼女は自分が一糸まとわぬ裸だと悟った。
 痛みの感覚と共に、肌が空気の流れを直接感じる、くすぐったさが混じって、脳髄にやってくるのである。
 全裸で大の字に縛り付けられている事について、最初彼女は戸惑ったが、すぐに意識を失う前の事を思い出し、自分がテスに捕まったのだと悟り、納得した。
 虜囚を裸にヒン剥いて、監禁しておくのは、この世界の常識だった。
 裸にしておけば、逃げられても、服を見付けなければならない、という時間を浪費してくれるため、捕まえやすくなる。それに、特に女囚は、裸にして楽しむという性的娯楽がある。
 今の彼女の場合、後者の方らしい。
 異様な痛みがあるところから発するので、それと分かる。
 性器が引掻かれたように痛むのだ。
 血が出ているかもしれない。
 そのくらい、痛かった。
 だが、変である。
 痛み方が、普通の性交と違うのだ。
 しかも、膣内に薬のようなものが、塗ってある感触まである。
 !………彼女はハッとなった。
 この痛みに、思い当たる節があるのだ。
「ようやく、目が醒めたかい」
 ヤクシャは声の主を捜した。
 一人の男が、室内に入ってくる。
 彼女の足方向に扉があり、そこから入って来るのだ。
 唯一自由に動かせられる頭を持ち上げ、睨む。
 男はテスだった。
 ちょっとだぶつきの、パイロットスーツに身を包んでいる。
 ヤクシャはそれを見て、自分が裸でいる事も忘れ、訝しがった。
 何でパイロットスーツを着ているのか、分からなかったのだ。
 テスが趣味で着ているとは、思えなかった。
 これから戦闘でも始まるのか………ヤクシャはそう思った。それならば、彼が人形兵器に乗って出て、戦う相手となれば………。
 ヤクシャは少し希望が出てきた。
 テスは頭をもたげたヤクシャと対面するように、ベッドの端に立つ。
 その位置から見下ろすと、彼女の全身が一望できる。
 事実、テスはそうしていた。
 ヤクシャは自分が裸でいるのを思い出し、赤面するが、すぐに気を取りなおし、テスを睨み付けた。
 弱気を見せてはならないという、彼女の負けん気がそうさせる。裸にひん剥かれて憎いとかいうのではない。彼女は捕まったからには、裸にされるのも当然と思っている。ただ、テスに見下されるのが嫌なのである。
 ただの運び屋風情に。
「血は止まったな」
 とテスが、ヤクシャの性器を何の感情もこもらぬ目付きで見ながら言う。
 ヤクシャはテスの様子を見て、相手を過小評価していたのではないかと、不安な気持ちにかられた。
 どんな男でも、女の裸、特に若く美しいヤクシャの裸を見れば、性欲をそそられ、それは必ず表情、目付き、口調、仕草のどれかに出る。
 だが、テスはそんな素振りは、一切見せなかった。
 しかも、ヤクシャはどんなに装っていても、匂いで男が興奮しているかどうかが分かる自信があった。
 しかし、テスはまったくそんな素振りは見せない。
 沈着冷静で、まるで彼女の身体に関心がない、という風体である。
 ヤクシャはテスを再評価せざるを得なかった。
 男色でなければよいのだが………。
「性器の中に爆弾とは、恐れ入ったよ。取り出すのに苦労したよ。血は出てくるし………」
 とテスは言い、赤いブヨブヨの物体を手の中で弄ぶ。
 ヤクシャの推測が当たった。彼女の性器の痛みや出血は、性交によるものではなかった。彼女が膣に隠した爆弾を、テスが取り出した時にできた傷の痛みだったのだ。
 ただ、爆弾を取り出した後で、犯されたかどうかは分からない。薬を塗ってあるという事から、犯してはいないと推測されるが、ヤクシャは経験から、犯されていない方が不思議だと思っている。
 犯された方が、彼女にとって納得でき、かつ満足できる。
「薬を塗っておいたから、大丈夫だろうけど………」
「私をどうする気?」
 ヤクシャがテスの話しを遮る。
 テスは黙り、彼女の目を見る。
「しばらく、ここに居てもらう」
「殺すの?」
 目を反らさずに言う。テスの感情のない目付きから、何かを汲み取ろうとする。だが、収穫はなかった。
 テスは彼女が考えていたよりも、大物だという事を思い知らされただけだった。
「さぁ。でも、君次第だと、船長が言っていた」
 何の感情もこもらぬ声で言う。しかも、会話は何を意味しているのかも分からぬ内容である。
 だが、ヤクシャには、テスの言っている事が、はっきりと分かった。
「私は裏切らないわ。王国を決して裏切りはしない」
 キッパリ、ハッキリと言う。
 目は絶対にテスから離さなかった。
 だが、テスは彼女の確固たる決意に、翳りの視線を送っていた。
 ヤクシャは、ますます負けるわけにはいかないと、決意する。
「その守るべきご本尊がなくなったら、どうする?」
 とテスが皮肉る。
 ヤクシャは無言だった。
 そんな事はありえない………という否定の気持ちでいっぱいだったからだ。………答えるまでもない。
 逆に嘲りのこもった視線を返してやる。
 だが、テスはケロッとしていた。
「俺が帰って来るまで、転職でも考えておいて。俺が帰ってきたら、君は無職になっているんだからね」
 とテスは言い、踵を返して出て行く。
「転職?無職?ありえない………」
 淡い光を放つ発光パネルに囲まれた細長い部屋で、ヤクシャは一人呟いた。


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