その時「はい、そこ、通してください。救急車が止まります。」と、消防隊員の歯切れのいい声が響き渡った。
そして、車からストレッチャーを出そうとした時、愛美は「自分で歩けます・・」と言って立ち上がり隊員に支えられて車に乗り込んだ。 それと同時にパトカーも到着し加害男性も警察官に連れられて現場検証となった。 目撃者のスタンドの店員も自分が目撃したままを告げ、それから2時間ほどで現場はいつもの様子に戻った。
その後愛美は救急病院で精密検査をした結果、これと言って外傷は見られなかった。 運がよいことに、相手の車がスピードを出していなかったことと、スポーツタイプでボンネットが低くかった為、たまたま自転車の側面に当たり大事には至らなかったということだ。 加害者がどうして愛美にぶつかってしまったかは定かではないが、前方不注意ということだった。
愛美の母も心配そうに廊下のイスに腰掛け検査結果を待っていた。
「一応今日は帰宅してもよいですが、48時間は気をつけて様子を見てください。 気持ちが悪くなったりどこか痛むようなことがあれば直ぐ連絡ください。」と治療室から出てきた医者に言われた。
母も「分かりました、ありがとうございました」と、言うと少しほっとし、肩の強張りが下りた。 愛美が落ち着いて廊下に出てくると、先ほどの警察官が話を聞きたいと近付いて来た。愛美は正直に事故の起きる寸前までの様子を話した。 今日は夏休みで市内の中央図書館へ受験勉強の為出かけていたこと。 夏休みだから制服ではなく私服だったこと。横断歩道は青信号だったこと。車が向かって来るのは分かったけどまさかぶつかって来るとは思わなかったこと。そして市内の県立進学校に通っていること・・等。
確かに私服の為、年齢や身分が分からなかったようだが、某県立高校に通っていると聞いた途端、警察官の言葉が少し丁寧になった気がした。
警察官の話では、加害者は過去にも違反を犯しており残りの点数が無いということだった。どうみても今度の事故で免停は逃れられない。しかし加害者の住所が愛美の住所とさほど離れていないということと、加害者の母親が病院まで出向いて愛美の母親に侘びを入れたらしい。普通ならその後のいざこざに繋がる恐れがあったりするので警察に任せてしまうが、加害者の母親の誠意に重んじてできるだけ刑減できるようにと頼んだ。
翌日、加害者の母親が見舞いに自宅へ訪れた。「本当に申し訳ないことをしてすみませんでした。」と頭を下げた。 話を聞けば、息子は仕事を始めたばかりで、運転免許を停止されると仕事が出来なくなってしまうと言っていた。 愛美にとってそんなことは関係ないことだったが、その母親の落ち込んだ顔が気になった。 「私、大丈夫ですから。少し首が寝違えたような感じがすることと、太ももが少し痛むぐらいですから。」と言った。 母親は果物の盛り合わせと手作りだと言って直径20センチほどあるプリンを手渡した。
「とにかく今後も何かあったら病院へ行ってくださいね。そしてちゃんと治るまで治療してください。」そう言って家を後にした。プリンの下には図書券1万円分が添えてあった。
数日後、加害者から以前よりグレードのいい自転車が届いた。体の痛みもすっかり治ったが、しばらくは事故のショックの為自転車で出かけることはなかった。
結局、息子は一度も詫びに来なかった。きっとこれに懲りずまたどこかで違反を重ねパラサイトシングルを続けるのであろう。
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