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作品名:銀狼 作者:たけしげ

第3回   3
 3.
 テスはラクシャーサへ帰った。
 黄色い太陽が、沖天高く昇りつめた頃である。
 船に帰り仲間と会っても、警官を殺した素振りなどまったく見せなかった。
 いつもと変わらぬ、元気な姿である。
 少々、疲れ気味ではあったが。
 それを見て、昨夜何かあったなと勘ぐれるが、誰も警官を殺してきたとは思えないほど、テスは冷静で、いつもと変わりなかった。誰が見ても。
 帰船と同時に、その疲労の溜まるテスへ船長が自分のお供を命じた。
 テスは嫌な顔一つせず、受けた。
 断る理由がなかった訳ではない。断れなかったのだ。これは彼にしか出来ぬことなのだから………。
 すぐさま支度にかかるため、自室に戻る。
 今のテスの容姿は、どう見ても真昼の街に出るには不向きであった。今の彼は夜間用の防寒を重点においた服装なのである。
 このデベスは赤道に近い国だ。真昼の暑さは、湿気と混じって凄まじい。それに比べ、海からの風で肌寒い夜中の世界の服装では、とてもじゃないが暑苦しくて歩けなかった。
 しかも、今のテスは女の香りを身体中から、むんむんと発しているのである。あまり仕事に向いた体臭ではない。
 故にテスは着替えと、入浴をせねばならなかったのである。
 急いで自室に戻る。
 長い事、船長を待たせるわけにはいかない。今度の仕事は前夜の仕事に比べても、勝るとも劣らぬ重要な仕事なのである。
 急がねば………。
 テスは自室の扉を駆けるようにしてくぐった。
 金属製の扉が閉まると、窓一つ無い明るい室内に何か異様な空気が漂っているのに気付く。
 その空気は直方体の密室全体を占めている。
 異様な空気の発生源は、ベッドの上に座るクフィだった。
 顔を俯き加減にし、上目づかいにテスの方を見る。
 なかなかの迫力。
テスはその場に立ち尽くした。
 ゆっくりと、恐る恐る彼女の顔を見る。
 テスはその瞳に<いつもの影>を見取った。
 これはいかん………と心に警鐘が鳴る。しかし、避けては通れそうにもなかった。
 なるべく目を合わせぬように、彼女の前を通り、服を脱ぎ始めた。まるで、彼女を遠ざけるかのように。わざとらしく、大仰に脱ぐ。
「テス。昨夜、女と寝てきたでしょう」
 とクフィが、なんとなく憎悪を込めた口調で口火を切る。
「何で分かった?」
 慌しく服を脱ぎながら訊く。遂に来たか………と覚悟しつつ。
「昼まで帰ってこないんだもの、すぐに想像つくわよ。それに匂い。この安物臭い化粧品の匂いで分かるわよ」
 テスは服をすべて脱ぎ終え、素っ裸で逃げるようにシャワールームへ入る。
 温水の束を勢いよく出し、全身で浴びる。
 シャワーの音で、クフィの声を掻き消そうとするかのように。
 だが、クフィはシャワールームの扉を開け放ち、そこに立った。
 テスはチラリとその方を見て、舌打ちする。
 これから彼女の長広舌を聞くのかと思うと、うんざりである。
 女と寝ようが寝まいが俺の勝手だ………と彼は言いたかったが、口に出して言うのは控えた。なんといっても、一番好きな女はクフィなのだ。彼女とはあまり喧嘩をしたくなかった。
 それよりも、早く着替えを済まして、船長のところへ行かねばならぬのだ。喧嘩している暇は無い。
 しかし、今日のクフィはおとなしかった。
「ねぇ………リンがね………クスリがまた欲しくなったって」
 と大声で言う。
 シャワーの音で聞えぬ、と思ったのだろう。
 大声ではあったが、いつもの始まりと違う事に、テスは少々狼狽した。
 シャワーを止める。
「リンが?」
 クフィの方を見る。彼女の表情を探るために。
「そう。また、欲しいんだって」
 へぇ、と答えて身体を乾燥させ、出る。
 服は既にクフィによって選ばれ、ベッドの上に置いてあった。
 いつもの長広舌を聞かされなかったので、テスの心は落ち着いていた。心にゆとりすら出てくる。そうなると彼は目に見える表情や感情がなくなってしまい、逆にクフィを逆上させるのだが………。
「また、リンと寝るんでしょう」
 目にわずかな怒りをたたえて、クフィはテスの顔を見やる。
 テスの表情には何も浮いていなかった。
 黙々と服を着る。
 それだけでクフィは、テスの考えている事が分かった。
 答えはいつもと同じだった。
「さあね」
 と、ズボンを穿いたところで、テスが答えた。
 例によって、何の感情もこもっていない。
 クフィは聞いた自分が馬鹿だった、と悟りぷいっと振り向いて扉へ向かった。
