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作品名:僕の進む道 作者:トウコ

第7回   スー=シンレン

『ただ、風が』
真っ白になった僕の脳裏にリュ―兄が言いかけた言葉が過る。これはすべて風のせいなのだろうか。そう思った時、追い風が僕を通り越していく。同時に遠くで聞こえる悲鳴。それを聞いた瞬間、僕の中に恐怖が堰を切ったように溢れだした。怖い、怖い。
「リュ―兄!」
リュ―兄を揺さぶってみたけれどリュ―兄は全く動かない。なんで、どうして。
「お願い、起きて」
僕の声がか細く震える。指先がうまく動かなかった。ただ動かない指先で僕は流れ出るリュ―兄の血をとめようと押さえ込んだ。でも、やっぱりうまくいかない。流れ出る血は止まることなく僕の指先の隙間を流れ落ちていった。僕の腕や服に生温かな血がしみこんで赤くなっていく。
「助けて」
誰もいい。お願いだから誰かリュー兄を助けて。ぽたり、僕の頬を涙が伝って地面に落ちた。
「誰か助けて!」
でも誰かが僕らに駆け寄ってくることはなかった。そのうえもう一度風が吹く。微力で弱く、頬をなでるような風。しかしこれが前置でしかないことはいくら鈍い僕でも分かる。後には、すべてを切り裂くような風がある。その風の気配を感じながら、僕は真っ白な頭で思った。

 死ぬかもしれない。

 頭の中を過去の色んなできごとが巡って、あぁこれが走馬灯かなんて思う不思議な余裕を僕は持っていた。今、僕とリュ―兄は一緒に両親のもとへ行くのだと、妙な冷静さで考えて僕は両目を瞑る。そして数秒後――本当はすぐだったかもしれないけど僕にはそれぐらい長く感じた――爆発音が僕の鼓膜に響き渡った。
 けれど僕は切り裂かれる痛みも衝撃も感じなかった。誰かに袖をひっぱられて、僕がゆっくりと目を開いた時、僕の目の前にはあったのは見知らぬ人の背中。群青の長そでTシャツに同色のタイトジーンズ、黒の革ブーツ。体のラインがキレイに現れた服装はあきらかに村の人間のものとは違っていた。
「……誰?」
呆然と呟いた僕を彼は振り返る。透けるような彼の金髪が揺れた。金髪。そうか、レッドが言っていたのは彼のことだ。白い人と同じく僕らの村にやってきた珍しい外部の人間。レッドの言う通り、彼の鋼の胸当てには縦と剣を表したモチーフと、十字に円を重ねた黄金の印、それぞれ騎士団のマークと四国のマークが描かれている。
 僕は彼の薄い黄土色の目を見つめて息を呑んだ。なんて綺麗な顔立ちだろう。通った鼻筋、若干吊り上がった黄土色の目は冷徹な印象を受けるが、それすら艶麗さを感じる。襟足が少しのびた細い金髪に白い肌、長い手足、均整にバランスのとれた体躯。まるで彫刻のようだ、と僕は思った。そんな彼は座り込んだ僕を見下ろしながら、ゆっくりと口を開く。
 僕は彼の薄い黄土色の目を見つめて息をのんだ。なんて綺麗な顔立ちだろう。通った鼻筋、若干吊り上がった黄土色の目は冷徹な印象を受けるが、それすら艶麗さを感じる。襟足が少しのびた細い金髪に白い肌、長い手足、均整にバランスのとれた体躯。まるで彫刻のようだ、と僕は思った。そんな彼は座り込んだ僕を見下ろしながら、ゆっくりと口を開く。
「阿呆か」
――はっ?
「てめぇ、避難鐘が聞こえなかったのか?こんな障害物もなんもないところ、狙ってくれって言ってるようなもんだろうがよ」
彼は呆れた面持ちでため息をつき、僕の額にデコピン。痛いし。僕は額を押さえながら彼を見上げた。頭が弱いことは否定しないが、初対面でいきなり阿呆呼ばわりされたのは初めてだ。なんて口の悪い。
 とりあえず避難鐘は聞こえなかった。それは多分僕が地下室にいたせいだろう。こんな障害物のないところ、と言われれば確かにそうだ。祠を出たすぐは街の大広場になっているから障害物はなにもない。あれ?返す言葉がない。
 それから、ふと僕は未だ袖をひっぱられていることに気が付いた。クルーだ。クルーが口で僕のセーターを引っ張っている。逃げようよ、とクルーは一旦セーターから口を離してそう言うと、再びセーターをひっぱりだした。
「待ってクルー。逃げるにもリュ―兄がこれじゃあ」
リュ―兄を放っていくわけにはいかない。僕はリュ―兄を抱きしめた。少しだけリュ―兄の体温が下がった気がして僕の背筋に悪寒が走る。じわり、再度僕の目に涙が浮かんだ。リュー兄、お願いだから死なないで。
「腕をどけろ」
冷静な声に僕は顔を上げた。レッドいわく騎士団員の彼が真剣な面持ちでリュ―兄を見ている。
「えっと、あの」
「スー=シンレン」
抑揚のない静かな声で彼は言う。それから彼はリュ―兄を見つめたまま、自分の胸元、鋼の胸当てをさした。
「カショウの警護隊員だ」
「警護隊員?」
彼は僕の問いには答えず、リュ―兄の顔色など様子をうかがっているようだった。警護隊員、ってなんだろう。四国共通機関は裁判庁、術法庁、そして騎士団しかないはずだ。僕はひとり、首を傾げた。一方彼はそんな僕にはおかまいなしで人さし指をたてると、空中に何かの文字を書いた。
 そこへまた例の風が吹く。彼は身を翻すと、素早く人さし指を動かし、またもや文字を書く。すると空中に光で型どられた文字がぼんやりと浮かび上がった。浮かび上がったのは『風』と『守』の文字。
「風守」
彼が呟くと共に一層強い風が僕らの傍を吹き抜けていく。切り裂かれると思った僕は思わず両目を瞑ったがそれは杞憂に終わった。薄青緑の膜が僕らを包み、膜が風から僕らを守ってくれたからだ。
「すごい」
呆然と膜を見つめて僕は呟いた。膜は役目を終えるとすぐに消えてしまったけれど、この膜を彼が作りだしたことは明白だった。警護隊はこんなことができるのだ、スゴイ。
「治癒術かけてるヒマもねぇな」
舌打ちまじりに彼が言う。彼の言葉から察するに、どうやら初めに書いた文字と次に書いた文字は違うものだったらしい。初めの文字は浮かびあがる前に邪魔されてしまったのだ。悔しさを顔に滲ませて、空中を睨みつける彼。こうしている間にも遠くでガラスが砕け、木々が傾倒する音が聞こえる。僕は片腕でクルーを、片腕でリュ―兄を抱きしめた。もしも彼が作った膜が、消えずにずっと全てのものを包んでくれていたら、何も傷つかないですむのに。

