6. 「次々と死んでいくなぁ………」 壁際に立ち、ガイリィは呟いた。 雲の如く室内に充満していた埃が、開け放たれた窓からフワフワと漂いながら出て行くのが見える。 ここはコウロの部屋。 コウロの自殺もマキウムの時と同じように公安の捜査が入ったのだが、今回の捜査にはガイリィの一家の関係者が担当する事になったので、その捜査を見学できる事になり、ガイリィはレイチェルとシルキーを伴って来ていたのである。 3人は壁際に立って、公安の奴隷が室内を滅茶苦茶にしてゆく仕事を見続けていた。 コウロの部屋は簡素そのもので、備え付けのベッドと机、それに少量の衣服のみであった。それに加え、日記やそれに類するメモもなく、手紙も一通も出てこなかった。生活感に乏しい部屋だ。 コウロの部屋には生活に必要な最低限のものしかなく、無駄なものは一切購入していなかった。これは奴隷としては珍しい事である。奴隷は納税者達の経営する会社を潤すため、消費意欲を人為的に高められているからだ。奴隷は納税者に使役され、納税者のために製品を作り、そしてその製品を納税者のために購入しているのである。奴隷の大半はその高揚された消費意欲のため破産寸前でありながらも、盲目的に次々と製品を買い続けているのだ。だから、コウロのように必要最小限の物しか買っていないというのは、珍しいのである。あり得ないといってもよい。マキウムのように物が部屋中に山積みになるのが普通なのである。 ただ、コウロの場合は女に有り金すべてを使っていたともいえなくもないが………。 とにかく、シルキーがマキウムの部屋を見て発した、最初から死ぬ覚悟だったんじゃない………という言葉がピッタリと当てはまる部屋である。 (彼は自殺するために、このコロニーに来たのだろうか?………) ガイリィの右隣に立ち、ぼんやりと殺風景な部屋を見渡しながら、レイチェルは考えていた。 (いや、違う………) すぐ否定する。 彼は最初から死は覚悟していただろうが、ただ単に自殺をするためにここに来たのではない。最初から死を覚悟していたのは、ここで違法な仕事をしなければならなかったからだ。ここから生きて出れないような事を………。 今回ばかりはレイチェルも、シルキーの意見を認めないわけにはいかなかった。どう見てもコウロは怪しい。ただ、彼が今回の寿命延長剤の種消失事件に関わっているかどうかは、はっきりと断言はしない。もしかすると、コウロは別の件で自殺しなければならなかったのかもしれないからだ。 (別の件って?………) 自問するが答えは出ない。 短絡的に考えるなら、シルキーの言う通りレジアを中心とするスパイ団の一員で、今回の事件の主役………とみるのが一番楽なのだが………。 (しかし………) レイチェルはホッと安堵の息を吐く。 もし、シルキーの作戦が実行されていれば、コウロの正体が分かり、今回の事件が解決していたかもしれない。それに、コウロが今回の事件に関与していないとしても、彼は何かしかの秘密を持った人間のようだから、作戦が実行されればレイチェルは目も当てられなくなっていただろう。すべてを自分一人の手柄にするつもりだったのに、シルキーに手柄をすべて奪われかねなかったのだ。 レイチェルはコウロが口を割るまえに自殺してくれた事に感謝する。それと同時に、この好機を逃すまいと反撃の手をあれこれと考え始めるが、そう簡単には思いつかず苛立った。 どたばたの続く公安の捜査は暇そのものだった。 レイチェルの左隣でぼそぼそ喋る、ガイリィとその手下の納税者の男の声が聞える。レイチェルは思わずそれに聞き耳を立てた。 「………ガイリィ様、お気を付け下さい。バリズディウム長官があなた様の動きに目を光らせ始めています。あなた様が奴隷を使って何をしようとしているのか気にかかるようです」 公安の男の声が聞える。 「………それで、捜査の進捗具合は?」 気のないガイリィの返事だった。男の忠告など耳にも入っていないようだ。バリズディウム如きに何ができるという驕りが感じられた。 「はい。それが、バリズディウム長官直々の陣頭指揮のもとで捜査が行われているのですが………あの石頭ときたら、研究所に共犯がいると言い張って、ぜんぜん捜査が進んでいないのです。とりわけ、研究所の警備員をかたっぱしから捕まえて尋問しているのですが、尋問といってもほとんど拷問のようなもので、あれでは話したくても話すことができませんよ。