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作品名:銀狼 作者:たけしげ

第2回   2
 2.
 惑星タイロスにデベス王国はある。
 南北に細長い大陸、リル大陸の中ほどにそれはある。
 リル大陸の赤道ちょっと北と、南半球中緯度にくびれたところがあり、その間は大陸随一の東西に幅のある土地である。
 そこがデベス王国の領土であった。
 王国の北にはタイロス最大最強の国家、リル共和国。南には、小国が群集している。
 故に南に対しては安心でき、北に戦力を集中できたため、安定した平和な日々を営む事が出来た。今までは………。
 王国は領土の東西を二分する線に、南北に走る山脈があり、そこを境とし、西側は荒涼とした砂漠地帯、東側は肥沃な緑地と、分け隔てられている。
 鉱物・石油資源は西から。農産物、材木は東から。というようにその線によりバランス良く産業も分け隔てられている。
 デベス王国は専制君主の国であり、貴族によって政治が行われる。
 民主主義など、ない。
 故に、富める者は富めてゆき、貧しい者は貧しいままだった。
 民主主義になっても同じだが、王政は特にそれを際立たせた。
 その土壌をもとに、民主主義革命が起こるのは、必然の事であった。
 王国建国150年目にして初めての事ではないが、今回の革命運動は今までのとは、かなり違っていた。
 北の共和国、リル共和国が全面的に革命へ協力したのである。
 今までは何かと国内の世論や、影の力の邪魔で隣国の革命への協力を渋ってきたのだが、今回は違った。リルの名を全面的に出し協力してきたのだ。
 今回の革命は、それだけ見ても、いつもと違う臭いを匂わせるものがあった。
 という訳で、革命は北の共和国の支援もあって、革命軍なるものも結成でき、運動3年目にして、国土の3分の2を奪う事に成功したのである。
 西の砂漠地帯と北部から赤道までの東部が、革命軍のものとなった。
 しかし、油田、鉱山の大半を奪われ、建国以来初の一大事となっても、150年間蓄積してきた軍事力で王国は持ちこたえた。
 膠着して、はや半年。
 双方に動きなし。
 だが、一般人を徴兵してきた国軍の動きが、なんとなく雲行き怪しくなっている………。
 そんな中へ、ラクシャーサは降りて行こうとしていた。
 ★
 ゆっくりと、着実にラクシャーサは降下して行く。
 大気の海を泳ぐ魚のように。
 黒々とした身体で、風を切り、熱を散らして水気を切り、突き進む。
 船内に風の唸りは聞えない。
 振動もない。
 反重力降下法の賜物である。
 が、操船するリンの腕もある。
 彼女の一流の腕で、こうも静かに降りられるのだ。
 テスは暫くリンの方を見ていた。
 しかし、彼女の姿は見えない。大きな、身体ごとスッポリと包んでしまう耐Gシートのせいだった。だが、その周りに浮かぶグラフ図や数値が彼女の存在を告げている。
 今、テスのいるところは、船員フロアの上にある、半球状のブリッジである。ほぼ、船体の中央部にある。
 テスは、ブリッジ左側の武器管制コンソールについていた。
 中央に船長。
 正面には、リンとその隣の誰もいない航宙コンソール。
 本来航宙士の役割はベティがするのだが、今はその仕事が無いため、彼女は右側の通信/センサ・コンソールについていた。
 入港、入国の手続きで、忙しそうである。しかも、先ほどから王国軍の護衛機が、あたり一面に散りつつラクシャーサを守っているため、それらとも連絡をとらねばならなかった。
 それに比べ、船長は左手でボサボサの金髪をポリポリ掻き、四角い顔に呑気な目をしてコンソール上に浮かぶ図表を眺めているだけである。
 極めて対照的な二人だった。
 テスもどちらかというと、船長並に暇である。
 搭載武装のチェックも終り、やる事が無い。
 仕方ないので、ブリッジを見回したが、これにも飽きる。
 テスはコンソールに目を戻し、外の景色を見る事にした。
 彼の目の前に四角い枠が浮かび、外の景色をその中に映し出す。
 立体ホログラムなので、ミニチュアのように見えた。
 下は青い海である。
 キラキラと輝いている。
 空も青い。
 絹雲が微かに、空の青さを薄めようとしていた。
 しかし、それに負けるような青さではなかった。
 青かった。どこまでも青かった。
 向こうの黒い陸地が見えてきた。
 山地がある。ギザギザに切った紙のように、そこに立っている。
 早い。
 どんどん近付く。
 下の海が光を放って、川の如く流れる。
 風が頬に当たる錯覚をしそうだ。
 テスはあまりに眩暈を感じてきたので、画面を切り替えた。
 これと同じ、いやもっと広角なのを見ながら操船しているリンを感心しながら。
