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作品名:銀狼 作者:たけしげ

第1回   1
「銀狼」
 1.
 窓一つない、小さな部屋だった。
 だが、奥にはトイレとシャワー室、そして小さいが使い易い洗面台がある。
 発光パネルをふんだんに使った照明のおかげで、明るく清潔に見えた。
 個人部屋としては、リッチな方なのかもしれない。
 ちょっと殺風景だが。
 ここに何年いるのだろう………。
テスはトランクス一丁の姿でベッドの端に腰掛け、薄茶色の髪をくしゃくしゃにしながら、そう思った。
 もう2年、いや3年になるか………。
 おぼつかない思考をする脳を搾るようにして、記憶を手繰り寄せる。
 今にも薄茶色の瞳が目蓋の下へ隠れてしまいそうだ。
 Pi………Pi………Pi………。
 短い電子音。
 ………何の音だ!?
 テスはふらつく思考を、しゃきっとさせようと努力する。
 だが、努力しようとすればするほど思考はふらつき、倒れかける。
 ああ、扉の開く音だ………。
 消え入りそうな思考が、ぼやっと滲むように解答を与えた。
「おはよう、テス」
 甲高い女性の声が、霞みのかかるテスの脳髄を貫く。
 ………誰だ?
 テスは気だるそうに、疑問に従い左手の出入り口の方を見やった。
 女性が立っている。
 黒いタンクトップと白いショートパンツだけの姿で。
 身長は170をやや下回るぐらいで、全体的にぽっちゃりとしているが、太目という感じではなかった。
 視線を上へずらす。顔が視界に入ってきた。
 白い小さな顔の中には、円らな黒い瞳が輝いていて、顔を包み囲うように黒い髪が流れ、輝いていた。
 クフィ、か………。
 霞む視界ではあったが、なんとか判別がついた。
「どうしたの?」
 テスがあまりに虚ろで気だるそうなのに気付き、声を掛ける。
 彼女の問い掛けにテスは答えず、只ボウッと彼女の方を見ているだけだった。
 聞えなかったのかもしれない。それとも、聞えても理解できなかったのかもしれない。そんな感じだった。
 クフィは返事を待っていてもしかたないと思い、近付き、隣に座った。
 ベッドが小さく波打つ。
 テスはそんな僅かな震動だけでふらつき、倒れそうになる。
「大丈夫、テス?」
 クフィは慌てて、手に持った紙コップを目の前のテーブルに置き、テスの身体を支えた。
 右手で抱き寄せるように、抱える。
「これ飲んで」
 左手で持ってきた紙コップを手渡し、おぼろげな手付きで持つテスを助け、なかのドス黒い液体を飲ます。
「どう?」
 液体は意識を覚醒させる薬の入ったコーヒーであった。すぐに効き目がでるはずだ。
 クフィは右手で、テスの筋肉が盛り上がった右肩をさすってやった。こうするとテスは気持ち良く目覚めるのである。
 長い付き合いである。
 彼女の愛撫は効果覿面であった。
「ん、ありがとう。クフィ」
 テスは急速に自分が目覚めていくのを感じた。
 目の前の霧が一斉にサァーッと晴れていくかのようである。
 清々しい陽射しが身体を照らし、ポカポカと暖めてくれているかのようだ。
 気持ち良い微風まで吹いてきた。
 もう一口、飲む。
「昨夜、遅くまでリンとやっているからよ」
 クフィが、目覚めの悪いテスを叱る。
 叱るといっても厳しくはない。軽く、流すように言っただけだった。
 テスがこんな事ぐらいで、リンとの仲を止めるわけないものね………。
 と、クフィには分かっていた。
 テスの性分というものが。
 テスがどういう人間で、どういう生き方をし、どう考えるかが。
 ただ、言わずにはいられない彼女の女心と、会話の口火にしようという魂胆があった。
「リン?ああ、おまえ見てたのか?」
 また、一口飲んでからテスは訊く。
 虚ろさは完全に消え、これといって感情のない表情をしていた。
「まぁね。偶然、リンがここを出て行くのを見ちゃったのよ」
 ふうん、とテスは答え、またコーヒーを飲む。
 それが最後だったらしく、残念そうな顔付きをして、ゴミ箱へ投げ入れた。
「あんまりリンに与えない方がいいんじゃない」
 テスは彼女の方へ、ゆっくりと顔を向けた。
 テスの顔には表情がなかった。しかし、虚ろという訳ではない。ただ、目に分かる特徴のある表情がないのだ。
 言わなかった方が良かったかな、とクフィは後悔し、目を反らした。
 何の表情をみせなくても、クフィにはテスの考えている事が分かった。
 この話題は二人にとってタブーだった。
 テスはこの事について忠告されるのを、もっとも嫌っている。
 それは、長い付き合いのクフィが一番良く知っている事だった。そして、テスの怖さも一番良く知っているはずなのに………。
 ちょっと口を滑らせてしまったのである。
 リンに対する嫉妬がそうさせたのかもしれない。彼女はそう思いたくなかったが。
 だが、今日のテスはクフィが思っているよりも少し機嫌が良かった。
「俺が売らなくても、あいつは誰かから買うさ。そして劣悪なのを掴まされて、今より酷くなる。そういう女だよ、リンは」
 テスは吐き捨てるように言い、テーブルの方を向く。
 そこには磁気ディスクが山のように積んであった。
 向こう側が見えない。ただ、見えたとしても発光パネルの白い壁しか見えないが……。
 クフィもその方を見た。
 何かを求めるように。
 また、自分の心をそこに映すように。
 テスの言う事にも一理あるのだが………何か許せぬものが心の中にあった。
 ………何だろう?
