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作品名:見えない城 作者:ながいみち

最終回   44
准一は全てを話し出した。

「僕が病院実習で1ヶ月間実家に戻ったことがあるよね、その時はっきり気付いたんだよ、愛美が付き合っていた医者が僕の父親だってことを・・。」

愛美は薄々感づいてはいたが、准一の口からはっきり打ち明けられると愕然とした。しかしそれは既に終わったことで、准一だけを愛していたことを准一も知っていた筈であった。

もちろん准一は愛美の過去の恋愛にわだかまりは無かった。しかし、勘違いとはいえ母親に悲しみを与えたり家庭を顧みなかったことなど、心を癒す場の無い不満や憎しみを父親に抱いていたことは確かであった。

愛美は「どこで知ったの・・」と尋ねた。

准一は、「あの日、愛美に友達とこれから会うってメールしたことを覚えてる?あの後、横浜の父親のマンションへ行ったんだ。」愛美は遠くなった記憶を確実に蘇えらせた。
准一は、愛美に聞いた話から相手が自分の父親ではないかと疑った。そして事実を確かめようと横浜のマンションへ向かったのである。

確かにあの日、よー子に頼んでいた平柳の過去のことを聞きに自分も横浜へ行っていた。
しかし、暗証番号は違い部屋に入れなかった・・。愛美は単純に引っ越したのだろうと思ってしまったがそうではなかったのだ。准一によると父親は不定期に暗証番号を変えるらしい。もちろん家族がいつ訪れてもいいように知らせていた。だからこそ、平柳の妻は例の物を置いていけたのである。

愛美は、あの日准一が、あのマンションで父親のファイルを見てしまったことを悔やんだ。
しかしその誤解は取り返しのつかない事実となってしまったのである。

「僕は、愛美を愛していたし、これからもずっと愛していくと決めていた。しかし、その時、愛美の父親を医療ミスで死なせてしまっていたことを知ってとても悲しかった・・・だからどうしても父が許せなくなっていたんだ。」准一は狭い部屋の窓ガラスをじっと見つめ愛美の顔を見ることが出来ずにいた。

「だから・・・僕はあの日、実行したんだ。」
「・・・・・」

愛美は准一の顔色が変わるのをはっきり気付いた。

「国試が終わって直ぐ、冬樹たちと釣りに行った日、朝、愛美のマンションへ行ったよね。あの後、父に合ったんだ。」愛美は准一の顔をしっかりと見据えた。そして眼を離さないように話の続きを聞いた。

「父は学会で地方に出張するから、合いたいと連絡があったんだ。僕はその日を僕と父の最期の日にしようと決めていたんだ。」「最期の日・・」愛美は生唾を飲み込んで聞いた。

「うん、そう、最後の日。僕は自分の父を殺したんだ・・。」
まさか・・本当にこんなことがあっていいのか・・この世から葬ってしまったあのファイルを思い出し、嘘であって欲しかった・・・と、何度も何度も心の中で繰り返し叫んだのだった。

准一の父親は元々血圧が高く投薬していた。それを知っていた准一は父親との別れ際、怪しまれないよう巧妙に血圧を下げさせる他の薬物を付着させた食べ残しのキャンディーを何気なく手渡していた。薬学部であったことを最も感謝した一瞬だった。息子からの想いを父親は何の疑いもなく、それを口にすると予定通り飛行機に乗って帰った。もちろん、一粒ではそう簡単に致死量に至らないが、食べ残しであることと、父親の好きな味つけがもう一粒と進み、気圧の関係上、血流に異常をきたし心不全に繋がったと愛美に説明した。

もちろん准一自身も一か八かの賭けであったのかもしれない。そしてその賭けに気付いていながらも安々と乗った父がそこにあったのかもしれない。それは当事者が既に亡くなってしまった以上本当のところは闇に葬られてしまったが、名医と呼ばれた医師がそれ位のことで死んでしまうことも不思議な話であった。

しかしもし、誤解だと准一が知っていたら・・そう思うと身体の震えが止まらなかった。そして、もっと早くそのことを准一に話しておけばよかったと悔み、自分の罪の深さに咽び泣いた。

「愛美、それは違うよ。」と、准一は話を続けた。

「もちろん、父が死んだという知らせを聞いた時は、全身から力が抜けその時初めて罪の深さを知った。」
と、准一は初めて後悔を語った。

「昔、愛美と北海道旅行したよね。あの頃から僕は愛美と二人、北海道で暮らしたいと思っていたんだ。だから愛美にもその場所を知っておいて欲しくて連れて行ったんだ。しかし、完璧な完全犯罪なんて所詮実現しないことを思い知らしらされたんだ。」そして、
「そんな時、事故が引き金で辛い記憶を打ち消してしまったんだと思う。しかし、もしこの事故が起こらなかったら僕たちは再び出会うことが無かったかもしれない。僕は愛美が思うほど強い人間じゃないんだ。もっと最悪な結末を迎えていたかもしれない。」と心の内を話した。 