 いつもの事なのに、なんでこんなに腹立たしいのだろう………と不思議がりながら。
「テスの馬鹿」
 部屋を出際に、テスに背を向け呟く。
 これだけは、言いたかったのである。
 絶対に。
 一人残されたテスは、自嘲気味に笑っていた。
 声の無い笑いは、本音に従わぬ自尊心に対してなのだろう。
 本音に従えば………という後悔が、彼を自嘲させる。
 何故か、心哀しい笑いだった。
 ★
 テスは船を出た。
 昼下がりの太陽は、まだ暑い光を投げかけていた。
 アスファルトの床が湯気を立てている。
 熱帯特有の暑さが、ねっとりと全身に巻き付いてくる。
 まったくもって不愉快な時間である。
 何もこんな時間に会合をするなんて………とテスは毒突く。
 船の外には、テスと同じ気分でいる船長が待っていた。
 いつもの疲れ切った姿が、ますます酷くなっている。
 船の快適な環境に慣れている二人には、馴染めぬ環境だった。
 二人はターミナルの方へ歩き出した。
 太陽が重く感じられた。
 暑さに疲れて、一言も口をきかない。
 無言のまま、ターミナルへ入る。
 数時して、二人は連れ立ってターミナルを出た。
 もちろん、テスはまた貸ロッカーから銃を取ってきている。
 二人は無人タクシーに乗り、国道2号線を走らせ、街へ入る。
 船長が指示する通りに、タクシーは街中を走った。
 人通りが少ない街中を、右へ左へタクシーは走る。
 とあるビルの前で止まった。
 二人は降りる。
 10階建ての普通のビルのように見えた。
 一人の男が入り口で二人を待っていた。男は恭しく挨拶をし、船長と一言三言話し、二人を連れてビル内へ入った。
 3人はエレベータで3階へ上がる。
 そこで降りる。
 一瞬、テスと船長は足を止めた。エレベータの出入り口に5・6人の男達が、囲むように立っていたのである。
 ちゃんとした身なりの男達だが、どうみても身のこなしが常人ではない。体格もあまりにもがっちりとしすぎて、なんとか服装を普通のサラリーマン風にしようとしているが、体格のせいで余計変に見えた。どう見ても本職のボディガードか軍人にしか見えない。
 事実、これらの男達は軍人であった。
 服の下に拳銃を隠し持っている事が、はっきりと見て取れた。服が不自然に、こんもりと盛り上がっている部分がある。
 テスは値踏みするかのように、これらの男達を見やる。いざとなった時の事を考えての事である。
 まぁ、なんとか勝てそうだ………とテスは判断する。
 その男達は、テスと船長を身体検査し、武器を取り上げた。
 二人はおとなしく従う。
 船長は何も持っていなかったが、テスはお決まりの大型拳銃と小型レイガンを1丁づつとられてしまった。
 だが、彼の手には超小型レイガンが隠されている。彼はいかなる時でも、このレイガンを取り上げられた事はなかった。
 このレイガンのお陰で、彼は何度も命を救われている。これだけは、決して取り上げられてはならぬ武器だった。どんな時にでも………。
「さあ、どうぞ」
 と二人を案内してきた男が、一行を連れ奥まった一室を開ける。
 船長とテスは、躊躇わず中へ入った。
 広い室内である。
 窓は小さく、光りがあまり入らぬ仕組みになっているが、発光パネルをふんだんに使っているため明るかった。しかし、殺風景な部屋だった。
 室内のど真ん中には唯一の装飾品といっていい、大きな会議用のテーブルがデンと居座り、その周りには白髪頭の老人がちょこなんと座っている。
 その老人等もインテリアのように見えた。殺風景を盛り上げる………。
 老人の顔が、すべて二人の方を向く。
 みんな日に焼けて、赤黒い皺だらけの顔をしていた。皺がよけいに顔を黒く見せているかのようでもある。
 不気味な光景だ。
 よく出来たロボットのようにも見える。
 だが、一同の目は誰も彼も子供のような輝きを持っていた。
 子供のような無邪気な輝き。
 いや、何か使命を帯びたものがもつ、興奮の輝きにも見える。
 それが唯一、この室内で人間らしさを表していた。
 だがテスには、何かに取り憑かれた狂人の輝きに見えた。
 殺風景な部屋と狂人。
 対照的なように見えて、同質の様にも見える。この部屋に、とっても似合った組み合わせのようだ。
 テスは心の中で苦笑した。
 一人の男が、別の扉から入ってくる。
 かなり背の高い、30代半ばの男だ。
 日に焼けた顔は優しそうな顔付きだが、その裏に確固たる意志の持ち主である姿が見える。
 テスは一目でこの男が、革命軍のリーダー、ジョエルである事を見抜いた。
