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作品名:寿命 作者:たけしげ

第2回   2
2.
「ねえ、レイチェル。ここでガイリィ様は何をするのかしらね?」
 足元の方から、シルキーが声をかけてくる。
 いま彼女等は、主通路を艦首側へと移動していた。
 3個のスーツケースの列を引っ張っている。
 火星を発って3日………ようやく目的地に着いたのである。
「さあね。ガイリィ様は何も教えてくれないもの………」
 レイチェルは進行方向を向いたまま、答える。ガイリィの従兵となって3日………ガイリィはその間、彼女等を抱くわけでもなく、ただ散発的に命令するだけだった。それも単純かつ無害な………二人にとってこれは拍子抜けだ。せっかく彼のご機嫌とりをしようと手薬煉引いて待ち構えていたのに、肩透かしを食らわされたのである。
 だが、二人とも諦めたわけではない。これからが勝負だと思っている。これからが腕の見せ所だ。このコロニー、レイチナWで、必ずガイリィと親密になってみせると意気込んでいた。
「なんか、ワクワクするわね」
 シルキーが二人の気持ちを代弁する。
「どじるんじゃないよ。あんたの失敗は、私にまで降りかかってくるんだからね」
 レイチェルは顔を足元に向け、注意する。この言葉は自分自身にも向けられていた。失敗は出来ない。アクティウム一族を怒らし抹殺された奴隷の話しは、いくらでも巷に転がっている。
 一般の納税者には、怒りにまかせて奴隷を切り捨て御免にする権限はない。もちろん、アクティウム一族にだってそんな暴挙は認められていないが、奴隷の間ではそれがあると信じられている。アクティウム一族とて連合政府の一納税者でしかない。連合の法律に従わねばならないのだ。ただ、彼等はその財力と権力で、奴隷虐殺の事実を隠しているともいえなくもないのだが………。
 まあ、殺されないとしても、怒りを買えば軍を放逐されるのは確実だろう。
「分かっている。もう、あのゴミ溜めの地球には戻りたくないものね」
 目を細めてニッコリと笑いながら、シルキーが答える。またしてもシルキーはレイチェルの代弁をしてくれた。
(戻らない、絶対に………)
 レイチェルは固く決意していた。
 地球上での辛い記憶は絶対に忘れられない。息をするのもままならぬ大気………雨は肌を焼け焦がし、土壌は悪臭を放つ………倒壊したビルディングの中ですきっ腹を抱え、食物を探し回る毎日………そして、同じ人間の目を避けるように生きなければならない日々………いつ殺され食料にされるか分からないからだ。人間が最も怖い存在だった。毎日が恐怖の連続だった………もう二度とあんな目にあいたくない。少々自由がなくても、今の方がズッと幸せである。この天国の如き生活を捨てる事は出来ない。絶対に、それだけは嫌だった。
(失敗するものか………)
 前方を見るレイチェルの目には、強い決意の光があった。
 ★
 アルレイド号は地球圏で月と同一軌道を回るコロニーの一つ、レイチナWに着いた。
 レイチナWは初期型コロニーの典型例であるシリンダー型であった。大きさもまさに初期型だ。長さ33q、直径6.5q。二分で一回転し、シリンダーの内部に1Gの擬似重力を発生させている。ただ初期型と違い、完全密封式で太陽光を取り入れる3枚の巨大な鏡の翼はない。その代わり、コロニーの周囲に幾十もの太陽光発電パネルが漂っていた。このパネルで発電し、コロニー内の照明と電力の供給を賄っているのである。
 このレイチナWは、所謂秘密コロニーというやつで、一般には一切軌道や諸々のデータは一切発表されていなかった。故にアルレイド号においてもブリッジ要員以外には、艦が何処に着いたのか教えられていない。しかもレイチナWには緊急時以外の入港は認められていないため、アルレイド号はレイチナWから20q離れたところに停泊している。そのため、窓から外を見ても、乗組員は何処のコロニーに着いたのかさっぱり分かりはしなかった。
 レイチェル等はそのせいで、連絡艇に乗り換えてレイチナWに入る事になった。
