小春日和の、良いお天気の朝、
私が身支度を終えると
家政婦の津田からの内線電話が鳴った。
「奥様、朝食の準備が出来ました」
「わかったわ。すぐ行きます」
私は隣の主人の部屋へ向かった。
ノックをすると、かすれた声で返事があり
ドアを開けた私に向かって
「おはよう」と篠崎潤一は言った。
「おはようございます」とニッコリと挨拶をし
「朝食の準備が出来ましたよ」
と篠崎に声を掛けダイニングへと向かった。
この家は広すぎる。
敷地の中には、母屋と廊下でつながっている、
使われていない離れや茶室まである。
都心から少し離れた閑静な住宅街にあるこの家には、
篠崎と私、住込みの家政婦の津田と
通いの家政婦の田山の4人で暮らすには広すぎた。
私が篠崎と結婚したのは2年前だ。
その当時、ジュエリーデザイナーをしていた私は、
結婚など考えておらずデザイナーとして
独り立ちすることを夢見ていた。
あるパーティで篠崎を紹介されて
1ヵ月後にプロポーズされ、
あっという間に結婚していた。
柔らかい物腰で私を包む篠崎に、
幼い頃に死別した父親の面影を見ていたのかも知れない。
篠崎と一緒にいると心穏やかで居られた。
家庭を育むには、そういう事が大事だと思っていた。
篠崎の方は、一目惚れだったらしいが、
その当時、いや今でも世間では
遺産目当ての結婚だと噂している。
篠崎は今年で72歳だ。
洋服やアクセサリーのデザイン、
はたまた家具のデザインなども手がけている。
デザインした物は飛ぶように売上を伸ばし、
各雑誌がこぞって時代の寵児扱いをしたと聞いている。
さすがに何年も前に現役を退き、
会長として、会社のなりゆきに目を光らせている。
現社長は篠崎の先妻の子供、隆之が継いでいる。
先妻とは、離婚して莫大な慰謝料を取られ、
それっきり会うことはないらしいが、
篠崎は隆之だけを宝物のように可愛がっていた。
篠崎は、おしゃれな人だ。
デザイナーだけあって、洋服のセンスはもちろんのこと、
デートの時の会話やエスコートも、とても紳士的だった。
私はジュエリーデザイナーとしての野心があったが、
篠崎といるとそんなことを忘れ
大きなものに包まれている気がした。
私の母が、愛するより愛される方が
女は幸せよと言っていたし、
篠崎のような男性との結婚が
幸せなのかも知れないと思った。
しかし、その頃私は36歳だった。
一般的には若くはない年齢だが、
篠崎との釣合いでいうと若すぎた。
それでも、私は34歳差という年齢を超えて
篠崎と結婚したことを後悔していなかった。
春の柔らかい太陽に包まれているように、
穏やかな日々を送っていた。
ダイニングテーブルには毎日、
津田がこしらえた、篠崎の健康を考えた食事が乗る。
津田には感謝している。
私では到底、ここまでの料理は出来ない。
食事の最中、「今日は、ちょっと会社に出掛けるよ」と篠崎は言った。
「あら、あなた今日は出勤日ではなくてよ」
「うん、今日は大事な面接があるんだ」
「あなたが直々に面接を・・?」
「そうなんだ、今回は僕じゃないとダメなんだよ」
「あら、そう・・。じゃ、津田さんお車の手配をして頂戴。」
津田はかしこまりましたと、運転手に内線を入れた。
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