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作品名:僕の進む道 作者:トウコ

第11回   精一杯の恩返し
 ヒトは自分と違うものを忌み嫌う。
 それは本能的な防衛反応であり、いくら理性で覆おうとも根元の恐怖が消えない限り、小さな出来事で簡単に顔を出す。そして顔を出した本音は小さなことをひとつひとつ拾っては結びつけ、小さな疑心をむくむくと大きく成長させるのだ。
 大きくなった疑惑の種は根をはり、大きな枝を広げ、それに耐え切れなくなった理性という名の心は、やがて唐突に決壊する。

 僕はこの村の『よそ者』だった。僕とリュ―兄に血のつながりはない。僕らは本当兄妹ではないのだ。
 僕がこの村にきたのは8歳の時で、それより前のこと、その辺りのことを僕は覚えていない。覚えているのはクルーがすでに一緒にいたことと、とても大きくてしっかりした手に引かれていたことだけだ。
 突然その手がなくなって、僕は見捨てられたんだと思って大泣きした。そんな僕を辛抱強く慰めてくれたのがオルト夫妻、リュ―兄の両親だ。
 優しい家族に囲まれて、僕はいつしかその手のぬくもりを恋しく思わなくなっていった。僕には新たなぬくもりがあったから、僕は今まで笑って生きてこられたし、今ではこの人たちが僕の家族なのだと思っている。
 けれど、周りの目はそうじゃない。卸売業を営んでいたオルト家族は外に対して比較的友好だが、ロッコ村の住人はとても排他的だ。そのうえ僕の緑がかった青の目は四国全域でも珍しい色、加えて異常に傷が治りやすいとくれば疎外に拍車がかかるのも当然で、ずっと僕はこの村の住人であり住人じゃなかった。どんなに彼らが僕に笑顔を向けようとも、それが心からのものであったことは一度もない。
 よそ者は村に厄災もたらすと信じて疑わない彼らは、何かがあれば全て僕のせいだと訴えた。そんな彼らから両親とリュ―兄がずっと僕を守ってくれていたから、僕は今までこの村にいられたのだ。でも、それももう限界。
「これはこれは。修復が大変そうだ」
 村長は村を見渡して笑った。そうですね、と僕は言う。笑うことはできなかった。そして、僕の心中を察してくれたのか、それから村長の家に着くまで村長は一言も話さないでいてくれた。
 彼の汚れた水色のローブの背を見つめたまま僕も言葉が出てこない。銀の装飾が施された耐性のある生地に、いくつかほつれと裂け目が見られる。あの汚れは血の汚れだろうか。
 そうしてたどり着いた村長の家は、損傷がマシな方だと言えた。壁にいくつかの傷が見られたが建物としての致命傷はない。
 さすが村一番の豪邸ですね、と言ったら村長はそうだねと笑った。こんなことになるなら、全ての家を同じ仕様で作らせるべきだったとも彼は言った。
 そうすれば、と言いかけて村長はかぶりを振る。僕もかぶりを振った。そうしても何も変わらなかった。問題は被害の大きさではなく被害があったことなのだ。
「僕はその言葉だけで充分です」
 そう言ったら村長は薄く目を細めて、僅かだけどかぶりを振る。