 なぜこれほどまでの警戒をして、このコロニーの秘密を守らなければならないのかというと………これも機密事項なのだが、どういうわけか誰もがこの秘密は知っていた。というより、レイチナWという名前があまりにも有名なのである。このコロニーが何処にあるかだけ、知られていないのだ。
 ここ、レイチナWでは、人間の寿命を倍以上に延ばす薬、寿命延長剤の製造をしているのである。
 この薬、寿命延長剤は人間界、特に納税者の世界では生活必需品と化している。納税者でこの薬を服用していない者はいないほどだ。奴隷という労働力を手に入れ、日々の生活が安穏とした彼等の止まるところを知らぬ物欲を満たすには、この薬はなくてはならぬものだった。誰もが薬を求め、快楽を長続きさせることを望んだ。
 この寿命延長剤を、製造から販売まで一括独占しているのがアクティウム一族で、彼等はこの薬から生じる富で、連合政府を牛耳っている。また、薬の製造方法を秘匿し独占販売する事で、彼等は全納税者すらもその支配下においているといえよう。寿命延長剤こそが、アクティウム家そのものといえる。その重要性から、アクティウム家はこのコロニーを封鎖状態にし、誰も近付けぬようにしているのである。ただ、名前だけは有名になり、アクティウムとレイチナWの名がセットで世間に憶えられてしまっていた。
(ガイリィ様は自分の一族が支配するこのコロニーに視察に来たのかな?………)
 レイチェルはコロニーに向かう連絡艇の狭いキャビンの中で、思案に耽っていた。
 しかし、それにしてもガイリィは視察という雰囲気ではなかった。なにせトランク一つでアルレイド号にやってきたのだ。それに、その中身は視察どころか一泊旅行すらも出来ぬ有様であった。彼が慌てて火星を出てきたのは明白である。
 アクティウムを慌てさせる事態とは………レイチェルはこのレイチナWで、なにか途轍もない事件が起きたに違いないと睨んでいた。
(この事件をうまく利用し、大活躍すれば………)
 レイチェルはほくそ笑む。ガイリィの力となって事件を解決できれば、ガイリィから褒美が貰えるのは間違いない。
(いや、それ以上の事になるかも………)
 期待に胸を膨らませる。レイチェルは奴隷の間に伝わる伝説じみた話しを思い出していた。
ある奴隷が、アクティウム一族の者の命を救った事で、その褒美として納税者の身分を与えられた、という話しだ。この話しはとても有名なのだが、噂の域を出ないものだった。証拠がないのである。話しを裏付けるものが何もないのだ。それでも、常々その話しにあやかりたいものだと、レイチェルは願っていた。レイチェルだけではない、奴隷ならば誰もが抱く願望だろう。
 そんなレイチェルの前にガイリィという噂のアクティウムが現れるなんて、偶然というにはあまりに大きな幸運が自分のところに舞い降りたとしか彼女には思えなかった。またとないチャンスである。この機会を逃せば、一生こんな幸運には巡り合えまい。絶対にこんなチャンスは二度とやってこないだろう。
 そう思う気持ちが、彼女の心を焦らせる。
(どんな事でもやる!………)
 ガイリィの命令する事なら、どんな事でもやる覚悟は出来ていた。
 レイチェルは、彼女の前の座席で腕を組み目を瞑ったまま身動き一つしないガイリィを見やる。右目の刀傷が、彼の威厳を光り輝くほど表現していた。
 レイチェルの澄み切った青い瞳は、強い輝きを放つ。強く、貪欲な欲望を秘めた光を込めて………。
 不図隣を見ると、シルキーも同じような目付きでガイリィを見ていた。
 このとき、レイチェルは自分の敵を悟った。
 ★
 レイチナWの入国検査は凄まじいものだった。さすが秘密コロニーである。ほとんど裸にされるほどの検査だ。手荷物はひっくり返され、一つ一つにスキャン検査を行い、身体は骨の髄まで覗かれた。それだけではない、血液検査や深層心理検査まで行われ、その審査結果が出るまで港から出ることができなかったのである。しかも、これがここでの普通の検査なのだ。
(こんなに厳重な入国審査をするところで、トラブルなんて起きるのかしら………)
 レイチェルは不安になってくる。これだけ厳重な入国審査体制が整っているなら、犯罪者は水際で完全にシャットアウトできるだろう。なんといっても、強制催眠をもちいる深層心理検査で嘘はつけない。心の奥底にある秘密すらも吐き出してしまう。スパイなんか絶対に入国できない。
