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見えない城
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第26回
26
愛美が病院を突然辞めたときよー子にも相談できなかった。
平柳部長と不倫関係で、しかも父親の死の原因を招いた医者だったなんてどうしても言えなかったのである。
愛美はしばらくしてから医大を受験すると決めた時よー子に連絡を入れた。理由は看護の仕事に疲れたことと、父親の病気と同じ人を救いたいのだと話すと、よー子は愛美を理解してくれ突然辞めたことを責めたりしなかった。それどころか、その後もメールのやり取りをして愛美を励ましてくれていた。
今回久しぶりに逢うことができたのは、愛美がよー子にあることを頼んでいたからである。
「愛美!おひさ!元気そうでよかった。私もかっちゃんとぼちぼちやってるよ。まだ結婚の申し込みはないけどね。」
よー子は相変わらずポジティブだった。
「そうそう、愛美から頼まれた例の調べ事、結構手間取ったのよ!遅くなってごめんねぇ〜」
「う〜ん、そんなことないよ。無理なお願いしてた私の方こそ、ごめん。」
「えっと、それで分かったよ、愛美のお父さんをオペした医者。当時県立がんセンターの消化器外科部長で・・・えっと、ちょっと待って、メモがあるから・・・」
よー子はバックから手帳を取り出すと、
「えーっと、高田広永っていう外科部長だって。」
「えっ?高田?」
愛美はそんな筈は・・・と、もう一度よー子に尋ねた。
「ねぇ、よー子?!本当に高田っていうドクターなの?」
「うん、そうなんだけどぉ、ここからがちょっとあやふやで、私の友人の先輩看護師が当時そこのがんセンターに勤務していたことがあるらしいんだけど、その時どうもその高田っていうドクターが病院の増改築で賄賂を業者から貰っていたらしいの。
それで何度かオペをドタキャンしたことがあって、その代理に別の病院のドクターが回されたことがあったっていう噂があったの。そのドクターが誰なのかはちょっと分からなかったんだけど・・・」と、よー子はメモをなぞりながら愛美に話した。
愛美は運ばれてきたコーヒーを一口飲むとため息をついた。
「でもさぁ、愛美?どうして今頃になってお父さんのことを調べようとしたの?あんなに嫌がってたのに・・。確かに検査入院のはずがオペ後1ヶ月足らずで亡くなってしまったことは可愛そうだけど・・でも、病名を聞けばスキルス型の胃がんでかなり進行してたって・・・」
よー子は友人から聞いたことを愛美に伝えた。 本当なら個人の情報は一切外部へは漏らさないのが鉄則だが、愛美の場合自分の父親であることと、看護師仲間からの特別情報としてよー子が頼み込んで教えてもらったのである。
「ありがとう・・よー子・・」
愛美は改めて聞かされた真実に愕然としていた。
そしてもう一口コーヒーを飲むと、
「実は・・・私、父親のオペをしたドクターを知っているの・・。」
「えっ!本当?どうして?誰なの?」
よー子は目を丸くして驚きを隠せなかった。
「実は・・・そのドクター・・・よー子の病院の平柳部長なの・・・」
「えっ!まじで?!そうだったんだ・・・・。そう考えれば話が分かるような気がするよ。平柳部長なら同じ系列のドクターの為にオペをするだろうし信頼もある。それに何より患者思いだから。」
よー子は運ばれてきたカレーをほおばりながらうなずいた。
「でも、どうして愛美が知ってたの?だったら私に頼むことないのに?」 確かによー子の言うとおりだった。しかし、平柳がオペをしたことは事実でも結果が信じられなかったのである。なぜ父親が死んでしまうことになったのか。
そして二人のこと・・そのことはどうしてもよー子には言えず、 「実は・・・病院内で平柳部長が話しているのを通りかかって聞いてしまったの・・・」愛美はでまかせを言った。
「そうかぁ・・それで突然病院を辞めちゃったわけね。」
よー子はよー子なりの憶測で納得した。
「そう・・・なの」 愛美も話を合わせた。そしてよー子も愛美を励ますように
「とにかく今はドクターを目指して頑張っているんだからこれからもめげずにやってよね。愛美は私なんかより賢いし努力家さんだから絶対に患者から信頼されるドクターになれるよ。応援するからさ!」
