人目につかないよう、校舎の裏に自転車を止め、ドアのところまで歩いた。錆びたドアのあいだをすり抜けると、桜花はすぐに懐中電灯を取り出した。足元を照らす。そうして、力を入れてドアを押しやって閉めた。 鉄さびと土のにおいが、桜花を包んだ。 昼間に来てみたことがないので、いまだに校舎全体は把握していない。数回来てわかったことは、この裏口から入ってすぐのところがゴミ捨て場になっていて、小さな倉庫になっているということだった。左には、廊下の壁に釘が打ちつけてあり、ほうきがつるされている。右には洗剤やぞうきんが置かれた大きな棚があり、埃が厚く積もっていた。 桜花は廊下の脇をすり抜け、校舎の中央へ向かった。むきだしの床にはさまざまなゴミやペットボトルが転がっており、大変歩きにくい。慣れないうちはつまづいて手をついたり、足を滑らしたりしたが、何度か訪れるうちに周りがよく見えるようになり、そういうこともなくなった。今では機中電灯も機械的に前を照らしているだけで、ほとんど必要性を感じない。 校舎全体は、全体で体育館三個分の広さがあった。天井も高い。普通の学校の約二倍ぐらいの高さはあるだろう。頭上にはひび割れた蛍光灯がたれさがり、ところどころ天井に亀裂が入っている。校舎は四階建てで、基本的な構造はしっかりしているせいか階段は無事だった。が、桜花は一度も上ったことがない。実は高所恐怖症なのだ。 桜花の目的そのものは、一階の校舎の中央からやや右手、正面の入口からすぐのところにあった。十人は水を飲むことができそうな水飲み場とその周辺の給水機である。給水機は図書館などでよく見かけるタイプのものだったが、中に水が残っているのかどうか、叩いてみてもよくわからなかった。 しかし、水飲み場の水道は正常のようだった。いまでも水が出るのだ。ここを廃校にするとき、だれかが水道の元栓を止めるのを忘れてしまったのかもしれない。 いや、そんなことはない。そんな手抜きがあるはずないか。桜花にはどうもわからない。水が水道管を通って送られる仕組みが桜花にはいまだに理解できないせいかもしれない。ただ言えることがあるとすれば、鉄のにおいを漂わせ、見た目にも赤いこの水は、桜花にとってこの上なく魅力的に映るということだった。
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