空には――なんだあれ。 「竜?」 そうだ、竜だ。鮮やかな赤のうろこと薄い赤の腹、深緑に光るうろこと大翼を持った飛竜。それもすごく大きい。飛竜自体珍しいものだが、飛竜の平均全長が3メートル程度だと考えると、あそこまで大きな飛竜は更に珍しい。遠いから正確にはわからないけれどおそらく全長5、6メートルはあるだろう。その飛竜から鋼色に光る何かが降りてきた。甲高い金属音と重低音を響かせて着地したそれは、深紅のマントを軽やかに翻して立ち上がった。 人だ。全身銀の鎧に身を包んだ、おそらく男の人。一切皮膚の見えない出で立ちは圧巻だった。これだけの全身鎧だ、相当重いだろう。彼の足元を見れば、着地の衝撃で地面が数センチえぐれている。しかし僕らに歩み寄る彼の動きは重さを感じさせなかった。おそらく中の男性はとても体格がいいに違いない。唖然として、僕は彼の鎧を上から下までなめるように見返してしまった。彼の兜、鎧、マント、小手などすべてに円と十字を合わせたマークがついている。四国共通機関のマークだ。四国共通機関は術法庁、裁判庁、それから――騎士団。 「団長、お早いお着きで」 「イヤミかそれは」 団長と呼ばれた彼は小さな声で笑った。低い声、やはり男性だ。 「団長に報告したものの、大したこったねぇ相手でした。術が相殺できる程度ッスから」 シンレンさんが肩をすくめる。相殺。僕は小さく復唱した。するとそれが聞こえたらしくシンレンさんが僕を見る。 「さっき衝撃はあったけど怪我はしなかったろ、それだ」 シンレンさんいわく、さきほど彼の前で風の刃が弾けたのは、彼の術で魔物の術を相殺したからなんだとか。そもそも術がなんなのかわからない僕は曖昧に微笑むしかなかった。 「まぁ大した相手ではなかったとしてもだ」 団長さんはゆっくりと剣を抜く。すると彼をまとう雰囲気が突如鋭く変化した。思わず肩を竦めてしまうような緊迫感に僕はごくりと喉を鳴らす。 「これは調子に乗り過ぎだ」 更に低い声。突然風が吹き荒れて、砂嵐が舞う。僕は砂嵐の激しさに目を開けていられなくなった。砂嵐が静まった頃、僕が目を開くと白い風の筋が一ケ所にどんどん集まって、一つの物体を作りあげていた。今まで見えなかった風が白く目に見える固まりになっていく。まるで雲の固まりだ。それはだんだん大きくなって最後には6メートルはある白い固まりになった。時には竜巻き、時には人形、姿を変えながら、固まりはじりじりと僕たちの方へ近付いてくる。けれど僕はそれに恐怖を感じなかった。向こうが恐怖を感じ、動揺しているのがわかったからだ。恐怖を感じる相手、それはきっと―― 「消えろ」 一言、一層低い声で団長さんは呟いて、僕の目の前から一瞬にして消えた。上に飛んだのだと気付いたころには彼が剣を振り下ろしていて、一太刀のもと、彼は風の化け物を切り捨てていた。その手際の良さは、彼の強さを知るには充分過ぎるほどだ。一方真っ二つに割れた風は獣のような悲鳴をあげ、しばらくもがき回るように形を変えていたが、やがて粉砕し空気に溶けるように消えていった。風が消える。不思議な光景だった。 「さすが」 シンレンさんの呟きで唖然としていた僕は我に返る。本当にさすがだ。 「強いんですねぇ」 口を真ん丸にして呟いた僕に団長さんは笑った。表情は見えなかったけど、声がそんな風だったから、きっと笑ったんだと思う。それから団長さんは再度緊迫感のある雰囲気をまとうと、シンレンさんを見た。 「村人は?」 「一番丈夫そうな蔵につめこんでありますよ。40人だと避難が楽ッスね」 皮肉気に口を歪めて笑うシンレンさん。彼の言葉に僕はハッとした。 「リュー兄は?!」 「あぁ。蔵に居る。あのでっかい猫も一緒だ」 「ありがと!」 僕はすぐに蔵へ走り出そうとして――腕をひっぱられて仰け反った。痛い。 「なんですか?」 僕の腕を掴んでいるシンレンさんを僕は見上げた。 「あれ持ってけ」 あれって何だ?僕が首を傾げると、シンレンさんは地面を指差す。天照だった。 「わかりました」 なんで?と思わなくもないけれど、それよりリュ―兄の具合が心配だった。僕は剣を手に取ると、手に取ったことをシンレンさんに見せ、再度走り出――そうとしてまた引きとめらる。今度は何だ。 「腕だせ」 「へ?」 「怪我してただろ」 怪我、そう言われて僕が自分の腕を見た。たしかに大量の血がこびいついてる。だいぶ深い傷、だったんだと思う。でも僕には、今はその傷がたいして深くもないだろうということがわかっていた。 「大丈夫です」 「大丈夫じゃねぇだろ。うだうだ言わず腕見せろ」 「いや、本当に」 「あぁ、わかったわかった」 しびれを切らしたシンレンさんが僕の手を掴んで引っ張る。痛い、と僕は顔をしかめた。でもそれは引っ張られたせいで、決して傷の痛みじゃない。傷口を見なくたってわかる 、僕の傷は既に治りかけているのだ。僕は顔を背けながら、視線だけをシンレンさんに向けた。僕の傷口を見て、シンレンさんは目を見開いた瞬間、僕の心がちくりと痛む。 「お前、傷……」 驚くシンレンさんから僕は目をそらして、 「だから大丈夫って言ったじゃないですか」 我ながらとても低い声だと思った。僕の声の低さに、シンレンさんは動揺したのか手の力を緩めた。その隙を逃さず、僕は彼の手を振払って走り出す。今度は引き止められなかった。
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