 村長は僕を中に招きいれると、6人がけのテーブルの、一番出入口に遠い席に座るよう指示をした。
 僕はどうしようか迷ったけれど、きっとこれは彼なりに気をかけてくれている証拠だと思って、言われるまま指示された席に座る。いつもは村長の指定席なのかもしれない、この席だけクッションが特に暖かな毛皮でつくろったものだった。
「これを飲むといい。心が落ち着くから」
 冷蔵庫からお茶を出し、村長がコップについでくれる。差し出されたコップを手に取って、僕は一口飲んでみた。少し甘くて、ジャスミンの香りがする。
「ほんとだ、落ち着く」
 自然と僕の口元が緩んだ。村長は目を細めて微笑む。そして僕の目の前に座り、村長もジャスミン茶を口にした。僕と村長だけの空間をとても静かだ。
 村長家は基本的に暖色のものが多く、村長の穏やかな気性を表した暖かな印象を受ける家だった。足元のカーペットもうちにあるものとは段違いに質のいいもので、肌に触れるととても暖かで気持ちがいい。
 けれど今は窓ガラスが割れてしまったせいで冷たい。コップもテーブルも空気もすべて。いつも暖かな陽が差しこむ窓からは薄暗い空しか見えず、暖炉に燃える火はない。
 風で消えてしまったのだろう、焼け残った木材が役目を終えることもできず、かといってその場を離れることもできず、中途半端なまま寂しげに佇んでいた。
「サン。お前は今、何歳だったかな?」
「18です」
 18か、と村長が口元で呟く。
「お前が村に来てから、もう10年も経つのか」
 そうか。少し語尾を伸ばして、村長は掠れた声で呟いた。
 たくさんの皺が刻まれた目元をゆるませた村長は、自分の手もとのコップを見つめる。ゆらゆらと揺れるお茶の水面が村長の深い茶色の目に映っていた。
「いや、お前だけじゃないな。クルーもか。最初お前をつれた男とお前とクルーがやってきた時、それは驚いたもんだ」
「大地震の後だったから」
「そうだ。そうか、お前には何度も言ったな」
 村長は小さく笑う。僕も笑った。
 大地震は10年前、ハル国の南西部で起きた災害だ。当時ハルの中で一番古代研究が進んだ町が存在した場所で、ハルの中東部に位置するロッコ村も多少被害にあったというから、相当大きな災害である。
 町は見るも無惨に砕け、今もほとんど復興されていない。研究機関を別所に移した方が早いと判断したハル国政府は、今、新たな場所で研究を復活させることに必死だった。
 そんな、災害対応に必死になっている時に、僕と僕の手を引いていた人はこの村を訪れた。
 そしてオルト夫妻は大変な中でも僕を引き取ることを快く了承したという。なんでも彼らは僕を連れた人に恩があったそうだ。商人は縁と恩を重んじるという性質がよく出ている話だと僕は思う。
 僕はもう一度ジャスミン茶を飲んだ。お茶は甘さと冷たさを交錯させながら僕の体にしみこんでいく。
 僕はまっすぐに村長を見た。いつまでも昔話をしているわけにはいかない。これは僕なりの決意表示だった。村長にもそれが伝わったらしい、彼はゆっくりと細く息を吐きだして、
「すまない」
 苦しげな声で村長が言う。
「偶然が重なりすぎた」
 村長はゆっくりとかぶりを振った。
 偶然。本当に偶然だったのだろうか。僕がこの村に現れた頃から辺りでモンスターが増え出したのも、気候が荒れだしたのも、ハルの土質が少しずつ変わってしまったのも。全部、本当に偶然だったのだろうか。
 オルト夫妻、僕の両親が事故でなくなった時には、僕は本当に疫病神のような気がして毎日夜に泣いていた。
『サンは疫病神なんかじゃないよ』
 あの頃、毎日泣きくれていた僕に、リュ―兄はそう言って頭を撫でてくれた。僕はそのぬくもりを今でもしっかりと覚えている。
『出て行く必要なんかない。胸を張っていればいいんだ。お前はオルト=サンなんだよ、僕の大事な妹だ』
 いつも微笑んでくれるリュ―兄が大好きで、リュ―兄の言葉ならなんでも信じられた。みんな、いつかわかってくれるとリュ―兄が言ってくれたから、頑張って耐えていればわかってもらえると僕自身も信じていた。でも、それも、もうおしまい。
「出て行きます」
 僕は言う。村長が僕を一所懸命庇ってくれていたことを知っていたから、これ以上彼を苦しませるわけにはいかない。
「すまない」
 村長が呟く。それはやっぱり苦しそうな声で、僕は無言で首を横に振った。
「僕はこの村を出ます」
 これが僕にできる精一杯の恩返し。


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