 入港後4時間たって、ようやく一行は解放された。さっそく、港からエレベーターでコロニー内部………地圏へと入る。
 エレベーターの着いたところは、巨大な建物の中で、ここからしか港に入れないようになっているらしい。入口を絞って、部外者の侵入を極力抑えているのだ。これでは、スパイどころか鼠一匹侵入するのは不可能のように思えてくる。
 ここでもちょっとした検閲があって、それをパスしてようやく一行はレイチナWの土を踏む事ができた。アルレイド号を出て6時間後の事だった。
 巨大でありながら、人気のないロビーに入ると、ガイリィを待つ団体の姿があった。団体の大半は護衛らしく、屈強な体格の男達がズラリとガイリィを囲んだ。皆同じ制服を着ている。服に付いているマークを見る限り、どうやらここの警備員らしい。
 レイチェルはその茶色い制服を着た大男達を見回しながら、不安に襲われていた。これでは、彼女の護衛としての仕事がなくなってしまう恐れがあったからだ。よもやここまで来て船に返されるとは思わないが、否定できるほどの自信はなかった。
「ガイリィ様、ようこそいらっしゃいました」
 護衛の間から、ヒョロッとした長身の男が出てくる。銀髪の………納税者だ。神経質な目付きをしていて、オドオドしていた。ガイリィに近付けば近付くほど、青白い顔は更に青白くなり、足元には震えさえ見せている。彼がこの出迎え団のリーダーらしいが、その極度に緊張した姿はアクティウム一族の人間に会う緊張以外の何か他の影響を受けているようにみえた。
 目をキョロキョロと動かし、ガイリィに視線を固定させない。どことなく、秘密を隠そうとしているようにも見受けられる。
「所長、久しぶりだな」
 ガイリィは無表情に言う。なんとなく様子を見ている感じだが、右目の刀傷が無言の威圧感を与えていた。
「は、はあ。3ヶ月ぶりになるでしょうか………あの時は………」
 青白い顔にビッシリと汗を浮かべながら俯き加減に答える。
「所長。世間話しは後にして、早く研究所に行こうじゃないか。公安も動き始めているのだろう?」
 ガイリィは所長の話しを遮る。
「は、はい。ところで、そちらの二人は?」
 顔一面の汗をハンカチで拭きながら、所長はレイチェル等の方を指差した。
「ああ、この二人は私の護衛だ。二人とも車に乗る。いいかな?」
「はあ………貴方様がそう言われるのなら、私に異存はありません………さあ、どうぞ…」
 所長は3人を案内した。一行は所長を先頭に、建物の外で待っている車の方へ進んだ。
 レイチェルはホッと安心していた。これで、彼女等は船に戻される心配は無くなり、ガイリィの護衛として正式に認められたのである。ガイリィが彼女等を気に入っているのかどうかは分からないが、このまま彼の傍らにいられる保証はしてくれた。だが、これからだ。レイチェルとシルキーの二人の実力が試されるのは………これからが、二人にとっては本番だ。安心してはいられない。
 大きな黒塗りの電動車に乗せられ、一行は街とは反対方向の森林地帯へ向かう。
 シルキーとレイチェルに挟まれて座るガイリィは一言も発しない。じっと前方を見詰めたまま、身動き一つしなかった。
 レイチェルは心臓の高鳴りを抑えられなかった。これから何処へ向かうのか………そこで何が待ち受けているのか………不安と期待の入り混じった複雑な心境は、彼女を落ち着かせはしなかった。
 森林地帯へ入った。手入れの行き届いた木々の中を割って走る道路を、車は進んで行く。
 レイチェルは樹木というものをあまり見た事がなかったので、しばし不安を忘れ窓外の光景に見入っていた。
(?………)
 木々の中に、自然の光景にそぐわぬ物があった。ポツンポツンと灰色の幹に囲まれるようにして、緑色の巨大な丸岩のようなものがある。丸岩ではない。それに、緑色はようく注意して見ると、森林地帯用の軍事迷彩だった。
 見覚えがある。
(自動戦闘機械………)
 あの形は確かに、完全自動制御の六本足戦闘機械だ。対空ミサイルから、対人レーザー砲まで、積めるだけの武装を持ったロボット兵である。