あんなに酷くやられれば、喋る力もなくなりますから………近頃は女奴隷を尋問するのに味をしめたらしく、警備の女奴隷は殆ど捕まえられ、奴の玩具にされています。あまり大声では言えないのですが、尋問した奴隷の3人に1人は拷問の末、抹殺されてしまうそうです。そのせいで、今では研究所の警備を公安が代行してやっているのですが、今の方が種を盗みやすくなってますね………」 嘲笑う。 「あの色ボケジジイがやりそうなことだ」 ガイリィも口調に少々嘲りをこめて答える。 「はい。でも、結構必死になってやっているんですよ。なんといっても、今回の事件が解決できなければ、ベイロン・アクティウム様によって馘を切られるのは確実ですから」 「伯父ならやりかねんな」 「しかし、今回の公安の捜査が失敗し、種が外部の者の手に渡れば公安の責任になりますから、ベイロン様も必死でしょう。御一家で、ベイロン様を非難する準備はもうなさっているのでしょう?今回ほど、ベイロン一家を蹴落とすチャンスはございませんものね」 「お前の知った事じゃない」 叱るが、その口調は軽かった。 「すみません。ですが、ベイロン様がご自身が種を盗んだと思われるのを怖れ、今回の事件は植民地連合のスパイがやったのだと言いふらしているのをご存知で?彼が懸命に釈明しているのは、どうやら貴方様の兄上のせいらしいのですが………」 「そうかい。フーン、植民地連合ね………ボスコーン一族に何ができるというんだい?ボスコーンがやったとみるくらいなら、確かにベイロン一派が主犯だと思う連中の方が多いだろうさ」 フフフと含み笑いをする。 「そうですね………しかし、先に話しましたが、バリズディウム長官はベイロン様とは違った考えをもっているらしく、今回の事件は貴方様の自作自演ではないかとしきりに囁き回っていましたよ。貴方様がそこにいる奴隷を使って種を隠しているのではないかと疑っているのです。今回の事件が解決できなければ、ベイロン一派は公安を追い出され、アクティウム本家と親密な一派が公安を牛耳り、本家は薬の販売活動をしやすくなるから、本家が今回の事件の主犯だ、というのが彼の言い分なのですが………」 「ハッ、責任転嫁も甚だしい!確かに、このコロニーからベイロン一派がいなくなれば、我等本家の天下だな………薬の製造量についてとやかく言う喧しい連中を追い払えるなら、バリズディウムの言う通り私は何でもやるだろうさ。だがな、ベイロン一派を追い払えても、奴等は今以上に製造量について文句を言ってくるだろうさ」 吐き捨てるようにガイリィは言う。 「そうですな………」 男は答え、黙り込んでしまった。 会話が途切れるのを待ってましたといわんばかりに、ガイリィは傍らで聞き耳を立てていたレイチェルとシルキーの方を向く。 二人は飛び上がらんばかりに驚いた。盗み聞きをしていたのがばれて、怒られるのかと思ったのだ。 「君等に一応言っておこう。このコロニーはアクティウム一族の物であると思っているかもしれないが、我々アクティウム一族にも色々と派閥があって、私の一家はアクティウム本家ではあるが、このコロニーではあの研究所と工場、それに売春センターの権益しかないのだ。だから、このコロニーで私の融通のきく場所の方が少ないくらいだ。このコロニーの大半は私の一家以外のアクティウムが占めているのだ。だから、あまり私の力を過信しないでくれ」 とガイリィは無表情のまま、淡々と話す。 二人はキョトンとしていた。なぜガイリィがこんなことをいきなり話し始めたのか理解できなかった。 ただコックリと頷くだけだった。 ★ 「さて、コウロがスパイだった事は確定したわね」 とシルキー。 二人はガイリィと共にホテルに帰ってきていた。 シルキーはベッドのまわりを歩きながら推理に耽っている。レイチェルはベッドの上にどっしりと腰を下ろしたまま、歩き回るシルキーをぼんやりと見上げていた。 「なんでよ?」 とレイチェルは食って掛かるが、心の中はシルキーと同じだった。あのなにもない部屋を見れば誰だって同じ結論に達するだろう。疑う余地はない………ないがレイチェルは食って掛かった。単なるシルキーへの反発である。それだけだ。レイチェルは素直になれない自分が哀しかった。 「レジアの渡した文よ。