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見えない城
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第20回
20
12月に入り暖冬の冬にもクリスマスのネオンが点灯している。
「ねぇ、愛美!今年のクリスマスはどうする?一緒にする?」 よー子が愛美に尋ねた。
「う〜ん、今年はいいや。大学からずっと一緒だしぃ、彼氏に悪いし。」
「平〜気!平〜気!かっちゃんは全然気にしないから。それに賑やかな方が楽しいじゃない?!」
愛美はよー子が気遣ってくれてることが本当にありがたかった。しかし、今年は・・・ 「ごめんね、よー子。実は今年父の七回忌なんだぁ、だからクリスマスと年末は家族で集まるの。」
愛美は適当によー子言った。しかし父の七回忌は本当だった。
「そうかぁ・・それじゃぁ仕方ないよね。」よー子はそれ以上深入りせず諦めた。
愛美は「ごめんね・・よーこ・・今は言えないんだぁ・・」そう呟くと、
「ねっ、今夜ご飯食べに行かない?美味しくてリーズナブルなお店見つけたの!そこのお好み焼きが美味しいんだぁ〜」
「なぁ〜んだ!やっぱりね。愛美に洒落た店は似合わないしねっ!」
「あ〜!言ったわね!」
二人はまるで学生のようにはしゃぎながら医療機材の後片付けに向かった。 根岸公園近くにあるその店は学生や若者で賑わっていた。間口はそれほど広くはないが、店の中はワンフロアーでだだっ広くなっておりテーブルとイスが整然と置かれいる。壁には南国風の編んだ縄飾りや造花のシュロの木があちこちに置かれていた。メニューは無国籍料理が掲げられ、店オリジナルなどを合わせると100品ほどあった。しかも1品300円前後とかなり安く味も量も満足だった。
「いやぁ〜満足!満足!愛美いい店知ってるね〜しかも二人で五千円しないなんて信じられない!」
よー子は酎ハイを2杯飲んだにも関わらず割り勘だったので上機嫌だった。愛美はいつか平柳と二人で食事に行けたらと思い、できるだけ穴場的な店を探していた。そんな準備が功を奏したのでラッキーだった。
時間は9時を少し過ぎていた。よー子は新横浜に住んでいる彼氏のアパートにこれから行くと言って愛美と分かれた。愛美はこれからどうしようか・・と考えたが、平柳のマンションと逆方向にもかかわらず桜木町に足が向いていた。
乗り継ぎの時間待ちが少しあったものの、マンションには10時前に着いた。そしてブザーを押した。 しかし愛美は今夜、平柳が緊急外来指定医になっているから居ないことを知っていた。
そしていつものように部屋に入った。その時ふと愛美は思った。「奥さんもここの暗証番号知ってるんだぁ・・夫婦だものね・・当たり前か・・。」愛美は少し寂しく感じたがそんな不安をかき消し靴を脱いだ。
アルコールを飲んだわけではないが顔の火照りを感じた。 「これはきっと先生に対しての愛情の証ね。」愛美は寝室に入りいつも平柳が眠るベッドに横になった。
初めて来た時は暑さを感じるベッドだったが今は肌寒く感じる。季節が二つ過ぎて三つ目になっていた。
愛美は横になりながらいつもは気にならない壁に作り着けられた書棚に目がいった。 もちろん医学書がほとんどだがその中に色分けされたファイルもかなりの幅を取って何冊も収められていた。
愛美は何となくその一つを取り出してパラパラと捲った。個人情報が取り立たされる今だからこそ出来ないが、ほんの数年前までは仕事を持ち帰ることは常識だった。真面目で仕事熱心な平柳こそ人一倍時間外の仕事をこなしていた。 そしてそのファイルには過去平柳が関わった患者のリストが記されていた。
1990年○月・・日△病院・・ 丁寧に見やすくファイリングされたそれには病院に残す内容よりも詳しく書かれていた。多分平柳自身が個人的にまとめた所見だろうと愛美は直感した。
「10年前の・・凄いなぁ・・」
多分パソコンラックに積まれているCDRにも保存されているのであろうと、愛美はそれに目をやった。