と言いながらカレーを平らげると、手を着けていない愛美のサンドイッチに目配せすると、
「いただきま〜す!」と言ってつまんだ。
「相変わらずね」
愛美はそんな明るいよー子の笑顔をみているだけでほっとした。しかし、今まで自分が恨んでいた相手がやっぱり勘違いであった・・・と気付かされるとあの辛い別れは何だったんだろう・・・と後悔ばかりが募っていた。
そうとは知らないよー子は、 「愛美?!私これからかっちゃんとデートの約束してるからこれで帰るけど、今度またゆっくり遊びにおいでよね。その時は彼氏も一緒にね!」
と挨拶した。愛美は「支払いは私がするから」と言うとよー子はにっこりして慌ただしく店から出て行った。一人残った愛美は追加のコーヒーを頼み、残りのサンドイッチを食べ始めた。
溢れる涙を堪えると二年前の思い出が走馬灯のように巡った。
「先生・・・」
逢いたくて、忘れられなくて、辛くて・・それでも許せない気持ちが平柳と別れることを決めさせた。
しかし心から愛していた平柳をそう簡単に忘れることはできなかった。そのために愛美は平柳を反面教師に仕立て自ら患者を救えるドクターになろうと心に誓ったのである。
しかし・・そう誓った願いも一瞬にして崩れ去っていた。むしろ平柳は、愛美の父親を救おうと精一杯力を尽くし何とか残り少ない余命を伸ばしてくれたのである。
そんな平柳の思いを今は過去形で想うしかなった。その時ふと、愛美は思い出した。 あの初めての大阪の夜、ホテルで・・・。確かに平柳に父親のことを話した・・と。
と、すると平柳は最初から父親のことを察していたのではないか!だとすると、知っていながら私を愛した?いや違う。愛した私がたまたまオペをした患者の娘だったんだ・・・。普通ならそんな厄介者とは関係を持たないし、逆に知らない振りをするだろう。なのに平柳はとても優しく私を愛してくれた・・。しかしそんな平柳を愛美は・・・そう思うと次から次へと涙が溢れ閉じたはずの心の鍵が脆くも崩れ去っていた。
「なんてことをしてしまったのだろう・・」 きっと突然病院を辞めてしまったことで平柳も悲しんだに違いない。愛美は慌ててよー子にメール送った。
「私が突然病院を辞めた後、平柳部長に変ったことはなかった?」と。
直ぐに返信が来て、 「確かあの後、急に学会が入ったとかで2週間くらい居なかったかなぁ」と来た。
やっぱり・・。あの時平柳から学会の話は聞いていなかった。
「あぁ・・・・・やっぱり傷付けてしまったんだ・・」愛美は戻れるものなら二年前に戻りたかった。
しかし時間は確実に過ぎている。私だけじゃない、平柳だって同じように時間は過ぎていた。
愛美は突然立ち上がると会計を済ませJRに乗った。
「桜木町・・・」
二年経ってもあの駅、あの場所は忘れていない・・。 同じ風景を急ぎ足で7階のマンションへ向かった。
あの時と同じオートロックの扉・・。緊張しながらブザーを押した。何も返事が無い。 愛美は覚えている番号を押した。
「ロック番号3C7○」 「・・・・・」
何度押しても同じだ、暗証番号が解除されない。 「番号が変ったのか、引っ越したのか・・・」
しばらく立ちすくんでいたがこれ以上愛美にはどうすることもできず新横浜駅へと重い足を引き返した。
途中、准一からメールが入った。 「今日は久しぶりに実習が休み。親友と二人チャリンコでドライブだよ〜」 と、着信が入った。
愛美は、准一には浮気しないでと言っておきながら・・自分は何しているんだろう・・と、我に戻った。平柳とは全く違う世界の准一が今は私を愛して必要としている。私はなんて馬鹿なことをしているんだろう、とぼんやり桜木町の駅から遠くを見つめていた。
愛美は「そうなんだぁ〜楽しそうだね。実習頑張って(❤)」と絵文字を加えて返信した。准一からも直ぐ返信で「愛してるぜー(❤❤)」と送られた。愛美は現実を実感し、平柳とはもう終わったこと・・と、准一への愛に生きることを決意した。
その日の最終でマンションに戻った愛美は今まで平柳を憎もうと心に誓い医者を目指していたが、これからは平柳のうような患者思いの医者になろうと努力した。
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