 それ以外に考えられないような気がする。
 この男の青い瞳には、他の者にはない思慮深さというか、透徹した知性の輝きが見えるのだ。テーブルを囲う老人等には無い、輝きを持っていた。
 リーダーらしく見えるのも、当然の事のように思える。
 老人等が一斉に席を立った。
 これだけで、相手の正体が分かる。
 ジョエルは両手でそれに答え、老人等を座らした。
 テスと船長は立ったままである。
 座れと合図されていない。彼等はこの会合の主役のなのだから当然かもしれなかった。
 主役は目立たねば意味が無い。
 ちなみに、案内してきた男は一人で扉を警備している。
 彼も立ったままだが、主役ではない。
 ジョエルも立ったままであった。
 彼も主役の一人なのだから当然か………とテスは皮肉った。
「クリフォード船長と副長のテスさんですね。私は革命軍リーダーのジョエルです。まぁ、どうぞ席についてください」
 二人は勧められるまま、席につく。
 ジョエルも席につく。
 テスと船長はジョエルと相対する位置、扉の真ん前に座らされた。
 背後に扉とは………とテスはぼやいた。彼の最も嫌う位置である。だが、文句は言えなかった。彼等は[客]でしかないのだから。
 テスは諦め、ジョエルの方を見た。
 どこかで見た顔だ………とテスはジョエルの顔を一目見るなり気になった。その後、まじまじと見やって関心を寄せるが、長い事考え続けてはいられなかった。
 ジョエルが話し始めたのである。
「クリフォード船長。この度は人形兵器の輸送に協力していただいて、感謝の言葉もありません。ここにいる一同、いや、革命軍全体を代表して礼を言わせてもらいます」
 心のこもった礼辞を述べ、軽く頭を下げる。
 まわりの老人等も、一斉に頭を下げた。
 まるでジョエルに忠実なロボットのように。
 テスは眉をひそめた。
「いぇ、私共は金さえ貰えればいいのです。それが仕事ですから………」
 と、船長は恥ずかしそうな身振りで答える。
 それに対して、ジョエルが軽く笑いかけた。
 あまり気分のいいものじゃないな………とテスは押し殺した表情の下で思い、苦笑していた。礼を言われるのに、慣れていないともいえる。テスはそういう世界で生きてきたのではない。
 だが、すべての言葉には裏がある。テスは単純には喜んでいなかった。
「まことに申し訳ないが、早速もう一つの仕事について話しておきたい」
 とジョエルが話し出すと、一同の顔付きが変わった。
 真剣そのものとなる。
 テスや船長までもが、それにつられた。
 ここにいる一同、革命軍の中枢を担っている者達にとって、最後の最も重要な話し(作戦)が始まろうとしているのである。
 そのため彼等は、危険を犯して敵の根城である、王都に侵入してきているのである。
 心が引き締まるのも無理はない。
「今度の作戦は、長く苦しかった我々の革命運動の最後の、本当に最後の戦いなのです。貴族等に苦しめられてきた歴史が、ここで終りを告げる時であり、我々にとってこれほど重要な作戦はないのです。その事を分かっていただきたい」
 ジョエルは、その思いつめる心を分からせるようにテス等に言う。
 テスと船長はそれに感化されたかのように、身を正し、真剣な顔付きでジョエルの方を見た。
 だが、二人とも、心の中はめまぐるしく、それぞれの[計算]をしていた。
 別に彼等にとっては、どうでもいい事だった。
「今回の作戦は知っている事とは思いますが………王国のシンボルである王城をおとし、革命軍の勝利を決定的にするという作戦です。我々は王国の3分の2を手に入れ、勝利は確実なのですが、貴族どもの力の象徴である王城を陥落させねうちは、我々の勝利は本物ではないのです。王城を陥落させる事により、我々の勝利を全世界に知らしめ、我々に敵対していた残留国軍も、その抵抗を止めることができるでしょう」
 そう、うまくいくかな………とテスは皮肉って、笑っていた。心の中だけで。
「そうなれば、無駄な流血を避ける事が出来ます。人民が犠牲になる事もなく、平和裏に事が進められるのです」
 と言い、ジョエルは一息ついた。
 テスには、ジョエルが狂信的な宗教家のように見えた。だが、彼の青い瞳を一目見た瞬間、その考えを改めざるを得なかった。
 冷めていた。
 言葉や口調や表情とは、まったく逆に冷めているのだ。
 冷静に自分を観察しながら、演技をしているように。
 さすがはトラン公の手下だ………とテスは感心したが、どうもそれだけではないように思えた。