 全てを守ってくれるなにかがあれば。

 僕がそう思った時だ、突然、僕の足下に転がっていた剣が光り輝きだしたのは。地下で見た温暖色の光を存分に放って、剣はわずかに宙を浮いた。光は輝度と範囲を増すと、やがて分散し、木々へ、建物へとそれぞれ散り散りに飛んでいく。そして光はそれらを包み込むとその場に留まり、淡いオレンジの光を称えていた。もちろん僕らもオレンジの光に包まれている。僕は光に触れようと手を伸ばしたが感触はなかった。それでも光は風を吸収し、そのまま消滅させていく。この光は僕らを守ってくれているのだ。僕は光を生んだ剣を見た。剣は元通り、ただの剣として地面に寝そべっている。もう光り輝いてもいない。
「天照」
頭上から聞こえた呟きに僕は顔をあげた。スー=シンレンと名乗った彼が驚いたように目を見開き、その剣を見つめている。
「この剣を知ってるんですか?」
「知らねぇのかお前は」
彼から、逆に知らない方がおかしい、と言うように問いで返されて僕は言葉を失った。こいつはそんなに有名なものなのか。ぽかんと口を開いたまま静止した僕にため息をついて、彼は指先を動かした。宙に浮かんだ文字は『薬』と『強』。
「強薬」
彼の言葉とともに彼の指先が黄金色に光り出す。そして指先の光はリュ―兄の元へと降りていくと、リュ―兄の傷まわりに集まっていった。傷口を包む光が消えるとともに傷口はみるみる塞がっていく。僕は口どころか目も真ん丸に見開いてその様を見つめていた。多分相当な間抜け面だったと思う。でもそれぐらい驚くべき光景だったのだ。だって傷がこんなに簡単に塞がる治療は見たことがない。
「スゴイ! い、今の何?!」
僕はついシンレンさんの腕を引っ張ってしまった。するとシンレンさんは吊り目の目をどんどん丸くさせ、しまいには深々とため息を吐き出す。シンレンさんの指が目にかかる程度に長い彼の前髪をかきあげた。シンレンさんは呆れを通り越してどうしていいかわからないといった面持ちで僕を見ている。あれ?僕は変なことを言っただろうか?
「あの」
「わかった、後で全部説明してやるからとりあえずどっか隠れてろど阿呆」
ど阿呆とまで言われちゃったんですけど。彼に思いきり睨まれてしまい僕は肩をすくめた。言われなくても逃げるし隠れるよ僕は。心の中であっかんべーをしながら僕はリュ―兄の腕を肩にかけ、移動しようと立ち上がった。立ち上がったけれど。数秒後に聞こえてきた悲鳴に僕は足を止めてしまった。
「レッド?」
クルーを見る。クルーが目元を寄せたからおそらく僕が聞いた悲鳴はレッドのものだったんだと思う。あのどんぐり体型だ、レッドは僕よりずっと逃げ足が遅い。逃げ遅れていたとしても不思議はないのだ。僕は自分の拳を握りしめた。レッドはいじめっこだし、すぐに暴力を震うし、僕と一緒で頭が弱いやつだけど、でも彼は母親思いで、文句を言いながらも家の手伝いはかかさない。レッドの悪戯に巻き込まれて僕が怪我をすると、彼がそっとウチのドアの前に薬草を置いて行くことを僕は知っている。とろいお前が悪いんだ、オレは謝らないからな!そう言いいながら、レッドは僕に心配そうな目を向ける。あいつは優しいやつなのだ。
――レッドを助けなきゃ。
「クルー、リュー兄を頼んだよ」
僕はリュ―兄をクルーの背に乗せると剣――天照だっけ?――を握りしめ、声がした方へと駆け出した。
「おい待て!」
僕の背後でシンレンさんの声が聞こえたけれど、僕はそれを無視してしまった。


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