20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:僕の進む道 作者:トウコ

第10回   この疫病神

 気持ち悪いと思われただろうか。そう考えたら泣きたくなる。でも、こんな短時間で半分以上傷が治ってるなんて尋常じゃないし、僕が彼の立場だったら気味が悪いと思うだろう。昔からそう、僕は傷の治りが異常に早かった。自分でも気味が悪いくらいだ。傷の治りが早いことは良いことだと、家族は微笑んでくれたけど、そう言ってくれたのは彼らだけだった。なんて、考えたって仕方ないけれど。僕は小さくかぶりを振った。そんなことより今はリュ―兄の方が大事だ。
 蔵は広場をはさんで祠の向かいにある。村で唯一のコンクリート作りの建物で、中には村に伝わる由緒正しき祭り道具とか、伝記とか、そういった歴史的なものが保管されている場所だ。僕はその前に立ち、重たい蔵の扉をひっぱった。石畳みがこすれる音がしてゆっくりと蔵が内側に開く。シンレンさんの言う通り、村の皆が蔵の中に居た。皆、蔵の扉が開いたことに驚き、僕を見る。その中でリュー兄は蔵の入り口の真正面に寝かされていた。リュー兄の傍にはアリスさんが連れ添っていて、彼女の膝にリュー兄の頭を乗せている。アリスさんの隣にクルーもいた。クルーが僕を手招きしてくれて、僕はリュ―兄に駆け寄った。まだ若干青白いものの、リュー兄の顔色が随分良くなっている。僕はホッと胸をなでおろした。
「リュ―兄」
名前を呼んで、リュ―兄に僕は手を伸ばす。けれど僕の手はリュ―兄に届かなかった。その時、伸ばした僕の手にジンとした痛みが走ったのだ。一瞬何が起こったかわからず僕は反射的に手を引っ込める。そうして僕の視界に入ったのは、僕を睨みつけるアリスさんの姿だった。

「リューに触らないで!」

僕の手を叩いた右手を、アリスさんは強く握りしめる。憎しみ、怒り。僕を睨む彼女の深い鳶色の目にそんな感情が見えた。いつも明るく笑う彼女が激昂する姿を初めて見た僕は、数秒間理解ができずに瞬いた。例えばこれが他の村人であれば、すぐに僕の思考は定まったに違いない。けれどアリスさんは、数少ない、僕に対して友好的な人だったから。まさか、と思いつつも僕の心は自分の結論に反発し、目の前の出来事を受け入れようとしなかったのだ。
「あんたのせいよ」
「え?」
アリスさんの声が低く震える。いつもはキレイ揃えられた彼女のストレートの髪が乱れていて、ここまで激しい彼女を僕は知らない。いっそ恐怖すら感じた。彼女の勢いに気圧された僕は思わず一歩後ずさる。そうして周りが見えた時、蔵の中の村人全てが僕に非難の視線を向けていることに気がついた。お前のせいだ。彼らの目は暗にそう語る。その目の冷ややかさに僕は身震いをした。
「あんたがいるからこんなことになるのよ! あんたがくるまでは、この村平和だったんだから!」
アリスさんの言葉を聞いた瞬間、そういうことかと僕は悟った。いや、認めたくない事実を受け入れるしかなくなった。すべては僕がよそ者だからだ。アリスさんだって僕と親しくしてくれたのはリュー兄が居たからで、本当は心の奥底でずっと皆と同じことを思っていたのだ。結局、根底にあるものはなにも変わらない。

「リューの傍から、ううん、この村から消えて! 今すぐ消えて!」

あぁ、そういうことだ。

 ふと僕に近寄る足音がした。視線を向ければ、そこには哀しげに眉を寄せた村長がいる。足元まである長い水色のローブを着込んだ村長は、やや曲がった腰に手をあてながら、一歩一歩ゆっくりと僕に近づいてくる。そして僕の数歩前で足を止めると、白く長い顎ひげと水色のベレー帽と交互に手をやりながら、村長は深くため息をついた。
「サン。外も落ち着いたようだから、私の家で少し話をしようか」
穏やかな声で村長は言う。僕は極力傷つけまいとしていることがわかって、僕は村長の優しさに涙が出そうになった。
「わかりました」
きっともう限界なんですね。そう言いかけて、僕は言葉を止めた。それは今ここで言うことじゃない。
「くるっぷー」
いつのまにか僕の足元にすり寄ってきていたクル―が、僕を心配そうに見上げている。
「大丈夫だよ」
相当声が強ばっていたのが自分でもわかる。でもそれが今の僕に出せる、精一杯の声だった。大丈夫。自分に言い聞かせて、僕は村長と共に歩き出した。冷たい視線。よそよそしい空気。いつも僕に向けられていたもの。そして今もなお向けられているもの。
「この厄病神」
僕とすれ違いざまにそう呟いたのは誰だっただろう。その一言にすべてが集約されていると僕は思った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2039