「そのためには、すみやかに王城を占拠しなければなりません。しかし、城には地下発電所の豊富な電力を使った、強力な障壁が張り巡らされています。そして、近衛兵団の人形兵器が数十体。これらを突破するのは容易ではありません。密かに潜入させた我軍の戦力では………そこで、貴方がたの戦力が必要なのです。どうです、城の障壁の破壊はできそうですか」
「貴方からのデータが正しいのなら、可能です。ちなみに、発電所の破壊の件も、可能です」
 とテスが答える。
 ずっとこの言葉を用意して待っていたのだ。テスはこの一言を言うために、ここにいる。
 彼にとっては、情けない事だった。
 しかし、
 おおっというどよめきが湧き起こり、老人等の顔がパッと明るくなる。
 彼等にとっては、この一点だけが心配の種だったようだ。
 テスの一言も、この老人等にとっては百薬の長であったようだ。
「そうですか………それはありがたい………では、他に問題はありませんね。質問は?」
 なにもない、と船長が答える。
「では、詳しい打ち合わせは後ほどに。それでは、解散」
 とジョエルは言い、立ち上がる。
 他の者も、それに従った。
 短い会合であった。ようするに、これは顔合わせの会合だったのだろう。大した重要な会合ではない。馬鹿げた会合だった。船長とテスにとっては。
 だが、テスにはひとつ、収穫があった。
 ★
 ジョエルは会談後、テスと船長を昼食の席へ招いた。
 立派な食事であった。
 革命軍という組織からは考えられないほどで、まるで貴族の食事のようでもある。
 テスと船長はジョエルと談笑し、ちょこっと作戦の打ち合わせをしながら食事をとった。
 結局この食事は二人にとって、最も重要な会合の場となった。
 二人が昼食から解放され、ジョエルが用意してくれた運転手付きの車に乗ったのは、陽が暮れかけた頃であった。
 二人とも、酒を飲みほろ酔い気分になっていた。
 なにせ、貴族並の食事である。酒の方も二人の目を見張らせるものがあった。
 それで、つい飲み過ぎてしまったようだ。
 そのためかどうかは分からぬが、車が空港の方ではなく西の内陸の方へ走っているのに気付いたのは、かなりたってからの事だった。
「おい、運転手。方向が違うんじゃないか」
 と船長が言う。
 顔が紅潮している。まだ、酒が抜けきれていないようだ。
 それに対しテスは表情を強張らせ、何かを警戒していた。
 不吉な胸騒ぎがしてたまらぬのだ。
 彼の経験からして、これは良くない事の起きる前兆であった。
 船長も同じ気分になったらしい。紅潮した顔で、気遣わしげな表情をしている。
「いいえ、ジョエルさんから、西の第3軍駐屯地を見せるよう言われているんです」
 と運転手が、後部座席の二人へ振り向いて答える。
 テスは男が一瞬、口許に笑いを浮かべたのを見逃さなかった。
 彼から見て、何やら怪しげな笑いだった。
 おぼろげな不安を与える笑いだ。
「へえ、そうかい」
 船長は簡単に納得してしまった。不安も消えてしまったようだ。
 テスは沈黙している。
 腕を組み、じっと正面を睨み続け、不安の種を消そうと思考していた。
 ジョエルが何故、第3軍駐屯地を見せたがっているのか………いくら考えてみても、その理由は思い付かなかった。駐屯地など、わざわざ見せなくても、上空からしっかりと観察してある。その事は、ジョエルも知っているはずだった。では、何のために………。
「もう少し行ったところで、駐屯地の灯が見えてきます」
 と運転手。
 太陽は徐々に地へ落下し続け、影が濃く長く伸びる。
 車はついに対向車1台、人家1軒すらない荒地を走る一本道へ入り込んだ。
 寂しく、陰気な一本道である。
 落ちかける夕日にピッタリのところだ。
 そして、テスの不安を盛り上げる最良の場所でもある。
 赤味がかった夕焼けが、窓から射しこんでくる。
 車の中が、赤と黒の世界になる。
 テスはまわりへ注意を配りながら、夕焼けを楽しんでいた。
 宇宙船に乗っていると、自然の変化がとても美しく見える。
 それがどんなに不気味で、慄然するものであっても。
「あっ、危ない!」
 運転手の悲鳴が突然起こり、横殴りのGが二人を襲った。
 続いて銃声が幾つも起こり、車の外板が弾け飛び、きらっと輝く。
 襲撃だ。
 とテスは本能的に悟り、とっさに座席の下へ身を隠した。
 船長も同じく身を隠す。
 窓ガラスが吹き飛び、破片が二人に振りかかる。
 きらきらと輝きながら散る。
 だが、それを見ている暇は無かった。
 いきなり、ドンという震動が車内を貫く。
 内臓を引っ張り出されたような、不快感に襲われる。
 だが、その衝撃は一回だけだった。
 車が止まったようだ。