 クフィにはそれを理論付けて述べる事は、出来なかった。でも、心の中で許せぬものがどんどん大きくなっていくのが感じられた。
 どんどん大きくなる。
 どんどん大きくなり、
「でも、セックスする必要はないじゃない」
 と、口を突いて出た。
 ああ、これがそうだったのか、と納得する。
 納得して理性でそれを噛砕き、ちょっと自分は意固地になり始めているんじゃないか、と感じ、反省する。この事を話題にしてはいけないのである。二人のルールを踏みにじってしまう。
 だが、どうしても許せなくなってきたのである。
 彼女の悪い癖だった。理性が感情を抑えられぬのだ、二人の事となると。
「リンが、寝たいというから、そうしてやっているだけだよ」
 一生懸命自分を抑えようとしている彼女を尻目に、テスはあっさりと答える。
「でも………」
 感情がたかまり、クフィは言葉に詰まった。
 気持ちを落ち着け、感情を整理する。
 このままじゃいけない、という心の声が制動をかけようとする。
 だが、心より口が早かった。
「ベルの事も考えてあげてよ」
 こうなると彼女は、もう止まらない。
 心のわだかまりを口にする快感を欲してしまうのだ。
 ちなみに、ベルとはリンの同棲相手の名である。真面目で素直なエンジニアである。そして、人の心の闇を知らぬ青年でもある。
 そんなテスとは対照的な人間を引っ張り込んで、クフィはテスに悔い改めさせようとしたのだった。
 単なる思い付きだが。
 いまさら何を言うんだ、とテスはうんざりしていた。早々に切り上げ、朝食にしたかった。腹の虫が泣いている。
 テスは解決の糸口を見つけるかのように、クフィの顔を見やる。
 白くて、ふっくらとした頬が紅潮している。感情的になっている証拠だった。
 感情的になるとクフィは意固地になり、一つの事に固執する。
 そして、心の中をすべてさらけ出すまで、それは続くのだ。
 こうなると、行くところまで行くしかないと、覚悟するしかなかった。
「ベルに悪いと思わない?」
 更にクフィは続ける。
 もう、止まりそうにもなかった。もう、引き返す事は出来ない。
「ああ、悪いとは思ってないね」
 吐き捨てるように、強い口調で言う。もう、やめてほしいと願いを込めて。
「ベルが可哀想よ。リンがあんなになっているなんて、知らないわよ、きっと」
 クフィが尚も続ける。
 何で自分がこんなに固執しているのか、分からなくなってしまった。
 ただ、自分がリンへの嫉妬だけではない、本当の本心を隠すために、喋っているのではないかと思えた。その本心が外へ出るまで終らないのではないか、とも。
 では、本心とは何か。
 彼女もテスも、何となくそれが分かり始めていた。
「じゃあ、俺が教えようか。3日に一度彼女がクスリをやっていて、俺とセックスしているって。お前さんのセックスの技量じゃ、彼女をいかせられないって」
 テスもクフィの調子に乗せられて、声を張り上げる。
「テス!」
 クフィは怒りを感じた。だが、すぐにそれは縮み、消え去った。そして、それと共に心の中にあった意固地も消えていた。
 二人とも、この無益な話題が終りを告げる時刻になった事を悟った。
「ごめんな。でも、彼女の事は彼女に任せろ。他人が首を突っ込まない方がいいだろう。俺も悪かったかもしれない。でも、俺達は昔からこうやって、互いのプライバシーには踏み込まないようにやってきたじゃないか」
 テスが穏やかに言う。
「だからって、誘われるまま、相手のいる女と寝るの?」
 クフィも穏やかな口調になって言う。
「個人個人、好きなようにやればいいのさ。リンも俺も、それで満足しているんだから、いいじゃないか」
 テスが自分勝手な事を言う。
 だが、クフィは怒る気にもなれなかった。
 テスのモットーは、個人個人が好き勝手な事をやってもいいじゃないか、それが他人を傷付ける事であっても………というものである。
 この場合、まさしくテスはこのモットーに従っていた。
「じゃあ、私はどうなるの。私の勝手は許してくれないの?私だって………」
 クフィの本心が、表に出る。
 それを待ってましたとばかりに、テスは彼女を抱き寄せた。
 後は言葉なぞ必要なかった。
