懐中電灯をポケットに入れると、桜花は赤く濁った水を見つめた。さっきの夢の中の水の冷たさを思い出した。それが心に浮かんでくると、何だかさわってみたくなった。両手を水の中に浸す。夢とは違い、生ぬるい感触が手のひらをつたう。それに刺激されるように桜花は水をすくいとると、口元まで持って行こうとする。 あと少し遅かったなら、錆びた金属の破片をいっぱいに含んだ決して体にはよくないそれを口につけるところだっただろう。だが、すんでのところで、間違いを起こさずにすんだ。桜花が目を閉じ、今にもほとばしりそうな体の衝動に身を任せようとしたとき、どこかで物音がした。何か重い物を動かすような音。 続いて、人の声。 桜花は目を見開いた。衝動は湧き上がったままだ。あとはそれを目の前の水を使って解消するだけでいい。だが、桜花はゆっくりと息を吸い込み、身体の内側からこみ上げてくる力を無理やりに抑えた。そのとき、また人の声が聞こえた。 「こっちだよ、はやくしろよ」 少年の声だった。そして、何人かの人の気配がした。 誰かがやってくる。
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