 こんな物があるという事は、これから向かう先はこのコロニーにとってよほど重要な地区だという事だ。
 森が切れた。
 前方に巨大な白い壁が、デンと横たわっていた。巨大な壁だった。ここが世界の終りだといっているような壁だ。
 車は左へ回り、塀沿いに走る。しばらくすると、この巨大な壁に相応しい門があり、車はそこをくぐって塀の中へ入った。
 門内の空間は、一面黄緑色の芝に覆われ、車の進行方向に聳え立つ白い4階建ての建物以外には何もなかった。純白の壁に囲まれ、緑のカーペットがひかれた箱庭のようだ。
 車は塀の一部を切り取ってきたかのような白い建物の前にある駐車場へ入る。そこから見える建物の窓は小さく、のっぺりとした白い壁に開いた虫食い穴のようだった。
 駐車場に数台の車が止まっている。そのどれもが警察車両だ。
 レイチェルの勘は当たっていた。ここで事件が起きているのである。ただ、ここが警察の建物という可能性もなくはないが………。
 一行は車を降り、所長に率いられ建物へ入る。
 妙な建物だった。門へ入るところにも、この建物にも、ここが何であるかを示す表札がないのである。まったく不気味な建物だ。
 建物の割には小さな玄関だった。そこを一人づつ通らされると、警備員らしき大男が二人いる。
「?」
 レイチェルとシルキーが最後に入ると、その二人の大男が彼女等の正面に立ちはだかった。
「いいんだ。この二人も入らせてやってくれ」
 ガイリィが警備員の背後から声を掛ける。
「本当によろしいので?今まで奴隷がここに入った前例はございませんよ………」
 弱々しい所長の声が聞える。
 大男の影に隠れて二人の姿は見えない。それが彼女等の不安を煽る。外で待つにしても、ここで事件が起きているのならガイリィの身近にいて情報を収集せねば、彼の手助けは出来ない。そうなれば、彼女等は単なる護衛で終わってしまう。希望が泡と化して消え去ってしまうのだ。なんとかして、ガイリィと共に中へ入らなければならない。だが、彼女等に手は無かった。
「いいんだ」
 ガイリィが言い放つ声が聞える。レイチェルとシルキーはパッと顔を輝かした。
「はあ………それでは………おい、中へ入れろ」
 所長の命令一下、二人の男が彼女等の前から退く。
 二人はガイリィに感謝しつつ、改めてガイリィの偉大さに感じ入っていた。
 一行は更に奥へと進む。そこでまた、入国の時と同じような厳重なチェックを受ける。服を脱がされ、スキャン検査を受ける。体重や網膜パターン、指紋や声紋を登録したカードを作ってもらいようやく建物の中へ通された。
 所長の案内で、更に奥へ………事務所のような広い部屋に通される。デスクが整然と並んでいるが、そこには誰もついていない。大勢の白衣を着た人が、忙しげに右往左往しており、慌しい騒音に包まれていた。
「ここは寿命延長剤の成分の素となる、樹木の育成工場兼研究所だ」
 ボソッとガイリィが二人に説明する。だが、説明はこれだけだった。ここがアクティウム一族の力の源である薬の製造工場である事は、二人とも薄々察しがついていた。それよりも本当に知りたいのは、ここでいま何が起きているのか………なんでこんなに人が慌てているのか………それより、ガイリィが何をしにここへ来たのかの説明は、一切ない。質問も許されていない。二人は奴隷生活が長いので、納税者の言動から質問をしても許されるのかどうかの判別がつく。今の場合、ガイリィは明らかに質問を拒絶していた。
 二人は不満を残しながらも、ジッと押し黙りガイリィの後ろに付いた。
「所長………」
 ガイリィは前を歩く所長の肩を掴んで、彼を立ち止まらせた。
 所長はギョッとなった表情のまま振り向く。
「は、はい?」
「ところで所長、種は何時無くなったのかね?」
「は、はぁ………」
 ドッと噴き出した汗を拭きつつ、所長は狼狽していた。答えるのを躊躇っているようだ。
「それは私から説明しようじゃないか、ガイリィ・アクティウム君」
 後ろから声をかけられる。