 今度のも立体ホログラムだが、動かない写真である。
 小さな箱みたいのが天高く、幾つも聳えている。
 視点を上へずらす。
 それは王都の地図だった。
 彼は市街地を映していたのだ。王城は更に北、宙港の上にある。
 だが、テスはその方を見ようともしない。
 脳裏に焼き付けるように、じっと市街を睨み続ける。
 直方体の箱が林立する街区が延々と続くだけの世界だ。
 凸凹の世界。
 柔らかみと、優しさの無い世界。
 乾燥した世界だ。
 テスはその世界に引き込まれたかのごとく、見続ける。
 ラクシャーサは、王国の東部南方にある王都へ入った。
 王国東側の海、太平洋上をゆっくりと進み、デベス湾を通過して王城と市街地を隔てている宙港へ降りる。
 ラクシャーサほどの大型宙船は離着陸床に一隻もいなかった。内戦中らしく宙港は静かなものである。広大な敷地に、数隻しか宙船はいなかった。それも小型のばかりである。
 閑散とした世界にラクシャーサは活性剤の如き降り立った。騒音と震動と仕事を伴って。
 ラクシャーサは貨物ターミナルの方へ誘導され、そこに繋留された。
 そこにいるのはラクシャーサだけである。
 暇だったのか、宙港の職員が殆どこちらを見ていた。
 人も集まってくる。
 軍用機も集まってくる。
 暇だったわけではない。ラクシャーサに乗る第一王女を迎えに来たのである。
 王女の荷が先に降ろされる。
 今度はテスの出番がなかった。ベルとクフィだけで充分荷降ろしができた。なんといっても衛兵達の人形兵器が手助けをしてくれるし、宙港の職員が我先にと働いてくれる。
 テスには他に副長としての務めがあった。
 それじゃ、王女様の見送りに行ってくる、と言い船長がまずいなくなる。
 続いてテスが立ち上がり、後をベティに任せて出て行った。
 急いで倉庫に向かう。
 副長として、いや自分の仕事をしに。
 ★
 テスが倉庫に着いた時、船外には既に税関の職員が待っていた。
 チッ、気の早い奴………と内心舌打ちをしながら、壁のコンソールへ走る。
 倉庫の壁が、静かに上下に分かれる。
 熱帯の湿った熱い風が流れ込んできた。
 テスは嫌な顔をしながら、外へ向かう。
 眩しい。
 目が痛む。
 手で庇をつくり、目をしょぼつかせた。
 真白にしか見えなかった世界も、徐々にその姿を現し始める。
 コンクリート製の巨大な建物が湯気を立てるアスファルトの上で、ユラユラと揺らめいていた。強い陽射しを受け、白い壁を輝かせている。建物の上には、ただ青い空があるだけだった。青すぎて、非現実的だ。眩暈すら感じる。
 テスは下を見た。
 アスファルトの床の照り返しを受けるが、すぐに目が慣れる。
 陽炎を立ち昇らせるアスファルト床の上に一人の若者がいた。
 浅黒い肌に、対照的な小奇麗な白いワイシャツを着込み、黒いズボンをはいている。ワイシャツに様々な記章がついていた。
 彼が税関吏だった。
 倉庫へ入るスロープを上って来る。
 右手に持ったボード・コンピュータをしっかりと握り、身を固くしながら上って来た。
 その態度から、まだ仕事に慣れていないな、と分かる。
 まだ、1,2年しかたっていないか………とテスはその若者の値踏みをし、これならなんとかなると判断し、ほくそ笑む。
 この手の仕事に慣れているテスには、この若者程度なら軽くあしらう自信があった。
 だが、変である。
 普通二人組みで、こういう仕事はするものである。
 来た。
 いや、違う。
 こちらに向かってくるのは、大型トレーラが3台であった。荷物の受け取り主、トラン重工のものだ。遠くからでも、トレーラの横に描かれたマークで、はっきりとそれと分かった。
 若い官吏がテスの目の前まで上って来ると同時に、トレーラが下に着く。バタバタと白い作業服姿の男達が降りる。
 若い官吏ものそれに気付き、トレーラの周りに散ったトラン重工員の方を見やる。
 サングラスをした無骨な顔つきの男が、慌ててこちらへ向けて走り寄って来た。
 テスはホッと一息ついた。
 あとはこの男に任せればいいのだ。
 そういう手筈になっている筈である。
 失礼と言いながら、サングラスの男はテスに自己紹介し、脇に抱えたコンピュータ・ボードを渡す。
 テスは手馴れた手付きで、素早くそれに胸のポケットから取り出したカードを差し込む。
 荷の引渡し手続き終了のサインが、ボード上に浮かぶ。
「仕事がしたいのだが………」
 今まで黙っていた税関吏の青年が、精一杯の威厳を込めて言う。自分の存在を無視されて、怒った様である。
「税関?」
 サングラスの男が相手の正体を知り、逆に脅すように訊く。
 青年は一瞬たじろいだが、すぐに立ち直り、逆にやり返す。
「そうだ。君等がこの荷を我が国の土地に降ろす前に、検査する。そうする事が、私の役目だ」
