年が明け卒業試験にも合格し、いよいよ医師国家試験が近付いた。
愛美は看護師を辞めてからの6年間を思い出していた。 一度は平柳との時間を封印したものの、誤解だったことで揺れ動いた心の葛藤、しかも母親と同じ男性を愛した事実、そしてその息子を愛し続けている現実に今はただ医師になることで全てを乗り越えられると自分自身に言い聞かせていた。
そして二日間の試験を無事乗り切り国家試験を終えた。今は結果を待つ不安よりほっとする気持ちで一杯だった。
合格発表まで愛美は、少しずつ身の回りの整理を始めた。 そんな数少ない食器には准一との思い出が深く染み付き、ハンガーにも准一の着古したTシャツが掛けられていた。
「あっ、こんなところに・・」愛美はそのTシャツを外し両手で抱きしめた。 ほのかに准一の香りがして、二年前この部屋で愛し合った日々を思い出した。そして思い出せば出すほど堪えていた寂しさが溢れ出し愛美の心を襲った。
「准一・・・今どこにいるの・・私のこと忘れちゃったの・・・」 愛美は医師になる為、そして准一との約束の為に今まで気丈に頑張ってきた思いにむせあがった。
そしていよいよ合格発表の日が訪れた。最近ではインターネットでの開示が一般的で一斉に閲覧できる。
愛美も自分の番号を探した。その番号は直ぐに見つかり合格を確認できた。その後合格通知が届けられ、晴れて医師として第一歩を踏み出せるのである。
愛美は直ぐ母親に電話をして合格を知らせた。母親も大変喜んでくれ遠く聞こえる声が涙で上ずっていた。
愛美はそう伝えると准一にも「国家試験合格したよ。これからは同じ北海道で研修医として頑張るから応援してね。」とメールを送った。
しかし今日に限って様子が違った。送ったメールから直ぐ返信が届いた。確認すると受信できない内容だった。愛美はとうとうこの日が来てしまった・・と、不安と悲しみが込み上げた。そして電話を掛けてみた。すると「お掛けになった電話番号はただ今使われておりません・・」というアナウンスが流れた。
「准一・・」
愛美はいつかこの日が来ることを一番恐れていた。そしてその日が合格発表の日だとは・・・愛美自身も予想しなかったことであった。
その後卒業式を終え、愛美は北海道へ立つ日が近付いた。しかしその前に小児病棟のさやかちゃんに会って合格のことを伝えたかった。
付属病院のナースステーションでは以前会った看護師が忙しそうにしていた。愛美は会釈をすると少女の病室へ向かおうとした。
すると後ろから「あのぉ?さやかちゃんに面会ですか?」とその看護師が声をかけてきた。愛美は事情を話すと看護師から思わぬ返事が返ってきた。 それは先月の末、少女は亡くなったということだった。愛美は愕然とその場に立ちすくみ詳しく尋ねた。
看護師は愛美に近付き小声で言った。少女の心臓は移植を必要とするほど弱っており誕生会を境に悪化していった。 愛美が一度病室を訪れた時はその中でも一番体調が良かったそうで、年が明けるとICU室で処置が行われ始めたそうである。 それでも少女は小学校でお友達を作るんだと母親に話し、心配かけないように気遣っていたそうである。愛美のこともおねぇちゃん先生と呼んでおり、手作りのワッペンをいつでも握って「おねぇちゃんも頑張ってるからさやかも頑張る・・」と、弱音を吐くようなことは言わなかったと看護師は目に涙を溜めて話した。
最期の日、少女は「パパが行こうって言うからママ、行くね。」が、最期の言葉だったそうである。 少女の母親は「夫が一緒だからさやかも寂しくないと思います。」と、病院の職員に言ったそうである。 愛美は言葉を失い、できることならもう一度少女に合って本当の先生になれたことを伝えたかった。しかし今は苦しさから放され、大好きなパパと一緒に虹の橋を渡れたことで心から少女を看送った。
愛美は准一と少女の二人を同時に失ってしまった。そして荷物が運ばれた殺風景な部屋にぽつりとしゃがみこみ一人呟いた。
「なぜ神様は私から大切な人を取り上げてしまうの?父も平柳部長も・・そして今度も・・・私はそんなに罪深い人間ですか。過去の恋愛や母と離れ離れになること。これらが罪ならば私は今後決して人を愛したりしません。だからもうこれ以上私から大切な人たちを連れて逝かないで・・・お願いです。」
愛美は止め処なく溢れ出る涙を両手で拭った。そして思い切り泣いた後、こんな悲しみはこれで最後と自分自身で決別し今後決して弱音を吐くことなく一人でも多くの患者を救える医師になろうと決意した。
今の愛美には准一と二人で築いた城は見えなかった。しかし後悔だけの生き方はしたくないと気持ちを入れ替え新たな地へ飛び立っていった。
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