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作品名:僕の進む道 作者:トウコ

第4回   ありゃふただな

 あの時、僕がアリスさんに従ってハズレの景品をもらっていたら、僕は今頃どんな道を歩いていたのだろう。まさか、あの時の僕は考えもしなかったし、誰だって思いもしないだろう。この祠掃除という罰ゲームが僕の人生の大きな転機になるなんて。そう、これが全ての始まりだったのだ。

 結局罰ゲームを任命された次の日、僕は祠の掃除をするべく起きあがり「祠の掃除なんてうらやましいな」と本気でうらやましそうに言うリュー兄に、「それなら代わってくれ」と言いたい衝動を必死に抑えながら家を出た。
「祠はきっととても掃除しがいがあるんだろうな」
そんなリュー兄の言葉は聞かなかったことにする。
 外に出れば相変わらず風は冷たく、僕は思わず肩をすくめた。同情したのか僕についてきてくれたクルーも寒そうに体を振るわせている。それでもここにいたってしょうがない、僕はポケットに手をつっこみながら祠に向かおうと歩き出し、そこでふと僕は顔を上げた。
「……何か用だった?」
そして、ぴたり足を止める僕。僕の目の前に、村で唯一僕と同じ年の男の子、レッドが立っていたからだ。金の短髪、同色のつり目、大層太り気味のレッドは、いつものごとく偉そうにふんぞり返りすぎてお腹が出ている。ふわふわ毛の立ったファージャケットを着込む彼は熊みたいだ、なんて本人には言えないけれど。僕は彼が苦手だった。というか、彼はいじめっこで僕はいじめられっこだった。
「あぁ? 用がなきゃ話しかけねーよ、バカ」
要するにこういう関係なのだ。だったらいっそ話しかけてくれなくてもいいと思えど、いじめられっこの僕は畏縮するしかできないのがまた情けない。
「じゃあ何? 僕、今から祠の掃除があるからどこにもついていけないよ」
僕は言いながら肩をすくめた。というのも、レッドはふらりと現れては僕の腕を引き、自称『果敢な冒険の旅』へと出かけていくのだ。行き先は大抵村で立ち入り禁止とされている場所で、森の奥だったり、洞穴だったり、村長の宝倉だったときもあった。いつも彼は僕に偵察に行けといい、必ず彼が先に根をあげて逃げ出す。そして最後には僕だけが怒られるのだ。なんて理不尽な。
 まぁそんなことはさておき、レッドは僕の言葉ににやりと笑った。少し、イヤな予感。思わず後ずさった僕の腕を掴み、彼は堂々と言い放った。
「それだよそれ」
それ?
「村の祠なんて滅多に入る機会ねーじゃん!」
つまりは、そういうことらしい。彼が言い出すことに僕とクルーは抗議権を持たない。僕らは顔を見合わせて苦笑いをするしかなかった。

 ついてくるといってももちろんレッドが手伝ってくれるはずがない。祠の掃除隊員は僕とクルーの二人だけだ。しかしこれを、二人で? 祠の木戸を開けた瞬間、鼻をついたカビと埃臭さに僕とクルーは再び顔を見合わせた。祠の内部はおよそ10帖くらいだろうか。そこに80センチほどの立方体の木箱が不揃いに並べられている。これをぴったり揃えて置けばもっと広くなるだろうに、間に10センチ、30センチ空いて並べられた木箱のおかげで、祠の内部はほぼ半分くらいのスペースしかない。不安定に積み上げられた木箱は何かの振動で崩れ落ちてきそうだ。それに加え石床や木箱に5ミリ程度積もった粉埃に、至る所にはられた蜘蛛の巣。試しに傍にあったほうきではいたら、ほうきから埃が大量に出てきた。ダメだこりゃ。僕らはため息をついた。これじゃあ祀られた神もたまったもんじゃないだろうに。
 とはいえやるしかない。一旦家に戻って、僕は掃除道具と服がよごれないようエプロンと三角巾とマスクまで仕入れると、よし!と気合いを入れた。さてさて祠のお掃除開始。一方レッドはというと、祠の壁際に置かれた木箱の埃を僕らが落としている間、彼はずっと箱の中身はなんなのかを調べようとやっきになっていた。頼むから壊さないでくれ。壊したら僕らのせいになるんだから。
「ねっ? クルー」
僕はクルーの方を振り返った。しかしクルーはまるで聞こえないといった様子でただ一点を真っすぐに見つめている。不思議に思って視線を追ってみたけれど、視線の先には何の変哲もない木箱があるだけ。クルーは一体何をみているのだろう。

