8. 「大丈夫?」 シルキーが顔を覗きこむように聞いてくる。その顔にはやや心配の色があった。 レイチェルは椅子に座りながらチラッとシルキーを見たが、また不機嫌そうな顔をして床を見詰め続けた。 ドタンバタンと室内は騒乱の渦である。公安の奴隷がジィジレの家を家捜ししているのだ。 レイチェルとシルキーの居るところは、その中でオアシスの如き場所となっていた。 レイチェルはあの後、裏口から侵入してきたシルキーに助けられたのであるが、その後が大変だったのである。シルキーはレイチェルを助け出した後ガイリィに指示を仰ぐため電話したのだが、そのガイリィが公安に連絡しガイリィよりも先に公安が到着してしまったため、公安がレイチェルをまるで犯人の如き取り扱いをしてしまったのだ。その尋問は厳しく、まるでレイチェルがジィジレを殺したかのような取り調べだった。 ガイリィが到着し、レイチェルが解放されたのは、つい先ほどの事である。 レイチェルは疲れ切った表情のまま、黙りこくっていた。目付きが異様に鋭く、近寄りがたい雰囲気である。 ガイリィと公安が向こうのキッチンで何やら言い合っている声が聞えてきた。公安はまだレイチェルを疑っているようだ。 その会話を聞くと、レイチェルはますます不機嫌になってゆく。顔に険しさが増してくる。 「ところで、何か収穫はあった?」 とシルキーがきく。 「擦り傷4箇所………」 ぶっきらぼうに答える。 「他には?」 「………」 もう尋問はこりごりだった。レイチェルはそれを答えるため、キッとシルキーを睨むが、彼女は遠慮せず話を進めていた。 「私が兵站部に行って調べたら、コウロはマキウムの死後、ジィジレと組んで仕事をしていたのよ。二人で色々と整備していたわ。ミサイル、戦闘機械、レーザー砲………」 紙切れをポケットから出して喋り続ける。 レイチェルはうんざりしていた。なんとかシルキーの話しを止めさせたかった。それにはこちらから話しかけるのが一番良い。だが、何を話すのか、話す内容によっては、今よりもっと不愉快な状況になるうる事も考えられた………閃くものがあった。 「ああ、そうだ。彼は死の間際に、鳳仙花の種の事を言っていたわ」 レイチェルは息も切れ切れに喋るジィジレの言葉を思い出し、シルキーに教えてやる。 「ふうん、鳳仙花の種ねぇ」 シルキーはそれを聞くと大人しくなったが、なぜかニヤニヤと笑っていた。 レイチェルはそんな彼女に目もくれず、静かになり沈思しやすくなったところで、改めてジィジレのくれたヒントについて考え始める。鳳仙花の種………鳳仙花なんて久しく見ていない。地球にいた幼女時代の記憶に、微かに残っているくらいだ。コンクリートの瓦礫の中から、汚い赤い花を咲かしていた花………それすらも確かな記憶ではない。もしかすると、その花は鳳仙花ではなかったかもしれない。 (種って、いったい、どんなのだったけ………) はっきりと思い出せないが、何か特徴があったように………。 「あっ!」 レイチェルは思わず叫ぶ。 「やっと分かった?鳳仙花の種………彼等は種をミサイルに積んで外へ打ち出そうとしていたのよ。鳳仙花の種のように勢いよく、弾き出そうとしているのよ」 シルキーが待っていましたといわんばかりに口を開いた。 「………」 絶句しつつレイチェルは驚愕の眼差しでシルキーを見やる。どうして分かったんだろう?レイチェルは石像のように表情を失っていた。 「人間じゃ持ち出せないもの………手っ取り早く種を持ち出すには、それしか手はないでしょ」 シルキーは得々と語る。 「………」 レイチェルは赤面しつつ、頷く。恥ずかしかった。シルキーが分かったのに、自分が分からなかったのは恥以外のなにものでもない。それにシルキーに負けたという事実が、彼女のプライドをいたく傷付けた。 「そう云う事だったのか………」 突然二人の背後から声がかかる。 ハッとなり二人が振り返ると、そこにはいつの間にかガイリィが考え深げな顔をして立っていた。 「船籍、国籍不明の船が近付いているのは、そう云う訳だったのか。種をミサイルに積み、その船に回収させる気だったのか………なるほど、コロニー直属の戦闘艇や戦宙機には出港禁止命令の出ている今なら、コロニーに近付く不審船への攻撃はコロニーからの直接攻撃だけだからな………近付きやすいし………そんなに近付く必要もないな………」 とガイリィは呟いている。 レイチェルとシルキーは息を呑んで、ガイリィの次の言葉を待った。 