「上のステーションで充分チェックを受けているじゃないか。それで、充分だ。法律にも、そう書いてあるだろうが」
 と言い、サングラスは後ろの工員に、荷を運び出すよう合図する。
「待て!」
 語気を荒げ、青年は制止する。その声と共に、動き始めた工員等も止まる。
「王国内に入る荷物はすべて検査するよう上から言われているんだ。革命軍への武器が混じっているかもしれないじゃないか!」
「トラン重工を信用しねぇのか?それとも、あんた、うちの会社が武器の密輸でもしてるっていうのかい!?」
 サングラスが怒気を込めて、にじり寄る。
 だが、青年は怯まなかった。
「これは、国家のためにやるんだ。あんたは、それを阻止しようとしている。これは立派な国家反逆罪だ!」
 青年もにじり寄る。右手が腰のホルスターへかかる。
 サングラスは、チッと舌打ちをし引いた。
「仕方ねえなぁ。これは使いたくなかったんだが………」
 と言い、左胸のポケットからカードを取り出し、青年へ渡す。
 税関の青年は訝しがりながら、カードを自らのコンピュータ・ボードへ差し込む。
「これは………」
 驚きの声。表情が強張っている。
「そう。トラン公から受け賜った、荷の持ち出し許可書だ。軍の機密に関わるため、早急に持ち出せ、そのためなら税関検査をここでやらなくてもいいと、書いてある」
 青年は驚きの表情のまま、ボード上に浮かび上がった文字列を読み続ける。
「分かったら、それを返して、きさまは消えな」
 サングラスは勝ち誇ったように言う。
 だが、
「だめだ。一応、検査はする。私はこのような命令は受けていない」
 青年はキッパリと言い、カードを返した。
 サングラスは怒気が顔全面に噴き出し、声を荒げる。
「きさま、ここまで言ってもわからねぇのか。きさま、トラン重工に逆らえば、どうなるか分かっているんだろうな!」
 サングラスは脅しにかかった。
 青年はこの脅しに、怯えるどころか逆に勇気付けられたのか、益々使命感に燃えている。
「誰が何と言おうと、俺はやる」
 胸を張り、宣言する。
 テスは両者の危なかしげなやり取りを見つつ、苦笑していた。
 確かに青年の言っている事は理にかなっている。重工の方が無理を押し付けていた。大体法律を破るために、一貴族の名を持ち出し、加えて軍まで持ち出し自分の正当性を訴えたって、何になるというのだ。逆に不信がられるだけである。
 しかも、軍の機密品がどうしてこんな民間空港に降りるというのだ?
 よく考えれば、すぐに気付くようなミスである。
 だが、この税関の青年はその事に気付いていない。
 強大な悪の権力に敢然と立ち向かう、正義の味方にでもなった気分なのだろう。
 庶民の敵に対して、正義の剣でもふるっている気分なのかどうかは分からぬが、この青年は権力に対するコンプレックスがあるようだ。それが彼を盲目にしている。
 愚かな奴、とテスは表情を殺した仮面の下で嘲る。
「済みませんねぇ」
 という調子外れな声が、彼等の背後からする。
 3人は一斉にその方を向く。
 スロープをゆっくりと昇りながら、汚いほど浅黒い肌の中年男が近付く。
 税関の職員だった。
「済みませんねぇ。本当に。こいつはまだ若いんで、何も分からないんですよ。本当に済みませんねぇ」
 と何度もサングラスの男に謝る。
「それじゃ、一応ここにサインを」
 と言い、コンピュータ・ボードをサングラスへ渡す。
 サングラスは無言で指でサインをし、返す。ボードの下に現金を忍ばせて。
 太った税関吏は慣れているのか、けろっとして堂々と金をポケットに入れ、表情一つ変えずにボードを操作し、許可証をあっさりと発行し、サングラスへ渡した。
 その間、青年は納得いかないという顔付きで、ムスッとしていた。
 悪徳行為が、目の前で行われ、腹立たしいのかもしれない。それを止められない自分に対し怒っているのかも。
 しかし、彼は何の行動も起こさず、身動き一つしないで突っ立っていた。
 何が彼を止めているのだろう。
 将来への不安だろうか。それとも、ここでひと悶着起こした後の自分の立場を考え、逡巡しているのか。
 テスはそんな彼を、軽蔑の眼差しで見ていた。
 正義を信じるなら、何故自分の思い通りに動かないのだろう。自分が正しいと思うなら、信念に従って動けばいいのである。自分の立場や将来を考えるなんて、愚の骨頂である。そう思うから、何も出来ないのだ。この世に正義や悪は存在しない。この世にあるのは、自我だけである。自分の信じる道を行けばいいのだ。他人がどうなろうと関係ない。自分を信じて、行動すればいいのである。
 何故、そうしないのだ?………とテスは内心で彼に対し、憤怒していた。いま、彼が行動を起こさなければ、今まで意地を通そうとしたのは何だったのだ?