――まさか幽霊とか。

いやいやいやいやいや、僕は大きくかぶりを振るとすぐさまはたき作業に戻った。この祠が寒くて薄暗くて――祠には明かり取り用の窓が数個あるだけだ――何か『出そうだ』という事実はとりあえず無視しておくことにする。
 それから僕は木箱の埃を全てはたき落とすと、今度は箒を手に取った。掃き掃除の開始だ。そして、ふと僕は祠の神棚を見る。誇りまみれた祠の中で、さすがに神棚は掃除されているらしい、きれいだ。けれど僕にはその神棚がとても価値のあるようには見えなかった。それは神棚の棚が安い杉の木で造られていることや、ところどころ腐りはじめていることや小さなものであるせいだけではなくて。なぜだろう、僕はあそこから何の気も感じない。
「なぁサン」
不意にレッドが僕を呼ぶ。レッドが、僕を。あまり良いことではなさそうだ。僕は胸に不安を抱きながらレッドの方を振り返った。
「なに?」
「お前、村の宿に泊まってるやつ見たことあるか」
レッドの問いに僕は頷く。きっとあの人のことなんだろう、昨日アリスさんの店に居た、全身真っ白の衣服に見を包んだ人。
「外部の奴が何の用だってんだ」
「んー、どっかの宗教の人っぽいから布教かな」
「お前見なかったのか? あの男の胸当てのマーク。ありゃ騎士団のマークだぜ」
「騎士団なの?! あれが?!」
ちなみに騎士団とは僕らの国の治安を守ってくれる人達の集まりで、四国共通機関――僕らの住むハルの他に、この地にはあと三つの国がある――の一つである。四国共通機関だけあって試験はそれなりに難しいらしいけど、なろうと思ったことがないからよく知らない。それにしても僕の騎士のイメージといえば全身鋼の鎧に身を包み、剣を携え、赤のマントを翻しているもの。全面兜だとなおよい。そんなイメージを持っているから彼が騎士団だと言われても僕にはいまいちピンとこなかった。人は見かけによらないもんだ、と僕は一人頷く。レッドも僕の言葉に深く頷いた。
「だよな。ぜってぇ仕事する気ねぇよあの態度」
「そう? そういわれてみればあの人、探ってるみたいだった、かも」
「探るってあの男何探ってんだ」
「あの男って、よく男の人だってわかったねレッド」
「みりゃわかんだろが。てめぇの目は腐ってんのか」
「わ、わかんないよ! だって顔当てと額当てしてたし体型かくれるようなローブ着てたし」
「……誰の話してんだお前」
えっ?不意に眉をひそめ、疑りの視線を返してきたレッドに僕はきょとんとしてしまった。
「アリスさんのところにいた白い人の話じゃないの?」
「バカ!」
レッドは重たそうな瞼を持ち上げ、その三白眼で僕を睨む。
「『宿屋に泊まってる』って言ってんだろ!」
あれ?
「違うの?」
「違う! 俺が言ってんのは宿屋に泊まってる長身で金髪の男だバカ!」
長身で金髪の男、誰だ? どうやらレッドと僕が指し示す人は激しくずれていたらしい。僕は左右にかぶりを振った。その人は知らない。するとレッドに思いきり頭をはたかれた、痛い。
「ったくてめぇは満足に話もできねぇのかよ」
あぁすいませんね。僕は殴られた部分を撫でながら、上目使いにレッドをこっそりにらみつけた。あくまでこっそり。ばれたらまた殴られるからだ。
「で?」
「へっ?」
「へじゃねぇ、その白いのはなんなんだよ」
あぁ。僕は頷いて、昨日見た白い服に身を包んだ人のことをレッドに話した。全身真っ白な衣服に身を包んでいたこと。顔当てと額当て、ローブのせいで顔はおろか性別もよくわからなかったこと。ついでに僕と同じ色の目をしてたってことも伝えておく。レッドは僕の話を興味津々といった面持ちで聞いていた。そして話し終えるとレッドはたるんだ顎に手をあてて、空いた手でベリーショートの金髪をいじりながら何やら考え込み始める。うーん、と一声唸って、レッドはにやりと口元を歪めた。あっ、イヤな予感。
「そいつの素顔見てみたくね?」
やっぱり。
「み、見てみたくないよ」
僕はレッドの提案に慌ててかぶりを振った。冗談じゃない、僕は平穏に生きたいんだ。あんな得たいの知れない人に関わってたまるか。
「お前そいつの顔当てと額当てとってこいよ」
「だからみたくないってば」
「俺が命令してんだよ、行け!」
なんて理不尽な。すごい形相でにらんでくるレッドに僕は肩をすくめた。
「で、でも見られたくないから隠してるんだよね?」
「大丈夫だって。お前はあいつと同じ色の目してんだろ。親類かなんかだ絶対」
そんな適当な。しかしながら彼に正論は通用しない。それどころか一向に頷こうとしない僕に苛立ってきたらしい、彼は思いきり右拳を振り上げた。暴力反対。僕は両腕で顔を覆いながら反射的に後ろに飛ぶ。その時、僕の頭には不揃いに並んだ木箱の存在がすっかり抜け落ちていた。

