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作品名:Vampiregirl 作者:ブナ

第4回   第四回 夜の廃校舎
厚いセーターにスラックス、黒いコートを着込み手袋をはめて、ポケットに懐中電灯を押しこむと、桜花はマンションから外に出た。部屋は四階の四○三号室。外階段を足音を忍ばせて降りると、自転車の鍵をはずし、またがった。
 夜道にはとびとびに街灯がついているだけで、人気はない。住宅地の夜は静かで、自分の足音だけが響いた。三丁目に向かう道々、タクシー二台とすれ違ったが、片方は回送で、片方は空車だった。
 廃校舎まで、道はほとんど一本道だ。途中で一カ所、分譲中のマンションの近くで三つまたに分かれる道があるが、これも走ってきた道をそのまま進んで行けばいい。夏以降、幾度となく通ってきた道だから、眠っていても間違いなく走ることができるだろう。
 やがて、夜の闇の向こうに、見慣れた建物の輪郭が見えてきた。鉄筋とコンクリートで造りあげられた損傷が著しい校舎と、当時は体育館として使われていたであろう、かまぼこ状の大きな塊。人気もなく静かに自然に還ろうとしているそこは、まるで時が止まったようだった。
人が去ると、ここまで早く全てが腐ってしまうのだろうか。
最初見たときは、学校ではなく、どこかの刑務所かと思ったほどの陰惨な雰囲気だった。
子ども達が走らなくなったグラウンドは、風が一人、錆びたブランコを揺らしている。
廃校舎は、生活する人がいなくなると、驚くほど早く崩壊する。枯れ葉に埋まり、土に還り、五年も経てばただのコンクリートに戻ってしまう。住民たちはみんな、土地を遊ばしている役所への当てつけか、ここをゴミ捨て場として利用しているようだった。だから、ゴミを投げ捨てるとき以外はだれも近寄らない。子供もこの中では遊べない。
 桜花にはうってつけだった。でも、周りは金網のフェンスで囲まれていて、最初に来た時は、ぐるりと歩いてみただけで諦めたものだった。次に来たときに、今度はもっと念入りに侵入口を探してみた。すると、意外なほど簡単に見つかった。東側のフェンスにある鉄製のドア――普通の家にたとえるなら勝手口のようなものか――が、古いためか大分錆びていたのだ。
手で押すと五十センチほどの隙間が開き、ドア全体がぶらぶらしている。それでも、近隣の住人が文句を言わないのは、ゴミを捨てる罪悪感があるからだろう。道を隔てた向こう側には公営住宅が建っているが、日当たりの関係からこちら側は見えず、あいだを通る公道もどこへつながっているわけでもなく、途中で行き止まりになっている。
 桜花は他所者(よそもの)だったから、東月寒の歴史は図書館で借りた本であらかた把握する程度だったが、この廃校舎が相当長い年月のあいだ放置され続けていたことは、がたついているフェンスや、赤く錆びている南京錠を見るだけで、容易に想像することができた。かなりの規模の学校なのに、建て直すわけでもなく、地域の住民に再活用してもらうわけでもなくここにあるのは、権利関係が相当入り組んでいるのか、もしくは売り出しの許可がいまだに下りないのか…、とにかく色々とこみ合った事情があるのだろう。それに、今は世界的に景気もどん底だ。再利用する費用さえないのかもしれない。
 ここに来て、がたついたドアから校舎の中に入るのは、今夜で何回目だろう? 
二、三回ではないはずだ。それでも桜花は、わくわくするような、それでいてちょっぴり薄気味悪いような気分を味わった。


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