 互いに満足するまで、やりあうだけだ。
 クフィは満たされた気分だった。
 テスの素晴らしい技巧を、リンにだけ味わらせておくのは許せなかった。だから、無駄な会話を続け、自分が何を欲しているか、分からせようとしたのだ。
 これが、彼女の本心だった。
 彼女は今、それが満たされ、最高に満足していた。
 が、
 Pi………Pi………Pi………。
 電子音が鳴り続ける。
 船内通話の呼び出し音である。
 快楽のまどろみに落ちようとする二人にとって、あまりにも現実的な音だった。
 テスは内心で舌を打ちながら、クフィから離れ、四つん這いになってベットの奥の壁に埋まっている通話機をONにする。
「はい、テスです」
 不機嫌な声で言い、ムスッとして起き上がったクフィの横に戻った。
「テスか。船長だ。そこに、クフィもいるな」
 はい、いますとクフィが答える。
 二人とも、不機嫌だった。
 通話の相手が船長でなければ、すぐに切られているところである。
 だが、船長はそんな二人の気持ちを無視し、続ける。
「そうか。では、聞いてくれ。昨夜、遅くに新しい仕事が入ったんだ」
「新しい仕事ですって?」
 テスが驚く。
「そう。君が寝ている間に、ラフィスと私で交渉してきたんだよ」
「それはご苦労な事で」
 とテスがぼやく。何でそんな仕事を受けたんだ、と恨みを込めて。
「それで、仕事の内容は何です?」
「旅客だ。団体を乗せて、王国へ降りるんだよ。しかも、荷物は山ほどあり、人形兵器さえ持っているような客だよ」
「人形兵器を持っている!」
 テスが驚き、訝しがる。
 人形兵器とは、この世界での主流兵器である。
 全長7〜8mの機械仕掛けの巨人に乗り、それを自らの身体と化して戦う兵器である。
 値段からして一個人が持てるようなものではない。
 そんな高価なものを持っている客とは………。
「ああ、そうさ。しかも、それが6体もあったぞ」
 船長が面白がるように付け足す。
 テスはまた驚いた。
「で、誰なの?そんな金持ちって」
 クフィがテスに替わって聞く。
「もちろん、王国でそれだけの人形兵器を持っている者なぞ、革命軍か王国軍しかあるまい。しかも、勝手気ままに、これだけの数の人形兵器を動かせる者は、ほんの数人だろうさ」
 謎をふっかけるように言う。楽しんでいるようだ。
 なんとなくテスは、小馬鹿にされているような気がした。気分が悪くなってくる。
「王国の第1王女様だよ。そして、それを警護する親衛隊が少々と、王女様の侍従が少々だね。ほとんど女性というメンバーだよ」
 テスの癇癪が起爆する前に、船長が答えを言う。
「なぜ、またこの船に乗るなんて………」
 とクフィが疑問を口に出す。
「王女様は外惑星視察の旅に出ていたのだそうだ。しかし、運の悪い事に王国まで後一歩というところで、乗っていた巡宙艦のドライブが壊れてしまったらしい。そこで、修理のためここに寄ったそうなんだが、そのドライブの故障というのが酷くて、数日では直らないのだそうだ。王国から迎えに来てもらえば良いのだが、ご存知の通り、国内は内戦状態で、空いている船がないのだそうだ。噂では革命軍が大攻勢を仕掛けたようで、王都も危ないらしい。
 とにかく、このラクシャーサが王都に降りる事を知り、それじゃ一緒に、ということになったのだと。いまどき、内戦でドンパチやっている王国に降りるなんて、うちの船ぐらいだしね。それに王女様を乗せて帰ってあげるんだから、税関も甘くなろう」
 気楽な口調で言う。
 だが、テスはその言葉の内に秘められている、何か、が気になった。
 クフィも同じである。
 船長の口調の、何か、が怪しいのである。
「まさか、そのドライブの故障というのは、積荷の持ち主が仕掛けたのでは………」
 テスが気になった疑問を口に出す。
「まぁ、言うな。色々とあるじゃないか。むこうの都合というものも。こっちも、そのお陰で無事に降りられるんだしな」
 そうですね、とテスは暫し考えた後、答える。
 クフィも納得する。
「それじゃ、10分後に、第4倉庫で」
 はい、と二人は和して答えた。
 ☆
 彼等の乗る大型商船ラクシャーサは、惑星タイロスの静止軌道を飛ぶ、大型ステーションのドックにいる。