 テスは殺した表情の下で苛立つ。
 だが、それはすぐにおさまった。
 これは赤の他人の事であるし、彼が行動を起こさぬからテス等が助かっているのである。
 怒るどころか、逆に喜ばねばならぬのだ。
 二人の税関吏は、とぼとぼと下船した。
 若い税関吏は、下船するまでずっとムスッとし、太った中年に小突かれながら帰って行った。
 だが、いずれ若い税関吏も、あの中年と同じになるだろう。
 今ここで、行動しなかったために………。
「済みませんねぇ。ゴタゴタしちゃって」
 とサングラスがテスに謝る。
 いや、とテスが小さく答える。
 それを合図にサングラスの男は、下でオロオロしていた手下共に命令した。
 白い作業服の体格の良い男達が倉庫に入り、荷をドンドン運び出す。
 荷の下についている反重力装置のおかげで、どんな重い荷でも一人で運び出せられた。
「ところでテスさん。例のものは、どこに?」
 サングラスが急に改まって、低い声で話し掛けてくる。
 テスはそれを待っていましたとばかりに、また胸のポケットから別のカードを取り出し渡す。
「クスリは装甲と装甲の間に隠してある。このカードに取り出し方が入っているが、気を付けてくれ、取り出し方を間違えると、クスリはすべて溶解して、単なるスポンジに変化する。そうなれば、二度とクスリに戻せない。だから、充分に注意してやれよ」
「分かりました」
 サングラスはカードを大事そうに、胸のポケットにしまう。
 テスはそれを見計らってから、ゆっくりと船外に出た。
 陽光は眩しすぎた。
 ★
 テスは荷の積み出しを終え、自室に戻った。
 同じく仕事を終えたクフィが待っている。
 ベッドにチョコンと腰掛け、白い顔を翳らせていた。
 疲れている様だ。
 テスの方をチラッと見て、少し顔を輝かすが、どことなく元気が無い。
 王女の荷降ろし作業が大変だったのか。それとも、何かトラブルでもあったのか。
「どうした。疲れた顔をして」
 テスが気にして訊く。
「何でも無い。ところで、今から街へ行くの?」
 クフィは適当にはぐらかし、逆に質問してきた。
「ああ、船長から聞いたのか?」
 テスは山積みになったディスクの脇を通り、パスポートを取りに行く。
 入国に必要なものは、すべて一揃いになっていた。
「ええ。ねぇ、私もついて行こうか」
 テスはチラッとクフィの方を見る。
 彼女は疲れきっていた。何があったのかは分からぬが、どうやら王女の荷降ろし作業はかなりきつかった様だ。
「いや、一人で行く」
 テスはそう言い、パスポート等をポケットへ突っ込んだ。
「また、仕事なの?」
 悲しいような、疲れたような顔をする。
「そうさ。だから、お前はここにいな」
 突き放すような、冷たい言い方だった。
 クフィは泣いているのかと思えるほど、伏し目がちになる。
 テスはバツの悪い思いにかられた。だが、連れて行くわけにはいかない。この仕事にクフィを引き込みたくなかった。
 しかし、断るにも、もう少し優しく言えば良かったか………とテスは反省した。
「ねぇ、ここで寝ていていい?」
 クフィが眠たそうな顔を向け、小さな欠伸をする。
 彼女は単に、眠たかっただけのようだ。
「そうしな」
 反省して損をした、というような口調で言い、テスは部屋を出た。
 クフィは素早く毛布にくるまり、小さな寝息をたてる。
 テスは苦笑しながら、扉を閉めた。
 ★
 テスがラクシャーサを出た時には、もう日が暮れかけていた。
 広大なアスファルトの敷地が、夕焼けに染まっている。
 生暖かい風は静まり、ほんのりと暖かい気持ちの良い風が吹いていた。
 海が遠くに見えた。
 海も濃い橙色に染まっている。
 波間が闇に染まり、全体に広まろうとしていた。
 闇の時刻が近付いている。
 テスは急いで空港ターミナルの建物へ向かった。
 ★
 テスが入国審査を終えた頃には、闇夜の世界になっていた。
 ターミナル内は、時折降りてくる国内・外線の乗客でなかなかの混雑であった。
 離着陸床の寂しさは、ここにはない。
 人ごみで埋まるロビー内は、活気に満ちていた。
 テスはその人ごみを掻き分けるようにして、貸しロッカーへ向かう。
 貸しロッカーがずらりと並ぶここは、なんなく人気が無くて寂しい。人ごみの中を抜けてくると、余計にそれが感じられる。
 テスはとある番号の前まで来た。
 16−B
 テスは番号を確認し、ポケットからキーを取り出し、ロッカーを開ける。
 そして、中に入っていた紙袋を無造作に取り出し、変わりに金貨を5枚入れ、また錠をかける。
 人がいないのを確かめ、この場で紙袋の中身を取り出した。
 なかから出てきたのは、黒光りする大型拳銃1丁と超小型レイガン2丁。そして、それらの弾倉が9個。