 運転手の安否は分からない。
 銃撃も止んだ。
 仕留めたと、思ったのだろうか。
 テスは、恐る恐る陰から身を起こす。
 一台の車が近付く音がする。それは、彼等の近くで止まった。
 テスはその方へ、全神経を集中する。
 人は車から降りる気配がする。まだ、警戒しているようだ。ピリピリした気配が伝わってくる。
 テスは待った。好機を。そして、襲撃者どもが気を許すのを。
 こういう場面では、テスは恐怖も緊張もしない。何も感じられなくなり、ただ自分を守る事に専念する。子供の頃からそうだった。戦いの時は、いつでも冷静になれた。だからテスは今まで生き延びてこられたのだ。
 今の彼も、そうだった。気配を殺し、身を潜め、冷静に獲物を捕らえるチャンスを待つ。
 一人、近付いてくる。
 代表して中の様子を探りに来たのだろう。
 テスは懐から、大型拳銃を取り出した。
 ずしりと重く黒光りする拳銃は、彼に自身を与える。
 テスは不敵にニヤリと笑い、身を潜め銃口を近付いてくる方へ、車の左側へ向ける。
 船長がそこに小さく丸まっていた。
 テスや船長は、この手の非常事態に慣れている。
 互いに交わす言葉もいらない。
 互いになにをすればいいのか分かっている。
 乾いた土を踏み締め、近付いてくる。
 テスは間合いを、心の中で想像した。
 足音が大きくなる。
 音が車の外版に反響しているのが感じられた。
 テスは待つ。まだ、銃をぶっ放す距離ではない。
 ざっ………。
 割れた硬化ガラスに、夕日がうつって光る。
 黒い陰が、キラキラ光るギザギザの窓枠の中に現れた。丸い人の上半身が………。
 光りが眩しかった。
 テスは目を細めて、銃をぶっ放した。
 弾丸が無音で射出される。
 しかし、反動は大きい。
 テスは反動をうまく利用し、車の左側、彼にとって正面へ飛んだ。
 それと同時に、船長が左の扉を蹴り開け、テスとポジションを替わった。
 赤い滴がパラパラと落ちてくる。テスが撃ち殺した男のものだ。
 窓枠に残ったガラスに反射する夕日の中で、それは綺麗に輝いた。
 だが、シートの上に落ちると、もうその美しさはない。赤いシミは、汚く不潔だった。
 血の雨をかいくぐり、テスは敵の只中へ飛び出る。
 テスが殺した男は、船長が開け放ったドアに倒され、彼の目の前に転がっていた。
 車が一台、目の前にある。
 その横に、ライフル銃を持った一人の男。
 左手にもう一人が見えた。
 右手はドアで見えない。
 テスは一瞬にしてそれらを確認し、見えている二人の男に向けて銃をぶっ放した。
 目にも止まらぬ素早さで2連射する。
 その弾は狙いたがわず、二人の男の頭を吹き飛ばした。
 頭に真っ赤な血飛沫を吹き上げ、のけぞる。
 テスは二人が倒れるのを待たずに、彼が先の殺した男の死体を引きずり、車の下へ隠れた。死体でうまく身体を保護する。
 彼は車から飛び出した一瞬に、ここの状況をすべて見取っていた。
 襲撃者は一台の車で来たらしく、その車が彼の正面にあり、そこに一人とその左右に一人ずつ配置につき。彼が一番始めに殺した一人をいれ、計4人の団体であった。
 テス等の乗ってきた車の右手、船長が逃げた方には切り立った低い崖があり、車はそこに追突して止まったらしい。
 車の前部が、ぐしゃぐしゃに潰れている。
 背に崖があるため、テスとしては守りやすかった。だが、敵は残り一人である。援軍が来る気配はないが、テスは残った一人に対し、用心深く行動する事にした。
 死体を動かし、銃眼をつくる。
 最後の一人を、目で捜す。
 右手の方にいたのだが、いない。
 首を動かして捜す。
 いた。
 車の方へ向かって走っている。
 テスは焦った。
 テスとしては襲撃の黒幕を、残る一人に吐かせたいのである。
 この襲撃はどうも陰謀の匂いがするのである。単なる強盗が襲ったのとは、違うような気がする。襲撃者が強盗らしくないし、しかもデベス王国は強盗をのさばらしておくほど治安は悪化していない。
 テスは死体を蹴飛ばして、慌てて車の下から這い出る。
 しかし、車はもうスタートしていた。
 タイヤが砂利を巻き上げ、土煙が広がる。
 小石がバラバラと足元に散った。
 テスは銃を撃つ。
 だが、巻き上げられた土煙が目に染みて、狙いが定まらない。
 4連射する。
 しかし、トランクルーム周辺に当たっただけで、車を止めるほどのダメージを与えられなかった。
 運良く燃料タンクに当たり爆発するなんて事は、望めそうにもなかった。
 車は土煙を残しどんどん遠ざかる。街の方へ………。
 テスは目をこすりながら、舌打ちする。