 ドックといっても、宇宙空間に屋根をしただけの構造物で、下部は青白く輝く惑星の表面が床のように広がっていた。
 その一角に、ラクシャーサは繋留されている。
 眼下の惑星タイロスには大小40程も国家があるが、惑星単位での政治的軍事的、経済的なまとまりはない。むしろ、互いに争い、領土を広げたり、減らしたりしていた。
 だが、その唯一の例外がある。
 それが、この静止軌道を飛ぶ大型ステーションなのである。
 このステーションは全銀河的な広がりをもつ人類社会への繋がりを維持する事を望む、40ヶ国の共同出資で造られた出島であり、広大な人類社会に対し身を守る、関所であり、巨大な他星系に対するタイロスそのものを代表する唯一の機関であった。
 そのステーションに、今、ラクシャーサはいる。
 そして、すべての審査を終え、惑星タイロスの一国、デベス王国へ降り立とうとしていた。
 ★
 明るい照明の下、荷物が岩のような塊になって、宙を漂っている。
 テスはそれを苦労して床に縛り付け、固定する。
 船には普通1Gの人工重力がかかっている。しかし、今は無重力のドックから荷物が搬入されているため、その機構のスイッチが切られていた。
 だから、テスは動きずらい宇宙服を着て、言う事を聞かぬ、漂う荷物の山と格闘せねばならなかった。
 テスの他に、この広い倉庫には、クフィとベルがいたが、3人では骨折りの酷い仕事であった。なにしろ荷物が山のようにあり、それを持ってきたドックの運搬人は、俺達は運ぶだけだ、といわんばかりに船の外に荷を置いて行くだけなのである。置いておくだけなら良いが、ちょっと慣性が荷に残っていると、そのままとんでもないところまでさ迷ってしまうのだ。それを運んでくるだけでも、骨折りである。
 3人は2時間かけて汗だくとなり、ようやくすべての荷物を固定し終えた。
「疲れたわね、テス」
 とクフィが溜息をつきながら、漂い寄ってくる。
「まったく。ラフィスと船長が羨ましいよ」
 二人は、ドックから入ってくる王女様御一行を迎えるため、船内に残っていた。
「テスさん。人形兵器を積み込みたいと言ってますが、いいですか」
 ヘルメット内にベルからの無線が入る。
 彼は衛士達の人形兵器を誘導するため、船外に出ていた。
 ベルは一番良く働いたのに、まだ率先して働いているのである。まるで、働く事が生甲斐のように。
 テスとクフィは感心すると共に、呆れていた。
「ああ、入れてくれ」
 とテスは気のない返事をする。
 これからまた、何処に人形兵器を置くのかを考え、固定しなければならないのだ。考えるだけで、嫌になる。
「はい。すぐに入れます」
 というベルの元気のいい返事と共に、彼は慌しく口早に命令し始める。
 なんとなく楽しそうだった。
 それもそうだろう。彼は人形兵器が好きで好きでたまらなくて、整備士になったのである。
 近衛兵団の金ぴか人形兵器を見て、狂気乱舞しない方が彼らしくなかった。
「ベル、元気あるわね」
 とクフィ。彼女はふわふわと浮かびながら、テスの肩に寄りかかっていた。
「それゃあね。彼にとっちゃ、滅多にないチャンスだからね」
 とテス。
 二人がうだうだと会話をし、休んでいると、いつのまにやらベルがゆっくりと飛びながら倉庫へ入ってきた。
 背中の重力推進板を巧みに操りながら、ゆっくりゆっくりと入ってくる。
 その身体は常に、出入り口の方を向いていた。
 人形兵器を誘導しているのである。
 テスとクフィはそのまま休みながら、近衛兵団の人形兵器を眺めた。
 赤と白に塗り分けられた巨人が、ベルを追うように飛んでくる。背中には、ベルと同じく、飛行機の片翼のような重力推進板をつけていた。ただし、サイズはベルの数倍はある。
 全身を金属質の丸っこい装甲で被われた巨人。
 しかし、人形を模してはいても、とてもじゃないが人のようには見えなかった。しいていえば、人型の節足動物のようだというしかないだろう。
 だが、それはその巨大さ故に、恐ろしく竦み上がってしまいそうな威圧感を受ける。
 兵器の持つ、宿命だろうか。
 しかしテスは、そんな威圧感に呑み込まれる事なく、冷静に隈なくその全身へ目を走らせた。
