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作品名:風香 作者:aqua

最終回   1
出来るなら、あの頃に戻りたい。
国井崇という人間の存在を知るずっと前に・・。
そして出逢うこと無く人生をやり直したい。
それでもきっと、私は崇と出逢ってしまうだろうか。
この眼下に広がる積み木のような東京のどこかで・・。
崇・・・今度逢う時は、何処で逢うんだろうね。
羽が生えた私の身体は風に乗って舞った。


「そろそろ結婚しようか・・」
明るい柔らかな日差しが差し込むダイニングで、
唐突に優一は言った。
私は、丁寧に入れたコーヒーを口運び、
首を傾げ微笑んだ。
微笑む事がYESの答えではない事を、
優一は知っている。
1度目のプロポーズは2年前、
こうして一緒に暮らし始める少し前だった。
私が、「そうね、そうしましょうか」と言えば、
すぐにでも私達は結婚してしまうのだろう。
優一は、パーフェクトだ。
容姿や学歴だけでなく、
人間として男としてほぼ完璧に近い。
そんな優一は、私を愛してると言う。
「今日は?これからジム?」
私は聞こえてなかったように話をすり替えた。
「うん、それからオフィスに行くよ・・依子は?」
「何も」
「来週からだっけ?アルバイト」
「そうよ」
「そんなに働くことないんじゃない」
「そうね、でも何かしてないと」
2年前、赴任先のシアトルから戻ったばかりの
外資系証券会社で働く優一とは、
お互いによく行くBarで知り合った。
その店での私の場所は、
いつも決まって店の隅のテーブル。
店内で、客の話し声をノイズに本を読むのが好きだった。
優一は決まってカウンター。
いつもは同僚らしき人達と数人で来ていたが、
1人で来た時に初めて話しかけられた。
「いつも、なに読んでるの?」
私は答える代わりに、
新刊の現代小説の本の表紙を見せた。
「あっ!その小説、先週読み終わったよ」
優一は、勧めてもいないのに私の向かい側に座り、話しかけてきた。
優一の話は知識が豊富でウィットに富み、
なのにそれをひけらかすところがなく好感が持てた。
1人が好きな私だったが、
優一の強引さに思わず本を閉じ話に吸い込まれていった。
それから何度か店で会い、
本の貸し借りをするようになった。
何度目かで食事に誘われたが、
断る理由が見当たらない。
その初めてのデートでいきなりプロポーズされた。
完璧な優一のプロポーズを断る理由を探すために、
首を傾げて困ったように微笑んだ。
優一の事は好きだ。
私の事をいつも1番に考えてくれる。
でも、愛してるのとは違うと思った。
愛してるというのは・・・。
国井崇を思い出していた。
それからすぐに優一と私は、同棲を始めた。
一緒に暮らし始めても優一の優しさは変わらなかった。
仕事終わりの私を車でピックアップして、
レストランへ行ったり映画を見たり、
何もない日でもお花を買って来てくれたりした。
それなのに、私は毎日何か物足りない気がしていた。
優一がジムに出掛けてから、私はバスルームに向かった。
お湯を勢いよく出し
バスルームにあるスチールの椅子に腰掛けて、
お湯がいっぱいになるまで本を読んだ。
こうした午後の入浴が私の唯一の楽しみだった。
バスルームの小さな窓からは、
まだ高い位置にある太陽が見える。
外の喧騒から隔離されたような、
バスタブでお湯に浸かっていると、
世の中から置いてきぼりになった気がする。
私は、私を6年前に置いてきたままだ。
ここに居る私はきっと抜け殻だと思う。
「崇・・・」
そう呟いてみても、今は返事がない。

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