あれのなかに毒入りカプセルが入っていたのよ。お前はもう用済みだから死ね………という言葉と共に………」 「そんな簡単に………」 殺してもいいのだろうか。自殺すれば逆に、彼の存在が目立ってしまうではないか………ふとそんな気がしていた。 「でも、遺言はあるにはあったけど、マキウムのと殆ど同じじゃない。あの二人はスパイだったのよ」 断言する。 「死ななければならなかった理由は?」 「用済みよ。廃棄処分。それに脱走は不可能だからよ」 「本当にそう思う?」 レイチェルは立ち止まったシルキーの顔を覗き込んだ。少々俯きかげんな彼女の顔には、何の表情もなかった。いつもの万人向けの笑みもない。懸命に頭を使っていて、表情を作る余裕がないのだろう。 「ここに入国したときから、彼等は死ぬ気だったのよ。種を盗んだら、コロニーに戒厳令がしかれ、鎖国状態になるのは分かりきっているもの。人間はここから出られなくなるもの。とくに奴隷は………用済みよ………もう必要が無くなるもの………スパイ団のボスにとってはね。ボスさえ生き残って、ほとぼりが冷めてからゆっくりと種を持ち出せばいいんだもの」 ニコッと笑いながら、シルキーは自信たっぷりに言う。 「確かに、そうね。ボスを逃すための自殺かもね………証拠を残さぬため………いや、捜査の目を釘付けにするため………?………?………」 レイチェルは呟くように喋っていたのだが、急に口篭もる。喋り続けていくうちに、閃くものがあった。これこそ彼女が求めていた真実のように思えてくる。しかし、依然として全体像は雲を掴むように、はっきりはしていなかったが………。 「マキウムはスパイじゃないかも………」 レイチェルは表情を強張らせながら、ボソッと呟く。 「え?なに言ってるのよ!」 それを聞きつけたシルキーはたしなめる。 「あのマキウムの部屋にあったレジアの電話番号も変よ。もしかしたら、マキウムの字じゃないかも………」 シルキーを無視し、考えをまとめるように呟き続ける。 「なに考えているのよ」 シルキーは呆れ返っていた。彼女にはレイチェルの閃きが理解できないらしい。 レイチェルは黙りこくって、考え続ける。目が真剣さを増してきた。 静寂のなか、突然ピーという音がして、ファクシミリから紙が吐き出された。 二人は慌てて紙を手に取った。 頭をカチンコとぶつけ合いながらも、二人は競って内容を読み始める。 吐き出された紙は、ガイリィに頼んでおいた、コウロの自室にあった電話機の使用状況である。だが、殆どコウロはそれを使っていなかった。ただ、自殺の30分前に、一件電話をかけている。 シルキーはそれを見ると、一目散に端末に駆け込んだ。 先を越されたレイチェルは、ドスンとベッドに腰を下ろし、仕方なくゆっくりともう一度それを読んだ。 「ジィジレ………奴隷ね………でも高い地位にいるのね。奴隷の元締めか………」 と紙を見ながらレイチェルは呟く。 「分かったわ。彼はマキウムやコウロの上司よ」 端末とアクセスしたシルキーが声を張り上げる。 「でも、死ぬ前に何を話していたんだろう?」 とレイチェル。 「分からないけど、今日休んでいるわよ………」 とシルキー。これも端末からの情報だった。彼女はかなり深く調べているらしい。 「怪しい?」 とレイチェルはシルキーを茶化すが、彼女は聞いていない。 シルキーは端末から離れると、レイチェルの方を向き、ニッコリと笑った。 「彼を張り込もうよ。きっと種の行方は彼が知っているはずよ………それにあの二人みたいに自殺されたら困るしね。彼の自宅は奴隷用の一軒家だから、窓から中を覗き込めるわ」 「じゃあ、行こうか」 素直にレイチェルはシルキーの提言を受け入れ、スクッと立ち上がる。だが、 「私は防衛軍の兵站部へ行って彼の情報を集めてくるから、先に行ってて」 有無を言わせぬ言い方でシルキーは言い、サッといなくなる。見事な早業であった。 レイチェルは扉が閉まるまで唖然として身動き一つ出来なかった。シルキーは何か手掛かりを掴んだか、閃くものがあったのだろう。自分一人で手柄を立てるつもりなのだ。シルキーの妙技にうまくしてやられ、完全に出遅れてしまったようだ。 「………」 レイチェルは地団太を踏んだ。
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