愛美は、准一の記憶が戻らなければ再び辛い記憶に苦しまなくて済んだはずなのにと神を呪った。

「しかし僕は記憶を取り戻したお陰で自分の足で歩くことが出来るようになった。もちろんまだしっかりとは歩けないが、これから少しずつ訓練をして必ず元のように歩くことも車に乗ることも出来るようになりたい。でもその前に・・どうしてもしなければならないことがある。それは・・・僕は自首することに決めた。」

准一のその一言は愛美の身体を貫いた。「待って!准一、もう少し考えさせて!」愛美は、やけに落ち着いた准一の身を制して引き止めた。

「愛美、大丈夫。直ぐにはしないから。このままじゃするにも出来ないよ。ここの職員の人たちや町の人たちにも迷惑かけっ放しだし整理することは山ほどある。だからもう少し時間が欲しい。愛美・・・分かってくれるよね。」

愛美は頭の中が混乱して整理が付かなかったが、准一が父親を殺害したという事実だけは理解できた。

その後、准一の身体の回復振りは周りの関係者が目を見張るものがあり、町民らも以前の菊本先生が元気になったと、大喜びしてくれた。しかしその反面、愛美の表情は暗くなり所長は心配した。しかし本当のことも言えず愛美は辛い日々を過ごした。



ある日、所長が息を切らして愛美の診察室に入ってきた。「川原さん、これを・・・」所長の手には数枚の手紙が握られていた。愛美は感を察して准一からの手紙だと悟った。「河原さん、君も知っていたんだね。」「はい・・すみませんでした・・隠していて。」愛美は今までの気持ちを所長に話した。
所長もどうしたらよいか迷ったが最終的にはこの手紙は自分の胸に納めると言った。愛美は、誰にも相談できず悩んでいたため所長のその一言で少し気持ちが楽になった。

「ところで准一君は?」と所長が聞くと、「えっ?リハビリ室に居ませんか?」と愛美は聞き直すと奥の部屋を確認した。

しかし、准一の姿は無かった。愛美は慌てて職員住宅へ戻り准一の荷物を確認すると、四つ折にされた一通の手紙がテーブルの上に置かれていた。

「愛美、今までありがとう。僕は自分の罪を償う。いつかまたどこかで出会えることがあるならその時まで、この黄色いバンダナを持っていてくれ。准一」「いやー!准一!行かないで!」愛美は大声で泣き叫び、診療所から走り出て周辺を探した。すると役場の職員がその声を聞きつけ何事が起きたのか尋ねた。
愛美は准一を見なかったか尋ねると、1時間ほど前にタクシーに乗って出かける姿を見かけたと教えてくれた。


その後、千葉の実家にも連絡してみたが、准一の消息は分からなかった。愛美はどうしていいのか分からなくなり途方にくれた。しかし自分を信頼して訪れる患者を放り出すわけにもいかず、悲しみを堪えながら診療に当たった。所長もその心中を察してくれ准一の情報を常に気遣ってくれていた。


そうした中愛美は、疲労とストレスで体調を崩し倒れてしまい見かねた看護師がしばらく静養するように無理矢理愛美に栄養剤を点滴した。愛美はそんな物は必要ないと拒否したがその看護師は「愛美先生、この身体はあなただけのものじゃないんですよ、大事にしてくださいね。」と優しく微笑んで部屋を後にした。愛美はふっと・・・遅れている生理を思い出した。「ひょっとして・・・」愛美は妊娠8週に入っていた。「准一の赤ちゃんが私のお腹の中にいる・・・」そう思うと不安も募ったが、准一が残してくれた『宝物』と嬉しくなり「この子の為に生きなきゃいけないんだ・・」と、力が湧いてきた。

そして溢れる涙を拭いながら「准一・・私、この子を産む。

そしていつかきっと准一が私の元に戻ってきてくれることを信じて待つね」と、呟いた。
それから桜の花が咲く季節に近付いた頃、愛美は元気な女の子を出産した。その子は桃菜と名付けられ愛情一杯すくすく成長していった。





「ママ、どうしてお家にはいつも黄色いハンカチが一杯あるの?」と桃菜が尋ねた。

「それはね、桃菜のパパがお家に帰って来る時迷わないように目印の為なのよ。」と、微笑んで愛美は毎月一枚ずつ黄色いハンカチを増やしていた。

その後、桃菜も4才になりハンカチの枚数も60枚近くになっていた。

「パパいつ来るの?」と、桃菜が聞くと愛美はアルバムを開いて准一の写真を指差しながら「パパはね、お薬を作るお仕事で忙しいの、桃菜がもう少し大きくなったらきっと帰ってくるから、ママと一緒に待とうね」と、優しく答えた。
今は桃菜が愛美の生きがいになっていたが、准一への思いも昔と同じ止待ったままになっていた。桃菜の5才の誕生日に、所長がわざわざプレゼントをもって部屋へ訪れた。