「逃したのか………」
 と船長が、いかにも残念という顔をして近寄ってきた。
 彼はずっと安全な、車の右側にいたのである。逃してしまった事に対して、文句は言えない。残念だったなぁ、と慰めるように言うしかなかった。
「残念です。捕らえてやろうと思ったのですが………」
 とテスが銃をしまい、転がっている死体の傍らで身を屈める。
 彼が最初に殺した男の死体である。
 船長も同じように身を屈め、二人してその死体から正体の割れそうな物を探した。
 だが、
「ないな。何も持っていない。財布すらないんだからな………」
 と船長が溜息を漏らし、立ち上がる。
 早々と彼は諦めてしまった。
 そうやすやすと証拠を残してくれるほど、馬鹿ではないと見切ったからだ。
「しかし、連中の襲撃方法を見ますと、あまり手馴れてはいませんでしたよ。どちらかというと、素人っぽいです」
 とテスが胡散臭そうに死体を見つめ、立ち上がる。
 どうも納得いかないという顔付きだった。
 心の中で何かが突っかかり、思考がスムーズにいかないようである。握られた両拳が、その証拠に白ばんできた。
 彼等は玄人らしくなかった。だが、死体は玄人らしく証拠を残していないのだ。矛盾しているように思えた。
「どうだ、テス。服装や体付きから、こいつらの正体が分からないか?」
 足で死体を小突き、いつもの呑気な表情で船長は言う。
 ようやく落ち着いたようである。いつもの表情に戻り、余裕のようなものも伺えた。
「そうですね。体格や服装はそこいらのチンピラのようですが………変装しているかもしれませんし………」
 とテスは言い、穴の開くほど死体を見続ける。しかし、そこからは何も見出せなかった。
「そうだな、それは………」
 船長は絶句した。
 向かい合っていたテスから血飛沫が飛んできて、彼の顔を真っ赤に染めたからである。
 まるで、テスの左胸が吹き飛んで無くなったかと思うほど、血飛沫が一面に広がる。
 まったく予期できぬ事態に彼は呆然となった。
 何が起こったのかすら分からない。
「なっ………」
 とテスは一言漏らし、何が起こったのか分からずに目を見開いたままうつ伏せに倒れた。
 テスがドサリと鈍い音を立てて倒れてから暫くたって、船長はようやく我に返った。
 足元に倒れているテスは、ピクリとも動かない。
 血が乾いた地面の上を黒く染める。
 死んでしまったのか………と船長は思ったが、屈んで助け起こすわけにはいかなかった。
 動く事すら出来なかった。
 彼の正面に、銃を構えている一人の男が、彼を威嚇しているからである。
 黒光りする銃口は、ピタリと船長の心臓へ向けられていた。
 船長は恐る恐る、その男の顔を覗き見た。
 なんと、その男は彼等を乗せここまで連れてきた、運転手だった。
 船長は驚きと呆気にとられ、石像のように表情を失いそこに棒立ちとなった。ただ、まじまじと運転手の顔を見るだけである。
 何が起こっているのか、ますます分からなくなる。
 ただ、分かっている事がひとつだけある。自分が絶対絶命のピンチにたっている、という事だ。
 運転手は目を大きく見開き、興奮した面持ちで近付く。用心深く、銃口はいかなる時でも船長から狙いをはずさなかった。
 船長はその鬼気迫るような気迫に押され、後ずさる。
 運転手はテスを乗り越え、更に迫ってくる。
「止まれ、動くな!」
 苛立つ声で、船長を制止する。
 船長はおとなしく命令に従い、立ち止まった。
「あんたは殺さなくてもよかったんだが、殺人現場を見られたからには、殺さなければなるまい………すまんが死んでくれ………」
 と運転手は竦み上がって沈黙している船長へ向けて言う。
 言葉とは裏腹に、何も悪いと思っていない顔付きだった。
 むしろ、殺しを楽しんでいるようでもある。
 無抵抗の者を殺す、という嗜虐性の笑みが、顔面いっぱいに広がる。
 船長は身動き一つせずに、彼の顔を見続けている。まるで毒気を抜かれ、抵抗する意志が失せてしまったかのようでもある。
 だがその血まみれの顔は、いつもの呑気さを湛え、目には余裕すら伺える。
 どうしたというのだろうか。何故彼は、ここまで余裕を持てるのだろうか。気が狂ったようには見えない。
 突然、また船長の眼前が真っ赤に染まる。
 だが船長は先に右方向に飛び退いていて、その血の襲撃を避ける事ができていた。
 船長のいた場所に、真っ赤で粘性の強い液体がボタボタと落ち、すぐさま黒ずんだ汚いシミになる。
 黒い金属物が夕日の中を飛翔し、キラキラと輝きながら地に落ちた。
 そして、男の悲鳴が、高らかに鳴った。