 頭部は冑のように見え、後頭部に鎌刃のような飾りがある。顔らしいのが一応あるが、冑の下に隠れて見えない。
 胸部へ目を移す。
 そこは人形兵器の不変の法則のように、鳥の頭を模した造りになっていた。両側に飛び出た目、そしてくちばし。しかし、この人形兵器は他の機種とはちょっと違う変わったものが内蔵されていた。
 鳥の額とでもいったらいいのか………とにかくそこに円盤形の装甲が埋まっていた。ようくみると、それは半球状をしている。そして、真中にうねった曲線が走っていた。
 はぁはぁん、重力子加速砲のカバーだな………とテスは察しをつける。
 あの半球状のカバーは、真中のうねっている曲線から上下に開いたり閉じたりして、なかの重力子加速砲という武器を保護する役目がある。
 ちなみに、重力子加速砲は、軍艦の主砲などに使われる兵器で、重力子を加速させ相手にぶつけ、破壊する能力を持つ。だが、あまりに電力を消費するため、今まで人形兵器クラスの兵器では積む事が出来なかったのである。
 テスはほくそ笑んだ。
 彼とて、ベルに負けないくらい人形兵器が好きである。
 ただ、ベルほど純粋な気持ちを持てないだけの事である。
 これほどの人形兵器を目の前にして、喜ばぬはずがなかった。
「さぁ、仕事に取り掛かろうか」
 テスは傍らのクフィに声を掛け、軽く床を蹴り、飛ぶ。
 眼前に明るい照明に照らされて輝く、巨大な人形兵器の身体が迫ってきた。
 キラキラ輝く装甲は、宝石が散りばめられているかのようだ。
 テスは、舌なめずりせずにはいられなかった。
 ★
 広大なところである。
 奥行きは30mもあろうか。
 高さもある。10mはゆうにあるだろう。
 だが、あまり広さを感じさせなかった。
 あちらこちらに金属材や機械類が散らばり、それを片付けているのか、散らかしているのか分からないような仕事をしているロボットが、数10体飛び回っているからだ。
 しかし、何といってもこの広大なスペースを狭く感じさせている元凶は、中央に佇む、3体の人形兵器である。
 テスはその3体を見上げるようにして、エレベーターホールから出て、奥の小屋へと向かった。
 ここはラクシャーサの人形兵器格納庫である。
 商船とはいっても、ラクシャーサは武装商船である。
 銀河が如何に文明化されたとはいえ、まだ無法地帯は多い。
 宇宙海賊、商船を襲う事を生活の糧としている宙域少数民族、悪徳商人、そして各国軍隊。商船の敵はありとあらゆるところにいる。
 故に商船が軍艦並に武装し、人形兵器を積んでいても何等不思議な事ではないのだ。
 テスはようやく荷の積み込み作業が終り、今度は本来の仕事をしに来たのである。
 格納庫の奥には、小さな小屋が据えられており、その大きな窓の中では、同じく仕事を終えたベルが、テスよりも一足早くここに来て、端末に向かって何かを打ち込んでいた。
 テスはその姿をチラリと見てから、中へ入った。
 小さな室内には、ベルの他に、もう一人先客がいた。
 シートに身を預けるように座る、長身の男だ。
 丸みを帯びたハンサムな顔立ちに、輝くほど立派な金髪が張り付いた青年。
 貴公子的な雰囲気をもつ青年。
 ラフィスだった。
 テスは一瞬意外な人物が居る事に、驚き立ち止まった。
 テスの表情にほんの一瞬だが、嫌悪の陰が走る。
「王女様御一行のエスコートをしているんじゃなかったのか?」
 とテスが訊く。何でここに居るんだ、という嫌悪を込めて。
「船長とベティが、やってくれているよ」
 ごく平静な口調で返答が返ってくる。
「ああいうのは、好きじゃないんだよね、僕は」
 ああ、そうかい、とテスは内心で答え、ラフィスを無視してベルの方へ歩み寄った。
「テスさん、やっておきましたよ」
 とベルが、テスの近付いてきたのを見計らって言う。
 ベルの顔は輝いていた。
 それに反し、テスは嫌な顔をする。
 彼は他人が無邪気に興奮するのが好きではない。しかも、この青年は尊敬するテスのために何かをしてあげられたというだけで喜んでいるのだ。
 テスはそういう犬じみた行為が好きではなかった。むしろ、嫌悪している。
 他人に感情を見せるのが、たまらなく嫌なのだ。そして、その逆もしかり。