「二人とも急いで宙港へ行き、そこで待機しているアルレイド号の戦闘艇に乗り込んで、このコロニーから発射されるミサイルをすべて撃ち落してこい」 「はい!」 二人は弾かれたように家を出ていった。 ★ ガイリィの手配が良かったのか、二人はすんなりと宙港の出国審査をパスした。 二人は今、港へ向かうエレベーターに乗っている。 「おかしいわ。手際が良すぎる」 レイチェルは突然そう言い出す。彼女はガイリィの言葉を思い出していた。彼の言葉は、レイチェルの心に疑念を生じさせるのだ。あまりにも手際が良すぎるのである。 「たしかに戦闘艇を呼んであるとは、手際が良すぎるわね。いくら、出港禁止命令が緩くなって、外から入る戦闘艇は、コロニーから出港できるようになっていてもね」 シルキーも同じ思いをしていたのか、すんなりと同意する。 「変よ………絶対に………それに、このコロニーで力はないといっても電話で片付くんじゃない?防衛軍がこの話しを信じなくてゴネても、外にはアルレイド号がいるんだからアルレイド号に迎撃を任せて、防衛軍のミサイル攻撃を中止させることだってできるんじゃない?」 とレイチェルが疑問を呈しているうちに、エレベーターは港に着いた。 フワッと身体が浮き、二人はこの懐かしい無重力の体感を味わいながら、港内施設に入る。 二人を待っていたのは、アルレイド号の2号戦闘艇だった。シルキーの艇である。 「なにはともあれ、私達はガイリィ様の命令に従わなければならない………」 とシルキーはレイチェルに向かって言い、港内の係員が指示するアクセスチューブへ向かう。 「疑問点は帰ってから明らかにしましょう」 レイチェルはシルキーの後を追いながら答える。奴隷は納税者の命令に従わなければならない………今彼女等のやる事は一つだけである。他にないのだ。 「………あの………乗り込めるのはシルキー艇長お一人です………」 戦闘艇へのアクセスチューブの出入口に立つ若い奴隷が、手で二人を制しおずおずと言う。 二人は顔を見合わせて、肩を竦めた。 「仕方ないわね………行っといで」 レイチェルはシルキーを押しやる。 「悪いわね。ここで待っててね。活躍してくるから」 と言い残し、シルキーは嬉しそうにアクセスチューブの中に消えて行った。 レイチェルは一人寂しく戦闘艇を見下ろせる窓に取りつく。 光の囲まれる灰色の戦闘艇を見つつ、レイチェルはシルキーに手柄をすべて掻っ攫われたことを悟った。種の持ち出し方を見付け、それをガイリィが認めている………完全に負けだった。しかし、レイチェルは口惜しいとは感じなかった。心が別の事を考え始めている。ジィジレの言葉が脳内で渦巻いていた………。 戦闘艇は明るい照明に照らし出され、だだっ広い港内の壁に寄り添うようにポツンと佇んでいた。球形の船首のスリットのようなブリッジの窓から明かりが漏れている。レイチェルはそれを見ると、たまらない淋しさを感じた。シルキーがいなくなり独りぼっちになったせいだろうか、とても不安である。 (何故だろう?………) 今までこんな風に感じた事はなかった。 「レイチェルだね」 突然背後から声をかけられる。 「………はい」 ビクッと驚きに身を震わせながらも答え、振り返った。 いつの間にか4人の男が彼女を囲むようにして漂っていた。誰もが同じ灰色の制服を着ている。 レイチェルはその制服に見覚えがあった。 (公安………) 「スパイ容疑で逮捕する」 男達は一斉に黒光りする銃を彼女の方へ向けた。 「えっ?」 ★ 「なんで、あんたらがここにいるのよ」 シルキーは狭いブリッジに入るなり、3人の部下に声を掛けた。 「アルレイド号が隣のコロニーに行ってしまったので、我々が艇長等の帰りを待つ事になりまして………艇長等を乗せたら、アルレイド号と合流する予定だったんです。そのためこのコロニーのまわりに停泊していたんですが、先ほどガス欠になってしまいまして、補給してもらったんです。でも、いきなり待機命令が出て、ここで待ちぼうけを食ってたんです………」 と3人の中で一番年長のセンサ担当が答える。 シルキーは舌打ちをした。そんな訳があったとは、思いもよらなかった。ガイリィへの疑念はたちまち氷解する。彼はたまたま、アルレイド号がもうここには居なく、自分の帰りを待つ戦闘艇がここに居る事を知っていただけなのだ。 シルキーは心の中で、ガイリィに対し疑ってしまった事を謝罪した。 「発進準備」 艇長席に着きながら、命じる。 「了解」 3人の部下の返事が、ポンと心地よく返ってくる。艇内に騒音と震動が戻ってきた。 