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作品名:見えない城 作者:ながいみち

第12回   12
若い頃、平柳は全国の公立病院を転々と異動していたらしい。

現在の病院へ赴任してかれこれ5年になる。
噂によれば単身赴任で家族は千葉県に居るようだ。
しかも家族の話はしないので年齢は50を少し過ぎているが独身に見えることもある。だからと言って女性関係の噂もなく真面目で通っている。そんな父親像とダブル平柳に愛美は惹かれたのかもしれない。

午前10時半から午後5時までの学会も無事終了し、平柳の合図で懇親会が始まった。

「さぁ!皆さん、今日はご苦労様でした。今回の学会に参加して多くを吸収できたと思います。この得た知識を十分に今後の医療に役立て欲しいと思います。ではお腹も空いたことですし!乾杯!!」

出張費は手当てとして支給されるが、食事に関して、ましてや打ち上げなどは全て自己負担である。

しかし、今回のような場合は全て平柳のような立場の上の者が持つ。愛美たちにとってはありがたいが、しかし最近ではそういうしきたりを否定する医師も少なくない。だからこそ、平柳の様な医師は他の医師から煙たがられることもしばしばある。しかし、今回の鮨処は平柳の昔からの知人の店でもあり明朗会計で大阪の行き着けでもあり皆安心していた。

会食も盛り上がり、病院内の話題へと話が進んでいった。
愛美は先輩看護師の隣の席で一番隅に座っていた。アルコールはほとんどと言ってよいほど飲めないので、乾杯でビールを1杯飲んだ後はウーロン茶を飲んでいた。

「あっ・・すみません・・トイレは?どこでしょうか?」と、愛美はお品を運んで来た仲居さんに尋ねた。

「はぁい、右手を行った角になります。」

愛美は少し火照った頬をハンカチで仰ぎながら代え履でトイレへ向かった。

玉暖簾をくぐったそこの手洗い場は純和風作りで広さが4畳ほどありゆったりと落ち着いたモダンな造りになっていた。男女兼用ではあるが、そこからまた別々に分かれており高級料亭を思わせる風情だった。

愛美が用を終えて出てくると、そこに平柳がすでに手を洗っていた。

そしてペーパーで手を拭き終えると内ポケットから小さなメモを取り出し愛美に手渡した。

「え?・・・あっ・・」

愛美が返事をする間もなく平柳は皆の場へ戻って行った。

愛美は何が起こったのか理解できず、とにかくそのメモを広げてみた。
「22時、603号室で待っています。平柳。」

「えっ!これって・・」

愛美は心臓が口から飛び出すくらいドキドキした。

「えっ・・・平柳医科部長・・・って・・・」

愛美は押さえ切れない動揺を他の職員たちに気付かれないように念入りに鏡で確認した。

「や〜だ!愛美ちゃん!遅いんだからぁ〜、トイレで迷子にでもなっちゃったかと思ったわよぉ」

と隣の先輩看護師がほろ酔い気分で話しかけてきた。

「えっ!・・えっそう!とっても素敵なのでびっくりしちゃって!じっくり眺めてきちゃった!」

愛美は上手く話を合わせてその場をしのいだ。
「そうよねぇ〜!ここのトイレめちゃ贅沢な造りよね。私も二度目だけどやっぱり初めてきた時はびっくりしたわよ!」

先輩看護師は愛美の動揺をよそに残りの酒を喉に流した。

愛美はさりげなく平柳を覗いた。しかし愛美のことを気にするどころか何も無かったかのように、若手の医師に話しかけていた。
愛美は心臓が波打つのを感じウーロン茶を一気に飲み干した。

「あら!愛美ちゃんウーロン茶一気飲み?!その調子!」

相変わらず先輩看護師はいい調子である。

愛美は時間を気にして時計を覗いた。
「8時35分・・かぁ・・」

6時から始まった会食は後半に近付き中締めの挨拶となった。

「では!ここで一旦中締めとしまして、続いて飲まれる方、二次会に行かれる方、ご自由にということにします。」と、若手の医師が仕切った。

平柳は、看護副長に何かを告げると笑顔で店を後にした。
「えぇ〜!皆さん!平柳医科部長からのご好意で、二次会のご祝儀もいただきました!なので、参加される方はどうぞぉ!」

看護副長も程よく酔いが回り機嫌が良かった。
手を挙げたのはもちろんベテラン看護師だった。愛美もよー子もさすがに気を使って参加はしなかった。

「ねぇ〜、愛美?これからどうする?カラオケ行く?」

「あっ、ごめん・・。ちょっと疲れたからホテルに戻るよ・・。」

「そうっかぁ・・じゃー私は少し大阪の街をぶらっとして来るね〜!たこ焼き食べようかな??」

「まだ食べるの??!!」

「当たり前よ!!若いんだから〜!」

「気をつけてねぇ〜!」

「は〜い!行ってきま〜す!」

よー子は食い倒れを目指して大阪の街明かりに消えて行った。

愛美はさっき手渡されたメモをもう一度開いてみた。
「10時・・・    」
「同じだよね・・・見間違えてないよねぇ・・・」

メモを手渡されるまでは平柳の存在を素敵な医科部長として尊敬と親愛の念で一杯であったが、今となると愛美の中で親愛が愛情に変わっていく自分がはっきりと分かった。

「これって・・・誘われた・・・ってことだよね・・・?」
愛美は自問自答した。

「だよね?・・・違う?・・ただ、用事があるのかなぁ・・いや!違うよ・・・だって10時だよ?!もし何か仕事上のことなら皆の前でも言えるし・・・。でも・・・言えない不都合なこと??」

愛美は素直に平柳からの愛情表現を受け取ってよいのか迷っていた。


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