 ラフィスがここに居るだけで機嫌が悪いというのに、更にこれである。テスの不機嫌さは、ますますつのった。
「ガイムの部品リストが出来たんなら、倉庫へ取りに行ってくれないか」
 ぶっきら棒に、言う。
 しかし、不機嫌さは表に余り出さなかった。むしろ感情を押し殺したような言い方だった。なんとなく、不自然に聞えなくもない。
「はい」
 とベルはテスの内心なぞ知らずに嬉しそうに答え、プリント・アウトされたリスト表を持って外へ出ていった。
 素早い行動である。
 まるで、飼い主の命令を歓喜して受ける犬のようだ。
「なにが、そんなに嬉しいんだ」
 とテスはベルが出て行ったのを確認してから呟き、端末の前に座った。
 くっくっくっ、という含み笑いが背後からする。
 ラフィスだった。
「テスが、どうして最近ここに来なくなったのか、分かったよ」
「お前の知った事じゃない」
 とテスは素早くいなし、端末を怒りを込めて叩く。
「そうかね。俺のフィフの整備は、テスじゃなければ駄目なんだけどね」
「たまには、自分でやりな」
 とテスは適当に受け流し、端末の上に指を素早く走らせる。
 モニターの上に、字が流れては消える。
 テスの感情を表すかのごとく。
「ベルの事ぐらいで不機嫌になるとは…………もう少し寛容にならなくっちゃ………ベルの彼女を寝取る勇気のある男が………」
 テスは席を勢い良く立ち上がり、ラフィスの方を向く。
 怒りが頭頂から湯気のように、立ち昇っていた。
 だが、ラフィスはシートに深々と腰掛け、腹の上で手を組み、目を閉じて瞑想しているかのように、ゆったりと寛いでいた。
 ますます、テスの怒りが爆発する。
 その時、窓の外をベルの乗る小型トラックが、ガタゴトと走り去った。
 テスの中で何かが弾け、怒りを静かに畳んだ。
 苦労しながら、少しづつ畳んでゆく。
 ラフィスと喧嘩したところで、何の意味もない事を、通り過ぎたトラックが教えていた。
 小型トラックが、今テスがやらねば成らぬ事を暗示したのである。
 無意味だ………とテスは苦々しく心の中で呟き、部屋を出る。
 出る前に、チラッとラフィスの方を覗き見たが、彼は寝ているかのようにピクリとも動かなかった。
 テスは殴りつけ殺してしまいたくなる衝動を抑え、足早に去った。
 テスが出てゆくと、一人残ったラフィスはまた、クックックッと含み笑いを漏らし、眠りについた。
 ★
 部品を隣の倉庫から運んできたベルは、ロボットを使いトラックの荷台から降ろしていた。
 彼が部品を降ろしているところには、部品の山が既に築かれていて、彼はその山を更に大きくしている。
 まるで砂場で遊ぶ子供だ………とテスは思いながら近付いた。
 ベルの顔はそう思えるほど、子供のように喜びに輝いている。
 だが、皮肉っぽくそれを見ているテスの心の中にも、ベルの輝きと同じものが潜んでいた。
 ただ、テスがそれを表に出さないだけである。テスは自分にそのような感情がある事を、努めて隠し、忘れようとしていた。
 自分が子供っぽく見える事が、彼にとって恐ろしい事だった。
 恥ずかしいのである。
 感情をもろ出しにし、子供っぽく振る舞う事で他人から見た自分の評価が下げられるのではないかと、思っているのだ。幼少の頃から自分は大人だと思い続けてきた彼のプライドが、そうさせるのである。
 他の者より、自分の方が優れているというプライドが彼を縛っていた。そのため、子供っぽい感情は押し殺さねばならなかった。決して表面に出してはならぬのだ。
 彼はそう信じ切っていた。
 それを隠す事が、最も子供っぽいのだが………。
 テスが近付く前に、ベルはすべての部品を降ろし終えた。
「ご苦労」
 と、感情のこもらない、ねぎらいの言葉をかける。
 だが、心の中では、ベルへの嘲り、ラフィスへの怒り、そしてラフィスの言葉に対しての自分への反省等が、渦巻いていた。
「いいえ。でも、テスさん。何で今頃になって、船長は[ガイム]を造る許可を与えてくれたんでしょうね。乗る人もいないのに」
 とベルが訊く。
 鋭い推理だ………とテスは感心する。
 テスはベルの子供っぽさや自分を尊敬するところは評価していないが、鋭い頭を持つところは評価していた。