「さぁ、行くよ!」 シルキーの心は晴れ晴れとしていた。この作戦さえ旨く行けば、この事件を解決したも同じである。薔薇色の未来が彼女には見えていた。 ★ 「敵は?」 シルキーは首筋、両手首の電脳直結コネクタにコード付きのバンドを巻きながら聞く。 戦闘艇は、コロニーから10qほど離れたところに停泊していた。 「コース変わりません。クラスはやはり巡宙艦です」 左隣のセンサ担当が答える。 シルキーは電脳を操作し、各種情報を手前のモニタに映し出す。確かに巨大な物体が近付いてくる。姿勢制御ロケットの噴射量から割り出した敵艦の大きさは巨大だった。大型巡宙艦のアルレイド号といい勝負だ。 「いいかい。私達の目標はあの敵艦じゃなくて、コロニーから発射されるミサイルをすべて撃ち落す事だからね」 念には念を入れて、もう一度作戦内容を確認しておく。 「はい。でも何で………」 兵装担当の若い部下が、彼女の方へ首を捻って聞いてくる。 「地球に帰りたくなければ、命令に従いな」 凄みをきかす。 「………了解」 渋々男は返事をし、仕事に戻った。 「あっ、コロニーがミサイルを発射!長距離タイプ、4です!」 センサ担当が叫ぶ。 すぐさまシルキーは電脳を通じて船外カメラでそれを捕らえた。4つの白い光点が見える。距離、方位、加速度………諸々のデータが頭の中に流れてきた。 「よし………」 シルキーは次の命令を出そうとする、が、 「あれ?ミサイルの一基が加速しないで………あれ?てんで違う方向へ向かって行きます」 センサ担当が変な声で報告する。 シルキーにはピンと来た。それがなんであるかが分かったのだ。 「それ、そいつよ!そいつを狙うわ」 と叫ぶ。 「加速し接近。距離6でミサイル、2になったらレーザー、1になったら氷砲」 「了解」 という返事と共に、グーンと艇が加速する。 シートに叩きつけられながら、シルキーは興奮に胸を高鳴らせていた。 「あっ、ミサイルの推力が倍に増加!」 「距離!」 シルキーは加速度に押し潰されそうになりながらも、声を張り上げる。絶対に逃がす気はない。絶対に………。 「6!」 「撃て!」 シルキーの怒鳴り声と共に、戦闘艇が揺れる。武装ポットから、6発のミサイルが発射されたのだ。6つの光点が、小さな窓から見える。 シルキーは素早く船外カメラと直結し、姿を捉える。が、時既に遅し、白色の光球が宙に浮いていた。 「やった!」 思わずシルキーは叫んでいた。しかし、喜んでばかりはいられない。今のは囮であるかもしれないのだ。 「加速止め!逆推!他のミサイルを監視する」 だが、この瞬間、残った3発のミサイルは、敵艦により撃破されていた。 「アルレイド号です!」 「えっ!」 シルキーはセンサの情報を読む。この識別信号は確かにアルレイド号だった。それとともに敵艦は、猛加速で逃げ始めた。 コロニーからのミサイル発射は、もうなかった。 ★ シルキーは戦闘艇の細長い窓一杯に広がる港の入り口を見ていた。 艇はすんなりと、というよりは強制的にコロニーに入港させられていた。 シルキーにはそれが面白くなかった。と同時に、不吉な胸騒ぎを感じていた。本来なら、事件解決の喜びに浮かれているのだが、どうもそんな気分にはなれない。喜びを抑える何かが心を支配していた。 「ねえ、艇長。変な事があるんですよ」 センサ担当が声を潜めて話し掛けてくる。 「なに………」 考え事をしていたシルキーは不機嫌に答える。 「いえね、燃料補給の時、レジアという兵站のお偉いさんが、ミサイルの補給をしてくれたんですがね………」 「なに!」 シルキーは食いつかんばかりに身を乗り出すが、シートベルトにより押し戻されてしまう。 「ええ、こっちもミサイルの補給をしていなかったので、ラッキーと思ってやってもらったんですがね………こっちは降りちゃいけない、と言うからミサイルの積み込み作業は見ていないんですが………私がこっちの窓からチラッと見ただけなんですが、変なんですよ。ミサイルを4発補給してもらったんですが、こっちへ運んでくるとき4発しか持ってこなかったのに、帰るときに1発持って帰ったんですよ。でも、モニタでチェックしたら、ちゃんと4発補充されているんですよ。………不思議でしょう。いったいあの1発は何処から来たんでしょうね」 シルキーの顔はその話しを聴けば聞くほど凄みが増して行った。 何かを必死に考えている………。
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