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作品名:天人伝承 作者:安芸

第50回   第三章 戦場に咲き狂うということ・13
 スザン軍は斥候の報告によるセグランの読み通り前面に六万の軽歩兵、その後方に八万の重歩兵を三段に構え、側面の左翼右翼に三万ずつの騎兵を置いた、地形上横幅よりも縦深をとった突撃力重視の布陣で展開していた。
 一方イシュリー軍は前面に二万の重歩兵、後方に二万の軽歩兵を凸形の広陣に配備し、右翼にキルヴァ直属の軽装騎兵一万、左翼にナジーヴァ・ゲルトミーチェの重装騎兵二万、右翼後に弓矢隊一万、左翼後に弓矢隊一万、そして別動部隊にカイネシュタルク・フッディの精鋭隊一万を配属した。
 戦闘開始の両軍の角笛が雨天の中重らかに響き渡り、鬨の声が激しく上がる。
 スザン軍はイシュリー軍の突撃開始より僅かに後れをとったものの、まず軽歩兵六万が長槍を身体の正面に構え、ほぼ態勢を乱すことなく、イシュリー軍の半月型中央に楔状に突進した。紛れもない、中央突破である。
 六万の猛然たる足音が向かってくる中、“鉄壁”の異名を誇るイシュリー軍重装歩兵隊将軍ソル・リーテイラーは一歩も退く気配なく、騎乗で指令を出した。
「総員、盾用意!」
 迎え撃ったのはイシュリー軍の二万の重歩兵で、絶対数では劣るものの、重装備に加え各個大盾を翳して腰を低く、重心を低くして進撃した。
 まもなく両軍が激突し、雄叫びが轟いた。
 キルヴァは中央の危機を放置した恰好で前線の戦いを見守っていた。
 軽歩兵に対し重歩兵をぶつけるとは、本来あるべき兵の配備とは趣の異なる布陣であり、各部隊の将軍より様々な意見があった。だが、
「兵力の差が大きくある以上、従来の戦略では勝てません」
 と、参謀職に就く次軍師セグランが作戦の全容を説明した。
「まず、数で圧倒的に劣る我が軍が軽歩兵に軽歩兵をあてたところで劣勢であることは明らかです。そこで、軽歩兵には重歩兵を、六万の攻勢に対し三分の一の兵ではじめの一手をしのぎます。ここで重要なのは、押し負けないこと。前線を下げないことです。撃破の必要はありませんので、ソル将軍は深入りしすぎないよう統制をとっていただきたいのです」
 ソル・リーテイラーの懸念は他にもあった。
「もし、天人兵が出撃してきた場合は?」
「天人兵の出撃がない条件下にて戦いたいと思います」
「つまり?」
「雨天を狙います」
 セグランの答えは簡潔だった。
「天人は水に弱い。雷・火・風のいずれも雨の中では飛べないはず。彼らは翼が濡れるのを嫌がります。飛べたとしても、発揮する力は極端に落ちます。水の天人はそもそも争いを好まないので攻撃部隊には相応しくありません。雨の中での天人兵の出兵はまずないとみてよいでしょう。さいわい、いまの季節この地方は局地的集中豪雨に見舞われます。天候が我らの勝利の鍵を握るでしょう」
 キルヴァは訊ねた。
「前線を下げず、力の拮抗で引き分けたそのあとは?」
「敵は主力部隊である重歩兵を投じてきます。我が軍は軽歩兵で応戦します」
「八万の重歩兵に二万の軽歩兵で迎え撃つのか!」
「はい。とはいえ、まともにやりあっては勝てませんので、ここは一計を講じたいと思います」

 両軍激突後、激しい攻防が繰り広げられたが、どちらの陣形も崩れなかった。特にイシュリー軍はよく統制された指揮下にあり、組織だって防戦し、装備でおとるスザンの軽歩兵をいたずらに深追いせず、兵力の差を補って余りある戦いぶりだった。
 スザン軍の中央部隊を預かっているのは、スザンでも豪傑として名高い三名のうちがひとり、ビョルセン・メオネスだった。歴戦練磨のつわもので、スザン王の覚えめでたく、国民にも剛勇を持って親しまれ、最後の砦とされていた。
 ビョルセンは味方の兵が善戦するも蹴散らされ、決め手に欠ける攻撃をしかけては圧し返され、膠着状態にもつれ込み無駄死にしていくのをこれ以上黙って見てはいられなかった。
 折悪しくも雨がやまず、主力である重歩兵を動かすには最悪の条件であった。足場が悪いことに加え、水を含んだ服に甲冑の重みで行軍速度は遅く、大軍のため伝令が行き届くまでに時間を要した。それに、王宮務めの十人の参謀が選び抜いたこの決戦場は二十万の軍勢を配備するには狭すぎた。天人兵を投入し、殲滅作戦のためとはいえ、敵軍をうまく誘導できねば窮地に陥るのはこちらである。参謀らは数の多さで中央突破し、そのあと四分五裂の状態に陥った敵軍を左右より追い立てるように囲い込みをかければ問題ないと言ったが、ビョルセンはそう簡単に事は運ぶまいと思った。
 起伏のある低い丘陵が複雑に入り組んだ地形、山林、勾配のある崖と切り立った絶壁、背後は海である。確かに目論見通りにいけば、一網打尽にできよう。町に被害もなく、一般民を巻き添えにすることもない。しかし、頭数が多ければ必ず勝てるというものでもないということをビョルセンは知っていた。
 だが陛下の命令である以上、従わねばならぬ。
 戦場の指揮権はビョルセンにあったが、全権はドロモス王そのひとが握っていた。たとえ、いまこの場に不在であっても。
 ビョルセンは命じた。
「負傷者を収容し軽歩兵を下がらせよ。救命隊を出動させ、治療にあたれ。重歩兵、前進!いざ戦わん!狙うはキルヴァ・ダルトワ・イシュリー王子の命、そして敵軍撃破である!」


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