5. 翌朝、早速二人はコウロの張り込みを始めてみた。彼女等には現状でできる捜査というとそれぐらいしか思いつかなかったのである。 ガイリィが公安から取り寄せてくれた情報によると、コウロはマキウムと同じアパートの住人だった。同じアパートに住んでいるといっても、一棟には300人もの奴隷が住んでおり、かつ職別によって固められて住まわされているため、この事だけでコウロをマキウム殺しの犯人だろうと疑う事は出来なかった。 しかし、公安情報はまだある。公安は殆どの奴隷について根掘り葉掘り調べてあるらしく、コウロの情報もかなり詳しく記載されていた。それによると、コウロは職場へ行く以外は殆ど外出しないらしく、職場と自宅を往復する毎日だった。職場での評判は、真面目で無口。そして、友人と呼べる者は一人もいないらしい。これといって特徴のない男のように思えたが、唯一奇異なる趣味を持っていた。大の女好きらしく、週に一度は必ずといっていいほど売春センターに行くのである。 「娼館に連絡員でもいるんじゃないかな」 と白いプラスチック製のコーヒーカップを下ろしながら、シルキーが自説を披露する。 レイチェルとシルキーはコウロを尾行して奴隷用商業地域内の喫茶店に来ていた。 滅多に外出しないといわれたコウロだが、魔が射したのか、たまたま用事があったのか、レイチェル等が張り込みをしたその日に、外出したのである。部屋の中に篭られて、何をしているか分からないよりも、こうやって姿を晒してくれる方が彼女等にとっては有難かった。だが、なんだか彼女等の張り込みを知って出てきたようにも思われなくもなかった。 コウロの突然の外出を訝しがりながら、二人は尾行を続けたのである。 喫茶店には、安息日なのに金が無くて何処にも遊びに行けない奴隷が大勢いて、彼女等が隠密にコウロを見張るには好都合であった。 「考えられない。娼館は入国時に一度徹底的に公安によって深層心理検査をされるもの。連絡員や工作員が入り込む事は不可能よ」 レイチェルは頭から否定する。 「そうね………でも、一応彼がどんな女と接触しているか調べておこうよ」 自説に未練があるのか、シルキーはしつこく食い下がった。 「いちおう………ね」 レイチェルは適当に受けたが、心の中では絶対にありえないと否定していた。 娼婦みたいな密室内で客と一対一で接する、工作員が暗躍する温床となるような商売は、特に公安が目を光らせているのである。そんな中で連絡を取り合うなんて絶対に出来ないし、工作員だって馬鹿じゃないだろうからそんなところを連絡場所に使ったりはしないだろう。 レイチェルは持っていたコーヒーカップで顔を隠しながら、そんな事にも気付かぬシルキーに嘲笑を送っていた。 とその時、シルキーの丸長の顔の向こうに座るコウロに近付く影があった。 「あ、あの男………」 レイチェルは驚きの声を上げる。目はコウロに近付く巨体の男に釘付けになっている。 「え?」 驚きにつられてシルキーも首を捻って後ろを見る。 「あっ………」 彼女もその男を見て絶句した。 巨体の男はコウロのテーブルに近付いたかとおもうと、擦れ違いざまに白い小さな袋をテーブルの上に落していった。 コウロはそれを手に取ると、サッと上着のポケットにしまい込む。 一瞬の出来事だったが、彼女等はまじまじとその現場を見てしまった。 「あの男は………」 そのまま店を出て行く男を見詰めながら、シルキーがぼそっと呟く。 「ええ、あの男は確かにレジア・フォウリィ………」 レイチェルはシルキーの言葉を継いだ。 濃い茶色の帽子を目深に被り、上着の襟を立てて顔を隠していたが、あの黒っぽい茶色い肌の四角い顔は、レジアに間違いなかった。ガイリィが見せてくれた写真の男と同一人物である。 「でも、何で………」 レイチェルは首を捻る。納税者で、しかも高い地位にいるレジアが、どうしてこんな奴隷の商業区にまで来ているのだろう?