「そうだな………誰か新しい人がこの船に乗り込んでくるのかもしれないな。船長には、その見込みがあるのだろうよ」
「デベス王国で、見付けるのでしょうか?」
「さぁ………分からないな。でも、いいじゃないか。これでやっと[ガイム]が造れるんだしな」
「そうですね。僕も早く、テスさんの人形兵器を造るところを見たいですし」
 とベルが顔を輝かして答える。
 表情には出ないが、テスはまた不機嫌になった。
 自分を、こうもあからさまに評価してくれるのは嬉しいのだが、逆に馬鹿にされているんじゃないかとも思えるのだ。
 偏狭な考えだとは思うが、どうしても寛容にはなれない。
「さぁて、仕事に取り掛かってくれ」
 とテスが、心に反して少し陽気な声で言う。
 ラフィスに言われた事を思い出し、なんとか寛容になろうという努力の賜物であった。
 ラフィスには負けたくない、というコンプレックスの裏返しでもあるが………。
「はい」
 と元気に答え、ベルはロボットに命令する。
 テスは急いで、この場から離れようとした。
 組み立ての第一段階はベルに任せておいてもいいし、何よりも感情をコントロールできなくなり、いきなり怒り出すのではいかという危惧があったからだ。
 感情をベルの前では、曝け出したくなかった。
 自分がベルよりも子供っぽいかもしれないという事実を信じたくないからだ。
 ところが、彼が一歩踏み出し、後ろを向いた瞬間、エレベータから一人の女性が降りてくるのが目に入った。
 サラッとした黒髪を肩で綺麗に揃え、それに囲まれる白く小さな顔に大きな瞳を爛々と輝かせて近寄ってくる。
 船員ではない。たった7人しか乗っていないので、すぐに分かる。
 王女様御一行の一員であるはずであり、事実彼女の服装からそれと知れた。
 可愛らしい女性であった。
 着ている服装が衛兵のものでなければ、侍女と間違いかねない。
 何をしに来たのだろう………。
 ベルも気付き、その方を見ながら同じような疑問を抱いていた。
 広い船内である。迷ったのかな………と一瞬二人とも思ったが、エレベータは船の機械頭脳ロイに制御されている。
 迷うはずはなかった。
 いや、迷う事が出来ぬのだ。
 テスは、チラッとその女の目を覗き見た。
 何かを決意したような、堅い意志と覚悟がその瞳の中で交差している。
 テスはこの女がなにをしにきたのかが、大体分かった。
 テスは相手に自分が心中を見抜いた事を悟られぬよう、表情を消し、ゆっくり近付く。
 心の中のどろどろした感情は消え、いつものテスに戻っていた。冷静で………。
 彼はこの表情を消す技に優れていた。
 心の中の動きが、殆ど現れなくなるのである。しかし、無表情というわけではない。相手に本心を悟られぬ程度の技であり、普通程度の表情は顔に出す。そうでもしなければ、逆に疑いかねられないからだ。
「どうかしましたか?」
 突然現れて困った、という表情と口調で言う。
 可愛らしい女衛兵は、初めてテスが近付いてきたのを気付いた、という風体で目をぱちくりと瞬き、テスの顔を見やる。
「え………ええ………ちょっと迷っちゃって………わたし、自分の人形兵器を見に行こうと思って“格納庫へ”ってエレベーターに命令したら、ここに来てしまって………」
 途中途中、濁りがちな口調で誤魔化す。
 必死になって考えたな………とテスは内心でほくそ笑む。
 それでは、その努力を評価し、策略にのってやるとするか………と決意するが、表情には一切出さない。
「そうでしたか………では、せっかくですから、船内をご案内いたしましょう。後れながら、私は副長のテス。向こうは整備士のベルです」
 恭しい態度で、ベルまで紹介する。
 それを聞いていたベルが、こちらに向かってチョコンと頭を下げる。
 しかし、彼女はその方を見ていなかった。
「わ、私は近衛兵団第3人形兵器隊、ヤクシャ」
 相手があまりに流暢に喋り出し、圧倒されたのか、どもる。
 だが、この好機を逃すまいと、気を落ち着け、さっそく仕事に取り掛かった。
「すごい人形兵器達ね。あの奥の銀色のは何という型なの?」
 一番奥、とはいっても出口に近いところだが、の人形兵器を指差す。