 テスは素早く隠すように身に着け、何食わぬ顔で出口へ向かう。
 途中、紙袋はゴミ箱へ捨てた。
 テスは空港を出る人ごみに混じって、街へ向かう。
 向こうには、街の灯りが夜空をほの明るく、不気味に照らしていた。
 ★
 テスは空港ターミナルで無人タクシーをひろい、空港の南に横たわる、よく整備されたボス河を渡り、国道2号線にのって南に広がる市街へ入る。
 市街は、空港の北方に広がる王都本体である王城と貴族街を含む城郭と、それを包むスラム街より、明るく活気があり健康的に見えた。
 タクシーは高層建築物が聳え立つオフィス街を抜け、人通りが多いネオン街へ入る。
 テスはそこでタクシーを降り、まるで知った街のようにスイスイと人波を泳ぎ渡る。
 テスはこの街は初めてである。だが、直前の学習によりこの街を知り尽くしたのである。
 テスはとあるビルの地下へ入って行く。
 そこは、飲み屋が割拠する小汚いところだった。
 立体ネオンの店名だけが、いやに鮮やかだ。
 なんとなくテスは気分が和んでいた。
 彼にとって、清潔なところよりも薄暗く、小汚く、どことなく四隅に闇のある方が落ち着くのである。
 彼は、この気持ちの良い通路を奥まで歩いた。
 一番奥の店へ入る。
 店内は、まあまあの人の入りだった。
 混みもせず、かといって寂しくも無い。
 テスにとって、兆度良い具合に人が入っている。
 テスは薄汚い店内を横切り、奥の目立たぬ席へ座る。
 ウェイターがやって来た。
 テスは黒ビールを注文する。
 すぐに、ジョッキに入った泡立つ黒ビールがやって来る。
 テスは一口飲んで、店内を見回した。
 軽く音楽のかかる薄暗い店内は、騒がしくもなく、静でもない。
 2・3人程度の人数のグループが、ちらほらとテーブルを囲む姿が見える。
 だが、テスの方を見る者はいなかった。
 テスはまたジョッキをあおる。一気に半分以上飲む。
 来た。
 テスはジョッキを傾け、顔を隠すように今入ってきた客を盗み見る。
 長身のひょろっとした男だ。
 顔色が良くないが、双目の輝きが鋭い。
 一目でテスには、相手の正体が分かった。
 男が迷いもせずに、テスに近付く。
 テスはビールを一気に飲み干し、ジョッキを下に降ろした。
 男はテーブルを挟んでテスの前に立つ。
 テスはゆっくりと、視線を上げた。
「テスさん、ですね」
 男は顔色に似合った声で言う。
「そうだ」
 テスは軽く頷く。
 相手に気付かれぬよう、テーブルの下に隠した右手に、超小型レイガンを握る。
「私は案内役のグリ。うちのボスがお呼びです。ついて来て下さい」
 グリと名乗った男は、ぶっきら棒に言うと、踵を返して出て行く。
 テスはゆっくりと立ち上がり、それに従った。
 ビールの代金はグリが支払い、二人は店の外に出て、エレベーターで階上へ上がる。
 その間グリは一言も発せず、またテスも話し掛けようとしなかった。
 最上階で降りる。
 ドアが両側にずらりと並ぶ薄暗い廊下が、奥へ続く。奥は暗闇と同化して、どのくらいの奥行きがあるのか分からなかった。
 その気持ち悪い廊下を歩む。
 グリを先頭に。
 後ろをついて行くテスは、たえず辺りに気を配っていた。何かあったら、いつでも銃をぶっ放せるようにして。
 どこまで行っても、奥行きは暗闇で分からなかった。
 とあるドアの前で、グリは止まった。
 周囲に人の気配がする。
 だが、暗闇にまぎれて位置は掴めない。
「すみません、テスさん。武器はここで、こちらに預からせてもらいます」
 グリはテスの方を振り向き、ぶっきら棒に言う。
 テスは素直に従い、大型拳銃とレイガンを一丁づつ渡した。
 身体検査をされたが、残る一丁のレイガンは気付かれなかった。
「どうぞ」
 とグリは言い、扉を開ける。
 眩しい光が漏れてきた。
 テスは目を細めながら、注意深く室内に入った。
 彼が室内に入ると扉は閉まった。グリは外である。彼一人だけが室内に取り残された。窓一つ無い、小さな部屋に。
 いや、一人ではない。
 小さな室内を、ほぼ占めようかというほどの大きさのテーブルの向こうに、一人の男が席を立って微笑んでいる。
 テスと同じくらいの年齢と背丈の白人だ。短く刈り込んだ金髪。優しいマスクの中に鋭い眼光が光っている。
 油断ならぬ相手だ………。
「よくいらっしゃいました、テスさん」
 男は立ったまま、挨拶する。近寄ろうともしない。
 幻影か………とテスは一瞬思ったが、どうもそうではない事に気付く。
「貴方が、ここのボスのジェプトさん、かい?」
 テスは疑わしげに、相手を見やる。
「そうですよ。疑っているのですな?」
 ニヤリと笑い、ジェプトは席に座った。
 そして、テーブルの上で両手を組む。
「どうぞ、座ってください」
 テスは進められるまま、ジェプトに面して椅子に座る。