それに、あのコウロのテーブルに落した袋のような物は一体何なのだ? とにかく、レジアはどうみても怪しかった。これでますますレジアへの疑念はつのる。 「これで決まったわね。レジアはスパイ団のボスで、コウロはその手下だったのよ。あの袋のような物は、命令を伝える文よ。きっと」 とシルキーは断言する。 彼女なりに推理をしてみたのだろうけれども、レイチェルにはしっくりとこなかった。 「単なるホモセクシャルかもよ」 シルキーに反発して、レイチェルは言う。 こういう風に逢引の文を渡す納税者と奴隷のホモセクシャルがいると、どこかで聞いた事があったのを思い出したのだ。納税者でも、ホモセクシャルの場合は人目を気にするらしく、女奴隷を自室に引き摺り込むような大胆な行動はしないらしい。今の場合のように、納税者の方が人目を避けて、気に入った奴隷に逢引の時と場所をしたためた文を渡すらしい。 その話しを思い出したので、レイチェルは反論したのだ。 「まさか………週に一度は必ず女を買う男が?」 「レジアは納税者だもの。奴隷であるコウロが逆らえて?」 自信ありげにレイチェルは言う。 「そう言われてみればそうだけど………」 シルキーは思わぬ反論に表情を曇らせた。 レイチェルはそれをみてニヤリと笑う。シルキーをやり込めて、嬉しかったのだ。 だが喜びは長続きはしなかった。 「あ、コウロが出て行くわよ!」 コウロが席を立ち、店を出て行こうとする。 二人も慌てて席を立つ。 レイチェルは、コウロの表情が青白く引き攣っているのを見逃さなかった。 ★ 「やっぱりコウロは怪しい。彼はレジアの奴隷でも、性の奴隷ではないわ………絶対にそうよ」 とシルキーは断言する。 あの後コウロの後をつけたのだが、結局彼は真っ直ぐ自室に戻っただけであった。そして、彼は部屋に篭ったきり二度と外へは出てこなかった。 彼女等は日が暮れても張り込みを続けていたが、真夜中になり奴隷の外出禁止時間が迫ってきたため、やむなくホテルへ戻ってきたのである。 「怪しいけど………二人が接触したのは今日のみよ………」 今日の結果だけで全てを判断するのは危険だとレイチェルは言いたかったのだが、シルキーには聞えていなかった。 「ねぇ、ガイリィ様に、コウロが過去にどんな娼婦を買ったのか、調べてもらったんだけど………」 話題を変えてきた。手に一枚の紙を持っている。 「へえ、そんなデータまであるんだ」 感心しながらレイチェルは眉をひそめる。彼女が知らぬ間に、いつの間にやらシルキーはガイリィと接触していたようだ。レイチェルにとってはそちらの方が気になる。 「ここでは、そういうものも公安で調べているそうよ。でもね、このデータは公安からのじゃないのよ」 謎を秘めた口調で言う。丸長の顔一面に、悪戯っぽい笑みが広がっていた。 「え、どういうこと?」 癪に障る態度だった。まるで馬鹿にされたように感じる。レイチェルは馬鹿にされるのが、一番嫌いだった。表情に険しい光が宿る。 「なんとね、ここの奴隷売春センターを経営しているのが、ガイリィ様の一族なのよ。だから公安提出用の顧客リストをコピーしてもらえたの」 得意げにシルキーは答える。 レイチェルは面白くなかった。急速にシルキーはガイリィに接触していたようだ。しかも、レイチェルの推理の行き詰まりを待っていたかのごとく動き始めたように思えてならない。いや、きっとそうに違い。シルキーはレイチェルの推理をベースに自説を展開させ、ガイリィを丸め込んだのだろう。昨夜ガイリィに呼ばれて、コウロのデータを取りに行ったとき、やけに時間がかかったと思ったが、こういうことだったのだ。 シルキーの攻勢にレイチェルは危惧を抱き始めていた。このままでは、手柄をすべてシルキーに奪われかねない。 「それで、データにおかしなところはあったの?」 「分からないのよ………同じ人を一ヶ月も続けて指名したかと思うと、今度は週毎に変えたりしてみて規則性が無いのよね………どのみち売春婦がスパイっていう可能性はほとんどないものね………」 シルキーは落胆していた。 