 それは頭部に二本の角を両側から生やし、後頭部に半月刀の飾りをもった人形兵器である。全身が鈍い銀色に覆われ、ほっそりとしている。
「あれは、ソルです。私の人形兵器で、一般に言う型式などありません。手製の人形兵器ですから。強いて言えば、貴方達のバルディに似せて造ってあります」
 テスが流暢に説明してゆく。
 顔は極めて朗らかだが、相手の様子を注意深く観察し、充分用心していた。
 相手の目的が何であるのか、まだ完全に見極めていないのだ。用心にこしたことはない。
「隣の3本角。額のところに天井高く、そそりたった角飾りをもった奴が、フィフです。これはソルをベースに改良・発展させた型で、能力的には武装に重点をおいています」
「後ろの黒いのは?」
 銀色のソルと灰色のフィフの後ろに、もう一体、黒い人形兵器が立っていた。
 それは、2体とは明らかに違うコンセプトで造られている事が、一目でわかる。
 前の2体は、ひょろっとしていて素早そうだが、この黒いのはがっしりしていて力強さが全身から感じられる。
「あれは、クリッツアです」
「クリッツア?どこかで聞いた事のある名前ね」
 考え込むように首を傾げながら訊く。
「第3次聖戦に出た名機ですよ」
「ああ、あのクリッツアね。でも、現存する機体は無いんじゃなかったっけ?」
「これは、レプリカです」
「ふうん。でも、良く出来ているわよ………」
 感心するとも、疑っているともとれる口調で言う。
 そして、もう一度クリッツアの方を見る。
 キラキラ輝く瞳には、必死にその姿を心の中に焼き付けようとしているかのような雰囲気が漏れていた。
 テスは危険を感じた。
 この女はこれ以上クリッツアを見せてはならぬと、本能が教えるのである。
 テスはクリッツアを見続ける彼女の背を押すように、エレベーターへと誘導する。強くもなく、弱くもない背の押し方だった。
 自分の焦りを悟らせてはならぬ、というテスの気遣いである。彼はこの手の気の使い方には慣れていた。
 ヤクシャはまだ見足りなかったようで不機嫌だったが、テスに逆らわなかった。大体納得したのだろう。
 テスはエレベーターに乗る前に、ぽかんと呆気にとられていたベルへ2,3仕事を命じる。
 ベルがそれを判断できたかどうか分からぬまま、エレベーターの扉は閉まった。
 部品の山に埋もれて、呆然となっているベルを残して。
 ★
「どうだった、ヤクシャ。いい男いた?」
 客室へ帰り、同室の同僚が船内見学を終え、帰ってきたヤクシャへ声をかける。
 ヤクシャは、自分のベッドへどすんと腰掛ける。
 あれほどキラキラ輝いていた瞳が、なんとなく虚ろである。
 何かを必死になって考えているようだ。また、何かにとり憑かれているようにも見える。
「この船、どこか怪しいわ………」
 ポツンと言う。
「何が?」
「この船の武装よ。凄い船よ、この船。戦艦並よ」
 興奮しながら言う。また、目がキラキラと輝く。
「武装商船だもの、当たり前じゃない」
 同僚は何でヤクシャが興奮しているのか分からず、きょとんとした顔で言う。
「そうじゃ、ないのよ。素晴らしく最新なのよ、この船の武装は」
「商船なら、当たり前じゃない。金持ちなんだもの」
 同僚は付き合ってられないという表情をすると、ベッドに潜り込んでしまった。
「少し休まないと。入国はすぐよ」
 と言い残し、壁の方を向いて寝てしまった。
「何か怪しいわ、この船。そして、テス。彼が一番怪しい」
 とヤクシャは呟き、同僚と同じようにベッドに入る。
 しかし、彼女は寝付かれず、いつまでたってもテスと船の事を怪しんでいた。
 ☆
 ラクシャーサはステーションを出港し、デベス王国の内戦が沈静化したのを確認してから、大気圏へ突入して行った。
 黒い魚のような船体。それを際立たせる、後部上下の二枚翼と、船体中央部の小さな二枚の翼。
 闇の空を飛ぶ、黒い魚。
 大気の光に照らされ、ますます黒々とした船体を見せながら大気の海へ、沈む。
 ラクシャーサは泳ぐように、大気を切り裂いて行く。
 黒い黒い点が、青い大気に溶け込んで行く。
 赤茶けた大地へ向けて。


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