「ほほぉ、その首からぶら下げている黄金の牙は、まさしく[狼の牙]」
 ジェプトは、テスがいつの間にか首からぶら下げていた、ペンダントを見やる。
「その牙が、黄金に輝いているのならば、貴方はまさしく[狼の牙]のメンバーですな。疑う余地も無い」
 ジェプトは皮肉るように言う。
 テスは表情を一切消しているが、内心で舌打ちしていた。
「私が本物のジェプトであるかどうかは、貴方の判断に任せますよ」
 ニヤリと笑う。
 テスは試されているのを悟った。
「貴方が本物だろうと、偽者だろうと、どうでもいい事だ」
 テスは表情一つ変えずに言い切る。
 テーブルの向こうのジェプトは苦笑していた。
「失礼。貴方を怒らせてしまったようだ。[狼の牙]を怒らすのは得策ではないですから………[銀狼]が出てくると困るしね………」
 急に砕けた口調になる。
「誠に失礼した。私が本物のジェプトだ。と、いっても信用してくれるかね?」
 テスは頷く。
 本当に信用している、という訳ではないが………。
「ありがとう。ところで、君の持ってきてくれた品を、早速拝見させてもらったよ」
「どうだった?」
「いや、もう最高品だ。これ以上のブツはこの星では、手に入らないだろう」
「そうか、それは良かった………」
 テスはまるで心ここにあらずという調子で受け答えをする。
 だが、頭はフル回転しているのだ。
 ジェプトの品定めをするために。
「そこでだ、今後とも是非私と取引してくれないだろうか。[狼の牙]と取引していると知れれば、私の格は上がるし、警察も怖がって近付かない」
 よく喋る男だ………とテスは呆れていた。
 だが、油断はできぬ男である。彼の経験と勘が、そう囁いている。
 興奮して喋っている間も、彼の青い目は冷め切っているのだ。
 本心をまだ、さらけ出していないという事だ。
「それは、貴方次第だ」
 とテスは冷たく投げ返す。
 ジェプトは肩を竦め、黙ってしまった。
 椅子に身をあずけ、目をつぶる。
 何を考えているのか分からぬが、テスにとって良い間が出来た。
 テスはポケットからディスクを数枚取り出し、ジェプトの前に広げた。
 今度はテスが仕掛ける番である。
「なんだい、これは?」
 ジェプトが目を開け、怪訝そうにディスクを手に取り、訊く。
「ポルノ映画さ」
「ポルノ?」
 ディスの上下をひっくり返す。何かを見つけようとしているかのようだ。
「ああ、他星系で流行っているやつを選んで持ってきた。ノーマルのと、人間の女とゴート人とのだ」
「ゴート人?あの爬虫類の人型かい?」
 本当に驚いたのか、目を見張ってディスクを見る。
「ああ、そうだ」
「だが、ゴート人は絶滅しかけていて、とてもじゃないが一般人の手には入らないだろうが」
 疑っているようだ。
「これは、ゴート星で撮ったんだよ。ゴート星の監視員が地下組織に買収されてな。女だけではない。男がゴート人の女を犯すやつもある」
「気分のいいものじゃないな」
 ディスクを汚いものでも触ったかのように手放す。
「だが、これが売れているんだ」
「そうかい」
 信じないらしい。
「これを君にやるよ。コピー・ガードは外してある。どう使おうと君の勝手だ」
「それでは、貰っておく」
「その代わりといってはなんだが、国内の状況を大雑把でかまわぬから、教えてもらえないか」
「国内の状況ね………」
 少し考え込む。
 テスが何を考えているのか、推測しているのだ。
 何故、国内の状況を知りたいのか………テスがそれを知って、何をしようとしているのか………。
「分かった。大雑把だが、俺の分かっている範囲で教えよう」
「頼む」
「国内は、知ってのとおり革命軍が、国土の大半を手に入れた。王国側の領土は、今や南の国土の3分の1ぐらいの広さを、辛うじて、制しているにすぎない。中央山脈群を………」
「いや、違う。表の情報ではなく、裏のが欲しい」
「裏のね………俺がトラン公の手下であると知って訊くのか?」
 目がギラリと光る。
「もちろん」
 テスはあっさりと答え、ニヤリと笑う。
「分かった。教えよう。まぁ、どのみちすぐに知れる事だからな………」
 一息つく。まるで、何かに対して覚悟を決めるように。
「この革命は、民主主義を求める大衆が起こしたものではない。トラン公が、その発起人だ」
 テスの反応を見ようと、また一息つく。だが、テスは意に反して、何の反応も表していなかった。
 まるで仮面のように。その顔には表情が無い。
 ジェプトは諦め、続けた。