 運転手が左手で右肩を押さえ、崩折れるように跪く。
 右腕が付け根から無くなっていた。
 押さえる左手がみるみるうちに血に染まり、出血は噴水となってぴゅ−ぴゅ−と左手の指の隙間から迸った。
 顔が青ざめ、顔にはびっしりと玉の汗がはり付いている。
 運転手は苦悶に歪む顔で、後ろを振り返った。
 彼はどこから撃たれたのかは、分かっていた。地の飛び散り具合から一目で分かる。
 後ろからだ。
 敵は後ろから、撃ったのだ。
 では、誰が………それが分からなかった。
「おまえは………」
 運転手が苦悶にうめきながら言う。
 そこにはテスが立っていた。
 右手に大型拳銃を構え、左手は脇腹を押さえている。そこから血が流れ落ちていた。
 彼も顔が青ざめ、額には玉の汗がびっしりとはり付いている。
 だが、なんとか立って歩けるだけの力は残っているようだ。
 運転手ほど、出血は酷くない。だが、重傷だった。
 船長は運転手の持っていた銃を拾う。
 血に濡れ、汚かったが、この際贅沢はいえない。
 銃を手に取り、運転手へ向ける。
「なぜ、俺を狙った」
 テスは痛みをこらえ、必死の形相で訊く。
 今にも気を失いそうになりそうなのを、気力で持ちこたえる。
 運転手は答えず、傷口を押さえ俯く。
 答える気はなさそうである。
 テスは悠長せず、また銃を撃った。
 運転手の左肩から、血飛沫が飛び散る。
 テスの放った弾丸は、左の上腕を皮一枚だけ残して吹き飛ばしていた。
 残った左腕がぶらんと、力を失い下へ垂れ下がる。
 男は呻き声を発した。
 だが、気を失ってはいない。
 必死に唇を噛み締め、目を閉じる。
 汗がぼたぼたと落ちる。
 両方の傷口からは、血が滝のように流れる。
 夕日に染まった世界は、ますますその赤さを増してきた。
「どうして気を失わないか不思議だろう」
 テスが顔を苦痛に歪め、言う。その茶色い瞳は夕日に染まり、まるで復讐の炎に燃えているかのようである。
「右腕を吹き飛ばしたとき、一緒に軍で使う拷問用の………気絶しない薬をうっといたのさ。きさまは、心臓をブチ抜かれれぬ限り、気絶する事はなく、薬の効目が続く限り苦しみ続けるんだ………」
 テスの顔に嘲笑の色が浮かぶ。
 苦痛の歪み、そして夕日の陰とあいまって、それは不気味な表情になる。
「さぁ、言え。誰に命令されて、俺を狙った!」
 テスはまた撃った。
 今度は右足である。
 ビシャッという音と共に、血が弾ける。
 テスの方へ向け、哀しげに血の放水が始まった。
 男はバランスを失い、固い地面へ悲鳴を上げながら倒れる。
 だが、自白しない。
 自白しないというよりは、苦痛で口を開ける事すら出来ぬようである。
 テスはまた撃った。
 今度は左足だ。
 血の放水が、テスの足元まで広がる。
 男は一瞬痙攣し背筋を反らしたが、力尽きたのかピクリとも動かなくなった。
 悲鳴すら上げない。
 土に潜り込もうとするかの如く、地面に顔をつけ、動かない。
 夕日に光る血溜まりの海に浮かぶ黒い塊は、夕日と共に今にも地に沈み込んでしまいそうだった。
 不安になった船長は、その傍らへ寄り、身を屈め様子を見る。
「テス、駄目だ。このままでは死んでしまう。この男は吐きそうにもないぞ」
 テスの方へ顔を向け言う。
 テスの顔は夕日を受け、赤かった。だが、その赤さは、時折苦痛に顔を歪めるために起きる黒い陰のため、不気味さを増している。
「革命軍に連絡してしまったから、もうじき奴等が来るだろう。白状させるなら、あまり時間はないぞ、テス」
 と船長が促す。
「分かった………例の自白剤を使おう」
 とテスは言い、腰のボックスから細長い円柱を出す。
「いいだろう。かしな」
 と船長は言い、身体を動かす事もままならぬテスから円柱を受け取り、運転手の首筋へ押し付ける。
 この円柱注射器内には、テスの言った自白剤なるものが入っている。この自白剤は効目がとっても良く、しかもどんな対自白剤に対しても打ち勝つ能力を持つ。だがこの自白剤を打たれると、あまりにも強い効目のため、脳細胞が破壊され、廃人になってしまうという副作用もあった。
 船長とテスは、それを知りながら、迷いもせず使う。
 しかし、二人とも、人道にもとる行為だとは思っていない。
 情容赦もない残忍なやり方だが、二人にとってそれは普通の、まっとうな方法だった。
 船長が頃合を見計らって、尋問を開始する。
 息もたえだえの虫の息で、運転手は自白し始めた。
 うつ伏せに倒れ、顔を血で汚れた大地に接吻させ、ぼそぼそと喋る。
 まるで、地の底から湧き上がってくるかのようだ。
