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作品名:銀狼 作者:たけしげ

第4回   4
 4.
 朝が来た。
 テスは船を出て、とある空港職員と会った。
 テスは男に、ジェプトとつなぎをつけてもらうよう頼んだ。
 男はちょっと考えてから、受諾し、去って行った。
 テスは船へ戻る。
 その顔に表情は無かった。
 ★
 夜になった。
 テスのもとへ、例の空港職員からの返事が来た。
 それを聞いて、テスは船を出た。
 真っ直ぐ、街へ向かう。
 そして、とあるビルの4階で、またジェプトと会った。
 先に会見したビルとは違うところだった。
 今度の部屋は広い。
 豪華な家具調度品が所狭しと並ぶ。
 ジェプトにお似合いの部屋だった。
 組織のボスとしての彼に………。
 ジェプトはニヤリと笑いながらテスを迎えた。
 だがテスは、笑い返そうともしない。何一つ表情を浮かべずに部屋に入って来た。
「やぁ、テスさん。よくいらっしゃいました」
 とジェプトが恭しく、挨拶する。
 だがそれを無視し、テスはつかつかとテーブルの前まで歩き、左手に持っていた袋を持ち上げる。
「今日は………」
 と言い、袋の中身をぶちまけた。
 キラキラ光る金貨が山積みにされ、調度品に負けず劣らぬ輝きを発する。
 思わずジェプトは息を呑んだ。
 手が知らず知らずのうちに出てしまう。
 組織のボスのジェプトでも、これほどの大金を目の当たりにした事はなかった。
「君に聞きたい事がある」
 とテスは言い、ジェプトを見る。
 表情には出ないが、明らかにジェプトを嘲笑する光りが、薄茶色の瞳の中にあった。
 ジェプトはそれに気付いたのか、身を正し、気を落ち着ける。
 だが、どうしても視線は、金貨の方へ行ってしまう。
 無理やり視線を引き剥がそうとすればするほど、見たくなってしまうのだ。
 まるで、麻薬のようだった。
 だが、彼はなんとか視線をテスの方へ向けた。
 大事な話しをせねばならぬだ。
 麻薬よりも大事な………。
「分かっている………君の聞きたい事はね」
 とジェプトはニヤリと笑いかけ、調度品にうまく隠されているコンソールに手をかけた。
 テスの腕がピクリと動く。
 ジェプトは大丈夫といいたげに笑い、コンソールを操作した。
「クリツア公と、その組織の事についてだろう」
「さすがだな、大当たりだ」
 テスは肩を竦め答える。
 油断は出来ぬ相手だと、再認識する。
「[狼の牙]のメンバーが襲われて、復讐しないわけがないからね。簡単な推理さ」
 得意げに答える。
「そして、クリツア公は………」
 部屋の中央に、ビルの立体図が浮かび上がる。
「クリツア公はいま、このホテルの最上階で自分の配下の者や、王国内で彼に与する貴族を集めてパーティを催している」
 ホテルの内部図、および断面図が次々に表われては消える。
 しかも、ホテルの人員数、その配置図も表われる。
 テスの意図を前々から察していたかのように、その調べにはぬかりはなかった。
 テスはそれを見て、ジェプトの企みがなんとなく分かってきた。
「チャンスだな………」
 とテスは呟き、目は輝かせる。
 今はジェプトの姦計に乗るしかない。
 協力してもらわねばならぬのだ。
 自分がジェプトに操られていても。
「そこで、君に………」
 とテスが話しを始めようとするのを、ジェプトは手で制止する。
「言わなくても分かっている。私は協力を惜しまないよ、テス。君が襲われたのには、私にも責任があるからね」
 ニヤリと笑いかける。
「それに[狼の牙]の手伝いをできるという栄光を手に入れれるのならば、なんでもするよ」
 テスは笑いを返した。
 ジェプトの考えている事を察しながら。
 これはジェプトにとっても、またとないチャンスなのである。王国の裏の世界を牛耳れるかもしれないのだ。
 クリツア公を殺す事によって。
 しかも、暗殺にかけては、星間世界に名を轟かせている[狼の牙]の後ろ盾があるのである。失敗を恐れる必要はなかった。
 迷う理由がない。
 二人は固い握手をかわした。
 互いの利益のために。
 ★
 2時間後。