 全員が声の方へ振り向く。後ろから太鼓腹の男が、ノシノシと重そうな足取りで近付いてくる。その後ろに屈強そうな男達が、厳しい顔付きのまま彼に従って付いてきていた。皆同じ城と黒の制服を着ており、2,3人を除いて全員が寿命延長剤の副作用である銀髪を得意げに光らせていた。
 レイチェルは目を光らせる。こんなに大勢の納税者を見るのは、自艦の発令所以外では初めてだ。
 レイチェルは銀髪にうっとりと見惚れていた。
 通路の明るい照明を受け、キラキラ光る銀髪………彼女の憧れがそこにあった。
 ガイリィがシルキーとレイチェルを押し分け近付いてくるデブ男と対峙する。
 デブ男はガイリィの手前に来ると、腹を震わせて立ち止まった。
「お初にお目にかかる。ガイリィ・アクティウム君。私はバリズティウム・ファルコという者だ。ここで警察機構全般の統括をやっておる」
 腹を突き出し、ふんぞり返りながら言う。口調は丁寧だが、明らかにガイリィを見下していた。
 レイチェルは驚いた。アクティウム家に接する者は、どんな者であろうと下手に出るものだと思っていたのだが、この男は違う。アクティウムの名を平気で口にし、むしろ馬鹿にするような響きでその名を発している。ガイリィ本人が目の前にいるのに………。
(彼はアクティウム家より偉い地位にいるのかしら?それとも、何か別の理由でもあるのだろうか………)
 アクティウム一族より高い地位にいる者なんて、思いもつかない。第一、アクティウムがその存在を許すだろうか?アクティウムの歴史は、連合政府内に一族以外の権力者をつくらぬよう、権謀術数のかぎりを尽くしてきたといっても過言ではないのだ。アクティウム一族以外で、アクティウムの上に立っている者なぞいやしないのだ。
(ああ、そうか………)
 レイチェルは世間話を思い出した。
 アクティウム一族は二百年の歴史を誇るだけあって、本家以外に分家が何十とあるのである。アクティウム重工、アクティウム化工、アクティウム商業等、様々な商工業の分野にアクティウムの分家があり、この広範囲にわたる産業の独占によってアクティウム一族は連合政府を牛耳っているのである。しかも、いまではアクティウム以外に敵がいなくなったせいか、一族内で利権を巡る争いが絶え間無く続いており、その抗争は激しくなったと聞く。このデブ男はガイリィとは違うアクティウムに仕えているのだろう。そして、ガイリィの一家とその一家は敵対しているに違いない。ちなみに、アクティウム一族の本家は、この寿命延長剤の製造販売と連合宇宙軍を牛耳っている。
(としたら………)
 チラッとガイリィを見る。
(ガイリィ様は本家なんだ………)
 レイチェルの目が強く輝いた。アクティウム本家………アクティウム一族内で最高の権力をもつ一派だ。彼がその一人ならば、彼のご機嫌とりをして気に入られるだけで、薔薇色の人生を送れるかもしれない。
 そう思うと、彼女の熱意は激しさを増してくる。
「はじめまして、バリズディウム・ファルコさん」
 ガイリィはさらりと受け流す。デブ腹を見下ろす目が、スッと細められる。
 さすがアクティウム本家である。敵対するアクティウム分家の手下など歯牙にもかけぬ、鷹揚な態度を見せていた。
「うっ………」
 ガイリィの強気の態度に気圧されたのか、口篭もる。だが、すぐにまた腹を突き出し、回復する。
「今回の事件はな、非常に複雑難解かつ不可解な事件なのだよ。この私でさえ………140年も生きてきた私でさえ、頭を抱えるような事件なのだ」
 なんだか事件を解決できない事を自慢しているような口調だった。しかし、言葉を吟味すれば、140年も生きてきた自分でさえ事件を解決できないのだから、ガイリィ如き若造なんかに手も足も出ないだろう、という意味を含んでいる。彼にとって140年生きてきたという事が彼自身の精神的支柱であり、傲慢さの源であるらしい。長く生きれば生きるほど、人は偉くなるし尊敬されなければならないと思っているのだ。それがガイリィへの反撃の力となっているのだろう。
「それで、捜査はどこまで進展しているのですか?」
 とガイリィがバリズディウムの話しに水を注す。ガイリィはバリズディウムの意に反して、まったく気にしていない。