――飛ぶと同時に、背中に激痛。

「いったぁ!」
「何やってんだお前」
彼の怒りはとても簡単に消えていく。レッドは痛そうに背中をさする僕を見て、呆れの表情を見せた。誰のせいだと思ってんだと訴えたい気持ちを抑え、僕は背後を振り返った。僕の背後にはななめにずれた木箱。どうやら僕は木箱の角に背をぶつけたらしい、どうりで痛いはずだ。
「ん? なんだあれ?」
ふとレッドが声をあげる。レッドがそう言って指差した先は木箱の下、何か床に線らしきものが見えた。レッドが一歩木箱に向かって足を踏み出す。が、それより先にクルーがその線に駆け寄った。そういえばクルーがみつめていたのはこの辺だった。
「クルー?」
クルーは体当たりをし、一生懸命箱をどけようとしている。よくわからないけれどクルーなりに何か考えがあるのだろうと僕は木箱をどけてやった。そして、現れたのは四角い線。そして四角い線の中には取っ手らしきものまでみえる。
「ありゃふただな」
「ふただね」
きっとあの下には地下倉庫か何かがあるのだろう。地下倉庫、なんともイヤな響きだ。
「じゃ箱戻すね」
「おいバカ」
箱を戻そうと箱に手をかけた瞬間、レッドに襟元をひっぱられ僕はぐえっと奇声をあげた。く、苦しい。
「な、何?」
「お前こんな楽しそうなもん見つけて素通りする気かよ」
素通りする気だよ。僕は心の中でそう叫びながら、僅かに首を縦に振った。
「……ダメ?」
「ダメに決まってんだろ。ほら、そのふた開けろ」
言いながらレッドは床に指をさす。
「えっ?! 僕が開けるの?!」
「お前以外に誰がいるんだよ」
開けたくない、と言っても聞いてはくれないのだろう。僕は困った末助けを求めてクルーを見た。けれど、珍しくクルーは意見がレッドよりらしい。
「くるー」
通訳するなら「開けてよ」とクルーは言う。僕と同じで慎重派――意気地なしとも言う――なクルーがレッドに同意するなんて。クルーがそうして欲しいと言うなら仕方がない。戸惑いつつも僕はふたに手をかけた。床とは違い鉄製の取っ手は驚くほど冷たかった。
 よっとかけ声つきでふたをどけると床の埃が一気に舞い上がる。思わず両目をつぶる僕。それでもふたを少し離れた床に置くと、僕はふたをどけた先を見た。やはり階段がある。階段の先は真っ暗で何も見えない。レッドが両手を振って埃を払いながら覗き込んでいるけれど、結局何も見えなかったらしく彼は肩をすくめた。
「よし、行け」
はっ?
「俺が後からついていってやるから」
はっ?!
偉そうにお腹、もとい胸をはるレッドに僕は愕然としてしまった。ヘタレの代名詞の僕に何をさせる気だ。
「や、やだよ! 怖いよ!」
「やだじゃねぇいけ!」
「そんなに言うならレッドいきなよ!」
「お、俺はいいんだよ! ほら、お前のビビリを直してやろうって、そうだよ! 俺の優しさだろうがよ!」
むちゃくちゃな。しかしレッドの三白眼に睨まれ僕はしぶしぶ頷いた。本当に勝手な奴なんだから。――本人にはもちろん言えないけれど。深くため息を吐き出して、僕は階段へと一歩を踏み出した。
 祠と同じく石造りの階段はやはりひんやりとして冷たい。また、寒さで結露したのか石壁や足下の石段は濡れていた。天井からは時々水滴が落ちてくる。僕は落ちないよう階段の石壁に手をつきながら、すべりやすくなっている階段をゆっくりと降りていった。階段に僕とレッドの足音が反響する。それにしても寒いし暗いし先見えないし反響するし、本当になにかでそうだし、
「ね、ねぇ今からでも遅くないよ戻ろう」
さすがに怖い。怖すぎる。僕はレッドの方を振り返った。すると、振り返った僕にレッドは飛び上がらんばかりに驚く。彼の驚きように僕まで驚いてしまった。どうやら彼はとても脅えているようだ。怖いなら行こうなんて言わなきゃいいのに。一方僕の呆れがわかったらしい、レッドは真ん丸に見開いた目を細めると、口元をひきつった笑いで歪めた。てめぇ、レッドは声を震わせ言う。
「戻るなんてダセェ事できるか! 早く行け!」
ここで一つ補足をしておこう。基本的にレッドは怒ると同時に手や足がでる。今回もそれは例外ではなく、レッドは叫びとともに右足を振り上げた。レッドの右蹴りが僕の下っ腹に見事命中する。そして、そう、ここは階段でかつ足下は滑りやすいし、僕はどんくさいとくればどうなるか。

 当然、落下。

 あっ、と思った時にはもう遅い。壁に手をつく間もなく、僕は階段を転げ落ちた。


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