 既に夜空は完全な闇に覆われている。
 だが、街の灯りは消えていない。
 煌煌と灯る光りは、完全な闇を薄めていた。
 ジェプトとテスはすべての用意を整え、クリツア公がパーティを催しているホテルの周囲を囲んだ。
 ジェプトは十名程の部下を引き連れてきた。
 相手に今日の襲撃を感付かれぬため、総動員しなかったのである。総動員すれば百名は集まったであろう。
 これに対し、ホテルを固めるクリツア公の部下は、百名は下らないであろう。
 数において、完全に劣っている。
 だが、今回の襲撃は、数は問題ではない。いかに効率よく動くかによる。
 その点をジェプトは考え、腕っこきばかりを集めていた。
 ジェプトとテスは3人の部下と共に、裏口へまわった。
 裏口の守りは固かった。
 5人はいる。
「どうする、テス。あいつらを仕留めなければ、上への直通エレベータはには、乗れないぞ」
 ジェプトが訊く。だが、言葉とは裏腹に心配していなかった。
「そのために、ヘリをここへ来るよう命じたんだ」
 テスは言い切り、時計を見る。
「遅いな。ヘリを手に入れるのに、手間取っているな。軍の監視が厳しくなっているからなぁ」
 ジェプトが苛立つ。
 来た。
 赤や黄色の回転灯をちらつかせて、薄暗闇の夜空を飛んでくる。
 ビル群の上を飛ぶ反重力ヘリは、ビルから漏れる光の上を飛んでいた。そのせいか小さく見え、力強さに欠け、頼りなく見えた。
 だが、ホテルに近付くにつれ、その効果が徐々に表われはじめた。
 裏口を警備する連中が、一斉に夜空を見て、不審なヘリを指差す。
 テスはこのチャンスを逃さなかった。
 警備の連中の目が上にいっている隙に、隠れ場から飛び出て、いつもの大型拳銃を乱射する。
 無音で発射された弾丸は、相手に気付かれる事もなく次々と生命を奪ってゆく。
 テスは3人を仕留め、ジェプトの手下が残りを始末した。
 テスは扉へ走る。
 ジェプトも部下と共に、遅れじとばかりに続く。
 驚くべき事に、テスは扉の外で止まらず、そのまま扉を蹴り開け中へ飛び込む。
 ジェプトは呆気にとられ、行動が鈍った。
 だが、立ち止まるわけにはいかない。
 意を決し、銃を構え中へ入る。
 彼の部下たちも、同じ気分で続く。
 テスに振りまわされるんじゃないか、という憶測と不安を引き摺って。
 内部は秘密のエレベーターホールになっており、以外と広く明るい。床には絨毯まで敷いてある。
 豪華な造りであった。
 だが、そこの美しい壁はドス黒い血に染まり、絨毯を敷いた床は首なしの死体で埋まっていた。
 その死体から湧き出る血の泉が、絨毯を赤黒く染める。
 ジェプトは一瞬立ち止まる。
 彼の足が、生首を踏みつけ、滑ったからだ。
 だが、転びはしなかった。
 この血で汚れた床にキスする気にはなれない。
 ジェプトは体勢を立て直し、つまずいた生首を蹴る。
 ごろごろと生首は転がる。
 血の染み付いた床を。
 人形の首のように。尊敬も誇りもなく、物となって転がる。
「テス。やりすぎだ」
 ジェプトはエレベータの具合を調べている、テスに向かって毒突く。
 テスは答えなかった。
 黙々と、エレベータのコンソールと取り組んでいる。
 正しい数列を入力しなければ、エレベータの扉は開かないのである。
 前時代的なちゃちな代物である。
 それゆえ、すぐに扉は開いた。
 ジェプトとテスが乗り込む。
 二人が上へ昇って行くのを見取って、ジェプトの部下3人は、毒ガスの入った筒を持って空調室へ走り去る。
 二人が最上階に着く頃には、ホテル中にガスが充満しているはずである。
 最初、ジェプトは毒ガスではなく、催眠ガスを使おうと提案したのだが、テスにあっさりと却下されてしまった。
 彼はあくまでも、すべて殺す気なのだ。クリツア公配下すべてを。
 ジェプトには狂っているとしか思えなかったが、口に出しては言わなかった。まだ、テスの利用価値はある。
 ただ、彼の手下がガスを充満させても、一箇所だけそのガスが送られぬところがあった。それが彼等が行こうとしている、クリツア公のパーティが催されている最上階のフロアだった。ここだけ空調が独立しているのである。ゆえに、わざわざ出向いて行かねばならぬのだ。殺すために。