「君は私達の捜査状況を本家に報告するために、ここへ来たんだったな………教えてやろう………事件は4日前に起きたのだ。4日前にこの研究所で実験用に保存しておいた種が忽然と消えてしまったのだ。だが、犯人は分かっておる。ここの研究員、ショリア・レグという男だ!」
 滑稽なほど力んで言う。自慢話を聞いているようなものだった。
「だが、死んでいた」
 ガイリィが静かに言う。
「………そう………知っていたのか………」
 石像のように表情を失い、狼狽する。
「もちろん」
 微笑みながらガイリィは答える。笑うと右目の刀傷のせいで右側が引き攣ったようになり、異様な威圧感を人に与えるようだ。バリズディウムは表情を失っている。ガイリィの方が、140歳のバリズディウムよりも一枚上手なのは、誰が見ても明らかだった。
(さすが、アクティウム本家………)
 レイチェルは称賛する。そして、ますますガイリィにひかれてゆく自分を感じていた。
「ショリアは毒殺されていた。自室でな………自殺という者もおったが、私の120年の捜査経験からして、あれは自殺ではない。きっと犯行が終了し用済みになった彼を、今回の事件を操る連中が殺したのだろう。証拠を残さぬためにな」
 バリズディウムが形勢を挽回しようと、自説を披露した。
「それで、種は?………」
 ガイリィがまた水を注す。この老人の自慢話や根拠のない推理を聞かされるのに辟易しているのであろう、声が荒かった。
「種はみつからん。何処を探しても………しかし、このコロニーから持ち出されていないのは断言できる。持ち出しようがないからな。すぐに私が命令を出して、一隻たりとてここから船を出させんかったからな」
「では、ここからは、どやって種を持ち出したのですか?」
「わからん。それがわからんのだ。ここに出入する者は断層スキャンで身体の中まで調べられるのだから、持ち出す事は難しい………ただ、保安要員とグルなら、可能だがな……」
 キラリと目を光らし、得意げに言う。ここが話しの真骨頂だといわんばかりに。
「あなたは、ここに共犯がいると?」
「そう、共犯だ。種をかっぱらって、クローニング技術で寿命延長剤の模造品を作ろうとする輩が、ここに共犯者を送り込んだのは間違いない。そうでもせんと、種は持ち出せんからな」
 バリズディウムはそう言うと、ギョロリと所長を睨んだ。まるで彼が犯人であるかのように。
 小さくなって二人の会話を聞いていた所長は、それを聞くとまたドッと汗を噴き出し、ますます小さくなった。
「ハハハハハ………」
 突然レイチェルが笑い出した。
「なんだ!」
 バリズディウムがいち早く反応し、レイチェルを睨んだ。他の者も突然の笑いに肝を潰したのか、引き攣ったような顔で彼女を見る。
 衆目の注目が集まるなか、レイチェルは笑いを止め、しゃんとして一歩前へ出た。
「失礼しました。しかし、私はあなた方が見落としている点に気付きまして………」
 レイチェルは周囲の突き刺すような視線を気にもせず、ケロッとして答える。その顔は自信に満ちていた。
「なんだと!………それより、なんでここに奴隷兵が入ってきているんだ!」
 バリズディウムがレイチェルの正体に気付き、怒鳴り散らした。
「すみません。何せ急用だったもので、私の従兵としてこの二人を巡宙艦から借りてきたのです」
 ガイリィが釈明する。しかし、その口調には全然申し訳ないという気持ちは無く、まったく感情のこもっていない機械的な口調だった。
「護衛なら、私の部下を貸してやるものを………奴隷兵を重要な施設に入れおって………」
「それはそうと、レイチェル。君は何を見つけたのかね?」
 ガイリィがバリズディウムの言葉を無視し、レイチェルに声をかける。
「はい。種をここから持ち出す方法です」
 レイチェルは気張って答えた。一か八かの勝負に出たのである。ここで自分の推理がガイリィに認められれば、彼の彼女への評価は高くなる。それに、旨くいって犯人が見付けられたなら、伝説も夢ではなくなるのだ。勝負に出るだけの価値はあった。
 チラッとシルキーの方を見ると、呆れ返った顔をしている。心配の色も出ている。レイチェルにはその心配が、シルキーより一歩先んじた自分の動きに彼女が不安を感じているためだと見て取った。シルキーの狼狽を見ると、深い喜びに心が満たされていくのを感じる。最高に楽しい雰囲気だ。
