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作品名:天人伝承 作者:安芸

第54回   第三章 戦場に咲き狂うということ・17


 エズガシアの地で血戦を展開するイシュリー本軍とは別に、イシュリー軍遊撃隊第二副隊長リビラ・イドゥライコスは、スザン軍の八箇所の糧道の中でも重要拠点である二箇所を同時に襲撃した。
 カーチス・ゴート配下の遊撃隊千百名のうち、千名が二手に分かれて遂行にあたったこの作戦は、リビラにとって初の試みであるだけでなく、隊長も第一副隊長も不在、実質の作戦指揮を任されるという大任をも負っていた。
 だが、リビラは持ち前の豪胆さでこの重圧を撥ね退けた。
「もし失敗したら、そりゃ軍師の作戦が悪いに違いない。責任をなすりつけてしまえばどうってことないサ」
 と、勝手に心を決めて、早速行動に移った。
 リビラは軍師命令により、キルヴァ直轄領の百名の領民を引き連れていたが、そのうちの器量のいい若い娘を選抜して、アレンジー・ルドル将軍とゲオルグ・ニーゼン将軍の名を騙ってスザン軍に大量の酒を差し入れた。
 遊撃隊突撃兵のリッコ・ダスターディは首を捻って言った。
「けど、そんな見知らぬ娘が運んだ怪しい酒をかっくらいますかねぇ?」
「だから、差し入れる前に、両将軍の署名入りで一筆したためた書状を届けたのサ」
 セグラン次軍師の指示は細やかだった。あらかじめ、どこかからアレンジー・ルドル将軍とゲオルグ・ニーゼン将軍の筆跡がわかる書類を参考に、署名を偽造し、スザン軍で使用される紙とインクを用いて書状を作成した。いかにも本物であるかのようなそれは速やかに糧道を管理・警護する部隊隊長のもとへまっすぐに届けられ、陽が落ちようかというときに、人足百名による、台車で十台分、五十樽もの酒が運びいれられた。
 とびきりの美人が何名かまとまって前に進み出て、丁寧にお辞儀をする。
「アレンジー・ルドル将軍並びにゲオルグ・ニーゼン将軍よりの心ばかりのお届けものでございます」
「おお、知らせは受けている。せっかくのご厚意だ。ありがたく頂戴しよう」
 酒には当然遅行性の眠り薬が混入されていたのだが、スザン兵の誰ひとりとして気づいた者はいなかった。
 その夜は、見張りの兵を除いて慰安の宴が催された。両将軍がここぞとばかりに称えられ、こっそりと見張りの兵にも振る舞い酒が届けられ、この夜は賑やか平穏に過ぎた。
 翌朝、まだ闇が明けきらない頃に、すっかり寝静まった基地に侵入したリビラ率いる遊撃隊は次々と食糧庫を解放し、百名の領民に持てるだけ持たせてやった。持ち運んだ分量だけ給金がもらえるし、加えて自分の運んだものは家に持って帰れるのである。無論それを軍で買い取ってももらえるので、他国の潜入及び略奪行為加担にまつわる危険性はあっても、領民にとっては非常に割りのいい仕事であった。
 そして速やかに撤退した。
 こうして一滴の血も流さずして、スザン軍の糧食の大方はイシュリー軍のものとなった。
 
 
 キルヴァ・ダルトワ・イシュリー王子がスザン軍に対して「全軍突撃!」の号令をかけ、夜明けとともにリビラ・イドゥライコスが千名の仲間とせっせと食糧の搬出に勤しんでいる頃、極秘の特命を請け負ったカーチス・ゴートは遊撃隊第一副隊長アシュランス・ベントラと他百名と共に夜を徹して疾駆し、いまようやく、スザン国首都カルバルスキーへの到着を目前としていた。
 一味は山道から続く裏街道を風と馬と一体となってひた走っていた。道は整備されておらず、砂利と土が剥き出しのままでならされてもいない。アシュランスは幅の広い凸凹道をほとんど均衡を崩すことなく、カーチスと馬首を並べて走っていた。
「おまえは俺と同じ人種だと思っていた」
 ここまで無言で走り通していたアシュランスが馬蹄音に消されることも辞さず、口を切った。
「なにが」と、訝しげにカーチス。
「戦場に生きて戦場に死せれば本望じゃないかとな。だが違った」
 アシュランスは前を向いたままぼそりと呟いた。
「難攻不落のミシカに求婚したというのは、本当か」
「ああ、それか。まあな……まったく不思議でならん。この俺が、まさか女の膝が恋しくなるとはな。それも、他の男を愛している女に惚れるなんて我ながら正気の沙汰とも思えん」
「……なんだって?じゃ、おまえの出る幕なんてないだろう」
「だが、ミシカの惚れた相手が悪い。あの男ではミシカはシアワセになどなれん。俺の方がマシさ。傍にいてやれるし、少なくとも、俺だったら抱いてやれる」
 アシュランスは、ノロケはよせ、というしぐさをして、唇の端を僅かに釣り上げた。
「……女に骨を抜かれるようではカーチス・ゴートの名が泣くな。いいぜ、この一戦が片づいたら遊撃隊は俺に任せておまえは配置換えでもなんでも希望して近衛にでもなっちまえ」
「……いいのか?」
「仕方ねぇさ」
「おまえは?」
「俺?」
 アシュランスは相好を崩して笑みを浮かべた。
「俺はこれでいい。戦いの場があれば俺はどこでも生きていけるんでね」
 それから四十ナハトも駆けた頃、首都カルバルスキーが見えてきた。
 だが近づくにつれ、どうも様子がおかしい。ただならぬ喧騒に包まれている。カーチスの指示で皆馬を下りた。街道から逸れ、目立たぬよう山林の中を進んでいった。
 いまにもひと雨やってきそうな気配の中、ふとなにかの気配を感じてカーチスは足を止め、上を見やった。直後、なんの前触れもなく烏の糞の如く突然に、ぐるぐると四肢を捩じられた変死体がぼとぼとと空から降って来た。
 戦場では百戦錬磨のつわものどもだったが、これは予期せぬ遭遇だった。皆奇声と悲鳴を上げて飛び退いた。中にはあまりの凄惨さに吐いて具合の悪くなったものも出た。それからほとんどすぐに、都からの決死の逃亡者の群れがわっと押し寄せたが、一味などまるで目にも入らぬ様子で脇目も振らずにいってしまった。あとには押し合いへしあいの爪痕がくっきりとぬかるんだ泥道に残っている。
「いったいどうなってんだ……?」
「見ろよ、あれを」
 硬く強張ったアシュランスの声がカーチスの注意をひいて振り向くと、首都の上空に舞う白い翼をいくつも捉えた。
「――風の天人(ウィア・シャーサ)」
 アシュランスが遠見の筒を用意し、これを覗き、しばらく検分したあとで言った。
「なぜか王宮が見あたらない。いま奴らがたかっているのが後宮だ。続々と集まってくるぞ……凄い数の天人だ。どうする?」
「近くまで行く」
 カーチスは不吉な予感を覚えた。このときはそれがなにを暗示しているものかまではわからなかった。
「風の天人(ウィア・シャーサ)がどれだけいようがいまいが関係ない。俺たちの目的はただひとつ。ドロモス・ヨーデル・スザン王の首だ」


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