 ジェプトとテスは高速で上昇するエレベータ内で、ガスマスクを被った。
 ガスが徐々にビル全体に浸透し、このエレベータまで入ってくる可能性があるからであるし、最上階でもガスを使わねばならぬからだ。
 エレベータはあっさりと最上階に着いた。
 妨害するものは誰もいなく、気抜けしてしまう。
 理由はすぐに分かった。
 ガスが既にビル内に充満しているのである。
 最上階のこのエレベータホールまで、ガスは来ていた。
 深緑色の膜に廊下は覆われている。
 そして床には寝ているのかと、見間違える死体がごろごろと転がっていた。
 ジェプトはゾッとした。
 いくら彼が組織で働き、幾人かの人を殺めてきていたが、ここまで無残に人を殺した事はない。
 殺す理由もない人をも、殺したのだ。
 クリツア公と、たまたま同じビルにいただけなのに………。
 ジェプトはテスの顔を覗いたが、ガスマスクで表情は分からなかった。
 喜んでいるのか、悲しんでいるのか、想像に任せるしかない。
 ジェプトは後悔の表情をしていた。
 テスはエレベータを出ると、左手の方の巨大な扉の前へ走った。
 両開き式の扉はピタリと閉ざされていた。
 この向こうにクリツア公等、目指すべき敵がいるのである。
 扉の中からの反撃はなかった。
 向こうに数百人の人間がいるとは信じられないほど、静まり返っている。
 敵は毒ガスのせいで、出てこられないのだ。
 扉を開け放つと、そこには[死]が待っているのだ。
 開けなくても、いずれ殺されるのだが………。
 テスは扉をまさぐり、コンソールを見付けた。だが、コンソールはロックされており、扉を開く事は出来ない。ホテルの機械頭脳が緊急事態を察し、ロックしてしまったに違いない。
 こうなると扉は、外からは開けられない。中から開けるか、機械頭脳を味方に引き入れるかでもしないかぎり、手はない。
 その両方とも、今は出来ない。
 テスは毒突き、腰のボックスから円盤型の爆薬を幾つも取り出して、扉へセットする。
 それと同時に階上から、何か銃声らしきものが聞こえてくる。
 始まったな………とジェプトはニヤリと笑う。
 ヘリでここに来た彼の部下が、屋上のヘリ・ポートを襲撃し始めたのである。これで、屋上のクリツア公の配下は動けなくなる。
 動けたとしても、マスクが無ければすぐ[死]だが………。
 ドーン
 という音とともに、天井からパラパラと埃が落ちてくる。
 彼の部下が、ロケット弾でも使ったのだろう。
 派手な事をしやがる………とジェプトが天井を見ていると、テスが戻ってきて、エレベータの中へ彼を強引に引っ張った。
 不意打ちを食らったジェプトは、文句ひとつ言えずに壁に叩きつけられる。
 何事だ………とジェプトが訝しがると同時に、
 ドーン!
 という、先の震動なんて糞みたいに思えるほどの激震が起こり、目の前が煙に覆われる。
 緑のガスが灰色の煙に巻かれ、ストライプの煙がゴーグルの前をかすめ飛ぶ。
 耳がキンキン鳴って聞えない。
 ジェプトは何も見えず戸惑っていると、テスが彼が腰にぶら下げていた毒ガス弾をすべてひょいひょいと取り上げ、煙の中へ消えて行った。
 ジェプトはすべてをテスに任せ、自分はここを守る事に専念する事にした。
 どのみち、彼がついていっても足手まといになるだけである。
 テスもそれを知って、一人で行ってしまったのだろう。
 ジェプトはそう納得した。
 それと入れ替わるように、老若男女の悲鳴と銃声が飛び込んできた。
 身も凍るような悲鳴だ。
 思わず逃げたくなるような悲鳴だ。
 だが、ジェプトはエレベータに留まり、テスの帰りを待つしかなかった。
 それにしても男の悲鳴はともかく、女の悲鳴は聞くに耐えかねる。身をよじって出す悲鳴は、聞いていて気持ちの良いものではない。
 それも、ひとつやふたつではない。断末魔の叫びの大合唱なのである。
 ジェプトは我慢した。
 今はテスのやる事なす事に、文句をつけてはならぬのだ。
 大きな目標のための、小さな犠牲なのだから………ジェプトは自分の正当性を必死に考え、自制する。
 そう思い悩んでいると、何かが天井にぶち当たった音がして、続いて爆発音が天井を震わせた。
