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見えない城
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第38回
38
愛美は相変わらず准一から何の連絡も無いまま夏休みも終わり、卒業試験に向けた補習に集中した。
そんなある日、小児病棟に入院しているさやかちゃんの6度目のお誕生会がプレイルームで行われると友人から誘われた。 ここの病棟の子供たちは回復して退院できるとは限らない。愛美は今まで小児科の実習にそれほど関わるきっかけがなかった。 しかし同じ実習生の友人からここの子供たちから医者としての原点を学ぶと聞かされ、ぜひ今回の誕生会に参加してみようと思った。
プレイルームに着くと既に誕生日会は始まっており、輪の中心には手作りの首飾りをさげた少女、さやかちゃんが車椅子に座ってニコニコしていた。 他にも5〜6人の子供たちが一緒に祝っていた。愛美は可愛らしく飾られたその部屋にゆっくり入っていった。すると窓際にいた友人がすかさず手招きをして愛美を呼んだ。愛美は遠慮しながらそちらへ向かい辺りを見回すと担当医は見られなかったが、若手の看護師2名と地域のボランティアが3名、そして母親と思われる女性が少女の隣に座りハンカチで目を覆っていた。
愛美はどことなく緊張した気持ちでいると、
「さやかちゃん!お誕生日おめでとう!」と、一人の看護師が言い、一斉にクラッカーが鳴った。
そしてジュースで乾杯した。一般の患者と違いそれほど食事制限は無いものの自由に飲食はできない。しかし今日は特別な日ということで、看護師が用意したジュースと母親が作ってきた手作りケーキで祝った。
愛美はゆっくり少女に歩み寄り「おめでとう」と、微笑みながら声をかけると、ぎこちない声で「ありがとう」と微笑み返してくれた。
少女の病名は突発性拡張型心狭症という10万人に4、5人という珍しい病気だと友人は言った。
愛美は以前看護師だった頃、入院患者にその症状の患者がいたことを思い出した。途中で辞めてしまった愛美はその後その患者がどうなったかは知らないが難しい病だと言うことは知っていた。
しかしこの少女の外見はさほど普通の子供と変わりはない。むしろ取り囲む子供たちの方が抗がん剤治療の為脱毛し頭にバンダナを巻き痛々しさが伝わってくる。しかし、共通して言えることはどの子供たちも明るく他人に優しいのである。
今回、少女のここでの誕生日は2回目である。 しかし来春は小学校に入学であるが退院できるかどうかまだ分からなかった。愛美はポケットから小さな包み紙を取り出し少女に渡した。驚いた少女は「ありがとう」と言うとゆっくりその包み紙を開いた。
それは昨晩、愛美が手作りしたワッペンだった。素材はカラフルなフェルトにりんごの形であしらえ、表にはさやかちゃん、裏にはまなみより、と刺繍がされていた。しかも小さなひめりんごまで着けられとても可愛らしかった。少女はとても喜び、さっそく母親に着けてもらった。 初めて合ったばかりなのに、少女と愛美はまるでずっと以前から友達のように温かい空気に包まれていた。
しばらくするとボランティアによる手作り紙芝居が始まった。 その内容は動物園にいる動物たちが夜になるとテレパシーで話をして園内でパーティーをするといった楽しい話であった。そんな愉快な内容に子どもたちは食い入るように見入っていた。
そんな話の途中、少女の母親がハンカチで顔を覆いながら静かに部屋を後にした。 愛美は気に掛かり後を追った。
母親は廊下の椅子に座って俯いていた。 愛美はそっと近寄ると「隣へ座ってもよろしいですか」と尋ねた。母親は小さくうなずいた。
愛美は母親の肩を優しく撫でた。すると母親は肩を震わせながら声にもならない呻き声で泣き崩れた。愛美は何も言わずただそっと横に付き添った。 しばらくすると母親は「どうもすみません、お見苦しいところをお見せしてしまって。」と口を開いた。
愛美は「気にしないでください、大丈夫ですよ」とやさしく言った。患者の命を救うことは医者の努力によるが患者や家族をサポートするのは看護士の誠意と信頼関係だと思っていた。 愛美はどちらの立場も踏まえしかも患者の家族の悲しみも分かっていた。だからこそ、上辺ではない真の医療が自分にはできると確信していた。 母親は小さく上ずった声で話を続け、少女と二人の母子家庭だということを愛美に話した。 生活は決して楽ではないが実家からの援助もあり、できる限りの治療を受けさせてあげたいと願っていた。しかしそんな母親の思いも入院から二年が過ぎ、少女の病状は一向に回復の兆しは見られず治療方法は補助人工心臓手術か移植手術だけだと言い渡されていた。 母親はできることなら自分の心臓を移植して欲しいと訴えたが、もちろん聞き入れらえなかった。また海外での移植手術に踏み切る患者もいるがそれには保険が利かない為億単位の治療費が掛かってしまい諦めるほかなかった。 愛美も現状の日本医療体制に多くの理不尽さを感じてはいるもののどうする事も出来ない歯がゆさを常々感じていた。
誕生会から数日が過ぎたある日、愛美はさやかちゃんの病室を訪ねた。少女は青白い顔をしてあまり元気が無かった。しかしそれでも一生懸命笑顔を作って愛美に挨拶をした。 そんな少女は愛美が作ったワッペンを触りながら話した。
「おねぇちゃん、さやかのパパはね、お空のお星様になっていつもさやかやママたちを見守ってくれているんだって。だからママはいつも笑顔でいられるんだよって言っていた。だからさやかも早く元気になってママのお手伝いしたいし小学校にも行ってお友達たくさんつくるんだ。だからおねえちゃんも早くお医者さんになってさやかの病気治してね。」と、小さな身体から力を振り絞って愛美に話し掛けた。
愛美もその言葉に応えるように「そうだね、さやかちゃんがこんなに頑張っているんだもの、私も頑張らなくっちゃね!」と両手で頑張る仕草をして笑顔を見せた。 すると少女はワッペンのお礼だと言って愛美の似顔絵をプレゼントしてくれた。その画
用紙にはお花畑で少女と花摘みをしている愛美が色鮮やかなクレヨンで描かれていた。愛美はとても喜びその絵を受け取ると少女の手をそっと握り「さやかちゃんありがとう。この絵は大事にするね、だからさやかちゃんも早く元気になろうね」と、励ました。
そして愛美にまた一つ宝物が増えた。
准一と離れ離れになり連絡が取れなくなったとはいえメールの送信拒否がない限り送り続けた。なぜならそれだけが愛美にとって准一と繋がっていられる唯一の救いだったからだ。
その後、准一と離れ離れになった二度目のイブに、愛美の姉は三つ年上の同じ会社の男性と結婚した。 とても幸せそうな姉の笑顔に愛美は自分と准一をだぶらせていた。
愛美は研修医先のことをいつ伝えようかずっと迷っていたが披露宴が終わると母親に話した。 母親はさほど驚かずしばらく黙っていたが「愛美が決めたことだから仕方ないね。きっとお父さんもそう言うと思うよ。」と、少しうつむいて言った。
愛美は、北海道に決めた理由である准一と連絡が取れずにいることを母親には話さなかった。話したところで心配をかけるだけであり何の解決にも繋がらない。 しかしそのことで意思を変えることはなかった。 なぜなら二人で旅行して感動したことや准一の思い出の地であり何より准一が自ら地域医療を選んで決めた場所だからである。
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