 不気味な地獄の死者の呟き。
 苦しみ、悲しみを訴える死者の叫び。
 そのように聞える。
 だが、テスにはそう感じていられるほど、余裕はなかった。
 脇腹の出血が酷くて、今にも気を失ってしまいそうだった。
 しかし、気力を振り絞って意識を集中し、男の声を聞き続ける。
 聞き続けねばならぬ、という心の声に支えられて。
 運転手が漏らした内容を要約すると、次のようになる。
 運転手や先の襲撃者はクリツア公の裏組織の一員だった。テスがトラン公の裏組織(ジェプトの組織)と接触し、今後ともクスリの取引を続けそうである、という情報を受け取ったその組織は、市場を脅かされると畏怖したのである。[狼の牙]は世界的に有名な麻薬組織である。商売敵が、そこと結び付き、危機感を抱かぬわけがない。そこで、不安にかられたクリツア公は妖計を練った。それは、テスを殺しその罪をジェプトにきせて、ジェプトの組織を[狼の牙]に潰させ、ジェプトが亡き後、市場を独占しようという、一石二鳥を狙った計画だった。
 確かに成功すれば、[狼の牙]は必ずジェプトを彼の組織毎潰したであろう。そうなれば、デベス国内の市場は確実に牛耳れる。
 だが、失敗した。
 その自白を聞くテスの表情に、恐ろしいほどの残忍な陰が浮かぶ。
 それは夕日に縁取られ、ますます異彩を放つ。
 船長はそれを見て、もうひとつの厄介事が飛び込んできたのをさとった。
 夕日が赤く大地を染め、陰をいっそう際立たせている。
 まるで、テスの内心を現すかの如く。
 もう止められない………船長は諦めた。
 ★
 船長とテスは連絡を受け助けに来た革命軍に拾われ、無事船に戻る事ができた。
 革命軍が色々と動いてくれたお陰で、二人への襲撃は内密に処理され、表に出る事はなかった。
 そのお陰で、スムーズに船に戻れたのである。
 テスは革命軍に治療されたが、船でクフィにまた治療させた。
 テスは信頼するクフィに治療させねば、心休まらぬ思いであった。
 それもそうであろう、革命軍内に彼の命を狙うスパイが紛れ込んでいたぐらいである。革命軍の医療チームを信頼しないのは、当然だった。
 テスは治療を受けている最中、一言も口を聞かず、目を閉じ何かを考え続けていた。
「よし、大体終ったわよ。増血剤を打つから、ちょっと待ってて」
 とクフィは言い、細長い円柱状の注射器を、引き出しから取り出す。
 テスは両目を開け、虚空を睨む。
 怒りも、憎しみもその瞳の中にはない。
 だが、顔と同じく仮面のように表情を隠しているようにも見えた。
「その目を見るのは、久しぶりね………」
 とクフィはテスの顔をチラッと見て言う。
 彼女にとって、二度と見たくない目だった。その目には、忌まわしい思い出しかない。
 クフィは溜息をひとつつき、テスへ近寄った。
 円柱が、左上腕部に押し付けられる。
 何の痛みもなく、薬は体内へ流れる。
 テスは身体の底から力が、湧き上がってくる錯覚を感じた。
 立ち上がる。
「あまり、無理しないでね」
 とクフィが、服を引っ掛け出て行くテスに向かって声を掛ける。
 彼女の本心からの願いだった。
 だが、テスはそれに答えず、医務室を出る。
 クフィはなんとなく、悲しい気分に襲われた。
 一人の病室は、今の彼女に相応しくなかった。
 立ち上がり、扉へ歩む。
 それが一番、今しなければならない事のように思えた。
 ★
 テスは自室へ戻った。
 壁や天井の発光パネルに灯がともり、室内を明るく照らし出した。
 明るく虚無の世界が、彼の眼前に広がる。
 だが、いまは感傷に浸る気分になれなかった。
 テスはテーブルの上に、箱がひとつ置いてあるのに気付いた。
 ベッドに腰掛け、箱の上に置いてあるカードに目をやる。
 ジェプトからだった。
 箱の中に、彼からの贈り物が入っているらしい。
 テスは慎重に蓋を開けた。
 先の襲撃の一件がある。用心にこした事はなかった。
 箱の中には、油紙に包まれた黒光りする拳銃が入っていた。
 彼が持つ、大型拳銃に似ている。
 テスはそれを手に取る。
 ずっしりとした重量感がある。
 心地の良い、重さだ。グリップも握りやすく、しっとりと馴染む。
 テスの心の中に、ふつふつと湧き上がるものがあった。
 黒光りする拳銃が、引き金となったようだ。
 彼は全身に力が充満するのを感じた。
 やらねばなるまい………心の奥底から声がする。
 テスは決心した。
 心の声に、従う事を。


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