「トラン公はこの王国で、トラン重工等で経済界を牛耳る事に成功した。だが、公は貴族の中では中の上ぐらいで、どうあがいてもそれ以上の地位には就けない。公は、表の世界だけではなく、裏の世界も牛耳ろうと考えていたが、裏の世界は宿敵クリツア公が牛耳っていた。しかも、クリツア公はその地位を利用して、トラン公よりも有利に裏の世界で暗躍できる。警察はクリツア公のものだから、いつでもトラン公の組織を潰せるわけさ。トラン公としては、どうしても許せぬ状況だった。そこで公は、貴族という身分、いや王国を捨てようと決心し、ジョエルという男をリーダーに仕立てて革命運動を起こさせた。王国の権力が無くても、経済力でなんとかやっていけると判断したんだな、きっと。共和制………なんでもいい………民主議会制度は金がかかるし、議員というのも貴族と変わりはない。金の無い者が、議員や大統領になろうというのは大変だからな。という訳で、トラン公は金の力でデベスを操ろうと考えた訳だ。金の力で大統領なり、大臣を意のままに操り、自分は表舞台に立たずとも、国内の権力・利権を牛耳ろうと云う訳だ。だが、それには今の政治機構が邪魔だ。兆度良い具合に王権制に対する不満がつのっていたのを利用し、公は自らの計略を実行に移したというわけ。ちなみに、俺も公の力に操られ、公の手下として働いているんだけどね」
 ジェプトはそう言い、肩を竦める。
「どんな世界になっても、下は下でいなければならないのさ」
 自嘲気味にジェプトはそう言い、軽く笑う。
 テスは無表情のまま、じっと考え込んでいた。
 何を考えているのか。
 今のジェプトには計りかねた。
「下がいつまでも下でいなければならないなんて法則はない。上も下も無い。人間は強い者が上に立つのさ」
 テスは吐き捨てるようにそう言い、席を立った。
「テスさん………さん。ところで、こちらの好意を受け取ってもらいたいのだが………」
 ジェプトはニヤリと笑いかけ、テスを引き止めた。
「何だい?」
「女を用意したんだ。とびっきりのをね。是非………」
 ジェプトが言い終わらないうちに、テスはクルッと背を向ける。
「いや、今度でいい」
 片手を上げ、テスは扉へ向かう。
 部屋の外にいた、グリがサッと扉を開ける。
「とびっきりの女を用意したのに………」
 テスは扉の向こうに消え去った。
 ★
 真っ暗な道だ。
 道はアスファルトなのだが、じめじめしている。まるで泥道を歩いているかのようだ。
 道端はゴミの溜まり場と化している。
 見た目だけで、嫌な気分にさせるところだ。
 匂いも同じだ。
 道の水気にゴミが同化し、道全体がゴミ臭い。
 表の煌びやかな通りが持っていた闇をすべて、ここ裏通りが吸収してしまったのだろうか。
 テスはそこを歩きながら、なにがしかの懐かしさを感じていた。
 ビルの谷間のこういう道を歩くと、いつも感じる懐かしさだ。
 楽しい、苦しい、冷たい、暖かい………。
 記憶だ。
 テスは思いっきり、ここの空気を吸う。
 吐く。
 もう、懐かしさはなかった。
 頭のスイッチが、今の彼へ切り替わる。
 ポケットに手を突っ込み、歩く。
 猫背気味に。
 この世界にあったスタイルで。
 !
 テスの研ぎ澄まされた感覚が、何かをキャッチする。
 何者かがビルの谷間から現れ、背後に迫ってきた。
 早い。
 テスが逃げる動作に移る前に、ピタリと背後に付かれてしまった。
 銃口が背に押し付けられる。
 相手は、よくこの手の仕事に慣れた者だ。
 恐怖を感じる間すらなかった。
 テスは匂いで、相手の正体を探る。
 警察か………。
「おっと、動くな。ゆっくりと手を頭の上にあげろ。変な気を起こすんじゃない。レイガンで身体に穴を開けてやるぞ………いいか、俺はきさまを公然と殺しても、なんのおとがめもないんだからな」
 だみ声で脅す。
 背中に声が響く事から、背はあまり高くない。
 テスは男の指示に従う。
 おとなしく。
「あんた、誰だい?」
 テスが、チラッと後ろを見て訊く。
 はげ頭が僅かな街灯で光って見えた。
「誰だっていいだろう………」
 と言い、テスの身体をまさぐった。
「おっと、危ないもん持ってるじゃないか。小型レイガンまで………」
 男はテスの懐中から、大型拳銃と小型レイガンを取り上げる。
「身分証明書は?」
「胸のポケット」
 荒々しい手付きでポケットに手を突っ込んで、中の物をすべて取り出す。
「名はテス………商船ラクシャーサの副長………きさま、何しにあそこへ行っていた」
 ぐいっと銃口を押し付ける。
 この男はどうやら、ジェプトのアジトから付けていたようだ。ジェプトの捜査中にテスを見付け、付いてきたらしい。
 だが、テスはまったく怯んでいなかった。
 よくある事である。
「何しにって、普通の商談です」
「ジェプトのところに商談だって………ふん、笑わせるな。奴がクスリ以外の品を扱うっていうのか」
 テスは答えなかった。
「おっと、動くんじゃない」
 指のちょっとした動きだけで、警告する。