 闘志満万に先を続けた。
「方法は簡単です。ここから、投げれば良いのです」
「投げる?」
 ガイリィとバリズディウムが唱和する。
「はい。投げるのです。所長様、ここに人気のない屋上はありますか?」
 クルッと、呆気にとられている所長の方を向き、問う。
「おっ、屋上?………ああ、栽培場のドームの上にメンテナンス用の歩道がある………しかし、そこから塀の外まで、ゆうに百mはあるぞ。いくら種が小さくとも、人の手で投げては届かないだろう」
 所長は汗を拭きつつ答えるが、話し相手が女奴隷となって気分が落ち着いたのか、饒舌になる。
 しかし、レイチェルは落着き払って、ここからが見せ場とばかりに大きく息を吸い、口を開こうとした。
「ハハハ………馬鹿らしい。奴隷の脳足りんの言葉をモロに信じおって………アクティウム本家もこれでは先がおもいやられるな………行くぞ、私は忙しいんだ」
 レイチェルが喋り出す前に、バリズディウムは腹を揺さぶらせて笑い飛ばした。そしてガイリィに皮肉げな笑みを投げかけ、踵を返し取り巻きを引き連れながら立ち去った。
 バリズディウムは笑いながら去って行く。彼の笑い声は、通路の奥に消えるまで続いた。残された4人は、誰も口を利かない。静寂が彼等を包んでいる。
「とりあえず、そこへ行ってみよう」
 ガイリィが呆然となっている4人を我に返させる。そして、所長を促し、レイチェルの推理を確かめに屋上へ上がった。
 レイチェルは胸をときめかせていた。とりあえずガイリィは、彼女の推理を信じてくれたのである。納税者なら、奴隷の意見など聞かぬのが普通である。バリズディウムのように頭から貶すのが、一般的な納税者の反応なのだ。それに比べ、やはりガイリィはアクティウム本家というべきか、そんじょそこいらの納税者とは違う。ガイリィの優しさ、懐深さに、レイチェルは感動していた。
 レイチェルは所長と共に先頭を歩くガイリィの後姿を見ながら、うっとりと見惚れていた。
 一行は事務所のある建物に隣接する、巨大なドーム状の栽培場に入った。その中は、ジャングルのように木々が繁っていた。これが寿命延長剤の主成分となる樹木なのだ。天井からは電灯が煌煌と照らされ、湿度が高く、蒸せ返るような暑さである。何より空気が濃く、植物の匂いなどめったに嗅がぬレイチェルとシルキーは匂いに圧倒され眩暈を起こしそうになった。
「これが寿命延長剤の主成分を産出する樹だ」
 後ろを振り返り、ガイリィが短い説明をする。
 レイチェルとシルキーは黙って話しを聞きながら、巨大で異様な形状の葉に目をやった。
 この樹で寿命延長剤を作っていると言われてもピンとはこない。だいいち彼女等は薬そのものすら見た事がないのである。どのみち、彼女等には一生縁の無いものだが………しかし、この樹のお陰でアクティウム家が連合政府を牛耳っている事は分かる。この樹でアクティウム家は巨万の富を築いてきたのだ。だから、ここの連中は種が無くなった事で騒いでいるのである。種があれば、この樹を育成でき、しいては寿命延長剤をも作れるのだ。そうなれば、アクティウム家が薬の独占販売によって納税者社会を支配する旨味はなくなる。アクティウムによる連合政府の支配体制が危うくなるのだ。
 レイチェルは熱意を燃やしていた。ここで犯人を捕らえられれば、アクティウム一族の没落を救ったも同然である。そうなれば、伝説は本当に夢ではなくなるのだ。
 レイチェルの未来は輝いていた。
 ★
 一行は所長の言っていた屋上のメンテナンス用の通路に出る。
「確かに塀は遠いな………」
 ガイリィが周囲を囲む白い塀を見ながら呟く。
 確かに遠い。あれほど聳え立つかのごとき背丈を誇っていた白壁が、小さな囲いに見える。
 この屋上の通路は、蒲鉾型の建物の屋上に縦方向に走っているが、そのなかでも一番塀に近い通路の奥のところ………今いる所だが………そこから塀までザッと見ても90mはあった。
 通路の突き当たりの手すりに掴まりながら、一行は塀を眺める。
「あの………皆さんは、野球というスポーツをご存知でしょうか?」
 レイチェルがおずおずと言う。
「いや………」
