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見えない城
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第30回
30
「お〜い!准一!遅かったなぁ〜!」
「ごめん、ごめん!愛美んちに寄ってたから」と、准一は原チャリを停めメットを外すと汗を拭きながら言った。
「おぅ、そうかぁ」と、冬樹が答えた。昨日国家試験を終えた冬樹らは最後の釣りの約束をしていた。鈴木とケンジも一緒だ。
「これで最後と思うと寂しいよなぁ〜」と鈴木が言うと、
「だよなぁ〜、でもよ〜、飲み会はまだあるし、それぞれ引っ越すまでは俺ら仲間だ!」とデカイ図体のケンジもどことなしか寂しげに言った。
卒業式を数日後に控え、赤灯台の堤防でこのメンバーと丘釣りをするのは最後かもしれないがこの仲間だからこそ、楽しく学生生活が送れたのだと誰もがそう思っていた。
さすがに冬の海釣りはそう容易くない。しかし、それでも釣り糸をたらし4人は途中コンビニで買ったおにぎりとお茶を呑みながら4年間の思い出話に浸った。
午後3時を過ぎると日差しも傾き肌寒くなってきた。今日の獲物は無かったが、4人はそれ以上に満足感という収穫を得ていた。
「じゃーそろそろ帰るとするか」と、冬樹が言うとそれぞれ荷物を片付け始めた。
「これからどうする?」と鈴木が言った。
「ごめん、俺これからかおりんちに行くから悪り〜ぃ」と冬樹が言ってくれたので准一は助かった。なぜなら今夜はどうしても愛美のマンションで一緒に過ごしたかったからだ。
「だよなぁ〜、皆遠距離だもんなぁ〜、俺は一人、実家を継ぐだけだし・・・つまんねぇ〜!!」とケンジが吠えた。
そんな会話をしながらそれぞれバイクや車に乗って帰っていった。
准一は愛美のマンションに着いた。いつも定番の駐輪所にバイクを止め、4階へ駆け上がった。
「ピンポ〜ン!ピンポ〜ン!」
准一がブザーを押すと愛美が分かったようにニコニコしてドアを開けた。 「お帰り〜!今日の収穫は・・・えっと・・・なさそうね。」と、准一の荷物を見て推測した。
「ハズレ〜〜!」そう言うと准一は途中のスーパーで買った刺身を取り出し、 「今日は豪華でマグロとブリだよ〜」と、愛美に差し出した。
愛美は、 「あらまぁ!豪華だこと!」と言うと、夕飯の支度に取り掛かった。もちろん准一も一緒だ。キッチンに二人で並ぶこともしばらくできなくなる。
しかしだからと言って悲しむより、今を楽しくいようを二人の目標にしていた。ご飯を炊き味噌汁を作った。そして近くの農家のおばあさんに貰った大根で作った自家製の切干大根を愛美は煮た。愛美はこの地方ならではの温かい人間関係がとても気に入っていた。
そして二人が向かい合って食べようとした時、准一の携帯が鳴った。准一は一瞬ためらったが愛美に「鳴ってるよ」と言われると、「あっ・・うん・・」と言って携帯に出た。
するとしばらく「うん・・うん・・分かった・・」とうなずくだけの会話が続き電話が切れた。
愛美は「どうしたの?誰から?」と尋ねると、
「実家の母から。父が突然倒れて危篤だから直ぐ帰って来てほしいって・・」
「えっ!お父さんが!准一!何してるの!早く帰らなきゃ!ぼやぼやしてちゃだめでしょ!」と愛美は慌てて准一に言った。
「愛美落ち着いて!」准一はおどおどしている愛美を一括した。愛美は我に戻って「准一・・・」と呟いた。昔同じ経験をしている愛美にとって、何としてでも早く父親の元へ准一を返してやりたかった。
「愛美、落ち着いて。僕は大丈夫だから。父も親戚や家族と一緒だし今はICUで処置しているらしいから。」と准一は落ち着いて言った。これから帰るには寝台特急しかない。
しかも途中で乗り継ぎもあるため千葉に着くのは早くても明日の朝になってしまう。少し遅らせて飛行機で向かった方が効率的だと准一は言った。愛美は准一の父親と自分の父親がだぶり、とにかく一刻を争う事態を感じていた。
「でも、どうして突然危篤に?」と愛美が尋ねた。
「よく分からないけど心不全で倒れたらしい。元々血圧が高いと言って投薬していたようだけど。」と、准一は答えた。
愛美は高血圧の異常は命の危険に関わることを知っていたし、もしそれが突然起こったのであればなお更危険なことを薬学の准一でさえも知っている基本的な症例であった。
しかし、今はじっと時間が過ぎるのを待つしかなかった。用意した食事も既に冷めてしまったが准一は気を使って「愛美、腹が減っては戦は出来ぬ!」と言い食べ始めた。
愛美はそんな准一の複雑な気持ちが分かるが故に何といってよいか分からなかった。
とにかく愛美も無理して食事を喉に流した。
ネットで調べると朝一番の羽田着の便は10時頃だった。
准一は言葉少なくいつものベッドで愛美と抱き合った。
今夜はいつもとは違う・・と愛美は直感した。もちろんこんな状況だから仕方ないし、むしろこんな状況で不謹慎ではないかとさえ思った。しかし准一の求めに素直に応じたかったし、残り少ない分かれの時間を出来るだけ一緒にいたかった。准一の身体は小刻みに震え愛美の全てを愛撫し全身で受け止めたいと表現すればするほど准一のモノはそれを薄れていく。
そんな准一を愛美は赤ん坊のように抱きしめた。聖地で愛し合うより究極の愛だとその時感じた。
「ごめん・・・」と、准一の口から小さく漏れた。 「いいよ」と愛美は応えその夜准一は深い眠りに着くことなく朝を迎えた。
深夜准一の携帯は鳴らなかったし、准一からもしなかった。 翌朝「一緒に行こうか?」と尋ねる愛美に対して、
「一人で大丈夫、向こうに着いたら連絡するから」と言って地元空港の一便に間に合うように准一はマンションを出た。
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