そこは准一が住んでいた部屋でありそのまま愛美と桃菜が生活を続けていた。部屋に入るなり所長はそこに吊るされている沢山の黄色いハンカチのことを聞いた。

すると、桃菜が「パパがお家を間違えないように」と、笑顔で答えた。

事情を聞いた所長は、部屋の中では見えないのだから外へ出すように言った。愛美は恥ずかしさを抑えて翌日、70枚近い黄色いハンカチを職員住宅一杯に吊るした。
もちろん映画のストーリーのようなハッピーエンドになるなんて思っていなかったが、初めてあの主人公を待ち続けた女性の気持ちが判った。

それからいつしか「黄色い住宅」と呼ばれるようになった職員住宅は、本当の幸せを運んで来ることとなった。


桃菜が小学校入学の日、愛美はいつものように診療所に顔を見せた。

そして自分の休診を確認すると桃菜の手を引いて役場近くにある小学校へ向かった。過疎化が進んだこの町も祝い事はできるだけ賑やかにやってくれる。
そんな行事を迎えようと学校に差し掛かった時、一台のタクシーが愛美たちの目の前で止まった。

すると中から一人の男性が降りてきた。愛美はそれが准一であると直ぐに判った。言葉を失い身体硬直していると「パパ!パパだ!」と桃菜が大きな声で叫んだ。
准一は突然の出来事に桃菜に目をやると、「准一・・・お帰り、この子、准一の子だよ。」と呆然と立ち尽くす准一に話しかけた。

すると何を思ったのか桃菜は准一の手を引っ張って、「こっちへ来て!」と、学校とは逆方向へ歩き出した。准一は引かれるまま桃菜について行くとそこはあの日の職員住宅だった。しかし何となく風景が違って見えた。

なぜなら建物を覆うように黄色いハンカチが風になびいて吊るされていたのである。「パパがね、お家を間違えないようにママと作ったの。」と、笑顔一杯に桃菜が言った。准一は今でも愛美が自分を待っていてくれたと思うと嬉しさがこみ上げてきた。そしてあの夜、愛し合ったことで子供まで授かっていたことも驚きであった。「お名前は?」と准一が聞くと「菊本桃菜」とはっきりと答えた。

愛美は桃菜に自分の苗字ではなく准一の菊本の姓を名乗らせていた。いつかきっと会えると信じていたからであろう。准一は今日が入学式とは知らずに訪れた。しかしそれが桃菜にとってもこの家族にとっても新たな出発になり生涯の内で一番素晴らしい日となった。


その夜は、診療所上げてお祝いになった。准一は愛美と所長に今までのいきさつを話した。

あの日、陸別を離れた准一は千葉の実家へ戻り、母親と兄妹を交えて自分がしたことを話した。もちろん兄妹は驚きを隠せず沈黙したらしい。しかし母親は冷静に言ったそうである。

「実はね、お父さんが病院へ運ばれてきて、まだ意識が残っている時に言ったの。准一は何も悪くないって。自分が誤って薬を飲み違えたって。だからもしもの事があっても決して表には出さず、伯父の病院で上手くやってくれって。母さんはその時はどういう意味かわからなかったけど、後になってからあの日、学会と嘘ついてわざわざ准一に合いに行ったことからして不思議だったの。」と言った。

准一はその時初めて、父親がわざわざ自分に合いに来たことを知った。しかも、自分があのキャンディに混入した薬のことまで見通していたことを知り愕然となったのである。「父は分かっていたんだ・・・それでもこの僕をかばって・・・。」

「だからね、准一、あなたには何も罪はないのよ。それに今更そんなことを言い出したら天国のお父さんが悲しむわよ。」と、うな垂れている准一を優しく宥めた。

「そんなことより、よくまぁ、記憶が戻り身体もこんなに良くなって歩けるようになるなんて本当に良かった・・愛美さんに感謝しなきゃね」と、母親は喜んだ。事実を知った兄妹は複雑な心境だったが父が全ての罪を背負ってこの家族をまた一つの輪に戻してくれたと思うと、寂しさは募るが感謝の気持ちで一杯だった。

准一はそうと知ると実家を後にした。

その後、准一は東北地方の過疎地での医療に携わり自分の犯した罪と遅れていた自分自身の薬事の経験を積み重ね多くの患者に尽くしていた。

そしてがむしゃらな6年が過ぎ、愛美が今でも自分を待っていてくれているか思う毎日が続きどうしてもけじめを着けなければ自分自身が前に進めないような気がしてならなかった。そして思い悩んだ末、陸別町を再び訪れたということである。


しかもそこでは建物を覆いつくす程の黄色いハンカチと可愛い娘の笑顔が自分を出迎え、今までの壮絶な人生を洗い流してくれた。准一はただただ涙で一杯になり言葉を無くした。


すると突然、所長が、「准一君、明日ちゃんと婚姻届を出すんだぞ。」と言うと、

「はい、そうします。」と笑顔で愛美に合図すると、二人を割って、


「私もパパと結婚する!」と桃菜の無邪気な声が部屋中に響き渡った。






                                    おわり










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