 所長とガイリィは知らないと答え、シルキーだけが無言で頷いた。
「地球では、その球技で球を百mも彼方に投げる者が、ざらにいるのです。ところで、犯人は地球出身ではありませんか?」
「そうだ。納税者なのだが、彼の父の仕事の都合で、20歳になるまで地球にいたのだ」
 と所長が答える。
「それで、彼は地球にいるとき野球をやっていて、投げるのが旨かったんですよ」
 得意げに言う。今や彼女の顔は自信に満ち溢れていた。
「でも、ここから気球で飛ばすという手があるぞ」
 左目を細めて、天を仰ぎながらガイリィが言う。天は擬似太陽光で眩しく、天の向こう側の世界を隠していた。
「それでは、保安要員に見つかってしまう恐れがあります」
 ここぞとばかりにシルキーが口を出す。先を制されたレイチェルは、噛みつきそうな顔でシルキーを睨んだ。しかし、シルキーは彼女の方を見ようともせず、涼しい顔をしている。
「なるほど………所長、塀の対空レーザー砲は、外から近付くもののみに反応するようになっているのか?」
「は、はい。まさか内側から、このようなことをする者がいるとは、思いもよりませんでした………」
 顔に噴き出した汗を、よれよれになったハンカチで拭きながら答える。
「なるほど、建物を出ないで種を持ち出すには………種をここから落したとしても、建物のまわりをうろつけば、保安要員に見つかるしな………ここから投げれば、うってつけだ」
 遠くを見やりながら、ガイリィは呟く。
 穏やかな風が吹いてきた。
 レイチェルの布に巻かれた髪束が微かに揺れる。額にかかるサラサラの赤毛が擽るが、レイチェルは気付きもしない。彼女はガイリィが彼女の推理を正しいと認めてくれるのを、不安の面持ちで待つ。推理が実際の犯行を当てているかどうかなんて、どうでもいい事だった。ガイリィだけでも、彼女の推理を認めてくれればいいのだ。
「よく気付いたな」
 ガイリィがクルッと顔をレイチェルの方へ向け、笑いかける。
 レイチェルは天にも上りたい気分だった。
 彼女は気付いていなかった。彼が笑っているのは鼻から下だけで、目はまったく笑っていない事を。
 ガイリィは笑いを消し、少し考える形になる。
 暫く考え続けたかと思うと、おもむろに口を開いた。
「よし、決めた。レイチェル、シルキー………君等二人は私の護衛の任を解く。その代わり、今から私に代わって消えた種の行方を追ってくれ。公安には私から話しをつけて、君達の自由な活動を認めさせる」
 二人の顔がパッと輝いた。
 それとは対照的に、所長は石像のように表情を失っていた。
「ガ、ガイリィ様………この奴隷に捜査権を与えると、おっしゃるので?………」
 驚きを抑えるように、所長は囁いた。
「そうだ。この二人は、あの140年生きたバリズディウムも気付かなかったところに目が行った。彼女等はここの公安連中より優秀だと思う。彼女等は誰よりも早く、種を見付けるだろう」
「はぁ………」
 納得いかぬという声だった。
「所長。これは、アクティウム本家にとっては、重大な事なのだ。本家の存亡がかかっている………そんな時に、本家を潰したがっているあの連中が、本家の有利になるようなことをすると思うかね?」
 グイッとにじり寄って、ガイリィは強い口調で言う。右目の刀傷が異様な迫力で所長に迫った。
 所長は竦み上がっていた。
「とにかく私は情報が欲しいのだ。所長………君は君なりに全力を尽くし、私の役に立ってくれ。今回は汚名を晴らすんだ………命があるうちにな………」
 所長はガイリィの言葉を聞き、顔面蒼白になっていた。ブルブルと足を震わせ、今にも倒れそうである。
 レイチェルは所長を見ながら、絶対に自分はこんな惨めな姿は晒さないぞ、と決意していた。
(絶対に犯人を挙げてやる!………)
 今の彼女には、失敗という言葉は見えない。今や自分自身が伝説の主人公と化している。彼女の未来は輝いていた。
 ガイリィがクルッとレイチェルとシルキーの方を向く。
「頼むぞ」
 力強く言う。
「はい!」
 二人は目を輝かして、答えた。


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