「他に仲間がいるんだぜ。変な行動はやめてもらおうか」
 銃口を更に押し付けてくる。
 テスは黙ったまま、仲間とやらを目だけ動かして探した。
 いた。
 ライフル銃を構えた奴が、右手斜め前方の低いビルの屋上にいる。
 夜闇にうまく紛れているが、テスの眼力の前では裸同然である。
 はげ頭の男はいつの間にか、後ろで何か機械を操作していた。
「おい、こっちへ顔を見せろ。ゆっくりだ」
 はげ頭の男が命じる。
 テスは表情を殺し、その下でニヤリと笑った。
 ゆっくりと振り向く。
 小太りの男が視界に入る。
 右手に銃、左手に何かの機械を持っている。
 テスは、ゆっくりと、振り、向く。
 風が走った。
 テスは男の銃を、目にも止まらぬ素早さで蹴ったのだ。
 だが、男は慣れているらしく、よろめいただけで、銃は蹴られなかった。
 男は、またテスに銃を向ける。
 素早く、正確な動きだった。
 しかし、男はその動きを止めた。
 硬直し、突っ立つ。
 いつの間にか男の額に黒々とした穴が、ぽっかりと開いていた。
 テスだ。
 テスが右手に隠し持った、小型レイガンをぶっ放したのである。
 男は絶命していた。
 テスはいきなりその男に抱き付いて、湿っぽい路地を転がる。
 ゴミ溜めまで、一気に転がった。
 テスと死んだ男は、ゴミに埋もれる。
 テスはこの男を、もう一人の仲間の銃から身を守る盾として利用するため、一緒に転がってきたのだ。そして、この男から取り返さねばならぬ物もある。
 テスは急いで、男の身体からとられた物を探し、奪い返した。
 小型レイガンから、大型拳銃へ持ち替える。
 その時、男が持っていた例の機械が、まだ路地に転がっているのを見付けた。
 テスはそれを一目で、警察機構の使う端末だと気付く。
 破壊せねばならなかった。
 あれにはまだ、テスのデータが入っている。いや、もう本部へ送られたか………。
 テスはそれを大型拳銃で破壊した。
 しかし、憂いは残る。
 まだ警官が一人、生き残っている。
 そいつを早く始末しなければ………。
 銃声が起こった。
 続いて、柔らかい物が固い地面に落ちる嫌な音がする。
 何だ?………。
 テスは五感を研ぎ澄ました。
 大勢の人が近付いてくる。
 四方八方から。
 敵意は………感じ取れない。だが、やけにピリピリしていた。
 どうすればいいか………。
 テスは思い悩んだ。
 一瞬の判断ミスが死を招く。
 しかし、長考は続けられない。
「テス。いつまで、ゴミ溜めにいるんだ。出てこいよ」
 聞いた事のある声がする。
 近い。
 記憶を探る。
 テスは思い切って、ゴミ溜めから出た。
 銃は下げるが、油断はしない。
「あーあ、酷い格好だ。だから、女と遊んでいけば、良かったのに」
 闇の中から声がする。
 一人の男が姿を現した。
 ジェプトだった。
 後ろに部下を、二人引き連れている。
 テスはまわりを見回した。
 濡れた黒く汚いアスファルトの上に、鮮やかな血溜まりがあった。その上にゴミと見間違いかねない、黒く小汚い死体がのっている。
 はげ頭の仲間だ。
「こいつら、クリツア公配下の秘密警察の連中だ。俺の組織を監視していやがったに違いない」
 唾を吐くように言う。
「あんたに監視を付けておいてよかったよ」
 テスは黙って銃をしまい、服の汚れを払った。
 ジェプトの部下が続々と集まってくる。
 10人はいた。
 ジェプトはそいつらに命じて、死体を片付けさせる。
 部下を残し、ジェプトはテスを連れ、自分の乗ってきてきた車の方へ案内した。
「今度は俺の持て成しを受けるよな」
 ジェプトは笑いながらテスの肩を押す。
 テスは笑いを返し、押されるまま車に乗り込んだ。
 ★
 眼前の端末を見つめる。
 ヤクシャはこの情報を、どう処理したら良いのか分からなかった。
 これは彼女本来の仕事ではない。
 頼まれて、一時的に座っているだけである。仕事をしなければならない、という義務はなかった。
 だが、内容が内容である。
 彼女は迷った。
 モニターの文字列は、二人の男の死を表示していた。
 そして………。
 彼女は端末を操作しようと、手を伸ばした。
 突然、モニターの文字列に訂正が加わった。
 二人を殺害したであろう男の名前が消える。
 何者かが、外部から操作したのだろう。
 二人の警官殺しの殺人容疑者の名が消えた。
 記憶領域にも残っていない。
 この名を見たのは、彼女だけであろう。
 これで、警官殺しの犯人は分からなくなってしまった。
 彼女以外の人間には。
 さて、どうしたらいいものか………。
 彼女次第である。
 どうしようか………。
 彼女は悩んだ。


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