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見えない城
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第35回
35
卒業式も無事終わり、准一たちは謝恩会に参加した。
4年間もしくは6年間の思い出話は尽きないが、学生たちは笑顔に満ちていた。しかし准一の心は暗く重かった。しかもその内心に秘めた決意に誰一人とし気付く者はいなかった。
准一と冬樹たちは学生生活最後の酒を交わし思い思いに浸っていた。結局、冬樹と彼女は遠距離を続けることで話が纏まったらしい。遠距離とは言っても准一に比べたら目と鼻の先である。新幹線で3時間も乗れば逢えるのであって准一たちのように陸違いとは大違いである。
「あっという間の4年間だったようなぁ・・ケンジは実家の薬局を継ぐし、鈴木は地元の製薬会社のMRだし、皆違う世界へ行くんだよなぁ。
だけど、機会があったら絶対会おうぜ!俺たち友達だからさっ。」と、冬樹が言葉を少し詰まらせて言った。
大学院へ残る冬樹は友達を見送る立場なので倍寂しさが募った。
そんな賑やかな会場も一時間を過ぎるとポツリポツリ人が減っていった。准一は仲間に挨拶をすると愛美との約束を告げ足早に会場を後にした。
つい先日父親を亡くした彼に対してもちろんそのことを止める者も非難する者もいなかった。 「そうだよなぁ、准一も彼女との遠距離は自分で決めたことだから仕方ないにしても、突然父親を亡くして可哀想だよなぁ。あの時が最後になるなんてさぁ」と、ケンジが言った。
「あの時って?」と鈴木が聞いた。
「ほら、俺らが国試の翌日釣りへ行っただろう?あの時、准一が少し遅れて来たから理由を聞いたんだ。 そしたら親父が偶然出張でこの町へ着たからさっき帰り際会ったとかって。父親は卒業式に来られないからとか言ってたなぁ。」と、ケンジは言った。 他の友人たちも、そうだったんだぁと、准一の父親を偲んだ。
愛美も離れ離れになってしまうまでは出来る限り准一と一緒に居たいと思った。
北海道へ送る荷物も大した量でない為あっという間に終わり、がらんとした1Kの部屋に二人は腰の転がり思い出を語りだした。
「僕は最初この部屋が嫌いだったんだ。なぜならここは1階だしいつも他の学生の声が通り過ぎて自分が一人ぼっちだということに気付かされていたからなんだ。 だけど、2年の秋からは変わったんだ。愛美と付き合うようになって自分にも彼女ができて、ここへ戻るのが楽しくなった。だって、愛美もここへ来てくれるようになったし、この部屋も明るくなったから。きっとこの部屋も愛美に感謝してるだろうなぁ。」
と准一がそう言うとそっと愛美の手を握った。 寝転がった愛美の顔に准一の顔が近づき優しくキスをした。愛美もそっと目を瞑り准一を受け入れた。すると・・
「もうじきお誕生日だね。」 と、准一が言った。
愛美にとって准一との年の差を気にしないと言えば嘘になるが年下であることで准一を愛おしくも感じまた、それとは違って年上にも感じさせる心強さも持ち合わせていた。 その時愛美はつないだ手の平に何かを感じた。
愛美は手を離してそれを見た。そこにはシルバーのリングが握り締められ内側にはMANAMI&JUNICHIと刻まれていた。
愛美は准一を振り返り「これって・・・」と呟くと、准一はそのリングを手に取り愛美の左の薬指にはめた。 サイズはピッタリだった。愛美は以前准一からプレゼントされたアクアマリンのネックレスを握り締め、左薬指のリングを見つめて「准一・・」と再び顔を見た。
准一は微笑みながら「愛美へのお守りだよ。しばらく僕は愛美を守ってやれない。 辛い時や悲しい時悔しいことがあったらこれを見て乗り越えて欲しい。愛美は絶対立派な医者になれる。僕も北海道で愛美に負けないように頑張るから、愛美も頑張って欲しい。 でも、もし、愛美の心が変わるような事があれば僕のことは引きずらないで欲しい。愛美の思う生き方をしてほしい、いいね。」
愛美は目に涙を溜めて、 「准一がいるから頑張って来られたし今の私があるのよ。私から准一がいなくなるなんて考えられないし、あと2年、准一のお父さんのような立派な医者になれるよう頑張るから待っていて。」と言い、
「実は私もね、准一と同じように研修医は北海道に決めているの。今は過疎地の地域医療が不足している。だからできるだけ患者と接した医療がしたいの。」と、思いを告げた。
准一は愛美の言葉に胸を突かれ一度決めた決心が揺らぎそうになった。しかしこの揺らいだ気持ちが何かは到底愛美が知る由もなかった。
正直愛美は実家の母を一人残して北海道へ行くことに迷いがあった。 父親を亡くしてからずっと私たち姉妹の為に母は頑張ってきたからこそ、その母に恩返しをしたいと言う気持ちに間違いはなかった。
しかし父親の死が医療ミスだと勘違いしていた自分と、准一との出会いが将来の生き方を大きく変えていったのである。 今後卒業に向け母親にもこのことを話さなければならない。分かってもらえるかまだ分からないが、今は精一杯努力するだけであった。
准一はそんな愛美を気遣って「無理することは無いよ、今は卒業と国家試験に向けて頑張って欲しい」と言って抱きしめると、重なり合った二人にとって狭くてもそこはまさしく二人だけの城であった。
その後、准一は函館にある総合病院で勤務を始めた。
愛美は毎日、大学付属病院での実習に明けレポートに追われる毎日を送った。
予想通りやっさんの居酒屋でバイトもきつくなり辞めることになったが、やっさんはいつでもバイトを引き受けてくれると心優しく言ってくれた。
愛美は毎日准一にメールを送った。さすがに忙しいと見えて返信はいつも深夜であった。
しかし愛美はそれに文句も告げずガッツメールを送った。
その後、准一から妹が看護師になる為、専門学校へ入学したと聞かされた。
愛美はあの告別式を思い出し小さな心で悲しみを抱いていた由香ちゃんの気持ちと幼い頃から引きずっていた准一の気持ちが同じであったことに気付いた。
卒業式後、准一から引きずっていた思いを聞かされた。
それは准一がまだ中学生の頃、母親が父親に向かって何かの手紙のことで揉めていた。 准一は子供ながらに父親の浮気だと察した。 転勤の為、転校ばかりさせられ、そして兄の家庭内暴力。そんな中父親の浮気だと思えばさすがに准一も心の置き所が無くなってしまうのは当たり前のことである。 そしてその思いをずっと引きずってきたが、しかし実はそうではなかったことを通夜の夜、母親から聞かされたと愛美に話したのである。
准一自身ももっと早く気付いていればと後悔で一杯になり心の整理がつかないまま父親を見送っていた。
愛美は平柳を誤解していたことを思い出した。ある意味生きることには不器用な男だったのかも知れない。
思えば思うほど切なくなる気持ちを愛美は抑えて実習に励んだ。
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