 また、塵がパラパラ落ちてくる。
 やられたか………ジェプトは苦虫を噛み潰したような顔をする。
 彼の手下が乗ったヘリが墜落した音に違いなかった。他にこれだけの爆発音を出すものは考えられなかった。
 やはり、簡単にはいかないか………ジェプトは心が重かった。
 これ以上の犠牲は出したくなかった。
 こんな事で………。
 突然、テスが煙を切って現れた。
 と、同時に彼は左手に持っていた生首を、彼の顔に向けて突き出す。
 目をひん剥き、舌をだらりと垂らした老人の生首だった。
 切り口から、血がぽたぽたと落ちて、彼の足元を濡らす。
「クリツア公か?」
 テスがくぐもった声で訊く。
 ジェプトは一歩退き、頷いた。
 悲鳴を上げたくなるような光景だった。
 自分に誇りがなければ………。
 ジェプトはグッとこらえ、テスを見る。今ここで、テスに弱気を見せる訳にはいかない。
 死に物狂いで、気力を奮い立たせた。
 テスは納得したらしく、首を煙の中へポイッと投げ捨てる。
 切り口から、血が飛び散った。
 その一つが、ジェプトの頬に当たる。
 ジェプトはギョッとなり、竦み上がった。
 こいつは人間じゃない………とテスの方を向きつつ思う。
 恐怖と軽蔑の眼差しで。
 だが、テスはそんな彼にはおかまいなく、腰にぶら下げた爆弾をすべて放り投げ、エレベータの扉を閉めた。
 ジェプトは頭を振った。
 今はテスに対し、嫌悪の表情を見せてはならない………と決意する。
 まだ、彼の目的は達せられていないのだ。ここでテスを嫌っては、後々の計画実行が困難になる。
 我慢せねばなるまい………ジェプトは人の心を忘れた。
 忘れようと努めた。
 エレベータが下がる。
 一気に下がる。
 ジェプトは地獄へ落ちて行くような気がした。
 鬼と一緒に。
 ★
 地上に着くと、ジェプトは我先にエレベータを出た。意識はしていないのに、足が勝手に動いてしまうのだ。
 扉の向こうに敵がいようといまいと、おかまいなく出る。
 いつまでもここに居たくない、という心が理性に勝っていた。
 だが、そこには彼の手下が待っていた。
 開け放たれた裏口の向こうに、車が待っているのが見える。
 ジェプトはそれを確かめると、テスを連れ車に乗り込んだ。
 彼はまだ、ホストの役を忘れてはいない。
 だが、忘れてしまいたいという衝動の方が強かった。
 でも、彼は努めてその役に徹した。
 それは、ひとえに彼の………。
 車が走り出す。
 ジェプトはホッとした。
 まだ危険が待ち構えているというのに、心が休まるのだ。そのお陰で、少しは心が落ち着く事が出来た。
 目をあたりへ配る。
 警察のヘリが、慌しく夜空を飛び交っていた。
 地上も。
 だが、彼等の乗る車を止める者はいなかった。
 貴族の車だからである。
 貴族政治の賜物だ。
 ジェプトは、ほくそ笑んだ。
 計画の半ばまで、成功した。後は………。
 ジェプトはテスが表情を殺しているのに気付いた。
 この時、ジェプトはテスも彼と同じように、虐殺を悔やんでこんなに渋い顔をしているのか、と見取り、テスに対す反感を改めた。
 ジェプトだけではない、他の者も見ればそう思える顔をしていた。
 だが、
 後部がパッと明るくなった。
 ジェプトは振り向く。
 そこにはホテルの最上階が赤々と、燃え上がっていた。
 淡く光る地上と、闇夜の空の中間で燃え上がる炎。
 不気味で恐ろしい炎だった。
 彼が、いやテスが殺した人々の怨念がこもっているかのような炎だ。
 背筋が冷たくなる。
 ジェプトはそれを見まいと、もとの姿勢に戻った。
 テスの顔がチラリと目に入る。
 彼は振り向いていなかった。
 何が起きたのか分かっているかのように、じっと正面を見続けている。
 そして、その顔には得もいわれぬ恐ろしい笑顔が広がっていた。
 揺らめく赤い光りを背にして。
 こいつは化け物だ………とジェプトは改めて畏怖した。
 戦慄が全身を貫く。
 後悔の念が、心中に湧き上がり、心を満たした。
 だが、もうどうすることも出来なかった。


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