今まで平柳が関わった患者は数知れないが、たかがCDR数十枚に納まってしまうと思うと少し儚く感じた。愛美は無意識に1994年のファイルを探した。それはどの年号より数が多いグリーンになっていた。
年号毎に分けられたファイルは細かく月別に記されていた。愛美はそれ以上詮索しなかった。なぜならここに自分の父親のデータがあるわけないと思ったからだ。 もしあったからといって今更どうなるわけでもない。死んだ父親が戻るわけでもない。だったら悲しい思い出は引き出しにしまっておいたほうがいいと思った。
愛美は元の位置へグリーンファイルを戻し、今度はクローゼットを開け一番下の例の包みを確認した。「この間と同じだ・・」愛美は少しほっとするとマンションを出てアパートへ帰った。
年末に近付くとどういうわけか緊急外来も増え病院は悲鳴を上げる。平柳医師らは出来るだけ患者を受け入れる体制でいるが無理が重ならないように配慮もしなければならない。そういう訳で妻帯者はできるだけ配慮される。 愛美はそんな実情を知っているだけにイブの予定を平柳に切り出せないでいた。
とうとう当日になった。しかし昨夜から脳梗塞の高齢者と火傷を負った幼児が搬送され七転八倒していた。愛美は今年のイブは諦め自分も仕事に努めた。
そしてイブの針が過ぎクリスマス当日になった。
愛美は夕方仕事を終えて病院を後にした。このままアパートへ帰る気もしなかったので、出来合いのチキンと売れ残り寸前のクリスマスケーキを買って平柳のマンションへ向かった。
「ひょっとして奥さんが着ていたらどうしよう・・」クリスマスだけに不安になった。
「もし着ていたら人違いで帰ればいいや・・」と独り言を呟きながらマンションへ向かった。
いつものようにブザーを押した。そしてもう一度押した。誰も居ないと確認すると、暗証番号を押して部屋へ入った。
イブの日も奥さんが来た痕跡は無かった。
「やっぱり・・・」
愛美は以前平柳が言った「妻と夫婦生活は無い・・」の言葉が脳裏を過ぎった。 少しほっとし嬉しさも感じた。「私だけの先生・・」愛美はとても愛おしかった。だからクリスマスが過ぎてもいい・・愛し合いたい・・と思った。
愛美は買ってきたチキンを皿に並べた。一人で食べるには余りにも寂しいのでもう少し待ってみようと思い、時間潰しに書斎へ入った。そして先日捲ったグリーンファイルの続きを探した。
父が亡くなって今月で7年になる。
最後のクリスマスを我が家で過ごせなかった残念な思いはあるものの過ぎてしまったことを後悔したくない。だからこそ時間は掛かったが母は前向きになれたのだと思う。
愛美は1994年12月のファイルを探した。父が亡くなった同じ年に平柳が担当した患者さんてどんな人たちだったんだろう・・と愛美は思った。
グリーンの12月もたくさんの患者に携わっていた。 特に目立ったのが70代〜80代の高齢者による脳梗塞だった。運よく助かった人もあれば手遅れになった人もいる。どうやって搬送されどのように処置され家族との会話も事細かく書かれていた。平柳が知りうる出来事は全て記されていた。
「すごい・・・」
愛美は自分の父親が入院していた時は高校生だったのであまり病院へ見舞いに行けなかった。その代わり母親が毎日付き添った。 突然のことだっただけに何も考えられず傍にいることで自分の気が少しでも楽に 感じたのだろう。
その時、1994年12月7日(緊急オペ)という文字が愛美の目に飛び込んだ。
「12月7日?父の手術の日と同じだ・・・」愛美は息を呑んだ。
住所:神奈川県O市 氏名:TK男性 年齢:50歳 病名:スキルス胃癌・・ 「同じだ・・・いや父だ! 」愛美は驚きを隠せなかった。
「まさか父親の主治医が平柳だったとは・・」
愛美はそこに書かれている内容を隅々まで読んだ。読んだ最後、手書きで書き足した文字を見て絶句した・・・
「このオペは失敗だった。もっと早く的確な診断をしていれば助かったはずなのに・・・」と付け加えられていた。
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