レイチェルはそれを見て安心する。まだ、そんなに大差はつけられていないようだ。 (まだ、大丈夫だ………) しかし、安心するのは早すぎた。 グイッとシルキーは膝を乗り出しレイチェルに近付く。 「ねえ、この際思い切って行動に出ようよ」 「?………何をするのさ………」 怪訝な表情でレイチェルはきく。 「良い策があるのよ。ガイリィ様も了承してくれているわ」 ニコニコしながらシルキーは言う。 またシルキーの口からガイリィの名が出た。レイチェルは焦り始めていた。シルキーはレイチェルが躊躇している間に、ガイリィと旨くやったらしい。それも、自らの作戦を提案しているとは………。 口惜しさに地団太を踏みたくなる。レイチェルは自分がシルキーに負け始めているのを薄々悟り始めていた。 「何をするのよ!」 焦りと口惜しさでつい大声になる。口惜しさで涙が流れないのが不思議なくらいだった。 だが、シルキーはそれに気付かないのか、ニコニコしたまま話しを続ける。 「売春センターはガイリィ様の思うが侭になるんだって。そこを利用して、女を買いに来たコウロを捕まえて………というより、薬で寝かしておいて、その隙に………ほら、奴隷には必ず脳に直結した外部端子が身体に埋められているでしょう。それを使って、機械でコウロに催眠をかけて、種の行方を吐かせるのよ」 熱に浮かされたようにシルキーはまくしたてる。 「でも、工作員じゃないかも………」 おずおずとレイチェルは口を挟むが、シルキーの熱意に押され気味で力がなかった。それにシルキーが熱心に語るほど、心は重く沈み、哀しくなる。 「それでもいいじゃない。とにかくやってみれば彼の正体も分かるし、この方法だと密室でやるから他の工作員に気付かれる恐れもないしね。コウロは必ず一泊するんだから、チャンスはあるわよ。それにガイリィ様が、公安にいる自分の手下から催眠用の機械を借りられると言って下さっているし、ましてや是非やってみたまえとおっしゃって下さっているのよ」 得意満万に言う。 レイチェルは泣きたくなっていた。完全にシルキーはレイチェルを越して先へ行っている。このままでは本当に手柄はシルキーのものになってしまう。 このままでは駄目だ。なんとしても挽回しなければならないのだが………。 しかし、いったいどうやればいいのだ?何も思いつかなかった………。 「でね、問題があるのよ。娼婦の役をどちらがやるかなんだけどね………コウロに気付かれないようにやるには、彼が完全に寝入るまで一応相手をしなければならないのよね。しかも、催眠で調べられたとはまったく彼に気付かれないように、普通の売春婦と同じ事をしなければならないのよ………他の工作員を捕まえるためには、彼を泳がせなければならないからね………ちょっとでも変なところがあったら困るのよ………」 シルキーは先と打って変わって、気落ちしたように喋る。 しかしシルキーと対照的に、レイチェルはその言葉に希望の光を見出していた。 どうやらシルキーは娼婦にはなりたくないらしい。でなければ話しは勝手に進み、レイチェルの出る幕はなかっただろう。彼女はこんな旨味を残す女ではない。得になる事なら、とことん独占する女だった。他人と幸福を分かち合おうとするような女ではない。そのシルキーがこんな事を言い出すくらいだから、本心から娼婦をやりたくないに違いなかった。このチャンスを逃す術はない。 ただ問題なのは、ガイリィが身を挺して働いた者と、頭脳労働をした者の、どちらをよりよく評価してくれるかだった。 レイチェルは考えるが、悩むまでもなかった。やらねばすべての手柄はシルキーのものになってしまうのだから………。 「私、やるわ………」 ★ しかし、その作戦が実行される事はなかった。 コウロが死んだ。 マキウムと同じ服毒自殺だった。
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